421話_新たな〝舞台〟の幕開け
ランク選定の結果、俺はランク無しから$ランクとなった。初っ端から幸先が悪かった事もあり、どうなる事かと思ったが無事に終わって今はホッとしている。ロットが二個目の魔法具を壊してしまった時は、さすがに何かしらの罰を覚悟したが……
貴重な魔法具を二個も壊したのに故意ではないからと大事にしなかったファイル達には本当に感謝しかない。とはいえ、最終的な判断を下すのはギルドマスターであるカイエンだ。ファイル達からの報告で今回の件を知るはずだから、もしかしたら後日に何か連絡があるかも知れない。場合によっては賠償金を請求されることも覚悟しなければ……魔法具って、いくらぐらいするのだろうか?
魔法具の方は何とかなったとして問題はロットの方だ。選定が終わってからというもの、この世の終わりとばかりに意気消沈している。
「僕のせいで……ライさんに御迷惑を……」
ロットがランク選定を受けた際、俺の時と同じように魔法具が粉砕した。$ランクまで測定できる魔法具が壊れたことで現場(というか、主にファイル達)は一時騒然となったが、調査したところロットの魔力貯蔵体質が原因であることが判明した。
ロットは無魔法者でありながら体内に無限の魔力を蓄えているという非常に稀な特殊体質。理論上、測定不可能な魔力量に魔法具が耐えられず壊れてしまったらしい。
ファイル曰く、ランク選定のために作られた魔法具は魔力貯蔵体質のように極めて珍しく未だ謎の多い特性への耐性や適応力が殆ど無いとの事。
つまり今の魔法具技術ではロットのランク選定を行うことは不可能。よって、ランクは不明。
図らずもロットは魔法具技師達へ今後の課題を提示してしまったようだ。
ギルドハウスの中にある酒場のカウンター席に顔を伏せた状態で座っているロットの周りには彼を憐れに思った者達が慰めようと集まっている。
なんと美しき仲間愛だろう。これならロットもすぐ立ち直って……
「ねぇ、ウル。一人だけランクが分からないままだなんて可哀想だね」
「本当ね、エド。わたしたちのランクを分けてあげられたら良いのに」
「まぁまぁ、元気出しなさいよ! なにもアンタが無能だって言われたわけじゃないんだから」
(有能だと証明されたわけでもありませんけどね。実際、魔法具壊しちゃってますし)
「さすが、グレイ。ここで掘り返すなんて血も涙もないですね」
「お前も大概だろ……」
……ロットに向けられている言葉が慰めているとは到底思えないものばかりなのは何故だろう?
メラニーとキャンディに至っては項垂れているロットを見て爆笑している。どうやら、この空間に〝思いやり〟という概念は存在しないようだ。
「ライ殿の力でも、どうにもならないのか?」
レイメイの問いかけに首を横に振る。何とか出来るのであれば、とっくに何とかしている。でも、どうにも出来なかったのだから今は諦めるしかない。
所詮、自分の魔法で解決できる範囲でしか力になれない。今の俺に出来るのはロットのような特殊体質の奴でもランク選定できる魔法具が一日でも早く完成されることを祈るだけだ。
とりあえず今はロットだ。あれだけの精神攻撃を受けている彼の情緒が心配だ。
「揶揄うのはそれくらいにしろ、お前達。……ロット、ランクのことは俺も非常に残念だが落ち込んでいても結果も変わらない。幸い、冒険者登録は出来た。ランク選定が出来るまで色々と不自由な思いをさせるだろうが、それでも俺は……お前に此処に残って欲しいと思ってる」
これまで誰の言葉にも反応しなかったロットが徐に顔を上げて俺を見る。
「ライさん、僕は自分だけランクが決まらなかったから落ち込んでいるわけじゃないんです。ただ貴方に迷惑をかけた自分が情けなくて……」
え、そうなの?
何人か俺と同じことを思ったのか、目を丸くしている。
「今回のことでライさんに失望されてギルドを追放されたら、どうしようって」
「追放なんて、するわけないだろ」
何か失敗する度に追放なんてしてたら悪評が広まってギルドが潰れるのも時間の問題だ。それ以前に俺はこの場にいる全員、手放すつもりは無い。
「良い機会だ。ロットそして他の奴等にも言っておく。此処にいる殆どが古来からの縁で俺に付いて来ていることは分かっている。だが、今後は……もし、お前達がこの世界で大事なものを見つけたら、その時は過去ではなく今を最優先に考えて行動しろ」
(……つまり今後ギルドを抜けるのも、この国を離れるのも自由という事ですか?)
「今の俺にお前達を縛る権利は無い。いや、違うな。そんな権利、そもそも最初から無かったんだ」
「待って、ライ様。ワタシはワタシの意志で此処にいるの。他の皆だって、きっと同じ。なのに貴方の言い方は、まるでワタシ達に過去を捨てて生きて欲しいって言ってるみたいだわぁ」
言ってるみたいではなく、そのつもりで言った。俺は、もう魔王ではない。そして、この集団も魔王軍ではない。
「魔王様、貴方が僕達に何を望んでいるのかは大体分かります。でも、もう僕達は何も知らなかった頃には戻れないのです。貴方も同じ世界で生きていると分かっていて、どうして離れられましょう?」
ギィルの言葉に何も返せず、口籠っていると今度はギルが口を開いた。
「……アンタ、もしかして怖いのか?」
思いがけない問いかけにピクリと身体が反応してしまう。動揺を悟られないように態と抑揚のない声で俺はギルに尋ね返す。
「怖い? 俺が何を怖がってるって言うんだ」
余裕が無くなっているのが自分でも、よく分かる。勘の良い奴には今ので気付かれたかも知れない。
「アンタは今こうして俺達が当たり前にいる瞬間が、当たり前じゃなくなる日が来るのを恐れてる。アンタが死んだ事で魔王軍は自動的に壊滅した。魔王軍でなくなった今、俺達が一緒にいる必要は無ぇ。アンタは、そう考えてる」
「……間違ったことは言ってない。俺達には、もうあの頃のように共通の敵も目的も無い。それぞれが好きな場所で、好きなように生きる事だって出来る」
「その好きな場所で、好きなように生きた結果が今なんだよ。アンタは俺達が使命感だけで一緒にいると思ってんのか? だったら大きな勘違いだ。俺達は此処にいたいからいる。何十年、何百年先のことなんて知らねぇよ。けど、俺達がアンタから離れる前提で話されるのは気に食わねぇ」
心外だとばかりにギルは思いの丈を打ち明ける。
(魔王様、メラニーやギルが言った通り、俺達は自分の意志で貴方と共に歩む道を選びました。その意志を捻じ曲げることは貴方にだって出来ない。それに俺、前にも言いましたよね。貴方は俺の〝生きる意味〟だって)
「つれないよなぁ。オレとグレイは十二年も、お前のことばっか考えてたってのに。いくらオレ達が人間より長生きだからって十二年かけて一つのことをやり遂げようなんて思わないよ、普通。……ま、そういうわけだから今後とも末長くよろしく頼むぜ、相棒!」
思いっ切り背中を叩かれた反動で視界が大きく揺らぐ。背中に痺れにも似た鈍い痛みが走り、リュウを睨むが本人は悪びれる様子もなく、むしろ笑っている。
「ライ殿、拙者もリュウ殿達と同じ想いだ。この命ある限り、拙者の命運はライ殿と共にある」
いつか別れの時が来るならば、いっそ自分から別れを切り出した方が良いと思っていた。そう思ってしまうほどに、この空間は心地良い。
「僕、もっと頑張ります。頑張って、頑張って、いつかランク選定も受けて今よりもっとライさんの役に立ちます。だ、だから、その……また頭を撫でてくれませんか?」
……どう考えても頼む相手を間違えてないか? 特に後半部分。それとも、これは所謂、子ども返りという奴なのだろうか。
こういうのは母親的な立ち位置の者がやるものだと思っていたのだが……。この世界でロットにとっての母親といえば真っ先に思い浮かぶのはアザミだ。わざわざ俺に頼まなくても彼女に頼めば喜んで要望に応えてくれただろうに。
(相変わらず的外れなことばかり考えてますね)
そう言うお前は相変わらず無断で思考を覗いてくるんだな。……まぁ、もう慣れたから良いけど。
(昔ほどは覗いていませんよ。というか、貴方に隙が無くなったせいで覗けないと言った方が正しいんですが……それより折角ロットが勇気を振り絞ったのに全く伝わってないのが、あまりにも不憫で。もしかして態と……なわなけないですよね。貴方に限って)
よく分からないが、とりあえず馬鹿にされている事だけは分かった。
これ以上、グレイの相手をしていると話が脱線しそうなので俺はロットの方に向き直る。ロットの表情を見るに俺を揶揄っているわけでもなさそうだ。
「……俺で良いのか?」
「は、はい! 魔王様が良いです!」
普段の〝ライさん〟呼びが外れてしまうほど彼は必死らしい。まぁ、ロットがそれで良いなら俺は構わないが……
「はいはいはーい! キャンディも魔王様に褒められたいし、頭ナデナデもされたいでーす!」
「あっ! 狡いわよ、キャンディ! 私だって魔王様に……」
「ワタシは頭だけじゃなくて、あーんなところや、こーんなところもナデナデされ……イタッ! 酷いじゃない! 無防備なレディの頭を叩くなんて」
「切り刻まなかっただけ感謝しろ、この変態め」
キャンディとロゼッタとメラニーも同じ要求をしてきた。褒められたいとか頭を撫でられたいとか、さっきから幼い子どもを相手してるみたいだ。
「けっ、くだらね。いい大人が揃ってガキみてぇなこと言いやがって」
「大人も子どもも褒められれば嬉しいのは同じですよ。特に大人は子どもより褒められる機会が少ないですからね。それにギルだって魔王様に褒められたら嬉しいでしょう?」
「あ? そりゃあ、まぁ……って、何言わせようとしてんだ、テメェ!!」
「貴方が勝手に言おうとしただけなのに何で僕が怒られるんですか……」
ギィルとギルは何やら楽しそうに掛け合いをしている。相変わらず仲が良いようで何よりだ。
二人の遣り取りを横目に俺はロット達に向き直る。
「……さっきの要望を叶えてやれるかは兎も角、お前達の気持ちは分かった。今となっては目的も立場も全く違うが、また昔のように俺を支えてくれると助かる」
「当然よ、ライ様。ワタシ達はライ様がいたから、またこうして集まったんだもの。この先どんなことがあったってワタシは最後までライ様に付いて行くわ。とりあえず今は仲間として、そしてゆくゆくは身も心も寄り添い合える永遠のパートナーとしてライ様のお側に……あぁん♡ 想像しただけで震えが止まらないわぁ♡♡」
「それは大変だ」
他人事のように言うレイメイだが、いつでも鞘から刀を抜き放てるように一寸の隙もない構えでメラニーを捉えている。
あの時とは立場も状況も変わっているのに昔を思い出すのは彼等が変わらずにいてくれているからだろう。
楽しげな笑い声がギルドハウスに響く。この穏やかな空気も、あの頃と同じだ。俺が魔王になる前の、あの頃と。
一人でギルドハウスを出た俺は振り返って、ハウスの入り口の真上に位置する壁に設置されたギルドマークを見上げる。
ギルドマークとは、そのギルドを象徴する紋章。ギルドの名前を決めた時に思い浮かんだものを、そのまま俺が描き上げた。
虹色の卵を大事そうに抱きしめた長髪の女性を囲うように円を描くリボン。そのリボンの端には大きな鐘が一つ付いている。
(貴方を復活させた復活の女神が鳴らす鐘、それから新たな生命の誕生と幸福を祝う特別な卵。まさに復活の卵の名に相応しい紋章ですね。ただ、らしくないデザインだとは思いますが)
一人で出てきたはずなのに何故か当たり前のようにグレイがいた。
「悪かったな、らしくなくて」
(褒めてるんですよ。貴方は、こういう才能も持っていたのだと。……いよいよ始まるんですね。俺達の新たな舞台が)
「……あぁ」
ギルドマークを見つめたまま相槌を打つ。
(この女性のモデルは、やはりマリアさんですか?)
「あぁ……………、あ?」
反射的に答えてしまったが、とんでもなく恥ずかしいことを訊かれて思わずグレイを見る。
「おま、いま……」
「お前、今なんて言った」と言いたいだけなのに口が上手く機能してくれない。
(やっぱり、そうなんですね。まぁ、そんな事だろうとは思ってましたけど)
予想は付いていたのに直接本人に確認してくるあたり性格が悪い。しかも完全に気が抜けていた時に仕掛けてくるとは。
「わ……悪いか」
取り繕ったところでグレイには全てバレている。よって俺には開き直るという選択肢しか無かった。
グレイから顔を背け、再びギルドマークに目をやる。彼が今どんな顔をしているかなど一々確認するまでもない。どうせ、したり顔でこちらを見ているに違いないのだから。
「……?」
いくら待ってもグレイから揶揄いの声は無い。別に揶揄われたいわけではないのだが、いつもの彼ならここぞとばかりに揶揄ってくると思っていただけに予想外だった。
「おい、急に黙ったりなんかして、どうし……」
「魔王様、お話中のところ申し訳ありません。今後のことについて一つ確認しておきたい事が」
グレイから視線を外し、声をかけてきたギィルに目を向ける。
「何だ?」
「城が機能したことで地下にいる彼等も目覚めたようです。恐らく魔王様がいることにも気付いています。どう致しますか?」
何か不吉な予感でも知らせるかのように遠くの空から濁った灰色の雲が見えた。
次回、《地下の番人 編》突入




