427.5話_閑話:暗躍する者達
ライがパレットからの指名依頼を受ける数年ほど前。ある街のギルドに不可解な依頼が届いた。
なんでも小さな村の村人達が次々に行方不明なったかと思えば、その数日後には何事も無かった様子で村に帰って来て以前と変わらず普通に生活しているらしい。しかも行方不明者の誰一人、行方知らずとなっていた数日間の記憶が無い。
結果的に今回は何事も無かった。しかし今回が何も無かっただけで次また同じような事があれば村壊滅にも繋がる大惨事になるかも知れない。そう危惧した村長が近くの街に依頼を出した。依頼を受けたのはAランクの女冒険者がリーダーを務めるパーティーであった。
個人だけでなくパーティーそのものにもランクが与えられる。俗に〝パーティーランク〟と呼ばれるものである。
パーティーランクは、そのパーティーに所属している者の中で最も高いランク冒険者のランクに位置付けされる。つまりAランク冒険者が一人でもパーティーに加入していればパーティーランクはAとなる。もっと言えば最低のEランク冒険者でも高ランクの者が所属しているパーティーに加入すれば個人のランクはEでもパーティーとしてのランクはAとなる。
元々は同じランクまたは自分より一つ下のランクの者でなければパーティーは組めないという決まりであったが、低ランク冒険者の育成のため四年前に改訂された。
しかし、この改訂。低ランク冒険者にとっては有り難い制度だが高ランク冒険者にとって利点は無いに等しい。そもそも足手纏いにしかならない者を態々引き入れたいと思う者がいるだろうか。いたとしても極少数だ。ここで言う極少数とは主に救いようがない程の善人か或いは何らかの下心を持っている者を佐須。そうでもなければ自ら〝枷〟を掛ける選択はしない。
何か特典があるならまだしも低ランク冒険者を引き入れは任意のため何の利益にもならない。それならば引き入れない方が良いと考える者が増える一方なのは至極当然のことで低ランク冒険者が高ランクパーティーの加入を断られる事例は後を絶たない。
いくら実力主義とはいえ人も物事も常に移り変わるギルド社会において下位の者もそれなりに貢献してもらわなければ本人は言わずもがな運営的立場からしても大いに困る。末端であっても僅かな利益にすら繋がらない〝お荷物〟はギルドとしても唯々、邪魔なだけなのである。
結論として支援を必要する者達を誰が支援してやるかという論点において現在のところは高ランク冒険者がその負担を渋々背負っているのが現況である。
冒頭の依頼を受けた彼女はAランクでありながら他は自分より下位のランク冒険者ばかりという他の高ランク冒険者からすれば浅はかと評価せざるを得ないパーティー構成を組む、所謂、極少数で、しかも前者であった。
村で起こった謎の行方不明事件を調査し、その原因を探す。比較的難易度が低いとされる現地調査目的の依頼であったことから彼女達は悩むことなく依頼を引き受けた。
まさか、その二週間後。唯一の生存者を残して村ごとパーティーが壊滅してしまうと誰が予想できただろう。
唯一の生き残りはパーティーの中で最もランクの低い冒険者。齢十八の青年だった。
彼はパーティーにおいて主に治癒魔法で仲間を支える治癒者の立ち位置であったが一人だけ帰還したということは彼は仲間を誰一人救えなかったという事だ。
だが、彼を責める者はいなかった。以前の彼を知る者は特に。
常に伏目がちで無感情の瞳に誰かを映すことも無く、ただ一言「僕の役目は終わった」と。
翌日、青年は自室で亡くなった。死因は多量の出血による失血死。部屋は血溜まりと化していて遺体の首には見慣れぬ刺青があったという。その刺青は首を一周するように彫られていて、更に出血箇所と一致していた。
生前の彼を知る者で且つ遺体を確認した者は皆が口を揃えて「あんな刺青は見た事が無い」と公言した。しかしながら彼を直接的に死に追いやった原因が刺青であるという証拠は掴めず、他殺の可能性は低いことから自殺という結論で片付ける他なかったのである。
後日、別のパーティーが例の村へと向かった。
そこで彼等が目にしたのは人間が無惨に食い荒らされたような肉片や死体が転がる地獄のような光景であった。
◇
「やはり、あの村は手放して正解だった。あのまま実験を続けていれば最悪、僕達の足取りを掴まれていた」
村の惨状と、それを見て震え上がる冒険者達を見下ろしているのはリアム・ワーナーだった。彼の隣にはマフラーを巻いた少年と二十代半ばの青年が同じように村を見下ろしている。
「君の能力は便利だが、被験体の回収を避けられないのが難点だな。だがまぁ、今回は新たな発見もあったことだし良しとしよう。致命傷を負おうとも絶命する前の状態で投与すれば薬の効果は得られる。実験場に冒険者が来た時は、どうなるかと思ったが今は感謝しているよ。こうして僕の研究に役立ってくれたんだから」
リアムは悪態をつきながら青年を見る。青年の視線がリアムと交わることはなく変わり果てた村を見下ろしている。
「……早くアンタが完璧な〝薬〟を作れば良いだけの話だろ」
「簡単に言ってくれる。試作品を君達に直接投与できるなら辺境な村を探す手間が省けるんだがな」
「……この程度の村なら今は腐るほどある」
十二年前の魔物達の襲撃により多くの街が分断されたことで少人数が暮らす村が至る場所に生まれた。その多くは人里離れた場所に位置するため何か異常事態が発生したとしても即座に連絡を取れる手段が無い。
その不便性をリアムは逆に利用した。これまで彼の研究の餌食になった村は数多くあるにも関わらず、王都や周辺のギルドに情報が行き渡っていないのは彼が〝実験場〟と口にする場所が国やギルドの管理さえ満足に行き届かない辺境の地ばかりだからである。
「次の実験場だって、すぐ見つか……いや、アンタのことだ。もう別の場所を見つけてるんだろ」
「当然。既に実験も始めてはいる、が……」
リアムは内心焦っていた。現状維持のまま変わらない状況に。
良くも悪くも変化が無ければ研究は進歩しない。理想を実現させる為にも、こんなところで足踏みしている場合でない事は彼自身が一番分かっている。
「そういえば回収した死体の荷物から気になる物があった」
そう言って青年がリアムに差し出したのは表紙や殆どの頁がズタボロに切り裂かれた元は分厚かったであろう本の残骸だった。
差し出された物を見ながらリアムは怪訝な顔を浮かべる。彼にとっては無意味に屑を見せ付けられた行為に過ぎない。
「唯のゴミじゃないか」
「あぁ、でも重要なのは見た目じゃなくて中身だ」
「はぁ……そんなボロボロの本が僕の研究の手助けになるとでも?」
「これを見ても、そんなことが言えるのか」
青年が指し示した箇所にリアムの視線を固定される。そこに書き記された文字にリアムは目を見張った。そして青年の手から本を奪い取ると食い入るように文字を見つめながら呟いた。
「……………………グレイ・キーラン」
そこに記されていたのはグレイの直筆の署名。十二年前、グレイが支援した医療部隊の隊員から頼まれて書いたもの。亡くなった隊員もとい冒険者は、その命尽きるまで肌身離さず持ち歩いていたのだ。
「この本の持ち主の人間関係、それから経歴を徹底的に調べろ」
「この本を持っていたからといって必ずしもグレイ・キーランの手掛かりに繋がるとは限らないと思うが」
「いつから君は僕に意見できる立場になった? 君は僕に従っていれば良い。そういう契約のはずだ」
「…………分かった」
不満を募らせながらも耐え忍ぶ青年の眉間には皺が寄っている。それが今の彼に出来る精一杯の反抗。
その後「もう此処に用は無い」と言って去ったリアムを追いかけもせず、青年──キュリテ・クライムは見慣れた地獄に再び目をやる。
「!」
不意に服の裾を引っ張られ、意識が横の小さな存在に向く。これまで一切会話にさえ加わろうとしなかった少年が初めて示した意思表示。青年を見上げる瞳は年相応な純粋さと何処か達観したような虚無が相殺し合っていて感情が読み取れない。
だが、キュリテには分かった。自分を気に掛けてくれていると信じて疑わなかった。何故ならキュリテにとって目の前の少年は、まだ奪われていない唯一の家族なのだから。
少年を抱え、額をくっ付ける。少年は受け入れることも拒否することもなく、唯々させるがまま。何の反応も示さない少年──リヒト・クライムにキュリテは苦笑した。
「大丈夫、大丈夫だよ。俺が必ず何とかするから。だから、もう少しだけ待っててよ……兄さん」




