424話_ 指名依頼〈ウォンクエスト〉
ギルドハウスではグレイとリュウが俺を待っていた。到着するなりハウス内にある依頼掲示板が埋め込まれた壁の前まで連れて行かれた。
依頼掲示板に貼り付けられていたのは丁寧に封緘された真っ赤な封筒。通常、依頼掲示板には依頼や報酬が大まかに書かれた一枚紙の依頼書が張り出される。封書という形で張り出されているのは珍しい。設立されて間もないギルドの依頼掲示板に依頼書が張り出されていること自体が面妖なのだから。
「これってオレ達がいない間に誰かが貼って行ったって事?」
(そうとも限りません。依頼掲示板には元々転移魔法が付与されていて、基本的にはその魔力源を利用して各ギルドの土地や登録者のランクに見合った依頼が自動的に選抜される仕組みだった筈です。指名依頼も例外ではありません)
「指名依頼?」
(依頼者が指定したギルドやギルド登録者に向けて発注される特別な依頼の事です。ですが、指名依頼の発注先は名のあるギルドや実力も名声もある登録者ばかりです。生憎、このギルドは設立したばかりなので知らない方の方が当然多いですし、登録者も新規の方ばかりなので指名依頼が発注される可能性は極めて低い、はずなんですが……)
グレイが自論に自信を持てないのは目の前に指名依頼と思しい封書があるからだ。
「あ、誰かが悪戯で置いてったとか」
(なるほど、悪戯ですか。それでリュウ、一体誰がこんな地味な悪戯を思い付くと?)
「それは、…………ごめん、適当なこと言って」
〝地味な悪戯をしそうな奴〟の候補すら出てこなかったらしい。
「ま、まぁ、とりあえず中を確認してみようぜ」
そう言って手を伸ばすリュウだったがバチッと火花が散ったような音がしたかと思うと、その手は封書に触れる前に何かに拒まれた。思わぬ衝撃にリュウは咄嗟に手を押さえて後退る。
(リュウ、大丈夫ですか?!)
「……あー、うん。怪我はしてないから大丈夫。それより何だよ、今の。まるで封書がオレを拒絶したみたいな」
(実際、貴方に読まれるのを封書が拒んだんですよ。ですが、これで確信が持てました。これは指名依頼で間違いありません。しかもギルドに対してではなく個人に向けた指名依頼です)
グレイの言葉からは動かしがたい岩の如く確固たる自信の重みを感じる。それだけ今起きた出来事は決定的瞬間だったのだろう。
「でも、この封書が本物なら一体誰が?」
(分かりません。せめて誰に宛てられたものかだけでも分かると良いのですが……)
封書の中を見ないことには依頼主も内容も分からないわけか。
「此処に届いている時点で、このギルドに登録している誰かに送られてきたのは間違いない。それなら地道に探すしかないだろう。指名依頼専用の封書は指定された者しか触れないなら、その性質を利用させてもらう」
(……やはり、それしかありませんよね)
「え、どういうこと?」
まだ分かっていないリュウのために俺は自ら実践してみせる事にした。依頼掲示板に手を伸ばし、封書を剥がして……って、あれ?
「……触れた」
(……触れましたね)
単なる実践のつもりが、まさかの当たりを引いてしまったようだ。
「え、じゃあ、この指名依頼の依頼先はライってこと?」
(そういう事になりますね)
「俺がギルドに再登録したことを知ってる奴はまだ少ない。特定しようと思えば出来るだろう。ただ個人的に俺に依頼を出す奴なんて……」
──きっと兄は生きています。ですが、探そうにも手掛かりがありません。
──それを俺に見つけろと? 手掛かりが無いどころか、俺は貴女の兄上の顔すら知らないのですよ。
──無理難題を言っているのは承知していますわ。それでも私には貴方しか頼る当てが無いのです。お願いします。どうか兄を探し、そして御救い下さい。勿論、相応の報酬は用意させて頂きますわ。
舞踏会で一緒に踊ったパレット・ワーナー。彼女は聖騎士でもギルドでもなく俺個人に兄の捜索を願い出た。
ワーナー家の情報網であれば俺がギルドを設立したことも冒険者として再登録したことも容易に調べられるはず。
根拠は無い。ただ自分で言うのも何だが、こういう時の俺の勘は、よく当たる。
封を開けた瞬間、封書が炎に包まれ反射的に手を離す。そのまま床に落ちた封書は魔法陣となり、その中央で炎が女性の形を象った。その女性は何となくパレットに似ている。
『こうして私が貴方の目の前に立てているということは私が出した依頼は無事、貴方の元に届いたという事ですね。一先ず安心しましたわ』
「パレッ……」
『風の噂で貴方がギルドを設立したと聞いて急いで準備しましたのよ。まったくギルドマスターになられるのでしたら、あの時に言って下されば良かったのに。まぁ、お蔭でこうして貴方に直接お願い出来る術を得られたので良しとしましょう』
俺が言葉を挟む間も無くパレットは一方的に話を進めていく。目の前にいるのはパレット・ワーナー本人ではないという事か。
『ライ・サナタス様、改めてお願いします。私の兄を……リアム・ワーナーを捜して下さい』
(リアム・ワーナー?!)
パレットに向けていた視線をグレイに向ける。リュウも驚いたようにグレイを見ている。
「知っているのか?」
(あ、いえ……)
「大丈夫か、グレイ? 顔、すごく真っ青だけど。不健康そうに見えるのはいつものことだけどさ、今は何て言うか……いつも以上に酷いぜ?」
(…………大丈夫です。お二人とも今はパレット様の話に耳を傾ける事だけに集中して下さい。彼女の話は、まだ終わっていませんよ)
どう見ても大丈夫ではない。リュウも同じ見解のようだ。だがしかし、グレイが正論を言っているのも事実。一度しか聞けない可能性もある以上、聞き逃すわけにはいかない。今はグレイを見守りつつ、彼女の話を聞き続けることにしよう。
『明日、使いの者を貴方のギルドに向かわせます。安全を考慮してギルドにある転送装置を使わせて頂きますが、その者は冒険者なので装置を使用したことで私の依頼の件が外部に漏れることはありませんので御安心を。勿論、貴方が依頼を受けて下さればの話ですが』
魔法の炎によって象られたパレットと俺の間に文字が浮かび上がる。
「えーと、何々……〝以上が事前に録音された音声である。この依頼を受ける場合は了、受けない場合は否と唱えよ〟だってさ」
新たに分かったのは捜して欲しいという兄の名前のみ。前と同様、兄の居場所に関する情報等の詳細は省かれている。
これ以上の情報を得るには依頼を受けるしかない。まぁ、元より断るつもりは無いのだが。
(……魔王様、この依頼を受けるつもりですか?)
「あぁ、そのつもりだ。ワーナー家が絡んでいる以上、断るわけにもいかないだろ」
それに〝やれるだけの事はする〟って約束したからな。
(それは、そうですが……)
「一体どうしたんだよ? さっきからお前、変だぞ」
俺だけなら兎も角、今回はリュウも異変に気付いている。適当な言い訳で誤魔化せると思うなよ、グレイ。
「過去にリアム・ワーナーと何があった?」
(…………)
黙秘か。想定内の反応ではある。この前の意趣返しというわけではないが、少し鎌を掛けてみるか。
「グレイ、お前……俺に何か隠してるだろ」
(今の貴方に隠し事が出来るとでも?)
「お前の意思に関係なく全てを暴いても良いと言うなら遠慮なくそうさせてもらうが」
(…………)
今ので〝隠し事〟の内容はグレイ本人から聞きたいという俺の意思は伝わった筈だ。
(……この世界に転生して、まだ間もなかった頃の事です。背中に固くて冷たい感触を得ながら目覚めた俺は自分が解剖台の上に寝かされている事に気付きました)
「か、解剖? 何で赤ん坊のグレイを解剖台に?」
(解剖台に人間を置く理由なんて一つしかありませんよ。……実は生まれて間もない頃に俺は一度死んでるんです)
「は、」
リュウは文字通り、言葉を失った。それだけ衝撃的な事実だった。
対して、俺は不思議と落ち着いていた。むしろ腑に落ちたと言うべきか。
「……やっぱり、お前は自分で生ける屍になったわけじゃないんだな」
「え、え、ちょっと待って。なんか話がこんがらがってきたから整理させてくれ。つまりグレイは一回死んでいて、でも今は生ける屍として生きてて、そんでグレイを生ける屍にしたのは……リアム・ワーナー?」
「何だ、ちゃんと分かってるじゃないか」
「へへっ、良かった……じゃなくて、そのリアムって奴は何でグレイを?」
「それは本人に聞いてみるのが手っ取り早いだろう。なぁ、グレイ」
グレイを見ると頷きを一つ。どうやら、もう隠し事をする気は無いらしい。
(……彼は孤児院にいた子ども達の治療や検診を建前に様々な研究をしていました。当時の俺は、その孤児院に拾われた赤ん坊でした。記憶が曖昧なので正確には憶えていませんが、恐らく拾われてすぐ俺は一度死んだのでしょう)
「お前、捨て子だったのか」
(えぇ、ちなみに両親に関する情報は少しも持っていません。というか、そもそも興味もありません)
「え、そうなの?」
(両親の存在なんて自分が転生したことを自覚した時点で、どうでも良くなりましたよ。捜したところで時間の無駄です。大体、会って何を話せと)
冷めてると言われたらそれまでだが、どんな理由があるにしろ我が子を手放した時点で最も非情なのは彼の両親だ。
「リアムがお前を生ける屍にしたということは彼が先に見つけたんだな。人間を生ける屍にする方法を。リアムは、お前の遺体を使って生ける屍を作り出した」
(その通りです。更に言うと、生ける屍として目覚めた時に俺は初めて〝自分は転生したのだ〟と自覚しました)
生ける屍としての覚醒が記憶と生命の両方を取り戻す切っ掛けになったというわけか。
(それから俺は隙を見て逃げ出し、なんとか王都まで辿り着いた時に偶然出会ったアルステッド理事長のご厚情で彼が経営する学校の生徒として暮らすことになりました)
「で、オレ達に会ったと……ほえー、なんか運命感じるなぁ」
能天気なリュウの反応に少し気が緩んだのかグレイは苦笑しながら「そうですね」と答える。
「王都に来てからリアムとは会ったのか?」
(いえ、会ってしまえば連れ戻されるのは目に見えていたので出来るだけ目立たないようにしていました)
そう言われて俺はこの世界で会ったばかりの頃のグレイの様子を思い出す。言われてみれば、あの時の彼は今より控えめな印象だったように思う。
「え、連れ戻される? 〝迎えに来る〟じゃなくて?」
(……死んだ人間を甦らせる方法が実在すると知ってから彼は不老不死の研究に没頭するようになりました)
リュウの問いを無視して話を進めるグレイ。それだけ今のは答えるに値しない問いかけだったのだろう。リュウも特に気にする様子は無く、一人で答えを見つけ出そうと考え込んでいる。
「一度成功させてしまったが故の慢心か。それに身近に貴重な成功例もいることだしな」
(ですが、その後、彼が生ける屍化を成功させる事はありませんでした)
「じゃあ、お前の時は偶々成功しただけで生ける屍にする手段を確実に得たわけじゃないのか」
俺とグレイの会話に耳を傾けながらリュウは推理を始める。
「不老不死の研究をしたい。その為にも生ける屍化を成功させたい。でも中々成功しない。そして唯一の成功例であるグレイも近くにいない……あぁ、そうか! だから連れ戻すのか!」
合点がいったとばかりにリュウが手を叩く。彼の思考が現状に追いついたところで話を再開する。
「それにしても、お前よく今まで無事だったな」
勘当された身とはいえギルドに依頼を出せるだけの資金は貰っていただろうに。
(俺が思うに彼が自尊心の強い性格であったこと、それから立場上ワーナー家からの協力が得られなかったことが幸いしたのではないかと)
もしリアムが世間での認識が〝ワーナー家から勘当されるほど剣術に恵まれなかった落ちこぼれ〟だったとしたら確かに余程の厚顔無恥でもなければ表立った行動は出来ないだろう。
「それでも、お前を捜しているのは事実なんだろ」
(……とある筋からの情報が確かなら、そうなんでしょうね)
「なんか、すげー落ち着いてんね。不安じゃねぇの?」
(これでも最初は、それなりに不安だったんですよ。しかし、これだけ時間が経ってしまうと……それに俺は今ある意味一番安全な場所にいるわけですし)
「あぁ、それは確かに」
「納得するな」
あと当然のように俺を見るな。こちとらグレイの用心棒を担った覚えはない。
「でも実際、グレイに何かあったら助けるんだろ」
「そりゃあ、まぁ」
得意げなリュウの顔が純粋に腹立つ。口は開いていない筈なのに「やっぱり」と言う声が聞こえた気がした。
対して、グレイは俺の反応が気に入らなかったようで睨みつけるように見ている。
(何ですか、その煮え切らない返事は)
「深い意味は無い。昔なら兎も角、今のお前が窮地に陥っているところを想像できないだけだ」
(それは貴方が俺のことを買い被り過ぎているからですよ。昔よりも出来ることが少し増えただけで俺の本質は変わらないので)
少し、か……治癒魔法しか使えなかった奴が他の魔法も使えるようになるのがどれだけ凄いことか果たして彼は理解しているのだろうか。
グレイのことだから多分、理解していない。むしろ自分は、まだまだだと思っているに違いない。本人は何も言わないが、ここに来るまで相当努力して、数えきれないほどの苦悩とも向き合ってきた筈だ。
優秀でありながら慢心せず、直向きに理想を追い求め、努力を続ける。グレイ・キーラン、お前は本当に俺には勿体ない男だ。
「グレイ、お前は本当に凄いな」
(な、何ですか急に)
「ずっと思ってたことを言葉にしてるだけだ。これまで、お前には色々言ってきたが……本当は嬉しかったんだ。お前が俺に会えるまで捜し続けてくれていたのも、この世界でも俺に付いていくと言ってくれたのも」
(だから、さっきから何を……)
「言っただろ。思ってたことを言葉にしてるだけだって……グレイ、この世界でも俺に会ってくれて、戻って来てくれて、ありがとう」
(っ、)
顔を俯かせてしまったグレイを横目に俺はリュウと顔を見合わせる。彼は何処か居た堪れないような微妙な顔をしている。
「何だ、その顔は」
「え、いやぁ……お前等って、ほんと仲良いよな」
「前世から見知ってる相手だからな……って、前もこんな話しなかったか?」
「そ、そうだっけ? で、でもさ、前世から知ってるからって仲が良いとは限らないだろ」
(あ、馬鹿!)
リュウの言葉に俺は心の中で「確かに」と同意する。俺とゼノが良い例だ。昔から互いを知っていても俺達のように前世から関係が拗れてしまっていると今世の関係にも影響が出てくる。
(どうして貴方は、いつも余計なことを……)
「ご、ごめん」
「気にするな。グレイ、気遣ってくれるのは有り難いが、そこまで過剰にならなくて良い。今更どう繕ったところで、もう全て終わってる事だ」
グレイは複雑そうな顔をしながらも「貴方が、そう言うなら……」と納得してくれた。
話題が本題から逸れ始めたことに気付き、咳払いを一つして空気を切り替える。
「グレイ、一応確認するが……〝この依頼を受けて欲しくない〟というのが、お前の意思か?」
(……はい)
「でも、この依頼ってライに来てるものなんだろ? だったら、グレイは無理に関わらなくても良いじゃん」
(それは、そうなんですが……受けたら受けたで気にはなるので)
出来れば関わりたくはないが、俺が関わるとなれば無関心でもいられない……と言ったところだろうか。
「この際だから、はっきりさせておこう。カリムに会いたくないと言うのなら今後お前をワーナー家に関わらせるような事はしない。だか、少しでも何か心残りがあるのなら……グレイ、これが最初で最後の絶好の機会だと思って答えてくれ」
(……分かりました)
グレイから了承の言葉を得た俺は言葉を続ける。
「もし俺が依頼を受ければリアムと話せる機会を得られるかも知れない。お前はリアムに言いたいことは無いのか? 訊きたいことは? このまま何も話さないまま、関わりを持たないままで本当に良いのか?」
「ま、待てよ、ライ。グレイはリアムの実験台にされてたんだぞ?! 会ったら、今度はどんな目に遭わされるか……それにリアムは今グレイを探してるんだろ? だったら少しでもアイツから遠ざけてやるのが仲間としてオレ達がやるべき事じゃないのか?!」
「今は黙ってろ、リュウ。俺はグレイに訊いてるんだ」
今のはリュウの意見であって、グレイの本心であるとは限らない。仮に代弁だとしても本人から聞き出さなければ意味がない。
「グレイ、お前が本当にワーナー家と関わりを持ちたくないと言うなら今回の件は俺だけで処理する。お前に迷惑はかけない」
一度約束してしまった以上、俺はこの依頼を断ることは出来ない。それでもグレイを関わらせないよう配慮することは出来る。無論、本人が望めばの話ではあるが。
(俺は……、知りたいです。あの人が本当は何を望んでいたのか)
「え、リアムの望みって単純に自分が不老不死になりたいとかじゃねぇの?」
(俺も詳しくは分かりませんが……多分、最初は違う目的で動いてたんだと思います)
リアムにとっては当初の目的を投げ捨てるほど需要があったのか、それとも不老不死を研究する事こそが近道だったのか。何にせよ、今ここで解明できる事ではない。
「それで気持ちは固まったか?」
(……はい! この依頼、俺にも一枚噛ませて下さい)
前向きなグレイの返事をリュウは複雑そうな顔をしながらも「まぁ、何となくお前ならそう言うと思ってたよ」と受け止めた。
(貴方が俺を案じて言ってくれたことは分かっていたのですが……すみません)
「なに謝ってんだよ。何より大事なのは、お前の意志……だろ?」
リュウが笑ったことでグレイにも笑顔が戻る。とは言ってもリュウへの申し訳なさが垣間見える、ぎこちないものではあるが。
「一先ず、この依頼は受ける。問題ないな、グレイ」
(はい)
今ので最終確認は終わった。俺は魔法の炎によって形作られたパレットと瓜二つの人影に向き直り、口を開いた。
「了」
『承諾の音声を確認。依頼の受理を確認しました』




