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57話_元魔王、少しだけ馬脚を現す

※今回は、いつもより長いです。

 (アント)に弾き飛ばされたヒューマの身体は、抵抗を失くした人形のように重力に従って落ちていく。

 当然、それを黙って見続けているわけが無い。


「っ……風の絨毯(ウインド・カーベット)!」


 どこからともなく発生した風がヒューマの身体を優しく包み込み、ゆっくりと俺の元へ運んでくる。

 その間も、ヒューマの身体はピクリとも動かない。

 風からヒューマを受け取ると、グッタリとした彼の身体が俺に寄りかかった。

 ただ、彼は完全に意識を失っていたわけでは無いようで、僅かに肩を上下させ、軽く突けばいとも簡単に崩れ落ちそうな足で、なんとか踏ん張っている。


「っ、ははっ……色々と規格外とはいえ、たかだか(アント)に、このザマ。あれが本物だったら、多分、こんな程度じゃ済まなかっただろうな」


 思っていたよりも正気のある声に、少しだけ安心した。

 あの一撃でボロボロとなった身体とは裏腹に、彼の意識は、しっかりと彼の中に留まっている。……戦意は、喪失してしまっているかも知れないが……

 ゆっくりと顔を上げ、俺の顔を見たヒューマがククッと何かを堪えるように笑った。


「なんて顔をしてんだよ、優秀な魔法使いさん。今のは何も考えずに突っ込んだ俺の自業自得……お前が、変に責任を感じる必要は無い。寧ろ、俺で良かった……あんな力任せの攻撃、もしアランが喰らってたら、アイツ、ヒョロいから骨の2、3本は軽く折っちまってた」


 この男、朽ち果てる寸前のような身になりながら誰も責めず、終いには攻撃を受けたのは自分で良かったと言い放った。

 なんて愚かな奴だ。アランといい彼といい〝勇者〟というのは、こんな自己犠牲の精神を持った奴しかいないのか?

 それとも俺の知っている勇者が、偶々、そんな奴らだったというだけ話なのか……最早、そんなこと、どうだっていい。

 俺達が協力関係になる前、彼を利用しようと、一瞬でも考えていた自分を心から恥じた。

 彼は、自分で立つのもやっとな状態であるにも関わらず、自分の悲運を恨むのではなく、彼と同様、果敢に(アント)へと立ち向かおうとしたアランに、この場では競い合う立場である筈のアラン()に被害が及ばなくて良かったと言った。取り繕いの言葉なんかじゃ無い、心からの言葉であるということは彼の表情を見れば分かる。


「そういやライに助けられたのは、これで2度目だな……ありがとな」


 弱々しい笑みを浮かべた彼に俺は、表情での返事も言葉の返答もしなかった。代わりに、心の中で呟いた詠唱で彼の身体に癒しの力を施した。

 ヒューマは自分の身体の異変に気付いたようで笑みを次第に、驚きの表情へと変えた。

 彼の身体を蝕む痛みが少しずつ和らいでいくと同時に、身体で感じる彼の重みが少しずつ軽くなっていく。


「お前……」


 ヒューマが口を開いた瞬間、大きく地面が揺れた。

 ドドドドドと騒々しい音が、少しずつ大きくなって、こちらに近付いてきているのが嫌でも分かる。

 近くにいたリュウが、慌てた表情で俺の服を引っ張った。


「やばいぞ、ライ……アイツ、こっちに来るっ!」


 リュウが見据える方角を見ると、巨体が猪突猛進とも取れる勢いで、こちらに一直線に向かって来ている。

 まだ、避けようと思えば避けられる距離だ。だが……俺は、その選択を取らなかった。

 避ける? 馬鹿を言え。

 何故、この俺が(アント)如きに道を譲らなければならない。


「リュウ、頼みがある」


「ぅえ? な、何だよ、こんな時に、そんなことより、今は早く逃げ……」


「アランを回収してきてくれ」


 リュウの言葉を遮り、言いたいことだけ言うと、支えが必要なくなるまで回復したヒューマから離れ、(アント)の方へ向き直る。

 戸惑った表情で、その場に佇むリュウに俺は再度、言葉を放った。


「聞こえなかったか? アランを連れて来いと言っている」


「は……っ、はい!」


 何故か無駄に背筋を伸ばして敬礼のポーズをした後、リュウは慌ただしく飛び立った。

 それにしても、(アント)の攻撃の矛先が近くにいたアランではなく、こちらに向いてくれたのは幸いだった。

 先ほどまでの警戒が嘘のようだ。恐らく、先ほどの一撃が(アント)を戦闘態勢へと移行させる引き金となったのだろう。

 だが、向こうから来てくれるのなら好都合だ。

 あの(アント)には、身を以て教えてやらなければならない。

 たった今、お前が敵に回したのは、かつて容易く触れることさえ許されない()()()()であったことを。


「お、おい、ライ。アンタ、何考えて……」


 逃げようとしない、寧ろ、迎え撃とうとしているかのような立ち振る舞いの俺をヒューマは正気では無い者を見るような目で見ていた。

 そんなヒューマを一瞥し、軽く笑った。

 決して、彼を馬鹿にしたわけではない。これは余裕から思わず出た笑みだ。

 ヒューマは走って逃げるわけでも俺を無理やり連れて行こうとするわけでもなく、ただ俺が何をするのか見守ろうとしている。

 今の彼を支配する感情は恐怖ではなく、好奇心のように思えた。

 もう走っては逃げられない。

 飛ぶか瞬間移動(テレポーテーション)でもしなければ。だが、俺は動かない。

 迫ってくる(アント)を迎え入れるかのように立ち、距離を詰めるにつれて大きくなっていく(アント)の姿を捉えていた。

 周囲から見れば、血迷った自殺行為にしか見えないだろう。

 どこからか嘲笑うような声が聞こえた気がした。

 そして、とうとう(アント)は目と鼻の先まで来た。あと十数秒も経てば、俺とヒューマは、あの巨躯に無惨に弾き飛ばされるか下敷きになる。

 この光景を見ているであろう周囲は、きっと、そんな未来を想像していることだろう。

 足の毛が確認出来るほどにまで(アント)との距離が近くなった瞬間、待ってましたとばかりに俺は口角を上げた。


 ────キィィィィイン……!


 それは何かの侵入を拒む音。それは何かを拒絶する音。その音の発信源は、俺と(アント)の間にある、僅かな隙間。

 その僅かな隙間に張られた透明な結界は、(アント)がこれ以上、距離を詰められないように俺を守っていた。

 俺が、こうして何もせずに見据えている間も、(アント)は結界を打ち破ろうと力任せに身体を前へ前へと押し出している。


「愚かな。あんな一撃を決めた程度で、俺にも傷を付けられると思ったか? あの程度の拘束から逃れられなかった貴様が?」


 言葉が理解出来るかも分からない(アント)を相手に、最早、独り言のように言葉を綴っていく。


「終いには詠唱無しの結界にも、この有様。つくづく憐れな奴よ。憐れ過ぎて、愛しささえ込み上げてくる」


 ……念のため断っておくが、今の(〝あり〟)(さま)は決して〝(アント)〟と掛けた詰まらない洒落(しゃれ)では無いので、悪しからず。

 一体、誰に向けたかったのか分からない忠告を告げながら、ゆっくりと前へ足を進める。

 手を伸ばせば触れてしまえそうな距離まで来ると、結界にそっと触れた。

 (アント)が結界に現在進行形で与えている衝撃が触れた手を通じてビリビリと伝わってくる。


(詠唱無しで作った結界の強度など所詮、この程度か)


 即席で作ったものとはいえ結界が予想以上に脆かったと気付いて軽く落胆したが、それでも今回の役割は果たしてくれたから、とりあえずは良しとする。


「ヒューマが味わった衝撃と痛み。貴様も同じものを味わえ」


 そう言って、俺は結界をピンと軽く(はじ)いた。ただ、それだけ。

 それだけの行為でも、自分の身体の何十倍も大きな(アント)を吹き飛ばすだけの威力があった。

 結界を指で弾いた瞬間、(アント)の身体は盛大に吹き飛ばされ、直線上にあった岩に衝突した。

 爆発に近い衝撃音と共に、(アント)の身体は岩を破壊し、ひっくり返ったままピクピクと身体を軽く痙攣させている。

 フンと鼻を鳴らし、手を収めて振り返ると驚愕した表情で俺を見つめるヒューマの姿が目に入った。

 そこで俺は思い出した。ずっと後ろにいた者の存在を。

 若干の距離があるとはいえ、今までの俺の言動を全て把握するには問題の無い距離。

 つまり俺の先ほどまでの独り言を全て聞かれていたというわけで……そう意識した瞬間、身体全体の熱が顔に集まってくるのが分かった。


(うゎ……うわっ、恥っっずかしいっ!! 俺が(アント)に話しかけてるの聞かれた! しかも前世の口調で話しちゃったし……うわ……うわぁぁぁぁあ……)


 黒歴史を見られたような言葉にならない感覚だ。

 いや、あの時の俺だって決して巫山戯(ふざけ)ていたわけでは無い。無いのだが、それとこれとは話が別だ。

 顔を俯かせることも、しゃがみ込むことも出来ず、せめてもの抵抗として彼から顔を逸らした。

 少なくとも、今ので彼には完全に引かれた。そして、彼の口から俺は(アント)相手に偉ぶって話しかけるイタい奴だとアランやリュウに伝わり、今後、異常なまでに彼らに距離を置かれるに違いない。

 暫しの無音が俺の精神を追い詰める中、ヒューマの足音が聞こえた。足音は、俺の方へと近付いている。

 どうする。いっそのこと、逃げてしまおうか?

 (アント)相手の時とは打って変わって、人間1人に臆する自分の何と情けないことか。

 あくまで顔を逸らしたまま、その場に立ち尽くしていると足音が止んだ。

 ヒューマが今、俺の前にいるのが最後に聞こえた足音から分かった。彼との距離の近さを肌でも感じ、思わずゴクリと喉が鳴る。

 言葉を飾らない彼のことだ。きっと容赦のない言葉の刃を浴びせてくるに違いない。今こそ、俺の心に強い結界を張る必要がある。だが、残念なことに、心に結界なんて、そんなの物理的に無理だ。抵抗にもならないが、強く目を瞑った。


「アンタ、凄ぇなぁ!!」


「……え?」


 やっと出た言葉が、それだった。しかも、少しだけ裏声になってしまった。

 そんな俺の静かな羞恥に気付かない彼は、追い討ちをかけるように興奮したような様子で俺に詰め寄って来た。


「アンタ、今、でっかい(アント)を腕1本で吹き飛ばしたよな?! 今まで何度か魔法使いが魔法を使うところを見てきたけど、あんな凄まじいの初めて見た!! 魔法学校には、アンタな凄い奴が沢山いるのか?!」


 好奇心の尽きない子どものように、早口言葉のごとく吐き出された疑問。

 彼の言葉の意味は理解できるが、今の状況が理解できないために、彼の言葉に返せない。

 今、彼を動かしている感情(もの)は何だ?


「ライ!!」


 降ってきた声に、救われたような気持ちで上を見た。上を見ると、アランがこちらに向かって、文字通り降ってきている最中だった。

 まさか降ってきている最中だとは思わず魔法使って受け止めようとしたが、その前にクルクルと身体を回転させたアランは見事な着地を決める。

 思わず、彼に小さな拍手を送ってしまった。

 アランに声をかけようと思ったのも束の間、俺よりも先に未だに熱が冷めていないヒューマが今度はアランに詰め寄っていた。


「アラン。お前の幼馴染、凄過ぎだろ?! いや、前から話には聞いてたから、何となく凄い奴なんだろうなとは思ってたけど、でも、これは規格外過ぎるだろ?! 俺と同い年とは思えねぇよ、なぁ?!」


「ヒ、ヒューマ……とりあえず落ち着こう。ほら、ライも困ってるよ」


 ありがとう、アラン。おかげで俺も、ようやく落ち着きを取り戻せそうだ。

 アランがヒューマを宥めてくれている間に、リュウも俺達の元へとやって来た。これで、再び4人全員が集まった。


「あ、あのぉ……ライさん?」


「何だよ、急に畏まって」


 気持ち悪い奴だなと正直な感想を述べると、何故か彼は安心したように大袈裟に息を吐いた。


「良かった……いつものライだ」


 意味不明なことを言うリュウは、とりあえず放置……いや、待て。彼には聞きたいことがあった。


「リュウ、さっきお前がかけた強化魔法について聞きたいことがある」


「うぇ。やっぱ、そこ突いてくんのね」


 問うと、リュウは見るからに嫌そうに顔を歪めた。

 未だにひっくり返ったままの(アント)を注視しながら、リュウの言葉を待った。


攻撃狂上昇(バーサーカー)をかけられると、時々、戦闘狂状態(コンバット・マニア)になる事があるんだ。その状態になると普段大人しい人でも攻撃的な性格になるんだけど……代わりに、そこらの強化魔法とは桁違いな強い力を得られるんだ」


「さっきのが、その状態だったというわけだな?」


 俺の問いに、リュウは即座に頷いた。

 あれは失敗ではなく、なんらかの条件か若しくは一定の確率でかかる追加効果(アディス・エフェクト)らしい。


「なるほど。さっきの変な感覚は僕達が戦闘狂状態(コンバット・マニア)になっていたからなんだね」


 納得したように頷くアランに対し、何かに気付いたヒューマが首を捻った。


「と言うことは、さっきの俺達は1番強い状態で魔法がかけられてたって事?」


 そう言ってヒューマは、折れた自分の剣を見つめた。


(アント)に傷を付けるどころか、いとも簡単に剣をポッキリと折られちまったんだけど……」


攻撃狂上昇(バーサーカー)は、かけた本人は勿論、その人が持ってる武器にも影響する。だから、その剣の攻撃力も相当なものな筈なんだ。でも、その剣が折れたとなれば理由は1つ……(アント)が、その攻撃が通用しないほどに()()ってことだ」


 リュウの言葉に唯々、絶句する。

 どうやら、あの(アント)が規格外なのは身体の大きさや力だけではなく、防御力もだったようだ。

 リュウの言葉が事実なら、また攻撃をしたところで結果は同じ。

 さて、どうするか……


「結局、弱点も見つからないまま。制限時間に関することは、まだ何も言われなかったけど、このままじゃ確実に全員落ちるだろうな」


 思考タイムに入ろうとした俺の横で、諦めに近い感情の声色でヒューマが言った。

 そうだ、俺達は元々、弱点を探るために組んでいた。だが、その弱点は未だに見つかっていない。

 アルステッドから明確な制限時間は告げられていないか、これが無限に続けられるわけでないのは誰でも分かる。

 最悪、いつ終わりを告げられてもおかしくないという意味にも取れるという事だ。

 正直、このまま弱点を探る時間すら惜しい。早いところ決着をつけなければ。

 そこで俺は閃いた。弱点は見つからない、だが、このまま探り続けるのは賢明では無い。

 それならば、弱点を()()()()()


「ライ、何か思いついたの?」


 さすがは幼馴染。俺の異変に早くも気付いたらしい。

 リュウとヒューマも不思議そうに俺を見つめている。


「あぁ。それからリュウ、ヒューマ。今から、お前達との協力協定を解消する」


「は?!」


 説明しろと詰め寄るリュウを軽く()なし、瞬間移動(テレポーテーション)で、その場を後にした。

 辿り着いたのは、ひっくり返ったまま気絶している(アント)のいる場所。

 改めて間近で見ると、本当に大きい。それに、あれだけ激しい衝突で、岩は完全に砕け散っているにと関わらず、身体に傷らしきものが見当たらない。


(ヒューマが受けたであろう衝撃と痛みを与えても、コイツにとっては精々、擽ぐられた程度の刺激だったんだろうな)


 これなら多少のハンデを貰っても問題無い筈だ。寧ろ、くれ。

 俺は(アント)の頭に触れ、反則とも言える、ある意味での最大魔法を発動させた。


「対象の加護を全て無力化しろ──脆弱者(ヴォルナァラバー)


 見た目に変化は無いが、確実に変化はしている。

 それは、この(アント)が目覚め、俺達に再び襲いかかった時に分かる。

 魔法をかけ終えたと同時にタイミング良く目を覚ました(アント)は俺の姿を確認すると大きな身体を回転させ、起き上がった。

 全力の体当たりを繰り出される前に、俺は瞬間移動(テレポーテーション)でアラン達の元へと戻った。


「ライ!!」


 突然、起き上がった(アント)を見て、アランは片手に剣を握り締めながら駆け寄って来た。

 リュウとヒューマの表情からも、先ほどの言葉も含めて説明しろと目で訴えている。

 説明したいのは山々だが、(アント)が悠長に待ってくれるか……と、チラリと(アント)を見るが、意外にも襲ってくる様子が無い。

 大きな頭を何度も傾け、何やら困惑した様子だ。


「……どうしたんだろう?」


「まさか、さっきので何処か怪我でもしたのか?」


 ヒューマの疑惑を瞬時に否定する。

 確かに、さっきの衝撃で気絶はしていたが、身体は健康そのものだ。

 つい先ほどの行動も、あくまで細工であり攻撃では無い。

 だから怪我をするというのは、あり得ない。

 ならば、原因は1つしか考えられない。


(自分の身体の異変に気付く程度には、賢いらしい)


 魔力による創造物で、ここまでの脅威なのだ。実物は、どれほどの能力を秘めているのだろう。

 俺が前世と変わらず魔王を続けていたならば、間違いなく、スカウト候補リストに加えられていたことだろう。


「ライ、(アント)の様子が変なのは君の仕業だね?」


 俺が何かをした前提で尋ねる幼馴染に最早、脱帽だ。

 ヒューマとリュウも見つめる中、俺は簡潔に自分がしてきた事を伝えた。


「簡単に言うと、アイツを魔法で弱くした」


 キョトン。

 そんな効果音が相応しいほどに、彼らは目を丸くして首を傾げた。

 そんな反応をされても俺がやった事は、それだけだ。それ以外に話すべきことは無い。


「えーと、つまり……僕達の攻撃が通じるようになったって事かな?」


「そうだ」


 理解が早くて助かる。

 未だに思考の渦から抜け出せていない2人への対応は彼に任せるとして、俺はヒューマから剣だったものを借りた。


復活(リジェネレーション)


 アランが2人に説明している間に、俺はヒューマの折れた剣を修復した。

 元の輝きを取り戻した剣を持ち主に返すと、驚きと喜びが入り混じった表情で受け取った。さて……最後の仕上げだ。


「リュウ、ヒューマに攻撃狂上昇(バーサーカー)を、かけ直してやれ」


 それだけ言って俺はアランを連れて、2人で(アント)を倒すべく、別の場所へ移動……するつもりだった。


「え、アランには?」


 何気なく吐かれたリュウの言葉に、思わず足を止めた。


「必要ない。この試験内での俺達の関係は、合格枠を奪い合う敵だろ」


 何か言いたげなリュウの視線から逃れるように、再び足を進めた。

 隣でアランも少しだけ悲しげな瞳を俺を向けている。


「……攻撃狂上昇(バーサーカー)


 背後から聞こえたのは、リュウの詠唱。その瞬間、アランの身体が光に包まれる。

 まさかと振り返ると、ヒューマがアランと同色の光に包まれていた。


「リュウ……お前、何をしている?」


「何って、強化魔法を2人に使ってる最中ですけど?」


 違う、そうじゃない。何故、敵に戻った俺達に手を貸すような真似をするのかと聞いている。

 それなのに、この男。質問の意味を分かっている上で態と(しら)を切っている。


「ヒューマ、アラン。もうお前らの剣が届かない相手じゃねぇみたいだから、思いっ切り剣でぶった斬っちまえ! その後は……合格という賞品を取り合う敵じゃなく友人として互いを労い合おうぜ」


 リュウの言葉に2人は同時に頷くと、自身の身体の変化に対する困惑に未だに支配されている(アント)の方へと駆け出した。

 先ほどのような事態が再び起こらないよう念のため、土竜の拘束(モル・ホールド)(アント)を拘束した。

 元々の力を持ってしても破れなかった拘束を弱くなった状態で破れるわけがない。

 この場には、彼らをムカつく程に清々しい笑みで見送るリュウと、そんな彼を訝しげに見つめる俺だけが残された。


「お前、いくらなんでもお人好しが過ぎるぞ」


「その言葉、そっくりそのまま返すね。お前、自分から協力関係を絶っておいて、さっきヒューマの剣を直しただろ。お前は態々、敵の武器を直してやるのかよ」


 あの行為に特別な意味は無かった。ただ彼の剣が折れたのは俺の所為でもあるから直した、それだけの事だ。

 そう言えば良かったのに……何故か、それを言葉とするのは躊躇われた。

 そんな俺の複雑な心境さえも御見通しとばかりに、リュウは不敵に笑っている。

 俺達は、つくづく似た者同士らしい。始まる前までは互いに〝お前には負けない〟と言い合っておきながら、結局は他人に決着をつけてもらわなければ満足に勝敗も付けられない。

 こうなると、親しくなるのも考えものだ。


(最後は、お前に託すぞ……俺の勇者(アラン)


(後は頼んだぜ、オレの勇者(ヒューマ)!)


 互いに似たようなことを考えていたのか、どちらからともなく笑い声が溢れた。

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