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55話_協力

 《……君達、無反応はよくないな。一応、言っておくが先ほどの発言は巫山戯(ふざけ)ているわけでも、笑いを取りたかったわけでも無いからね》


 不満そうなアルステッドの声が聞こえるが、今は応える余裕は無い。

 この(アント)(と、定義して良いのかは不明だが、とりあえずそう呼ぶ)は岩を砕き、地面の中を這いずり回るだけに飽き足らず、口から泥のようなものを吐き出してきた。

 しかも、正確に俺達に狙いを定めて吐き出しているため、尚更、厄介だ。


(だが……このまま避けてばかりでは、キリが無いな)


 思わず魔法で一気に決着をつけようかと考えたが、今回の試験の目的を思い出し、その考えを振り払った。

 今回は、ただ倒せば良いというわけではない。()()()()()()()()()()倒さなければ……あのアルステッドのことだ、容赦なく不合格にするだろう。

 (アント)の死角となる岩に瞬間移動(テレポーテーション)し、アランの足が岩に着いたことを確認すると、彼から離れた。


「ライ……?」


 戸惑ったように俺の名を呼ぶアランに、視線を(アント)に向けたまま淡々と言った。


「アイツの注意を、俺に向ける」


「え……?」


「そして隙を見て、アランが斬りかかる」


 今の言葉で俺の意図が伝わったのか、アランは小さく声を漏らした。


()()()倒すぞ」


 その瞬間、アランから戸惑いは消え失せ、自信に満ちた表情で力強く頷いた。


 こうして、大きな岩の上で、俺達は作戦会議を行うことになった。

 こうしている間にも、(アント)が暴れ回っているというのに何故、そんな悠長に構えていられるのかというと……


「ギャーーーッ!!」


「うぇ、ちょ……っ、あんま揺らさないで……酔う……っ!」


 リュウと、彼に腕だけ捕まれてぶら下がった状態のヒューマが未だに懸命に囮になってくれているお蔭だ。

 俺達が早々に避難したせいで、集中的に彼らが的になってしまったようだ。


(リュウ達には申し訳ないが、もう少しだけ囮になってもらおう……)


 幸いにも、俺達が離れたことにも気付かないほど避けることに夢中になっている彼らを横目で追っていると、アランもまた不安そうな表情で彼らを見ていた。


「ライ。さっき君は、あの(アント)の注意を引くって言ってたけど、やっぱり止めよう。危険過ぎる。それに、あの2人も早く助けないと……」


 協力関係でない2人を助ける前提で話を進めるのは心優しい彼らしいが、今回ばかりは同意の頷きは出来ない。

 受験者は俺達4人なのに対し、敵である(アント)は1体。

 どう考えても、全員で合格しようなんて無理な話だ。

 寧ろ、彼らが囮になってくれている今を利用して仕留める。

 それくらいズル賢く考えないと。一瞬、そんな考えが頭を過ぎったが、胸の内に留めるだけに終わった。

 今にも2人を助けに駆け出して行きそうなアランを見てしまったら、そんな提案を出せるはずもない。

 だが、だからといって彼を、あんな危険な場所に行かせるわけにもいかない。

 

(……俺が行くしかないか)


 岩の上におろしていた腰を上げて、ズボンについた砂利を払った。

 突然、立ち上がった俺を、アランは丸くした目で見つめた。


「とりあえず、あの2人を救出してくる。作戦会議は、その後だ」


 数秒ほどの間が空いた後、アランは表情を明るくさせて頷いたのを確認すると、俺は、こちらに背を向けている(アント)に向かって飛び立った。

 ありがたい事に、(アント)は、こちらを見るどころか気付く様子も無い。

 (アント)から出来るだけ近い地面に降り立ち、魔力を込めた両手を地面に付けた。


土竜の束縛(モル・ホールド)


 俺の詠唱に応えるように周囲の土が盛り上がり、それは(つる)植物のように細く長い形を形成すると、(アント)を一気に拘束した。

 動きを封じられた(アント)は攻撃を止め、拘束から逃れるように、ジタバタと暴れ出した。

 初めは何事かと(アント)を凝視していた2人だったが、俺の存在に気付くと、それぞれが何かを察したような表情を浮かべた。


「リュウ、ヒューマ。今のうちに、アランのいる岩の所に行け!」


「分かった!」


「ありがとな、ライ!」


 2人がアランの元へ向かったのを確認し、(アント)を一瞥した。


(抗えば、その分だけ拘束が強まるだけだというのに……)


 両目が敵の滑稽な姿を捉えた後、彼らを追うように、その場を後にした。


(あの調子なら、作戦を立てる時間くらいは稼げるだろう)


 既に目標の岩へと辿り着いている2人と同様に、決して広いとは言えない岩の上に降り立つと、丁度、この後についての話し合いが行われようとしていたようで、俺が来た途端、全員が俺を見た。


「ライ、ありがとう」


 アランに満面の笑みで御礼を告げられた。

 一瞬、何の御礼かと思ったが、2人を助けたことに対してのものだと分かると、軽く返事を返した。


「でも、意外だな。どちらかと言うとアンタは、自分の敵に対しては容赦無さそうだから、俺達を囮にしたまま事を進めるかと思ってたけど……」


 飾りの無いヒューマの言葉に、先ほどまで考えかけていた事を胸に留めておいて良かったと心から思った。


「ライは、そんなことしないよ。すっごく優しいんだから」


 グサッ。


「確かに、冷たい奴かと思ったら意外と人情深いんだよなぁ」


 グサグサッ。

 アランとリュウが何か言葉を発する度に、胸に何かが刺さるような音がする。

 痛みは無いのに、こんなにも苦しいのは何故だろう。

 そんな2人の言葉に、ヒューマは興味があるのか無いのか分からない反応で返していた。


「そ、そんなことより、優先すべきものがあるんじゃないか?」


 (主に精神的に)ボロボロな俺は、自分を守るために本題(試験)へと話題を逸らした。

 自分を守るために、というのも可笑しな話だが、少なくとも俺は救われたので何も触れないでもらいたい。

 そこで3人は漸く今の状況を思い出したようで、試験中とは思えないほどに緩い空気を引き締め、(アント)を見た。


(アント)自体は見たことあるけど、あんなに大きいのは生まれて初めてだよ……本当に、あんなの存在すんの?」


「いることはいるらしいぞ。ただ、基本的にアイツらは土の中で生活してるから、滅多に見られないらしい」


 ヒューマとリュウの真面目な会話に、アランと俺も加わる。


「僕達も見たことはあるけど、うっかり踏み潰しちゃうくらい小さいのくらいしか……」


「それが一般的なサイズの筈なんだけどな」


 アレが規格外過ぎるのだ。

 しかも見た目だけでなく、力と素早さも規格外だ。

 さっきは、リュウとヒューマという囮がいたから上手く拘束出来たが、それまでの動きを見る限り、捕らえるのも苦労しそうだ。


「なんにせよ、色々と規格外過ぎるということ以外に、これといった情報は無い。せめて、もう少し情報を引き出せれば……」


 例えば、弱点とか。

 最後に小さく呟いた俺の声を拾ったリュウが何か閃いたように声を漏らした。


「それじゃあさ……オレ達、協力しない?」


「え?」


 突然、何を言い出すのかと皆が訝しげな表情をリュウを見つめるが、見つめられている本人は名案だとばかりに頷いた。


「だって、どうせ弱点も分からないんじゃ、お互いどうしようも無いだろ? 変にいがみ合って互いの足引っ張って試験に落ちちゃったら、それこそ笑われ者じゃん。だからさ、アイツの弱点が分かるまでは協力して分かったら本来の立ち位置に戻る。んで、アイツに最後の一撃を食らわせた奴と、そのパートナーが合格ってことで」


 提案というか、最終的には試験のルールまで変えてきやがった。

 アルステッドが何も言わないところを見ると、リュウの案は通ったという解釈で良いのだろうか?


「僕は彼の案に賛成だよ。僕達は争う立場ではあるけれど、倒す敵は同じだもんね」


「過程は兎も角、最後には試験の合格を巡って争う敵に戻るなら問題は無いか。それに、アルステッド理事長は〝俺達が協力してはいけない〟なんて、一言も言ってなかったしな」


 アランもヒューマも、その顔に浮かべているのは同じ笑顔な筈なのに、こうも印象が違うのは何故だろう。

 前者は純真無垢という言葉が似合うほどに輝かしい笑みとは裏腹に、後者は生意気な餓鬼が厄介な悪戯を思い付いたような笑みだ。

 何はともあれ、2人はリュウの案に乗っかるようだ。

 無論、俺もリュウの案に乗っからせてもらう。


「なら、暫くは〝休戦〟だな」


 全員が同意したと分かると、リュウが(おもむろ)に握り拳を突き出してきた。

 彼の行動の意図が読み取れず、俺とアランが同時に首を傾げていると、真っ先に何かを察したヒューマがリュウと同じように拳を作って前に突き出した。

 リュウの拳とヒューマの拳が向かい合っている。その光景を見た俺とアランも、さすがに意図を察して迷いなく拳を前へ突き出した。

 僅かながら大きさに違いのある骨張った4つの拳が中心に向かって向かい合っている。

 それだけなのに、妙な高揚感を覚える。


(アント)を倒す糸口が見つかるまでの間、よろしくな!」


 こうして、俺達は(アント)の弱点を見つけるため、一時的な協力関係を結ぶことになった。


「で、こんな空気で非常に言いにくいんだけど……」


 さっきまでの勢いは、今の一瞬でどこへ消え失せたのか、リュウは気まずそうに嫌に萎んだ声で言った。


「名前を教えて頂いても、よろしいでしょうか?」


 馬鹿丁寧に尋ねたリュウの視線の先には、困ったように眉を下げて笑うアランの姿があった。


(そういえば、この2人……初対面な上に、今の今まで自己紹介もしてなかったな)


 折角、綺麗に締まり、これからみんなで力を合わせようって時に、この(てい)たらく。

 だが、悪い気はしない。寧ろ、なんだか俺達らしくて、自然と口角が上がっていた。

アント:本来は、お菓子などに群れる小さな虫。それが稀に、突然変異してバカでかい個体が生まれることがある……らしい。蟻の女王ならぬ、蟻の〝キング〟と呼ばれている。

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