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52.5話_閑話:若き王子は、希望を見つける

 小さい頃、ある一冊の絵本に惹かれた。その絵本のタイトルは『伝説の勇者の物語』。

 主人公である勇者が世界征服を企む魔王を倒すために冒険をし、仲間を集い、最終的には魔王を討ち取り、平和を取り戻すという単純ながらも幼少期の自分の心を踊らせるには充分な物語だった。

 小さい頃、この絵本のような素晴らしい世界が、自分の住む世界なのだと信じて疑わなかった。

 種族や地位に関係なく、様々な境遇にある者達を仲間として扱い、時には争い、時には助け合い、そうやって絆を深めあっていく。

 それが、この世界の者達の繋がり方なのだと、信じていた。

 信じて、すぐに裏切られた。

 この世界は、あの絵本のようには出来ていない。この世界は、ある意味、世界征服を企む魔王以上に厄介な存在で溢れかえっている。

 王都を治めている父上の仕事の付き添いとして、幼い頃から様々な場所に赴き、様々な者と出会った。

 その経験や出会いが、自分を、ほんの少しだけ大人にしてしまった。

 それまでは純粋に楽しめていたはずの絵本が、時が経つにつれて読んだ後に得られる満足感が薄れ、何故か虚しい気持ちが芽生えるようになった。

 理由は、なんとなく分かっている。

 あの絵本のような世界なんて、本当はどこにも無いと知ってしまったからだ。

 そんな現実を知って尚、絵本の世界(理想)を追い求めるほど自分は愚かではない……と、言いたいところだが、密かに今でも追い求めている。


 何度目か分からない父の付き添いで、魔法学校と勇者学校合同の実技試験を見学することとなった。

 これまで父の付き添いで様々な場所へ足を運び、勇者学校や魔法学校の試験を見学したことも何度かあったが、今回のように合同で行われるものは初めてだった。

 僅かながら胸に抱く期待。相変わらず諦めの悪い自分に呆れながらも誘導された席に腰を下ろした。

 未だに空いている席が、2ヶ所見られた。

 女子(おなご)が圧倒的に多い魔法学校の生徒と男ばかりの勇者学校の生徒。

 見事に対照的な人集りは、他者を寄せ付けないといった感じで互いに睨み合っている。

 この調子では、暫くは、あのままだろう。

 視線を2つの人集りから外し、自分と同じ場所から生徒達を見つめているアルステッド殿とヴォルフ殿に視線を向けた。

 各学校の理事長である彼らが、この現状をなんとかしようと日々、尽力してくれているのは承知している。

 だが、そんな彼らの努力も虚しく、未だ、これといった成果は出ていない。

 この実技試験も彼らの努力の果てに漸く実現化されたものだが、結局は、この有様だ。


(何か良い策は無いものか……)


 王子とは名ばかりな自分が、彼らに出来ることなど何も無いのかも知れないが、それでも、ほんの少しでも良いから彼らの力になりたい。

 彼らのため……というのもあるが、何より、彼らの力になることが、これまで何度諦めかけようとも、結局諦められなかった〝理想の世界〟への近道だと思ったから。

 そんなことを考えながら2人を見つめていると、ヴォルフ殿が驚いたように突然、立ち上がった。しかし、周囲の者達はそんな彼に驚くどころか、何かに取り憑かれたように、ある場所を見続けている。

 隣に座っている父上も例外ではなかった。

 明らかにおかしい周囲の様子を呆然として見つめていると、アルステッド殿が微かに肩を震わせているのが見えた。

 何事かとアルステッド殿の顔が見えるように身を乗り出すと、彼は愉快そうに笑っていた。

 声は出さず、隠すように口元を手で覆っていたが、確かに彼は笑っていた。

 そんな彼も、周囲の者達と同じ方向を見続けている。

 そして、ようやく自分も皆と同じ方向へ目を向けた。

 それは、先ほどまで何の動きもなかった2つの人集り。それが、どうしたことだろう。

 2つの人集りの間に見えるのは、自分とあまり年が変わらないであろう4人の少年。

 しかも、笑顔で手を取り合っているではないか。

 自分が周囲の変化に呆気にとられている間に、何があった?


「父上、一体、何があったのです……?」


 目の前の状況を把握するために思わず父上の名を呼んだ。

 父上は、まだ夢から覚めていないかのような表情で自分の方を向いた。


「勇者と魔法使いが自ら歩み寄り、手を取り合ったんだ。こんなの、初めてだぞ……っ!」


 どこか興奮した趣で放たれた父上の言葉に、改めて少年達を見た。

 ある1組は嬉々とした表情で、もう1組はぎこちない笑みではあるものの、その手はしっかりと握られていた。

 その光景は、一筋の希望を見い出すには充分過ぎるものだった。

 なにか強い衝動のようなものに捕らわれ、頭が何かを思考する前に行動にでていた。


「アルステッド殿、ヴォルフ殿」


 まるで、別の生き物に生まれ変わったかのような不思議な感覚。


「……彼らの名前を、教えて頂きたい!」


 それは、我──()()()()()()()()()()()()()()()()であるアンドレアス・ディ・フリードマンが、今日まで無理やり抑え込んでいた強い欲求を解放した瞬間だった。


「っ、遅くなって申し訳ありません!! 魔法学校生徒会長アリナ・フェルムンド並びに、勇者学校生徒会長リカルド・ワーナー、遅ればせながら、只今、参じょ…………?」


 息を切らしたポニーテールの生真面目そうな女性と、気怠そうに彼女の背後からゆっくりと現れた長身の男が、それぞれ興味深そうに自分達を見つめていた。

 恐らく、彼らが、あの空席に座る者達なのだろうと、今の一瞬で変に冷静になった頭で分析した。

[新たな登場人物]


◎アンドレアス・ディ・フリードマン

・実は、41話で登場している。(名前は、今回が初公開)

・今回は場所が場所なために大人しいが、普段は暑苦しく喧しい。

・そんな彼の性格を表すかのように情熱的でありながら、どこか上品な唐紅の髪色に父親譲りの灰色の瞳。

・〝伝説の勇者の物語〟に強い感銘を受け、種族や身分に問わず、皆が手を取り合って生きていける世の中を作りたいという大きな野望を抱いている。

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