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6話_東の森

※後半の一文に、残酷な描写があります。

 カチッ、カチッと、ガスコンロのダイヤルを回す音が台所に響き渡っている。


「あら、火が点かないわ」


 もう寿命かしら。と、マリアが頬に手を添えながら困った表情を浮かべていると、


 ────ボッ!


 ダイヤルを回していないのに、火が点いた。普通なら何故、突然点いたのかと慌てふためくだろうがマリアは、そうはしなかった。


「ありがとう、ライ」


 そう言って微笑むマリアの視線の先には、起きたばかりなのか寝癖でボサボサ頭のライがいた。


 ◇


 マリアに髪の毛を綺麗に整えてもらった俺は、視線を床へと落としながら朝食が並べられているテーブルの椅子へと手を伸ばした。


「……お見苦しい所をお見せしました」


「ふふっ、良いのよ。いつもなら、まだ寝てる時間だものね」


 先ほどの俺の姿を思い出しているのか、彼女は肩を震わせている。

 寝相が悪いのか、時々、酷い寝癖が付くことがある。

 マリアの髪は、いつ見ても手触りの良さそうな髪で羨ましい。寝起きの彼女を何度か見たことがあるが、思わず触れてしまいたいという衝動に駆られてしまうほどに、髪に一切の乱れが無かった。

 髪色だって俺のように黒々しいどころか、夕焼けのように茜色と白色が上手く混じり合っている。

 残念ながら、髪の質や色は、母のものを受け継ぐことが出来なかった。


「笑い過ぎですよ、母さん」


「うふふ、ごめんなさい……ふふっ!」


 よっぽと面白かったのか、それとも彼女のツボが浅いのかマリアは暫くの間、肩を震わせ続けた。


「今まで、きっちり整えた貴方しか見ていなかったからかしら。なんだか嬉しかったの。貴方も、まだまだ子供だったんだって」


「当たり前じゃないですか。僕は、まだまだ子どもですよ」


 〝今の〟自分は、という本音を心の中で呟いた。


「だってライってば、時々子どもってこと忘れちゃうくらい大人っぽく見えるんだもの。小さい頃から誰に対しても敬語だし……誰の影響なのかしら?」


 そう言いながら笑う彼女を見て、俺は思わず尋ねてしまった。


「父さんは、そうではなかったのですか?」


 その一言は、母の笑顔を一瞬にして消した。


「ぇ……あ、そうね。お父さんに似たのかも知れないわね」


 そう言って、そそくさと朝食を食べ始めた彼女に、俺は口を閉ざした。あの反応を見てしまったら、これ以上、聞くことなんて出来なかった。

 朝食を食べ終えた頃には、彼女はいつも通りに戻っていた。


「今日は、アラン君と東の森まで魚釣りに行くのよね?」


「はい」


「じゃあ、これ。お昼にアラン君と食べなさい」


 そう言って、木箱のお弁当箱を2つ手渡した。


「ありがとうございます」


「森にいるモンスター達は、基本大人しいから大丈夫だと思うけど……気を付けてね」


「はい。行ってきます」


 お弁当箱をリュックに詰めて、俺は家を出た。


「ライ、何かあった?」


「え?」


 家を出てすぐ、アランが不思議そうに俺を見つめながら、そう言った。


「何だか、元気が無いみたいだから」


「そうですか? 僕は、いつも通りですよ」


 俺の答えに納得していない表情で俺を見ていたアランだったが、数秒後に諦めたように息を吐いた。


「ライは今まで森に行った事あるの?」


「いえ、初めてです」


「俺も父さんと何度か行ったくらいなんだけど…森に住んでるモンスターが人懐っこくてさ。平和ってこういう事を言うのかなぁって、柄にもなく思っちゃったよ」


「意外ですね。てっきり、危険なモンスターの1体や2体はいるものかと……」


「うーん、そういう話は父さんからも聞いた事は無いな」


 森ならば、その森の(ぬし)的なモンスターの1体や2体は、いるものではないのか?


「着いたよ」


「ここが、東の森……」


 サァッと森を駆ける風が、木々を揺らしながら、木々の独特な香りを運んできた。まだ森の入り口だというのに、もう既に森の中にいるのような感覚だ。


「行こう」


「はい」


 そして俺達は、森の中へと入っていった。


 ◇


 同時刻、突然届いた報せによって、村は騒然となっていた。


「マリア!!」


「きゃっ?!」


 突然、大きな音立てて開いた扉にマリアは驚きの声をあげた。


「あ……ごめん」


「はぁ、サラだったのね。突然どうしたの?」


「マリア、聞いてないの?」


「何を?」


 思わず落としかけた皿を持ち直しながら、マリアは途中だった皿洗いを再開した。


「さっき村に報告書が届いて、数日前に殺処分される筈だった人喰いスライムの1匹が脱走したって。しかも、そのスライムが今──東の森にいるって……っ」


 マリアの手という支えを失った皿は、重力に従って落下し、耳を覆いたくなるような大きな音を立てて、割れた。


 ◇


 先ほどから何やら嫌な気配を感じる。アランは、ああ言っていたが、俺には、この森が平和と思えるほど穏やかだとは思えない。


「ねぇ、ライ……この森、何か変だよ」


 アランも何かを感じ取ったのか不安げな表情で辺りを見渡した。


「前来たときは小さいモンスター達が木に登ってたり、道を走ってたりする姿を何度も見たんだ。でも今日は……まだ一度もモンスターに会ってない」


 このまま進むのは危険な気がする。戻ろう、そう決めてアランに声をかけようとした時だった。


「ぁ…!?」


 アランが突然、自分の口を塞いだ。塞いだ手は異常な程に震えており、目はある一点に向けたまま動かない。


「ライ……ぁれ…」


 弱々しい声を何とか拾い、アランの視線の先を追うように、ライの目もアランと同じ方向を見た。


「これは……」


 ライ達の視線の先にあったのは、片脚の無い鹿(ケルウス)の死体だった。

※ケルウス:鹿のモンスター。大人しい性格。懐き次第で、背中に乗せてくれる事もある。

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