422話_地下に住まう者
俺達が暮らす城には隠し通路が、いくつか存在する。その内の一つの通路は地下と繋がっており、当時は主に捕虜を尋問するための拷問部屋として使われていた。
〝彼等〟は拷問や暗殺といった表向きには出せない依頼遂行するための組織。通常、罪ある者に鉄槌をと呼ばれている魔王軍直属の特殊部隊だ。
元は無機物に寄生するだけの無害な魔物だったが、拷問器具に寄生して多くの魔物や人間の血を吸い続けたことで特異な進化を遂げ、人型の魔物に近い身体と知能、それから各拷問器具の特徴を取り入れたような能力を手にしたのである。
寄生先が拷問道具なだけあって戦闘能力が高く、性格は残忍で凶暴。一度暴走すると手が付けられず情報を聞き出そうと捕らえた捕虜を何度か殺害してしまった事がある。
基本的に何を考えているか分からない連中だが、それでも俺の指示には忠実だった。滅多な事でも無い限り彼等が地下から出て来る事は無いだろうが、この城で暮らす以上このまま放置というわけにもいかないだろう。
「魔王軍でなくなった以上、今後彼等の力を借りる機会は無いだろうが……とりあえず会ってくる。ギィル、報告感謝する」
「僕も御供させて下さい。彼等が魔王様に危害を加えないとも限りません」
「……あぁ、頼む。グレイ、お前は他の奴等にこの事を伝えてくれ。それから〝俺達が戻るまで地下には絶対来るな〟とも」
(分かりました。くれぐれも、お気を付けて)
俺とギィルは先に城へ戻り、隠し通路を通って地下に降りた。
地上に比べて地下の空気は淀んでいる。湿気を帯びているのか腐葉土が湿ったような匂いが鼻を突く。
地下の道を照らす明かりは辛うじて役割を果たしているが、いつ消えても可笑しくないほど頼りない。明かりに灯された壁は壁紙が剥がれ落ち、晒された石壁には無数のひび割れが走っている。
相変わらず廃墟の館にも似た絶妙な不気味さがある場所だが、昔から知っているから恐怖は無い。
「魔王様、ずっと奥の方から気配がします。恐らく彼等は、あの部屋に」
常に誰かに監視されているような居心地の悪い感覚を肌に感じながら奥へと進んで行く。奥に進めば進むほど強まっていく気配。ギィルの見立て通り、奴等は通路の最奥にある拷問部屋にいる。
「此処か」
「……はい」
内側から何か強い力で打ち付けられたような凹凸が目立つ扉の前で俺達は立ち止まる。扉の前まで来ても出て来る様子は無い。
ギィルに視線を向けて彼が頷いたのを確認すると扉を軽く押した。ギィッと錆び付いた音が聞こえて扉も僅かに動いたが、完全に扉を開くには力が足りないようだ。
扉に身体を密着させて前に押し出すことで、やっと人一人通れるほどの隙間が出来た。隙間から覗き見た部屋は黄みを帯びた白の壁に囲まれて、床には錆びた器具が乱雑に散らばっている。
室内の所々に飛び散ったように付いた血痕らしき汚れが当時の凄惨さと、この部屋で何が行われていたのかを間接的に伝えている。
「俺が先に入る。安全が確認できるまで、お前は部屋の外で待機だ」
「! それは………っ、分かりました。どうか気を付けて」
ギィルの言葉に頷いて隙間を抜けるように部屋に入る。辺りを警戒しながら歩いていると何かを蹴ったような感触とカランと何かが滑るように転がる音。
足元を見ると抜歯用の鉗子が回転している。どうやら落ちていた器具を蹴ってしまったらしい。
拾い上げようとした俺を二本の短剣が止める。
「……久々の挨拶にしては簡素だな。てっきり、このまま首を落とされると思ったんだが」
交差するように自分の喉元へと向けられた刃先を見下ろしながら背後の二つの気配に声をかける。
「やだなぁ。俺達がライを傷付けるわけないじゃん」
「そうだよ。俺達、ライのこと大好きなのにさ」
短剣が喉元から離れ、今度は後ろから二人分の手で抱きしめられる。
「会いたかったよ、ライ」
「中々、会いに来てくれないから俺達のこと忘れちゃったのかと思ってた」
半分くらいは忘れていた、とは言えない雰囲気だ。
「忘れるわけないだろ。すぐに来れなくて悪かったな。トワ、モア。それからメイディにリアン。お前達も、そこにいるんだろ」
目線の先に現れたのは膨れた腹部を抱えながら立っている白いワンピースを纏った長髪長身の女、メイディ。
黒いマスクで顔の半分を隠し、これまた真っ黒なスーツを着こなした眠そうな目をした細身の若い男、リアン。
俺に真っ先に刃を向けた前髪で隠している片目が逆であること以外は鏡写しのように瓜二つな双子、トワとモア。
彼等こそ魔王軍直属の特殊部隊、罪ある者に鉄槌をである。
「あぁ、嬉しいですわ。また貴方様に、わたくしの名前を呼んで頂けるなんて」
「これからは何度だって呼んでやるさ」
俺の返答にメイディは嬉しそうに頬を赤らめる。
「……お、お帰りなさい、魔王様」
「あぁ、ただいま」
恥ずかしそうに呟くリアンの顔を覗き込みながら微笑むとマスクを引き延ばして目元まで隠されてしまった。恥かしがり屋なのは相変わらずのようだ。
とりあえず危険でないことは分かったためギィルに部屋に入るよう促す。
「ねぇ、ライ。此処に来てくれたってことは俺達の力が必要ってことだよね?」
「今度は、どいつを殺れば良い?」
「その事なんだが……俺は、もう魔王じゃない。だから誰かを捕虜にして尋問する必要も無いんだ」
「え……」
笑顔だったトワとモアの表情が絶望の色に染まっていく。
「なんで? なんで? じゃあ俺達はいらないってこと?」
「そんな……いやだ! いやだよ、ライ! 俺達を捨てないで!!」
服を引っ張りながら「捨てないで」と懇願する二人に俺は冷静を意識して対応する。
「勘違いするな。お前達を捨てる気は無い。ただ昔と比べて今は平和だからな。だから、これは見聞を広げる良い機会だと思ってな」
「ケンブン? ケンブンって何?」
「簡単に言うと、今よりもっと広い世界を見れるって事だ」
「広い世界……」
彼等にとって〝世界〟とは、この城の地下。地上に出るのは任務を与えられた時だけ。それ以外で彼等が地上に姿を見せたことは俺の知る限り一度もない。
「お前達は魔物としても特殊な存在だ。だから見聞を広げると言っても、やれる事には限度がある。……もし少しでもその気があるのなら、お前達が地上でも暮らせるよう手配する」
人間としても魔物としても異端である以上、彼等の存在を公にするような事は出来ない。よってギルド登録も出来ない。
それでも、せめてこの国の中でくらいは彼等に自由を与えてやりたい。勿論、彼等がそれを望むならの話ではあるが。
「……魔王様は僕達に外に出て欲しいんですか?」
「そうだな。今までのお前達の役割は捕虜からの情報収集、あるいは対象者の暗殺や組織の壊滅だった」
「その役割は、もう必要ないと……そういう事なのですね」
「勿論、強制はしない。だから、これは一つの提案として聞いて欲しい。俺は、お前達の意志を尊重する」
四人は顔を見合わせている。彼等にとっては今後の生活にも関わる重要な分岐点だ。即答できないのも無理は……
「分かったよ。ライが、そう言うなら俺達は外に出る、で良いんだよね?」
「言い出した俺が言うのも何だが……良いのか、そんな簡単に決めて」
「だって、そうすれば前よりももっとライに会えるんだよね? それに俺達の役目はライの敵を殺すことだから」
「ライを守るためにも俺達は一緒にいるべきだよ」
「……僕も異論はありません」
「魔王様、わたくし達に連れ出して下さいませ」
俺は彼等の忠誠心を侮っていたのかも知れない。拷問器具に寄生し、多くの血を吸って出来上がった彼等が俗世に適応できるかどうかは分からない。分からないが、このまま彼等をこんな陽の当たらない場所に閉じ込めて良い理由にはならない。
人の身や知能を得た以上、彼等にも人として最低限の自由と幸福を得る権利はある。
「……ですが、魔王様。どうか勘違いなさらないで。わたくし達は、このような身になってから一度も自分が不幸だなどと思ったことはありません。貴方様は最後まで、わたくし達に居場所を与え、更には必要とし、愛して下さいました。わたくし達は、その御恩に少しでも報いたいだけなのです」
皆同じ想いなのだと頷くリアン達を見て、俺も決心を固めた。これからは彼等を道具としてではなく人間として共に歩み、成長していこうと。
「改めて、よろしく頼む」
「任せてよ」
「でも、殺したい奴がいたら言ってね。その時は、すぐ殺してあげるからさ」
「……魔王様に仇なす者は全員、僕が捕まえる」
「あら、拘束するだけですか? わたくしと坊やなら拘束しながら殺せますのに」
「僕だって殺そうと思えば殺せる。でも、情報を吐かせる必要があるなら、すぐには殺さないってだけ」
「あぁ、確かに。情報を洗いざらい吐き出させる前に殺してしまったら却って手間ですものね」
……彼等を外に解き放って本当に大丈夫なのか不安になってきた。物騒ではあるが、無害な者には手を出さない主義のようなので多分、大丈夫だ。大丈夫だと思う事にする。
「あれ、ギィルじゃん。ギルは元気?」
「えぇ、元気ですよ。貴方達も相変わらずのようで」
双子がギィルに詰め寄る。会話を聞いていると、ただ仲間として挨拶をしているだけのようだ。
「ねぇ、あの半端悪魔は?」
「その呼び方は止めなさいと何度も言っているのに……死にたいのですか、貴方は」
半端悪魔と言われて思い出したのはロストヘルムの廃れた教会で感じた妙な魔力。悪魔の血が流れているギィルが過剰に反応した、あの魔力の正体もいつかは突き止めなければならない。
(……いや、違う。正体なら、もう分かっている。あの場所で彼奴は俺を待っているんだ)
名前を呼ばれた瞬間に、あの悪魔は顕現する。上位天使であった彼は大罪を犯したがために羽をもがれ、悪魔に堕天した。神話にも登場する有名な堕天使だ。
昔、俺の召喚魔法に応じて以来、彼には〝地下の番人〟の地位を与え、罪ある者に鉄槌をの司令塔として魔王軍に大いに貢献した。
堕天したとはいえ元々は神の使いとされる上位天使。魔法でも肉弾戦でも魔王軍が束になったところで敵わない。彼が仲間でなかったら魔王軍などすぐに壊滅していた事だろう。
彼を再び召喚する事は出来る。ただ、あの力が世に出てしまったら折角得た平穏が遠ざかってしまう気がしてならない。
「魔王様、彼を目覚めさせるのですか?」
「正直、迷っている。ギィル、同じ悪魔として意見を聞かせてくれ」
「……上位悪魔の潜在能力の偉大さは貴方もよくご存知かと思います。事実、彼は魔王軍の中でも群を抜いていました。そもそも悪魔は人間とも魔族とも異なる存在ですから比較したところで、あまり意味はありませんが。ですが、これだけははっきりと言えます。あの方を喚び出したとしても貴方にとって不利益になることはないでしょう」
「根拠は?」
「あの方は心から貴方を崇拝していました。あの方にとって貴方は神に等しい……いえ、それ以上に尊い存在なのです。貴方の魂に服従印を施すほどに」
「服従印?」
聞き覚えのない単語に首を傾げると隣でトワとモアも俺の真似をして首を傾げた。
「例えば貴方が肉体を失い、魂だけの状態になったとします。本来であれば違う肉体に受肉し、新たな姿を得て現世に顕現します。俗に転生と呼ばれている現象です。通常、召喚者である人間が死に至ると悪魔との契約は自動的に解除されてしまうのですが、服従印をすることで契約を継続することが出来るのです」
「服従印された人間は不死になるって事か?」
「いえ、いくら上位悪魔といえど人間を完全な不死にすることは出来ません。服従印は謂わば優先権です。召喚を行った際、服従印した悪魔が優先的に召喚に応じられるのです」
「じゃあ今、召喚魔法を使ったら……」
「間違いなく、あの方が召喚されます」
きっぱりと断言したギィルに俺は頭を抱えると同時に安堵する。
これまで召喚は二度行っている。魔法学校の入学式での新入生代表召喚とクラス分け召喚だ。あの時の召喚魔法で彼が現れなかったということは予め召喚される対象が固定されている召喚魔法は対象ではなかったという事だ。
もし、あの時に彼が顕現されていたら俺の運命は今とは大きく異なっていた事だろう。あれだけ大勢の前で上位悪魔を召喚したとなれば……うん、その先は悪い未来しか思い浮かばない。
かといって、この国に人の出入りが多くなればロストヘルムからの異常な魔力を感知する者も出てくるだろう。そう考えると、このまま放置しておくのも得策ではなさそうだ。
「……よし、行くか」
「あの方を召喚されるのですね。俺とギルも同行しましょうか? 下級とはいえ僕達も悪魔です。それに他の方では悪魔の瘴気に当てられて気を失ってしまうかも知れません」
「いや、同行は不要だ。……これは俺の勘だが、誰も連れて行かない方が色々と穏便に済む気がする」
「と、言いますと?」
「蘇生する手間が省けるって事だ」
彼の前では命の重さなど有って無いようなものだ。それほどに命を奪うことに躊躇いが無い。例え、それが仲間であっても。彼にとって殺す理由など〝目の前にいたから〟、〝不愉快な発言をしたから〟で充分なのだから。
「俺は、このままロストヘルムに向かう。お前達はギィルと共に地上に出てグレイ達と今後について話し合っておけ」
「えー、俺達も行っちゃダメ?」
「駄目だ」
「どうしても?」
「…………」
暗がりでも分かるほど目を潤ませて上目遣いでおねだりする双子を問答無用で地上に送る。後で機嫌を損ねた彼等に襲撃されたとしても今の俺なら返り討ち出来る。
「メイディ、リアン。面倒事を押し付けて済まないが、二人を頼んだぞ」
「……分かりました」
「はい、お任せ下さい。もし抵抗するようなら殺してしまっても?」
「…………」
頼む相手を間違えたかも知れない。
[新たな登場人物]
◎トワ
・見た目は十代後半から二十代前半の青年。
・白銀色の髪で右目は前髪で隠れている。
・断頭台に寄生した魔物が突然変異で進化した。
・戦闘時は主に短剣を使用。
◎モア
・見た目は十代後半から二十代前半の青年。
・白銀色の髪で左目は前髪で隠れている。
・断頭台に寄生した魔物が突然変異で進化した。
・戦闘時は主に短剣を使用。
◎リアン
・見た目は二十代後半で細身の青年。
・腰あたりまで伸びた黒髪を後ろで一つに束ねている。
・拘束具に寄生した魔物が突然変異で進化した。
・戦闘時では多種の拘束具を使用。
◎メイディ
・純白のウェディングドレスに身を包んだ長身の女性。腹が不自然に膨れている。
・常に瞳が目蓋に覆い隠されているが、ちゃんと見えているらしい。
・ 鉄の処女に寄生した魔物が突然変異で進化した。
・戦闘時に使用する武器なし。
◎??????




