428話_不虞の遭遇者
目的地が明確となり、間もなく城を出た俺達はギルドハウスへと向かった。ギルドハウスには転送装置がある。ギルドハウスとして認められた建物には自動的に設置される仕様らしい。
便利な世の中になったものだと時の流れをしみじみと感じながら装置を難なく操作するグレイを眺め、装置が動き出すのを待つ。
今回の依頼は俺とグレイ、それからスカーレットも同行する事になった。当初は俺とグレイ二人で行く予定だったのだが自分も連れて行けとごねられ、そういや最近は碌に構ってやれなかったしなと仕方なく連れて行く事にした。そんなスカーレットに便乗してメラニー達にも同行を要求されたがグレイが容赦なく拒否。本人曰く「捜索が目的とはいえ単純に人手が多ければ良いというものでもない」との事。彼等を見て思わず納得してしまった俺を責められる者など誰もいまい。それだけ、うちにはトラブルメーカーが多いのだ。
転送装置を操作しながら、ふとグレイが思い出したように呟く。
(リュウ、とても残念そうにしてましたね)
「あぁ。けど、俺達の都合で精霊王を連れ回すわけにもいかないだろ。もしリュウに何かあったらミュゼ達に合わせる顔が無い」
リュウも来たがっていたが精霊王となった彼に、そんな自由があるはずも無く、泣く泣く聖霊界へと帰って行った。
友人という立ち位置は変わらないにしても立場が変わってしまった以上、昔ほど無茶はさせられない。
(リュ、コナイ。サミシ?)
スカーレットからの真っ直ぐな問いかけに俺とグレイは顔を見合わせて苦笑する。
「……まぁ、彼奴は良くも悪くも場の空気を変えるからな」
(そこは素直に〝寂しい〟って言いましょうよ)
「うるさい」
グレイを一蹴し、まだ調整は終わらないのかと尋ねると「もうとっくに終わってますよ」と、あっさりした答えが返ってきた。終わってるなら早く言え。
(魔王様、依頼書を、そこの穴に入れて下さい)
「分かった」
グレイの指示に従いながら転送装置にある横長の細穴に依頼書を差し込むと、そのまま穴に吸い込まれていく。今は転送装置に依頼書を読み込むことで自動的に転送先の標準を定めてくれるらしい。つまりギルド職員による調節作業は不要になったという事だ。
「もう行かれるんですね」
声をした方を振り返るとデルタとファイルが立っていた。仕事中だからと遠慮して声を掛けずに出掛けるつもりだったが、その前に気付かれてしまったようだ。
「あぁ。ところで俺の分身達はどうだ? 少しは役に立っているか?」
「少しどころか大いに役立ってくれていますよ」
「器用だし、物覚えも良いし、一つ一つ丁寧だけど仕事が早くて助かりやす。まだ一緒に仕事して間もないっすけど優秀な助っ人だって事は理解しやした。さすがライ君の分身。本体が優秀だと分身も優秀なんすね」
確かに分身の能力は本体の能力に影響するが、俺は自分が優秀と評されるに相応しい存在だと思ったことは無い。特にギルドの内部処理という未知の分野で俺に出来る事など限られている。その分身を上手く行使しているという事は俺が優秀なのではなく教える立場である周りが優秀なのだ。
「お役に立てているなら良かった。分身と言っても成長はするので色々と経験させてやって下さい。そうすれば今よりもっと皆さんの力になれると思うので」
「使えると分かった以上、遠慮なくそうさせてもらいやすよ。その方がオレっちも早く楽できそうっすから」
「ファイルさん、ライさんが手伝ってくれているのは、あくまで私達をサポートする為です。それを都合よく解釈して仕事をサボるのは止めて下さいね」
「い、嫌だなぁ、デルタちゃん。冗談っすよ、冗談」
それまで笑っていたファイルが空気を切り替えるように真剣な表情になった。
「今回の依頼、あのワーナー家からなんすね」
指名依頼のことは内容も含めてギルド職員にも知れ渡っているらしい。いくら指名とはいえ依頼内容に問題は無いかなど色々と吟味しなければならない。悪用されるのを防ぐ為にも彼等は把握しておく必要がある。
「ライさん、ワーナー家と繋がりがあったんですね。貴族になって、まだ間もない立場だと言うのに流石です」
「繋がりと呼べるほど大層なものじゃない。十二年前の魔王との戦いの最中で偶然助けた冒険者がワーナー家の次男だったってだけだ」
「いやいや、大した事ないみたいに言ってやすけど、それ何気に凄い事っすよね?! あー、でも、それなら納得っす。命の恩人であるライ君を信頼して依頼を出したって事っすもんね」
彼のように楽観的に受け取れたら、どれほど良かったか。信頼を寄せられる分には問題ないが、それだけではない意志が見え隠れしているため素直に喜べないのが現状だ。
「ほらほら、二人とも。貴方達が足止めしていたら、いつまで経ってもライ君達が出発できないじゃない」
書類の束を抱えたガチャールがデルタ達に声を掛けられた事で二人は仕事に戻り、俺達はラスティア・ベルヘムへと向かった。
◇
かつては王都より西側にあるユーベンシア王国との境目に位置するエルヴァー山脈の麓に存在したという教会。そこは後にフリードマン王家により買収され、孤児院となった。土地と建物の所有権はリアムが持っており、今現在、孤児院がどうなっているかはグレイにも分からないと言う。
ギルドの転送装置を使ったお蔭で目的地には難なく辿り着いたが、劣化による破損や何か大きな力による物理的な破壊から目の前にある建物が既に役目を終えていることは明らかだった。
せっかく前進したと思ったら結局また振り出しに戻るのかと半ば無気力になりながらも、とりあえず中には入れそうなので建物内の散策を始める事にした。
使い古された家具に色褪せた写真、食糧庫は蜘蛛や鼠の巣窟となっているだけで気になる点は無い。手分けして散策したグレイも大した収穫は無かったようだ。
(時の流れは残酷ですね。俺が住んでいた時は綺麗で立派な建物だったのに)
「少しの間しか住んでなかったのに憶えてるもんなのか」
(そりゃ憶えてますよ。肉体的には幼子でも中身は俺ですから)
「生から屍でも肉体の成長はあるんだな」
(そこは俺も驚きました。本来なら生から屍になった時点で肉体の成長は止まる筈なのですが……まぁ、思考が生きてる生から屍自体が特殊ですからね。それに今は完全に止まってしまっているので)
生から屍としては不完全だったという事か? 生から屍は未知な部分が多いし、そもそも専門外だから憶測の立てようもない。
(ウマ、ウマッ!)
何もする事がなく退屈なスカーレットは此処を住処にしている虫や小動物を捕食しては取り込んでいる。この世は弱肉強食。しかしながら、まさかその頂点にスライムが君臨する瞬間に立ち会うことになろうとは夢にも思わなかった。
(ライ、タベル?)
触手から逃れようと身悶えする幼虫を差し出される。土色の肉質な見た目。幼虫とはいえ一般的な虫に比べて一回り大きい。確かに栄養が詰まってそうだが食欲は愚か、どんな味がするのか確かめてみたいという好奇心すら湧いてこない。
自然と尻込みする俺とは裏腹にグレイは触手の中で暴れる幼虫を覗き込むように観察している。
(これはカルマニョイルの幼虫ですね。味は殆ど無味に近いので美味しいかと言われれば微妙ですが、食べれなくはないですよ)
「何で食べた事あるんだよ……」
(昔、ほんの出来心で)
グレイなら有り得ないこともないので、それ以上深掘りはしない事にした。詳しく聞けば聞くほど吐き気がするような話しか出てこないのは目に見えている。
「……結局、無駄足だったか。まぁ、建物がこんな状態になってる時点で察しは付いていたが」
(せめて何か新たな手掛かりの一つでもあると良かったのですが)
グレイが回収した本に挟まっていたという地図を取り出す。この地図が残されていたのは偶然? だが、日記の記憶がこの場所を示した以上、リアムが此処にいたのは確実。では彼は今何処に……?
────ガタッ!
グレイが反射的に振り返る。スカーレットは……警戒しているつもりなのか身体の一部を人間の拳に変えて素振りを始めた。
姿の見えない気配に敵意は無い。寧ろ、これは昔からよく知っている馴染みあるもの。
緊張した顔つきのグレイに「警戒する必要はない」と手で合図を出す。ついでにスカーレットに素振りを止めるようにも指示を出しておく。
こちらから死角の壁の奥に隠れている存在に向けて言葉を掛ける。
「そんな所に隠れてないで出て来たらどうだ、アラン」
「っ! その声、まさかライ?!」
壁から出て来たのは予想通りアランだった。万が一の事態に備えて抜いていた剣を鞘に戻し、足元を気に掛けながら俺達の方へ歩み寄って来る。
「まさか君だったなんて。どうして此処に?」
「それは俺の台詞だ。何で、こんな所に……何かの調査か?」
「まぁ、ね。ライも何かの調査?」
「あぁ、そんなところだ」
先ほどの問いを濁したところを見ると勇者に課せられた極秘任務の真っ最中と言ったところだろうか。それはそれで都合が良い。俺も正式な依頼を受けている以上、黙秘しなければならない事はあるし、何より巻き込むわけにもいかない。
しかしまぁ、同じタイミングに同じ場所。なーんか嫌な予感するんだよなぁ。
(アランさん、こうして会うのは聖剣の選定以来ですね)
「そうだね。最近は話せる機会も無かったから、また会えて嬉しいよ。まぁ、残念ながら今回もゆっくりと話が出来る環境ではないけれど」
場所が場所なだけに落ち着いてとまではいかないが、アランが現れてから空気が和やかになった気がする。依頼のことを考えると憂鬱ではあるが、ほんの少し現実逃避するくらいは許されるだろう。
「そういえば聞いたよ。ギルドを立ち上げたんだって?」
さすがに情報が早い。やはり勇者ともなれば、あらゆる情報が自然と流れ込んでくるものなのだろうか。
「あぁ、新設したばかりだから王都のに比べたら色々と殺風景だけどな」
(ちなみに俺もライさんのギルドに加入しています)
「あはは、それも知ってるよ。たしかリュウもライのギルドに入ったんだよね。良いなぁ」
羨ましそうに俺を見るアラン。よもや勇者の肩書きだけでは物足りなくなってしまったとでも言うまいな。
「お前も自分のギルドを持ちたいのか?」
勇者がギルドマスターを務めるギルド。それだけでも話題性として充分過ぎる。本当にアランがギルドを作ったら俺のギルドなど最早誰にも気付いてもらえないくらい霞んでしまいそうだ。
「特にギルドを持ちたいとは思わないかな。これ以上、忙しくなっても困るし」
「じゃあ、さっきのは何だ」
「あれはグレイとリュウに対して言ったんだよ。君のギルドに入れて良いなって」
「何、言ってるんだ。王都ギルドに入ってた方が将来的に安泰だろ」
ギルドの地位的や待遇的にも問題ないし、依頼だって常に補充される。冒険者なら間違いなく出来て間もない新規ギルドより信頼と実績の高いギルドへの加入を望む。その根底があるからこそ俺はアランの言っていることが理解できなかった。
正論を言ったつもりなのに納得されるどころか困った顔をされた。グレイに至っては頭を抱えている。スカーレット、グレイの真似なんかしなくて良いぞ。
(……うちの馬鹿鈍マスターが本当すみません。悪気は無いんで)
(ライ、ニブニブ)
「うん、分かってるよ。これでも一応、幼馴染だからね」
グレイは兎も角、何故スカーレットまでアランの気持ちを理解できる? いや、というか何で正論を唱えた俺が蚊帳の外?
(貴方の発言も発想も正論と言うより一般論ですよ。それに一般論が必ずしも正しいとは限らない)
気が緩むと、これだ。昔より頻度は減ったものの他人の思考を盗み読むという悪癖は相変わらず。今更止めろなんて言わないから、せめて少しくらい自重してもらいたいものだ。
「アラン、此処には一人で来たのか?」
「うん。魔物討伐とかなら複数人で行動するけど今回は簡単な調査だけだから」
「へぇ。で、その調査とやらは順調なのか?」
アランは首を横に振る。調査が難航していたのは俺達だけじゃなかったらしい。とはいえ、いつまで立ち話しているわけにはいかない。
「アラン、俺達と一緒に行動しないか?」
「え?」
「お前にも勇者として守秘義務があるのは分かる。だから、お前の目的は聞かないし、俺達の目的も話さない。でも、ここまで来て何の収穫も無しに帰る事なんて出来ない。それは、お前も同じだろ?」
提案にどう答えようかアランが悩んでいるとグレイが俺の肩を叩いてきた。
(貴方、なに考えてんですか。アランさんの目的が分からない状況で一緒に行動なんて)
(何か問題があるのか?)
(もしアランさんの目的が俺達と真逆だったら、どうするです)
俺達の目的はリアム・ワーナーの捜索、パレットからの要求通り状況によっては救出も視野に入れている。その逆と言うことは……暗殺とか?
(国が勇者に人殺しを頼むか? そもそもアランが承諾するとは思えない)
(殺害ではなく捕縛を命じられている可能性だってあるじゃないですか)
(グレイ、今の俺達に必要なのは疑念でも憶測でもない。折角、此処まで来たんだ。何か一つくらい収穫が無いと割に合わないだろ)
(…………分かりましたよ)
不承不承という言葉が似合うほどに苦々しい顔しながらもグレイは譲歩してくれた。何だかんだグレイは、いつも俺の意思に従ってくれる。
「ライ、僕も君達と一緒に行っても良いかな?」
「俺から言い出したことだ。良いに決まってる」
(ライ、グレ、アラ、イッショ?)
「あぁ、一緒だ。勿論、お前もな」
(ミンナ、イッショ!!)
こうして新たな仲間としてアランが加わった。三人寄れば文殊の知恵と言うし、この流れで何か手掛かりの一つでも掴めると良いのだが。
(とりあえず中の散策は粗方済みましたし、今度は外に出てみましょうか)
グレイの案に俺とアランは頷き、外へ向かおうとした、その時だった。
────ギィ、カタン。
後方で音がした。立て付けの悪い扉を閉めるような音。振り返ると開放されたままだった入り口の扉が閉まっている。風は吹いていなかった。そもそも風の力だけで閉まるような扉でもない。
妙な気配に俺とアランが臨戦態勢を取る中、グレイだけは部屋の奥に置かれた祭壇に目を向けたまま固まっている。
(貴方は……っ?!)
「グレイ?」
グレイの視線を追うと祭壇に腰を下ろす大人と小柄な子どもに辿り着いた。フード付きのローブを着ているが大人の方は体格からして男であることは分かる。子どもの方は小柄であること以外は分からない。
それから平民にしては何処か気品を感じる男。二人と同じローブを着ているが、フードは下ろされているため顔がはっきりと判別できる。
左右に分けられた金髪の前髪から覗くエメラルドの瞳。伸ばされた髪は上で一つに束ねられている。
「……ライ、あの人達に隙を見せちゃ駄目だ」
「彼奴等のことを知ってるのか?」
「知ってるも何も僕は彼等を捜しに此処まで来たんだ」
あの男とは初対面だ。だが、俺は本能で察してしまった。
今、目の前にいる彼こそが〝リアム・ワーナー〟なのだと。




