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53話_4人の受験者

 俺とアラン、そしてリュウと……アランに付いてきた男は、今回の実技試験のパートナーとして組むことが決定(と言っても、最後の2人は互いに望んだわけでは無かったが……)した。

 それを漸く理解したらしい周囲が俺達に向ける目は様々だ。

 驚いたように見開かれた目。

 未確認生物に遭遇でもしたかのように丸くした目。

 悪意も善意もない好奇な目。

 そんな中で、最も多かったのは……異端者を見るような下劣な目。

 今となっては思い出すのも不愉快だが、その目をした者の1人(勇者)がアラン達に向けて、こう言い放った。

 〝裏切り者〟……と。

 思わずカッとなった俺は足を踏み出したが、アランに止められたことで、一歩前へ出ただけで終わった。

 アランの予想外の行動に呆然として彼を見つめると、どこか寂しそうに笑ったアランも俺を見た。


「僕は大丈夫。それよりも今は、試験に集中しよう?」


 アランの言葉に納得がいかず眉を顰めはしたが、言うことは尤もなため、何も言えなかった。


(……気持ちを偽るなら()()まで偽れよ、馬鹿アラン)


 彼が嘘を吐くのには適さない性格であることは幼い頃から重々承知していることだが、この歳になっても変わらずというのは、些か問題がある気がする。

 人間、大人になればなるほど自分だけが抱える秘密は多くなる。

 そのせいで苦痛な尋問を受けることもあるだろう。それを上手く躱すことも、時には必要だ。

 だが、今の彼には、それすらも難しいと思える。

 心配そうに俺達を見つめるリュウの横で、深緑髪の男がアランを見て呆れたように小さく息を吐いた。

 どうやら彼もまた、アランの性格をよく理解している1人らしい。


 そんな過程の末、今回の試験の受験者は俺を含めた、たった4人となった。

 そもそも試験として成り立つのかと疑問に思ったが、1組でも受験できる状況が出来た時点で試験は予定通り行われるらしい。

 なんというか……運営側には心から、ご苦労様という言葉を贈りたい。

 試験会場を後にした他の生徒達は、そのまま帰らず観客席からの見学が義務付けられている。

 今は、その彼らが全員、着席するまでの時間稼ぎとして受験者は控え室で待機となっている。

 わざわざ控え室に通された理由はそれだけでは無いらしいが、そこら辺に関しては伏せられたままなので、詳細は会場に行ってからのお楽しみだ。

 控え室に通されたのは良いが4人だけの空間になった今、誰1人として口を開こうとしない。

 先ほどのこともあってか、なんとなく気まずい空気が流れているのが嫌でも分かる。

 気まずい空気の上に、密封された空間。終いには、いつまで、この状態が続くか分からないときた。


(こういう時こそ、お前の出番だろうが……っ!)


 時々、空気なんて関係なく踏み込んでくるリュウを軽く睨んだが、肝心の本人は俺の視線に気付くどころか控え室をキョロキョロと見渡している。

 今の彼は、初めて足を踏み入れた領域への興味に支配されているようだ。

 誰にも気付かれないように小さく肩を落として彼から視線を逸らすと、偶然にもアランの近くにいた若緑髪の男と目が合った。

 逸らすのは失礼かと思い、そのまま見つめていると、意外にも彼の方から近寄って来た。


「アンタが()()だな。アランから、よく話を聞いてるよ。俺は、ヒューマってんだ。よろしくな」


 あんなことがあった後だから、ろくに会話もせずに険悪な関係になってしまったかと心配したが、思っていたよりも友好的な態度だったのでホッとした。

 正直、馴れ馴れしい感じはするが、これが彼のスタンスなのだろうと勝手に解釈し、差し出された手を取った。

 その瞬間、手首にチクッと針に刺されたような鋭い痛みが一瞬だけ走った。

 差し出した手の手首はを見たが、朝、リュウが貸してくれたリストバンドをしている場所のため隠れてはいるが、特に変わった様子は無い。


「……あぁ、よろしく」


 痛みは本当に一瞬だったため、俺は何も無かったように言葉を返した。

 ニカッという効果音が似合いそうな笑顔で返した彼に、悪い印象は受けない。

 受けないが何故か、その笑顔が本物だとは思えなかった。

 本心を悟られないように、わざと大袈裟に笑っている……これといった根拠は無いが、なんとなく、そう思った。


「ヒューマは凄いんだよ。新入生代表で入学した上に、常に試験の成績はトップ! みんなの憧れの的なんだよ」


 アランの純粋な言葉に、ヒューマは困ったように笑いながら頭をかいた。


「成績は兎も角、みんなの憧れってのは、さすがに言い過ぎだぜ、アラン。仮に本当だったとしても、たった今、その憧れは完全に消え失せたかもしれないけど」


 ヒューマの言葉で脳裏に浮かんだのは、彼らに応援の一声すらかけなかった勇者学校の生徒達。


(まぁ、それは俺達も同じようなものだが……)


 それでも彼女達は彼らのように、俺達に直接的に何か言葉の刃を向けることは無かった。

 その代わりと言うのもなんだが、どこか失望したような冷たい視線が痛かった。


「それを言ったら、ここにいるライ様だって凄いんだぜ? 新入生代表に選ばれたのは勿論のこと、学校だけでなくギルドでも一目置かれる存在なんだからなっ!」


「……なんで、お前が誇らしげに語ってるんだ」


 なんて、冷静に装ってはいても心までは装えなかった。なんだか(くすぐ)ったくて居心地が悪いのに、悪い気はしない。

 矛盾した気持ちに、なんだか気が引けて目線を逸らした。

 リュウの言葉にアランは感激したような声をあげ、ヒューマは感心したように口笛を吹いた。


「そういえば僕もギルドで時々、ライの話を聞くよ。あと、スカーレットも」


 まぁ、ある意味、色々と派手にやらかしたからな……スカーレット(アイツ)も。

 遠い目で過去の記憶の一部を遡っていると、ククッと笑いながら肩を揺らしたヒューマに、なんとなく意識が向いた。

 風に揺れた彼の若緑の髪に思わず、()()を思い出した。

 守ると誓った幼い命。

 だけど、守れなかった儚い命。

 彼女が最期に見せた弱々しい笑顔は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

 ジッと見つめていると、ヒューマは居心地悪そうに視線を泳がせた。


「えー、っと、そんなに見られると俺もさすがに恥ずかしいんだけど……もしかして、俺の顔に何か付いてる?」


 照れ臭そうに頬をかく彼に、ハッと我に返ると慌てて首を振った。


「すまない。アンタの髪の色が、その……知り合いに似てたから、つい……」


 俺の言葉にキョトンと目を丸くした後、サイドから肩に垂れている髪を見つめた。


「へぇ……アンタの知り合いにもいるんだ、俺と似たような髪色の奴。実はさ、この辺りじゃ、あんま見ない色らしいんだけど俺を含めて家族全員、似た感じの色なんだ。さすがに色の濃さは個人個人で違うけど」


 咄嗟に出た言葉に苦しい言い訳だったかと後悔の念が押し寄せて来たが、彼の反応を見る限り、その心配は無さそうだ。

 ただ、アランだけは俺が誰のことを言っているのか察したようで目に悲しい影を落としたが、俺と目が合うと、すぐに、その影を隠すように目を閉じて笑った。

 俺達が、そんなやり取りをしている間に、ようやく満足したらしいリュウが話に加わってきた。


「ヒューマの家族は、王都にいるのか?」


「いや、王都には俺1人で来たんだ。家族は、ここから遠く離れた田舎にいる…………もう何年も会ってないけどな」


 そう言って遠く見つめる彼の瞳は何かを映すのも許さないと言わんばかりに、濁っていた。


「今まで、一度も会いに行かなかったのか?」


「あぁ。まぁ、色々あって……」


 言葉を濁したヒューマに何かを察したのか、リュウはそれ以上、何も問わなかった。

 それ以上続く言葉もなく、また無言の時間が流れるかと思いきや、ブツッと何かのスイッチが入った音が木霊した。


《えー、ウォッホン!! 受験者の諸君、会場の準備が出来ましたぞ! 入り口にいる係の者に従って入場してくだされ》


 力強さが無駄に伝わる、この声と話し方はヴォルフだ。

 彼の声を聞いていると、不思議と背筋が伸びるから不思議だ。


「皆様、会場までご案内致しますので準備が出来次第、控え室から退室して下さい」


 ヴォルフの言っていた係員が軽く扉をノックした後、軽く扉を開けて俺達に声をかけた。

 自然と互いに顔を見合わせて頷くと、各々が扉に向かって歩き出した。


 さっきも通った、控え室と会場を繋ぐ外が全く見えないトンネルの道。

 それなのに会場に近づく度に変な高揚感が芽生えてくる。

 これが、緊張……いや、(たかぶ)るという奴なのだろうか?

 会場への入り口を示す光が目と鼻の先の距離まで来た時、後ろを歩いていたリュウが少しだけ歩みを速め、俺の横に来た。


「今回は、敵同士だな」


「……そうだな」


 思い返せば、彼とは協力する立場であることは多々あっても、こうして競い合う立場になるのは初めてな気がする。


「負けないからな」


 不敵な笑みで告げられた宣戦布告に思わず目を丸くしたが、次第に彼に負けじとニヤリと笑った。


「俺も、負けるつもりはない」


 そして俺達は、聞こえてくる歓声と熱気を全身で感じながら、光の中へと消えた。

[新たな登場人物]


◎ヒューマ

・今回、リュウと組むことになった少年。

・実は、44.5話でアランの友人(この時は、まだ無名)として登場していた。

・短髪キャラが多い中、貴重な長髪キャラ。

・若緑色の髪をサイドに縛り、肩に垂らしている。

・家族は王都とは別の場所に住んでいるらしく、ここ何年も会っていないらしい。

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