427話_リアムの野望
部屋へと戻った俺は早速、持ち帰った日記を通じてリアムの記憶を覗き見ることにした。机に日記を置いて椅子に座ると魔法発動前に目を閉じて一呼吸。人であろうと物であろうと記憶を覗くとなれば、それなりに集中力が必要なのだ。
「我を彼の者の真髄まで導き給え──〝記憶辿り〟」
俺は置いた日記に手を翳し、目を閉じる。魔力の流れを感じながら俺は詠唱した。
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ワーナー家の長男として生を受けたリアムは剣術の才には恵まれなかったものの幼い頃から読んできた多くの書物により得た戦術知識と持ち前の柔軟な発想で若年でありながら戦略指揮の才が開花しつつあった。
リアムに戦術指揮の才があることを最初に見抜いたのは当時ワーナー家直属の第一部隊所属騎士トマス・ジョアン。彼が戦地に赴く事になった際、リアムの助言や策に何度も助けられた。
後に彼は部下達に語った。「あの方無くして幾度の偉業は成し得なかった」と。
剣と共に生きたワーナー家に生まれながら剣士としてでなく軍師の才として覚醒しつつあったリアムに転機が訪れたのは彼の才能を買っていたトマスが率いる部隊の殉難。トマスにとっては部隊長として初めての戦であった。
いつものようにトマスはリアムに助言を求めた。リアムが彼に授けた策は非の打ち所がない完璧なものだった。
では何故、彼等は敗北したのか? トマス達が殉難したと報告を受けてから数日後にリアムは知る。彼等は人間ではなく魔物によって殲滅させられた事を。辛うじて回収された遺体の損傷具合から人間から受けた傷とは考え難いと判断されたのだ。
生存者がいないことから当時の状況を知る者はおらず、人間同士の争いに勝利はしたものの疲労困憊で帰国している途中に不幸にも魔物の群れと遭遇してしまったのだろうという結論で彼等の死は片付けられた。
命ある者は、いつか終わる。それが今日であるか明日であるか、はたまた何十年も先であるかなんて神にしか分からない。
命が刻む時間が有限であると分かっていながら、それでも人は無意識に錯覚してしまう。大切な人達がいつまでもいつまでも自分と同じ時間を過ごしてくれる、と。初めから、そんな保証など何処にも無いというのに。
リアムはトマスを慕っていた。ある意味、父親よりも。何かと気に掛けてくれていたのはリアム自身も常に感じていたし、何より彼は子どもの身であるリアムを同等に扱ってくれた。
だからこそリアムは彼に協力したし、求められた時には助言もした。彼に勝ち続けて欲しかったから。
トマスが率いていた隊が壊滅した時、リアムは涙一つ零さなかった。彼等の死を受け入れられなかったのか、それとも自分が思っていたほど彼等に情を寄せていなかったのか。その答えはリアム自身にも分からなかったが、今まで生きてきて感じたことの無い喪失感だけは不思議と感じ取る事が出来た。彼等よりも血筋的に近しい存在である祖母や祖父が亡くなった時でさえ感じなかったのに。
この時リアムは初めて、これが〝悲しい〟という事なのだと実感したのだ。
彼等のような犠牲を二度と出してはならない。本当は、もっと早く気付くべきだった。誰かの屍を土台として築き上げた地位や名誉など望むべきではない。綺麗事だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
トマス達の死を切っ掛けにリアムは魔物の研究を始めた。魔物の生態、生息地、習性。正確な情報を得るため危険と隣り合わせであることを承知で可能な限り現地にも赴いた。その甲斐あってトマスは地形的観点だけでなく魔物的観点からも部隊員達に助言や指示を出せるようになった。
しかし、それをルドヴィカが褒めることは無かった。むしろ剣術の鍛錬は日に日に厳しさを増すばかり。弟達の方が剣の才能があると分かってから父親のリアムに対する態度は更に悪い方向に変わった。ルドヴィカはリアムに優れた策を練る事よりも、隊を生かす術を学ぶよりも、あくまで剣技を極めることを求めたのだ。
ルドヴィカが見ているのは勝利か敗北か、それだけ。その戦いで誰が死のうが関係ない。皆それ相応の覚悟を背負って戦っているのに、それを憐れむなど言語道断。それがリアムが見てきた父親の意志。だが、リアムは父の意志には賛同できなかった。
戦地で散った者達には家族がいて、恋人がいて、友人もいた。訃報を知らされ、泣き崩れる者達をリアムは何人も見てきた。
〝彼等は国の為、未来の為に死んだ。これ以上に名誉な事は無い〟
遺族に声をかける誰かが毎回洗脳の如く口にする言葉にリアムは違和感しか無かった。〝死〟と〝名誉〟という二つの言葉が、どうしても繋がりあるものとは思えなかったからだ。
ルドヴィカを含めた身内に内緒で魔物の研究を始めてから早数ヶ月。フリードマン王家の宮廷魔導士達の協力のお陰で研究は順調に進んでいた。
魔物を取り扱う研究であるため城の庭園にある地下倉庫を借りながらリアムは密かに研究を続けていたのだが……ある日、とうとうルドヴィカに研究のことがバレてしまった。剣術の鍛錬を終えた後のリアムの行動に違和感を覚えたルドヴィカが召使いに彼の監視を命令していたのだ。
「次は無いぞ」と見逃してくれたものの言葉だけの脅迫でリアムの探究心は折れることは無く、魔法学校から極秘で借りた魔法薬で監視の目を潜り抜けながら研究を続けること更に十数年。リアムは一匹のスライムの特性を変化させる事に成功した。
これを世に発表すれば前代未聞の偉業だ。だが、公表すれば同時に自分がまた魔物の研究をしていたことがルドヴィカにバレてしまう。
リアムはスライムを処分する事にした。証拠隠滅の為には仕方のない事だった。
真夜中に庭園の地下から運び出し、王都から出来るだけ離れた場所へ。処分場所として選ばれたのはナチャーロ村の近くにある森。しかし、その運送途中で身の危険を察したスライムが脱走。後に、そのスライムはライと運命的な出会いを果たすことになる。
スライムが脱走したことで結果的にルドヴィカの忠告を無視して研究に携わっていた事がルドヴィカ本人にも伝わり、リアムは勘当となった。
そして勘当となったリアムはラスティア・ベルヘムに拠点を移し、今も研究を続けている。
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日記を通じてリアムの過去を覗いたことで、あの日記がリアムが魔物の研究を始めた頃から勘当されるまでの間の出来事や研究の成果を書き記された物であることは分かった。
グレイと因縁があり、パレットから捜索依頼を受けた以上、相手のことを知らなければならない。リアムが、どんな人間で、どんな人生を歩んできたのか。 それなのに知れば知るほどリアムという人間が分からなくなる。善人なのか悪人なのか。粛清させるべきなのか否か。
(……って、これは俺が考えるべき事じゃないか)
俺がパレットに頼まれたのはリアムの捜索。求められてもいないのに求められたもの以上の事をするのは〝ありがた迷惑〟と言うものだ。
兎にも角にも別荘から持ち帰った日記は大いに役に立ってくれた。お蔭で次に目指すべき場所も分かった。早速グレイ達にも報告を……と立ち上がった時、扉を叩く音が部屋に響いた。
「入れ」
(失礼します)
入ってきたのはグレイ。表情を見るからに向こうも何か情報を掴んだようだ。
(魔王様、御報告があります)
「奇遇だな。俺もお前に伝えておきたい事があるが……とりあえず、お前の話から先に聞こう」
(では御言葉に甘えて。回収した本から奇妙なメモというか地図が出てきました。恐らくリアム・ワーナーの居場所に関する手掛かりになるかと)
手渡された小さな地図には俺が先ほどリアムの日記から得た情報と同じ場所が記されていた。
「……ラスティア・ベルヘム。そうか、お前もそこに辿り着いたか」
(ラスティア・ベルヘムは俺が昔住んでいた孤児院です。ですが今は、どうなっているか……)
「だが、行ってみる価値はある。現に俺達は同じ答えに辿り着いた。必ず何か意味がある筈だ。グレイ、道案内を頼んでも良いか?」
頷いたグレイからは頼もしさと同時に何故か微かな疲労が垣間見えた気がした。




