50.5話_閑話:とある少年のその後
久々の投稿ですが、今回は主人公がチラリとも登場しません……orz
※遠回しな部分もありますが、残酷な描写を含んでいます。
昔々、少年は神に会った。
目があっただけで生まれたての子鹿のように足を震わせてしまう程の威圧感を持ち、命乞いをする者達に容赦の無くトドメを刺す残虐さを持った神に。
しかしながら、その神は暴君でもなければ、狂乱者でもなかった。
神は、分かっていたのだ。この世界が狂っているということを。
そして、直ちに、この世界は再構築するべきだということを。
その、愛しき神の名は……〝魔王〟。
燃え盛る炎と瓦礫の残骸の奥で、少年は確かに見た。
今にも崩れ落ちそうな空間で、狼狽えること無く凛と立つ魔王の姿を。
この地の暴君に、鉄槌を。
骸となった正義ある勇士達に、安寧を。
そして────この腐った世界に、終焉を。
薄れゆく景色の中で、鮮明に聞こえた声。
この声を聞いた瞬間、不思議と安堵に似た感情が少年の胸を満たし、そして……少年の生命の鼓動は、そこで途絶えた。
◇
「おい、聞いてんのかコルァ!!」
思わず眉を顰めてしまいそうな声に、懐かしい夢の中を彷徨っていた意識は、現実へと強制送還された。
雲の上のような存在、〝マオ様〟との初対面を無事に終え、上機嫌で歩いていたのも束の間、変な輩に絡まれてしまった。
しかも、わざわざご丁寧に、こんな薄暗い裏路地に連れ込んで。
壁に打ち付けられた背中から発せられる地味な痛みを誤魔化すように、スメラギは軽く息を吐いた。
「……一応、ボク、謝ったんだけど」
「その態度が気に食わねぇんだよ!! それに、謝ったって、〝あ、ごめん〟の一言だけじゃねぇか! あんな、そこらの小石より軽い謝罪で許されるなら、この世に騎士団なんて要らねぇーんだよ!!」
互いの息遣いが感じられるほどの距離で、唾液を撒き散らされることほど嫌なものは無い。
しかも、その相手が、会って間もない変に悪ぶった奴だ。
(こんなことなら、もう少しマオ様と話していれば良かったなぁ……)
はぁ、とあからさまに退屈そうな溜め息を吐くと、堪忍袋の尾が切れたらしい男が拳を作り、容赦なく突き出そうと構えた。
相手が彼でなければ、あと数秒ほどで彼の拳は顔をめり込んでいただろう。
そう……相手が、彼でなければ。
「ぁ……?」
ブチブチと何かを引き千切るような不快音に、男達の表情は勝ち誇ったものから、怯えたものに変わっていく。
唯一、スメラギの前にいる男だけは、何が起こったのか理解していないといった表情でスメラギを見つめていた。
「あ、兄貴……」
「あぁ? なんだよ、今、俺はこのクソガキを殴ろうと……」
「殴るって……〝どの手〟で?」
ボクが問いかけると、男はキョトンとした表情で数秒ほど彼を見た後、ゆっくりと自分の手を見た。
「ヒ、ぃ」
男は痛みと恐怖に叫ぶ間も無く、近くにいた男達共々、姿を消した。
それは、一瞬の出来事だった。
「あー……遅かったっすか……」
気怠げな声と共に、奥の暗闇から姿を現したのは、身体の所々が岩で覆われた長身の男だった。
男の背後では槍のように鋭く、硬そうな尻尾がうな垂れたように地に伏していた。
男の突然の登場に慌てる素ぶりも無く、寧ろ、スメラギは落胆したように肩を落とした。
「……なんのこと?」
「惚けたってダメっすよ。アンタの両手……いや、正確には手に見える〝バケモノ〟か……そいつらに付いてる血が、ここで物騒なことが起こった何よりの証拠っす」
咄嗟に隠した両手に目敏く気付いた男に、スメラギは、態とらしく舌打ちをした。
「……言っとくけど、ボクは悪くないからね。だって、相手の方から喧嘩を売ってきたんだもん。正当防衛って奴だよ」
「過剰防衛の間違いじゃないすか……?」
初めから何も無かったかのように綺麗な裏路地を見渡した後、男はスメラギを睨むように見つめた。
「後処理するオレっちの身にもなってもらいたいもんすね。この前だって、アンタの部下が鬼人の村を襲撃したせいで、面倒なことになっちゃったんすから」
やれやれと肩をすくめた男に、スメラギは不満そうに唇を尖らせた。
「そりゃあ、ファイルさんには申し訳ないなって、ほんの少し思ってるけど……あれだって、ボクのせいじゃないよ。アイツ、強くなりたいって、うわ言のように呟いてて気味が悪いし、鬱陶しかったから、大事な大事なマオ様の〝力〟をほんの少しだけ取り込ませてあげただけ。そしたら、勝手にアイツが暴走しただけだもん…………てか、そもそもアイツ、部下じゃないし」
次第に小声になりながらも、ちゃっかりと言いたいことだけは言うスメラギの態度に、男はピクリとも片眉を上げた。
「また、例の〝マオ様〟っすか……てか、やっぱり、アンタのせいじゃないすか……」
男がそう言うと、ぷくりと頬を膨らませたスメラギ。
そんな彼の反応を見た、ファイルと呼ばれた男は、もう何も言うまいと口を閉じたが、それからすぐ後に何かを思い出したように口を開いた。
「今回のことは兎も角として……鬼人の村の襲撃の件は冗談抜きで少々、面倒なことになってるみたいっすよ」
それなりにファイルと付き合いがあるスメラギだからこそ、気付けた小さな変化。
気怠げな表情とチャラい話し方は変わらないが、彼の声は軽い茶化しすら許さない緊迫したものだった。
「……〝竜の腰掛け〟が、壊されたらしいっす」
その言葉を耳にした瞬間、今まで軽く話を聞いていたスメラギが初めて表情を大きく変えた。
「……大丈夫なの?」
取ってつけたような言葉ではなく、心の底から相手を案ずるような声色に、男は意外そうに目を丸くした。
「オレっちは特になんとも無いんで、大丈夫っすよ。……他の誰かは、分かんないっすけど」
「……そう」
何かを思案するような、しかし、どこかホッとしたような表情で視線を外したスメラギに、面食らったように目を丸くしていたファイルは僅かに口角を上げた。
(この前、デルタちゃんに無理言って変わってもらった模擬決闘の審判の件も含めて、文句言ってやろうと思ったのに……そんな表情されたら、何も言えないじゃないっすか……)
◇
穏やかながら、どこか不穏が見え隠れする空気が裏路地に流れる中……
「カリンちゃん! カリンちゃん!! しっかりして!!!」
「はぁ……っう、く……っ!」
同時刻。とある部屋では、ベッドのシーツを握りしめ、浅い呼吸を繰り返しながら謎の苦痛に耐えるカリンの姿があった。
「……っ、ウチ、誰か呼んでくる! だから、もうちょっとだけ頑張って、カリンちゃんっ!」
特徴的な獣耳を頭に生やした少女が慌しく部屋を出て行った直後、カリンの身体の至る所で、小さく、しかし、確実に変化が起こり始めていた。
次回、《初めての実技試験 編》突入
[新たな登場人物]
◎ファイル
・少し尖った耳に付けられた数個のピアスと誠意を感じられない口調のせいで、よく勘違いされるが、れっきとしたギルドの職員。
・デルタの上司で、本来ならライ達の模擬決闘の審判を担当する筈だったが、諸事情のためにデルタに変わってもらった。
・デルタと同じ〝異世界転生課〟に所属はしているが、他にも重要な役割を担っている。
・後々、ライ達と出会う……かも。
 




