56話_ジャイ・アントの脅威
「アラン……アランな。うん、覚えた」
「僕も覚えたよ、リュウ君」
無事に自己紹介を終えた2人は、照れ臭そうに笑い合っている。
微笑ましい、実に微笑ましい光景だ。
ただ、一応、今は試験中。
巨大蟻の弱点を探るため、一時的に協力関係を築いた俺達は、早速、各々の役割の元、行動を起こすことになった。
リュウはアランとヒューマの強化。
アランとヒューマは強化した力を最大限に発揮した攻撃で蟻の弱点を探ってもらう。
俺は、そんな2人の周囲に結界を張り、場合によっては蟻の動きを止めるのが仕事だ。
拘束したままでの攻撃も初めは検討されたが、それはそれで俺達が一方的に攻撃するばかりで面白くないというヒューマの意見により、すぐに却下された。
ちなみに、彼の意見に、すぐさま賛成の意を示したのは俺だ。
「それじゃ、みんな。打ち合わせ通りに頼むぞ!」
「了解」
「分かったよ」
「おう、任せろ」
3人が俺の顔を見る。拘束を解けという合図だ。
今も尚、蟻は俺の魔法で拘束されたまま。
途中で破られるかと思ったが、そんな心配は不要だった。
それにしても、こんな簡易な拘束でも抜け出せないなんて、拘束したまま攻撃しようという案が一瞬でも出てしまったことを、なんだか申し訳なく思う。
「……いくぞ」
3つの頭が頷いたのを確認すると、魔法を解除した。
解除した瞬間、待ってましたとばかりに蟻は飛び上がり、そのまま地面に向かってダイブした。泥の飛沫が四方八方に飛び散り、そこらにある大きな岩を土色に染めていった。
その飛沫は俺達のいる岩にまで届いたが、瞬時に結界を張ったため、汚れた者はいなかった。
「び、びっくりした……」
「蟻は……潜ったな、こりゃ」
隕石でも落ちたのかと思うほどに地面に空いた大きな穴。
蟻の先ほどの勢いあるダイブは、土の中に潜るための行為だったようだ……潜る度に、あんな勢いよくダイブされたんじゃあ、こちらとしては溜まったもんじゃない。
「でも、これじゃ……どこから出てくるか分からないよ」
辺りをキョロキョロと見渡したアランが不安そうに呟いたのを見て、安心させるように彼の肩を叩いた。
「大丈夫だ、俺に考えがある」
そう言うと、アランは安心した表情で俺を見た。
そんな彼の反応を見て、〝信頼されている〟って、こういう事を言うのだろうなと思った。
「考えって……何すんの?」
訝しげに問いかけるヒューマに、俺の考えを伝えようとした時、アランな彼の腕を掴んだ。
「大丈夫だよ、ヒューマ。ライなら、なんとかしてくれる」
ニコニコと笑うアランに、毒気が抜かれたようにヒューマは目を丸くした。
そんなヒューマの横では、アランの言葉に同意するように頷いているリュウの姿が見えた。
「そうそう! なんたって、ライ様が言ってんだ。ここは任せようぜ」
思っていた以上に2人が俺に信頼を寄せてくれていたのは嬉しいが、なんとなく居た堪れない。
蟻ではないが、土の中に身を潜めたい気分だ。
「アラン達が、そう言うなら…………任せた」
そう口では言っておきながら、目は〝本当に任せて良いんだな〟と訴えている。
まぁ、彼からすれば俺は、今日会ったばかりの得体の知れない奴だ。
信頼のカケラも無い相手に任せようなんて、よほど寛大な奴でない限り無理のある話だ。
だが、だからといって、どうという事はない。その警戒を少しでも信頼に変えれば良い話だ。
ありがたい事に、少なくとも俺には、この状況を打破するだけの力はある。
「あぁ」
彼の内に潜めた疑惑も見据えた上で、俺は頷いた。彼に埋められた疑惑の種が芽生えないように、これ以上僅かな不安も与えないように、淡々と。
てっきり軽く流されるかと思いきや、ヒューマが面食らったように目を丸くしたものだから、俺も思わず動揺したが、なんとか平静を保ち、蟻が潜っていった穴を見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。
「索敵」
そう唱えた瞬間、ジジジッと何かが起動するような電子音が脳内で響き渡る。
《只今より索敵を開始します。対象は、ジャイ・アント1体》
機械的な女性の声が聞こえてから数秒後、この地形全体と俺達の現在地、そして対象物の位置を大まかに示した地図がイメージ情報として脳に送り込まれた。
本来なら、対象との距離等も把握できる筈なのだが、この空間自体が異常なせいか、大まかな位置しか分からなかった。しかし、敵の位置は分かっている事に変わりはないのだから何も問題は無い。
「見つけたぞ」
静かに告げると、3人がそれぞれ声を漏らした。
「ここから北東の……2つの岩が並んだ場所の丁度、真下にいる」
アラン達の視線は俺から、北東の方角にある2つの岩へと向けられた。
それにしても、すぐに俺達を襲ってくるかと思ったが、今のところ、あの場所から動く気配が無い。もしかしたら、意外と用心深いのかも知れない、
「場所は分かったとして……この後、どうする? 無理やり引き摺り出すにしても、あれじゃ骨が折れるぞ」
「あぁ、それなら簡単だ」
手を前に出し、何かを探るように指を動かす。大まかな位置しか分からないから、中々、掴めない。
それでも、何度も指を動かす。
対象を引き摺り出すために。
何をしているんだと、3人の不思議そうな目の的になりながら、脳内の地図を頼りに忙しなく指を動かしていると、何かに触れた感触があった。
(見つけた……っ!)
何かが触れた瞬間、掴むように手を閉じた。
土の中でソレは必死に抵抗しているようで、閉じた手が痙攣しているかのように小刻みに震えている。
「ラ、ライ……大丈夫なの?」
心配そうに尋ねるアランに大丈夫だと一言返し、前もって計画していた作戦をついに実行に移す時だと、リュウの方を見て口を開いた。
「リュウ。アランとヒューマに強化魔法を」
「え? あ、あぁ、分かった!」
キョトンと目を丸くしたリュウは、戸惑いながらも強化魔法を2人にかけた。
「攻撃狂上昇!!」
それは、模擬決闘でスカーレットにかけたものと同じものだった。
スライムであるスカーレットでさえ、周囲を凌駕するだけの力を手に入れたのだ。
普段から鍛えているであろう勇者なら、尚更、凄まじい力を持つに違いない。
「な、なんだろう……この感じ……」
「なんか……今、もの凄く何かをぶっ壊したい気分」
何やら今、何か物騒なことを呟いた奴がいた気がする。
リュウを見ると、気まずそうに目線を逸らした。
おい、一体何をしでかした?
今なら怒らないでやるから、正直に言ってみろ……と、問い詰めたい気持ちを抑え、とりあえず未だに俺の手から逃れようともがいている蟻を引き摺り出すことを優先することにした。
「今から、アイツを地上に引き摺り出す。2人とも、準備は……」
いいか?
そう問いかけようとして、口を閉ざした。
そんな、ようやく肉にありつけた空腹の肉食獣のような目を見せられてしまったら、もう何も言うまい。
とりあえず、リュウは後で説教だ。
俺は、釣り糸に結んだルアーを泳がせる時と同じ感覚で閉じた手を軽く数回上げた後、思いきり上げた。
────ズドォォォォオ!!!
大きさが大きさだけに、土の中から引き上げただけで地面が揺れ、土深い場所で眠っていた怪物が数百年ぶりに覚醒したかのように、蟻は姿を現した。
「行くぞ、アラン!!」
「うん!!」
「あ、おい……っ!」
蟻が出てきた瞬間、2人の勇者は俺の声に振り向くこともなく駆け出した。
自分の何倍も大きい身体を持ったモンスターに臆することなく駆けて行く姿は、まさに物語に登場する勇者だ。
剣の刃物の身が日の光に反射して、遠目でも眩しいと思えるほどの輝きを放っている。
その輝きは、あの伝説の勝利の剣にも劣らないだろう。
そう錯覚してしまうほどに、今の彼らは何かが超越した姿だった。
「一撃で終わらせてやる……っ!!」
高く飛び上がったヒューマは蟻に斬りかかった。
一切の躊躇も乱れも無い、美しい太刀筋だった。
だが……
────ピシ……ッ!
彼の剣に一筋の亀裂が入り、その亀裂は光沢のある剣を容赦なく折った。
蟻を斬りつけるはずだった剣先の欠片は折れた衝撃でヒューマの方へと跳ね返り、彼の頬を掠めた。
剣先の通った跡が、頬に印として残された。
「な……っ?!」
予想もしていなかった展開に、ヒューマは折れた剣を呆然と見つめていた。
彼だけではない。
遠くから彼を見ていた俺とリュウも何も反応できず、その場で呆然と立ち尽くしていた。
しかし、アランは違った。
ヒューマに迫り来る存在に気付き、彼の名を叫んだ。
「っ、ヒューマ!!!」
アランの呼び声にハッと我に返った瞬間、ヒューマの身体は、突然の強い衝撃に吹き飛ばされていた。




