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52話_明かされた試験内容

今回は、少し長めです。

 翌朝、珍しく俺よりも早く目が覚めたリュウに起こされた俺は、半ば強制的に食堂に連れて行かれた。

 強制的な起床と連行に思わず不機嫌なオーラを撒き散らしてしまったが、食堂に着いたら、そんなオーラは即、かき消されてしまった。

 原因は、食堂とは思えない程に殺伐とした空気だ。

 今日は、俺を含めた新入生達にとって初めての実技試験。

 未だに内容が明かされていない謎の多い試験だけに不安や緊張を隠せない者が、それだけいるということだ。

 しかも、いつもより早く食堂に来たのに、これだけの生徒が既にいるということは、皆、昨日は熟睡出来なかったのだろう。

 正直、ここまで来たら変に気負うよりは潔く腹を括った方が良いんじゃないかと、俺は思うが……


「みんな、異常なまでにピリピリしてるな……朝ご飯食べる時くらいは、リラックスした方が良いと思うけど」


「……いつもより1時間以上も早く起きた上に、寝てる俺を容赦なく叩き起こした奴が、よく言えたな」


 他人事のように呟きながら朝食のパンを頬張るリュウを軽く小突くと、気まずそうに軽く笑いながら俺の肩に手を置いた。

 あくまで本人は宥めたつもりだったようだが、俺に取っては逆効果だった。

 自分の皿に乗っているパンの残りを彼の口にめがけて押し込んでやったが、彼が苦しんだのは最初の数秒だけで、あっという間に飲み込んでしまった。

 そういえば、妖精(フェアリー)族は華奢な身体に似合わず、大食漢の奴が多いと聞いたことがある。彼の本来の姿を見たことが無いからなんとも言えないが、元は小柄のピクシー身体で俺と同じ食事をとり続けている彼も、その類なのかも知れない。


 ◇


 その後、食堂から逃げるように部屋へ戻った俺達は、いつもの制服ではなく、動き易さに特化されたジャージに着替えた。

 本日だけは特例で、制服以外の服装が許可されているのだ。

 制服で試験を受けても問題は無いが、あの服は正直、()()向きとは言い難い。

 何をするか分からない以上、機敏に動ける格好の方が、その分、臨機応変に対応できるだろう。

 袖を通していると、リュウが不思議そうな顔で俺を……正確には、俺の手を凝視している。


「……その手首、どうしたんだ?」


「手首?」


 袖を通したばかりの手を軽く上げると、痛みも違和感も無かった為、存在を忘れてしまっていた例の模様……いや、(あざ)と言ったほうが妥当だろうか?


「痣……にしては、洒落てるな。もしかして、これ、タトゥーって奴? お前、こういうの、するんだ? なんか、意外」


 これは、タトゥーではない。

 そう正直に言おうか迷ったが、それで更に詮索されるのも困るので〝まぁ……〟と曖昧に返した。

 それに対し、リュウは〝へぇ〟と、心底意外そうな表情で返しただけだった。どうやら、この反応が正解だったようだ。

 ホッと安心したのも束の間、俺から離れたリュウは彼のベッド近くにある棚の上にある小箱から何かを取り出し、急に振り返ると俺に向かって何かを投げてきた。

 軽く驚きながらも、それをキャッチすると、手の中には、なんの模様も汚れも無い、洗濯したての真っ白なリストバンドがあった。


「普段なら、兎も角……試験の時は、隠しといた方が良いぞ」


 結局、コレは、お洒落で付けている何かだと勝手に判断してくれたらしい。

 ……その方が、無駄に誤魔化さなくていいから、ありがたい。

 リストバンドを通し、手首の模様と重なるように調整した。

 それにしても意外だ。一見、チャラい風貌の彼に、こんな真面目な一面があったとは……

 感心したように彼を見ると、どこか気まずそうに視線を床に落としたリュウが口を開いた。


「先輩から、実技試験は実力だけじゃなく、各生徒の人間性も見るって聞いた。具体的に、どうやって見るのかは分からないけど、恐らく服装や試験に対する態度が関係してくるんじゃないかって……だから……その……」


 視線を床に落としたまま、ガシガシと頭を掻き毟るリュウを見て、彼の思考がなんとなく伝わった俺は、思わず口元を緩ませた。

 なんて事ない単純な話、彼は心配してくれているのだ。この手首の〝お洒落〟で、俺の評価が下がることを。

 自分で気付いているか否かは不明だが、彼が試験に対して不安を抱いていることは間違いない。

 そんな彼が、この模様に気付いた瞬間、俺のことを気にかけてくれた。

 自惚れだと言われれば、それまでの話ではあるが……それでも、目の前の彼の反応を見て自惚れるなと、口元を緩ませるなと、そう言われる方が酷だ。


「な、なに笑ってんだよっ!!」


 口元が緩みきった、だらしのない顔は運悪く彼に見られてしまった。

 まぁ、同時に、俺も彼の面白い顔も見てしまったわけだが……


 ◇


 寮部屋での()()()()を終えた後、俺達は、前もって指定されていた試験会場へと赴いた。

 会場は、〝闘技場〟と呼ばれる円形状の建物。

 此処は、実技試験の他にも実戦訓練で使用される。存在は把握していたが、中に入ったのは初めてだった。

 中に入って上を見上げると、青空が無限に広がり、空を優雅に雲が流れていた。

 中心を囲うように設けられた観客席が空へ向かうように上へと伸びており、緊迫感と開放感が同時に迫ってきそうな変わった造りだと、初めて見る構造に完全に興味を惹かれていた。

 リュウも感嘆の声を上げながら、辺りを忙しなく見渡している。

 しかし、どうも違和感がある。

 中心に俺やリュウを含めた生徒達でも充分に人口密度は高い方だとは思うが、この妙な圧迫感は何だ?

 まるで、見えない何かの大群が自分達を囲うように連なっているかのような……それに、なんだか数多の視線も感じるような気がする。


(……まさか、な)


 なんだかんだで俺も、リュウのことが言えないくらいに試験に対して不安を抱いているのかも知れない。自分を落ち着かせるように深く深呼吸をすると、改めて上を見上げ、無限に広がる青空を見つめたら、ほんの少しだけ気分が落ち着いたような気がする。

 それにしても……構造のせいなのかも知れないが、見ているだけで空へ吸い込まれそうだ。


(……俺がいた場所(魔王城)では、まず考えられない構造だな)


 思わず、今となっては懐かしい魔王城の姿を思い浮かべてしまった。

 だが、そんな懐かしい情景も、周囲のガヤの声によって、すぐに現実へと戻されていく。

 さすがに試験時間が迫っていることもあり、生徒達が一気に集まり始めた。


(相変わらず、女が多いな……)


 魔法学校の生徒が集まるということは、必然的にそうなるため仕方ないが……せめて、もう少し男がいてほしかった。

 控えめな要望を胸に押し込めていると、突然、トントンと何かを軽く叩くような音が響いた。


《えー……マイクテスト、マイクテスト。闘技場に集まっている試験生の諸君、私の声は聞こえているかな?》 


 空から天の声……ではなく、アルステッドの声が降り注いだ。

 思わず、辺りを見渡したが彼の姿はどこにも無い。


《その反応を見る限り、私の声は聞こえているようだね。それなら、早速、本日の試験について説明しよう》


 思わぬ展開に生徒達からは戸惑いの声が上がったが、試験について話すと分かった瞬間、一気に静まった。


《今日の試験は、私が、この学校の理事になった時に新しく追加されたものでね。特に、新入生の諸君には混乱を招いてしまうだろうが……人生は、たいてい予想外で出来ているものだ。コレも、その予想外の1つだと思って、諦めてくれたまえ》


 生徒への激励どころか、不安を煽るような言葉をツラツラと並べるアルステッドに、俺を含め、これから試験を受ける生徒全員が嫌な予感を覚えた。


《それじゃあ、試験内容を……って、こら、ヴォルフ。興奮するのは構わないが、そろそろ話を切り上げてもらえないか?》


(ヴォルフ……?)


 その名前に一瞬だけ首を傾げたが、すぐに思い出した。

 王都に来たばかりの頃に会った勇者学校の理事長。

 でも、何故、彼の名前が? しかも今のは、まるですぐ近くにいるかのような口振りだったが……


《さて……それでは改めて、試験内容を発表しよう。今回の試験は……》


 アルステッドの言葉が切れた瞬間、パリンとガラスが割れたような音が聞こえたかと思うと、破片が陽の光に反射して輝きながら、四方八方に散らばった。

 周囲の者達が自分の顔や頭を守るように両腕を構えたが、これはガラスではなく結界の破片だと即座に悟った俺は只々、目の前に広がる幻想的な光景を見つめていた。

 普通に解除すれば良いものを、態々、こんな演出がかった事をするとは……入学式の時といい、理事長様は相変わらずサプライズがお好きなようだ。思わず、フッと笑みがこぼれた。

 しかし、俺の心の平穏が保たれたのは、ここまでだった。

 割れた結界から現れたもの。

 今度は、それに釘付けになった。

 それは少なくとも、この空間には存在する筈のない()()だった。

 しかし、目の前にいる彼らが幻覚の類では無いことも一目見て分かった。

 だからこそ、混乱しているのだ。

 彼らの服装は、アランが入学式前に着ていた制服と同じデザインだった。

 だから、すぐに勇者学校の生徒だと分かった。

 だが、それが分かった所で混乱は治らない。

 寧ろ、余計に混乱の渦に飲み込まれていく。

 リュウや周囲の生徒達も同様で、彼らの存在を確認した者から次第に、戸惑いの声が上がった。

 勇者達も俺達と状況は変わらないようで、俺達を見た瞬間、訝しげな表情で周囲の者達と何やら言葉を交わしていた。


《うんうん、実に良い反応だ。そして、これで今回の役者が全て揃った》


 今まで空の上から聞こえてくるかのように、どこか遠くには感じていたアルステッドの声が、やけに鮮明に聞こえ始めた。

 理由は、すぐに分かった。今まで姿を見せなかった彼が、目の前にいるからだ。正しくは、俺達が闘技場へ入ってきた入り口の真上にある無数にある観客席とは明らかに造りが違う観戦席。

 恐らく〝お偉いさん〟のための特等席だろう。

 その証拠に、アルステッドやヴォルフといった各校の理事長から煌びやかな装飾や服を身に纏った、いかにも皇族といった者ばかりが、その空間に居た。

 しかも、先ほどまで誰もいなかったはずの観客席も、ほとんど埋まっている。

 あの中のどこかに、グレイがいるはずだ。

 いや、そんなことよりも……だ。

 〝役者が揃った〟と、アルステッドは言った。

 この言葉を聞いて尚、何も察せずに首を傾げるほど、残念ながら俺は鈍感ではない。


《君達には今から勇者と魔法使いで二人一組のコンビを組んでもらい、組んだ者と力を合わせて今から出現させる巨大モンスターと戦ってもらうよ。あぁ、モンスターといっても所詮は魔力で生み出されたものだから命の危険性は無いが、下手すると怪我をする恐れはあるから油断はしないように。……では各自、今回の試験を共に受けるパートナーを見つけ出してくれたまえ》


《我輩も、応援しておりますぞっ!!!!》


 アルステッドの言葉に、どれほどの人間が納得しただろう?

 それから相変わらずヴォルフの声量には慣れない。

 案の定、アルステッドの話を聞いた生徒達は困惑に満ちた表情で周囲と話をしている。


「……ねぇ、どうする?」


「どうするって言われても……勇者と組まないと、試験すら受けられないってことでしょ」


「じゃあ、勇者と組むの?」


「それは……」


 この世界の勇者と魔法使いは何故か、いがみ合っている。

 そんな世界の実状を利用した試験なのだろう。

 アルステッドの言葉から1分、魔法使いも勇者も誰一人として動き出す者はいない。

 両者共に、互いの様子を伺うように睨み合っている。

 数分前とは打って変わって、シンと静まり返った空間で、俺は忙しなく周囲を見渡していた。


(いない……こっちにも……くそ、どこだ……)


 屈強そうな者から細身の者まで、様々な体型の男達の中から俺は()()を探していた。

 探して、探して、探し続けて……やっと見つけた。

 周囲の男達を押し退け、前へと出た彼の姿を捉えた俺は、迷わず魔法使いの集団から抜け出した。


「お、おい! ライ?!」


 勇者学校の生徒達が集まっている方へと足を進める俺を、リュウが慌てて追いかけて来ているのが分かった。

 彼には申し訳ないが、今は優先すべきことがあるため立ち止まるわけにはいかない。

 戸惑いながらも追いかけて来る彼の気配を背中で感じながら、少しずつ、でも確実に、勇者達と距離を詰めていく。


 ──詳しくは言えませんが……今回の試験は、魔王様()なら、余裕で合格出来る筈です。頑張ってください。


 グレイが昨日行っていた言葉の意味が、ようやく分かった。


「ライ!」


 パァッと顔を明るくさせたアランが、周囲の好奇な視線を歯牙にも掛けず、俺に向かって一直線に駆け寄る。

 そんな彼の後ろにも、こちらに向かって走って来る誰かが見える。

 やけに慌てた表情で彼を追いかけるように走る姿が、なんとなくリュウと重なった。

 闘技場の中心に集まった4人。他の生徒達も観客も、俺達に注目しているのが嫌でも分かってしまう。

 そんな中でも、ニコニコと笑顔を見せているアランのメンタルの強さは、相当のものだろう。


「試験の内容を聞いた時、僕、絶対にライと組もうって思ったんだ」


「俺もだ」


 その後、流れるような動作で互いの手を取り合った。

 その光景に、とうとう周囲だけでなく、観客まで(どよ)めき始める。

 勇者と魔法使いが対立しているのが当たり前な、この世界で、アラン(勇者)(魔法使い)が自ら進んで手を取り合っている姿は、非現実世界を舞台にした小説並みに現実離れした光景に見えていることだろうが、周囲が何を思おうと関係ない。


「頑張ろうね、ライ」


「あぁ」


 彼の笑顔につられるように、俺も微笑んだ。


「え、えーっと……これ、流れ的にオレ達が組むべき、ですかね?」


「そう、なんですかね?」


 俺とアラン、俺達に付いて来たリュウと……一つに束ねた水々しい若葉の如く明るい若緑色の髪をサイドに垂らした少年が、ぎこちない口調で言葉を交わしながら握手しているのが見えて思わず吹き出した。

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