54話_試験、開始
光に導かれ、外へ出た俺達の目の前には闘技場ではなく、大小様々な大きさの岩と土で構成された殺風景な風景が広がっていた。
軽く地面を蹴ると、足元で砂埃が舞った。先程から観客らしき歓声は聞こえるものの、周囲には俺達4人以外、誰もいない。
「……もしかして出る場所、間違えた?」
不安げなヒューマの声に同時に首を振ったのは、俺とリュウだった。
「これは魔法だな。えーと、確か、空間魔法! ……だよな?」
模擬決闘で覚えた知識を思い出したところまでは良かったが、最後の最後で格好つかなかった。
《御名答。ここは現実とは違う空間にある、魔法で作り出された有限の世界。君達が、これから受ける実技試験の会場だよ》
アルステッドの声が聞こえたかと思うと、ヴォンと電子的な音と共に本人が現れた。
現れたと言っても、実物でなく、ホログラムだが……
《早速、試験に入りたいところなのだが……君達が控え室にいる間に、ようやく本日のお客様が揃ってね。軽くではあるが、彼らの紹介をさせてもらうよ》
てっきり試験が始まるかと思いきや、来賓紹介とは、またこれ律儀な……なんて俺の思考を見抜いているかのようにアルステッドがニコリと、わざわざ俺に微笑んで言った。
《後学のためにも、彼らのことは知っておいた方が良い。それに普段は滅多にお目にかかれない方々だ。今のうちに、彼らの姿を目に焼き付けておき給え》
分かったかな? と念を押されたら頷く他ない。
俺の反応に満足したように頷くと、アルステッドを挟むように両隣りに数名(しかし、やはりホログラム)現れた。
顔見知りから同年代くらいの少年から大人まで、兎に角、統一性のない顔ぶれが様々な表情で、どこかを見ている。
その内の1人に至っては忙しなく口をパクパクと動かしている。
だが、俺としては口を動かして奴よりも気になる存在があった。
(何処かで会ったような……)
時々、頷く動作を見せている鎧とマントを見に纏った騎士のような格好の少年。
この少年を見ていると、何故か心がざわつく。
《本当なら彼らに直接、挨拶をしてもらいたいところなのだが、今、彼らは観客席に向けて挨拶をしていてね。君達が見ているのは、その挨拶の真っ最中の彼らだよ。非常に申し訳ないが、君達には私から彼らの紹介をさせてもらうよ》
ざわつく心を無理やり鎮め、アルステッドの話に集中することにした。
《では、まずは身近なところから。各々の学校の生徒会長から紹介しよう。髪を高い位置で括っていて……何故か甲冑鎧を着ている女性は魔王学校の生徒会長、アリナ・フェルムンド君だ。そして、その隣にいるのが勇者学校の生徒会長、リカルド・ワーナー君。2人とも実に優秀な生徒なのだが……まぁ、喧嘩するほど仲が良いと言うしな》
最後の方で何かボソリと呟いたような気がしたが、肝心の内容までは聞き取れなかった。
《そして、次は……》
本人は何事も無いように先に進めたので、俺も気にしないことにした。
《今、丁度、話を始めたのは、この王都の治めるフリードマン王家の頂点。ブラン・ディ・フリードマン三世。現在、この王都の中で絶対的な権力を持っている方だよ》
「フリードマン?」
奥底に眠っていた記憶を掘り起こされたような感覚に襲われた後、思わず復唱してしまった。
幸いにも、アルステッドの説明に耳を傾けていた3人には俺の呟きは聞こえなかったようだ。
《彼の隣にいる少年は彼の息子にして将来的には次の王様となられる、アンドレアス王子だ》
その名前を聞いた瞬間、俺の中で渦巻いていた何かがパチンと音を立てて弾け飛んだ。
──我は、フリードマン王家三世国王の第一子である!! 巨悪の根源を成敗しに参った!!
いやいや、まさかと頭では否定しても心は既に答えを導いていた。
何故、彼を初めて見た時から気付かなかったのか。いや、違う。
気付かなかったんじゃない。気付きたくなかったんだ。
彼は、俺が前世で出会ってしまったフリードマンではないと。
偶然、同じフリードマンで……偶然、同じ王子という身分で……偶然……って、そんなに偶然が続いてたまるかっ!!
アルステッドの紹介なんて耳に入らない。
今はただ、なんとも喜ばしくない一方的な再会に心の中で泣くしかなかった。
《それから最後に……って、大丈夫かい、ライ君? 顔色が悪いようだが?》
「あ、はい……」
気力のない返事で返すと、アランが俺の顔を心配そうに覗き込んだ。
「もしかして具合悪い? 棄権する?」
まさかの〝棄権〟という言葉に、慌てて首を振った。
「だ、大丈夫だ! ただの思い出し目眩だから」
ハハハと乾いた笑いを添えながら咄嗟に言葉を出したは良かったものの、アランからは首を傾げられた。
……そりゃ、そうだよな。
なんだよ、思い出し目眩って。それなら、立ち眩みの方がまだ……いや、それは確実に棄権ルートに一直線だから駄目だ。
《問題無いなら続けさせてもらうよ。先ほど紹介したリカルド君の父親であり、フリードマン王家、ビィギナー家に次ぐ貴族、ワーナー家の当主、ルドヴィカ・ワーナー氏だ》
そう言ってアルステッドが指したのは、座っているだけなのに妙な圧倒感がある男だった。
顎髭がまた、彼の漢らしさが上手く醸し出している。
しかも立派な正装越しからも、彼の鍛え上げられた肉体が浮かび上がっている。
彼と、息子であるというリカルドを見比べる。
本当に血の繋がった親子なのかと疑ってしまうほどに似ていない。主に、肉体的な意味で。
それにしてもフリードマン、ビィギナー、ワーナー……あぁ、色々と思い出してきた。
魔王である俺でも知っていたフリードマン王家と並ぶ三つの一族。
その王家を直接的に支えていたビィギナー家とワーナー家だ。
確か二つの家は対立し、最終的にはワーナー家が勝利を収めてビィギナー家はそのまま衰退の一途を辿っていったというのが俺の知る歴史だ。
(……ちょっと待てよ)
さっきアルステッドはフリードマン王家、ビィギナー家に次ぐと言っていた。
つまり、今のワーナー家はビィギナーよりも下の位置にあるということだ。
まぁ、いくら、ここが俺がいた世界と似てはいるとは言っても全てが同じというわけではないだろうが、どうも違和感を覚える。
一度、考え始めると深く深く自分の世界に入り込んでしまうのは、俺の悪い癖だ。
俺の意識は外に向いたのはリュウに肩を叩かれてからだった。
あまりにも唐突だったので肩をビクリと震わせてしまったが、リュウは何も触れず、ほんの少しだけ蒼ざめた顔で俺を見つめて囁いた。
「なぁ、ライ……お前、アルステッド理事長の話、理解できた?」
「……は?」
リュウの言葉で、俺は先ほどまで考えていたものが一気に吹き飛んだ。
「フリードマン国王は、さすがにオレでも分かる。 でも、その後のビィギナーとかワーナーって、誰?」
「…………」
俺の表情が見えていない彼は、何も気付かないまま耳元で語り続ける。
「あ、でも、ビィギナーは聞いたことあるな。どこで聞いたんだっけ……えーっと……あ、思い出した! 彼奴だよ、彼奴。カリン・ビィギナー!」
囁きは次第に大声になり、全員の視線の的になったらリュウは、そのことには気付かず、やけにスッキリした表情で両手を合わせた。
《……何が分かったのかな、リュウ君?》
アルステッドの背後からゴゴゴゴゴと何か大きな怪物でも迫って来そうな音が聞こえる。
ここでようやく自分の状況を理解したリュウは、ヒッと小さな悲鳴をあげて、俺の背後に隠れた。
おい、やめろ。俺を盾にするな。
「あ、いや、その、アルステッド先生が言ってたビィギナーって、そういえばオレ達の同級生にも同じ名前の奴がいたなって」
俺の背後から素直に言葉を放ったリュウに、アルステッドは納得したように頷いた。
「あぁ、彼女は、そのビィギナー家の1人娘だよ。ちなみに彼女の父親であるフォルス・ビィギナーもこの場にいる予定だっただが、今回は諸事情により欠席している」
「……へ?」
誰が漏らしたか分からない声に触れることもなく、アルステッドはスーツの懐から懐中時計を取り出した。
《おや、もうこんな時間か。まったく……毎回のことだが、彼の長話に合わせるのも、そろそろ考えないといけないな》
そう言って、アルステッドはパチンと指を鳴らすと、彼の周囲にあったホログラムが全て消えた。
《さて、中途半端に話が切れてしまったが、本来の目的の自己紹介は終わらせたし、良しとしよう。リュウ君、ビィギナー家やワーナー家のことなら、今後、ビィザァーナ達が教えてくれるだろうから、とりあえず今は、目の前の試験に集中するように》
「は、はい……」
それだけ言って、アルステッドはプツンと姿を消した。
結局、彼は俺達に驚く間も混乱する間も与えないまま去って行った。
彼らしいといえば、彼らしいが……どうも腑に落ちない。
試験直前だというのに、緊張も何も無い。
《皆様、大変長らくお待たせ致しました。これより、実技試験を開始します》
空からアルステッドの声が降ってくる。模擬試験と同じパターンなら俺達は今、あの闘技場にいた観客や他の生徒達の視線の的になっていることだろう。
《ルールは最初に言ったように、コンビを組んだ者と力を合わせて巨大モンスターと戦う、これだけだ。そして、その戦う巨大モンスターだが……》
アルステッドの言葉が中途半端なところで止まると、突然、地面が大きく揺れた。
「ぇ?! わ、わっ?!」
よろめくアランを支え、抱えて浮遊魔法で宙に浮いた。
「あ、狡いぞ、ライ!」
「お前も、魔法を使えばいいだろ」
叫ぶリュウを一蹴すると、彼は忘れていた何かを思い出したような表情を見せた後、ヒューマの腕を掴み、浮遊魔法で彼と共に宙に浮いた。
上から様子を伺っていると、ある部分の土だけが異様に盛り上がり始めた。
そして、そこから姿を現したのは……
《紹介しよう。今回、君達が戦うのは……》
──キシャァァァァァァア!!!!
俺が知るソレは、小さな身体という欠点を数で補っている生き物だ。
黒く長い1つの列を作って進む、几帳面な生き物だ。
決して、俺達の身体の何倍も大きく、況してや地面を割って出てくるような奴でもなければ、大きな岩を身1つで砕くような馬鹿力を持つ化け物でもない。
《蟻の女王……ではなく、王様。その名も、ジャイ・アントだ》
この状態に適した言葉を添えられる者はおらず、皆が固く口を閉ざした。
とりあえず分かったのは、本気なのか冗談なのかも分からない言動と自分の中の常識が一瞬で崩壊されるほどの出来事のダブルパンチは、他人が思う以上に精神的ダメージを負うことになるということだ。
今回は沢山、名前が出てきましたが、人物紹介は今回は見送り。
後々、ちゃんと登場する予定なので、その時に改めて……




