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420.5話_閑話:そのギルド、前代未聞

 その日、ツァイ・リットンとアンヌ・キャリラは新規ギルドのランク選定に同行するよう指令を受けた。ギルド職員として採用されてから三年。まだまだ新人枠である。

 同行とはいえ、二人にとっては初めてのランク選定。選定される瞬間は王都ギルドで何度か目にしたことはあっても自分達が業務として関わる機会は今まで無かった。

 新規ギルドのランク選定など滅多に経験できる事ではない。故に、二人の心は期待に満ちていた……その新規ギルドのギルドマスターの名前を聞かされるまでは。


 ライ・サナタス。最近では知る人ぞ知る有名人だ。勇者アランと共に魔王を討ち倒した直後に行方不明となり世間的には死亡扱いとなったが、最近になって生存が確認された強運の持ち主である。

 十二年もの間、どうやって彼が生き延びてきたのかを知る者はいない。それまで何処で、何をしていて、何故今になって現れたのかさえも。

 ライに関する噂は極端に二分割されている。昔から彼を知っている者また過去に救われた者達は揃って好評を、対して彼をあまり知らない者は悪評を。後者に関しては妬みや僻みも含まれている。

 死んだと思われていた青年が実は生きていて、しかもあれやあれよと言う間に貴族に、ギルドマスターに、聖騎士(パラディン)になっている。明らかに異常な昇格だ。それこそ勇者以上の高待遇と言っても良い。

 その異常さより自分達の知らないところで何か良くない意思が働いているのではないかとツァイ達がライに対して不信感を抱くのも無理はなかった。

 そもそもツァイもアンヌも貴族に対して、あまり良い印象を抱いていない。貴族とは傲慢で我が儘で保身の為なら平気で他人を不幸のどん底に突き落とす心の無い連中なのだと彼等の過去の経験が認識させる。

 故にライ・サナタスが貴族であると知った時、彼等はこう思った。「その男も奴等と同じに違いない」と。

 上司のファイルにデルタ、ガチャールからは「ライは悪い人間ではない」と伝えられていたが、それでも本人を目の前にするまでは完全に信用できないでいた。

 さぞ裕福な暮らしをしているのだろうと想像に容易い贅肉まみれの身体、醜悪な容姿とは不相応な金に物を言わせた無駄に豪華な装飾品を身に付けた卑しい男。それが彼等の想像するライ・サナタスであった。

 ところが実際に会ってみると彼等の想像を大きく覆す小綺麗で端正な男が出迎え、二人は違う意味で緊張を覚えた。


「初めまして、ツァイさんにアンヌさん。俺はライ・サナタスと申します。本日は、このような場所まで足を運んで頂き感謝します」


 その物言いや立ち振る舞いからは一切の嫌味を感じず、ただ純粋に自分達の来訪を歓迎してくれているのが二人にも分かった。

 ファイルの砕けた口調を咎めるわけでもなく、それどころか〝ファイルさん〟と敬称を付けて呼んでいる上に敬語で話しているではないか。

 その時点で二人のライに対する嫌悪感や警戒心は薄れ、ランク選定が始まる頃には完全に消え失せていた。それこそ初めて自分達が携わるランク選定が彼のギルドで良かったと思えるほどには心を許し始めてすらいた。




 ライのランクを選定しようとした魔法具が壊れた直後、通信用の魔法具に受信の反応が見られた。ファイルが応答すると魔法具からハヤトの声が発せられる。


『ファイルさん、魔法具に何かあったんですか? 僕の結界内で妙な反応を検知した後、魔法具の感知が出来なくなったんですけど」


「……砕けたっす」


『は、あの……砕けたというのは?』


「言葉の通りっす。そりゃあ、もう見事なまでに木っ端微塵っす」


『そ、そんな……結界には物理的衝撃無効も付与してたはずなのに』


 ハヤトはカグヤとの訓練を経て、一つの結界に複数の効果を付与する術を身に付けていた。魔法具の扱いが貴重であると分かっていても万が一という事がある。そこでハヤトの結界を利用して物理や魔法の衝撃に耐えられるよう結界を張っていたのだ。

 彼の結界のお蔭で高い場所から落としても割れる事はないし、攻撃魔法を受けても破壊される事もない……筈なのだが。


『でも変だな。何かの衝撃で割れたのなら普通は結界の揺れを感じたりする筈なんですけど、そういう感覚は全く無かったんですよね』


「魔法具が割れたのはライ君のランク選定をしようとした直後っす」


『つまり魔法具が作動した直後……ファイルさん、多分それは魔法具自体が何らかの原因で異常を起こしたからだと思います。例えば魔法具が過剰に魔力や情報を取り込もうとした結果、その容量の多さに耐えきれなくて暴発したとか』


 ハヤトの言葉でツァイは何かを思い出したようにハッとした顔をする。


「確か、ランク選定用に作られた魔法具は正確にランクを決められるように魔力許容量が他の魔道具よりも厳密に設定されていると聞いた事があります」


「じゃあ、その設定値を少しでも超えたら……さっきみたいに砕けちゃうって事ですか?」


 それでもランク選定に使用される魔法具が選定中に突然砕け散ったという例はファイル達も聞いた事が無い。もし前例があったなら取り扱いに関して今よりも厳しい制限が設けられていた筈だ。


「魔法具が砕けた原因は何となく理解しました。予備の魔法具はあるので選定は引き続き行えますが、原因は分かってもその大元を何とかしなければ意味がありませんよ」


「その〝何とか〟を今から皆で考えるんすよ。ハヤト君、悪いんすけど君も協力してくれやせんか」


『勿論、協力します。僕、カグヤさんや他の職員に何か知らないか訊いてみます。また何か分かったら連絡しますね』


「お願いするっす」


 ハヤトとの通話を切ったファイルはライ達を呼び出し、改めて魔法具が壊れた原因を伝えた。そして原因追及のため情報を整理しながらライ達と話していた時ファイルは、ふと閃いたのである。


「そうっすよ。ランク選定の為に作られた、あの魔法具は役目を全うしようとしただけっす。それが出来ずに粉砕したという事は……っ、!」


 本日の選定に使われる予定だった魔法具はランクという階級制度が出来上がったばかりの頃に作られた所謂、旧式と呼ばれる物。よって改良された新式に比べて測定可能範囲に差がある。それでも旧式に頼り続けていたのは今まで何の問題も無かったからだ。

 旧式と新式の大きな違いは測定できるランクの上限。旧式はSランクまでしか測定することが出来ないが、新式は更に上の(サプラス)ランクまで測定できる。

 ファイルは、そこに目を付けたのだ。魔法具がライはSランク以上の実力者であると認めたなら、あの魔法具では彼のランクを選定することは出来ない。

 ならば(サプラス)ランクまで測定できる魔法具であれば先ほどと同じ現象は起こらないのではないか、と。

 結果が、どう転ぶか分からない。正直、一か八かの賭けだ。それでもファイルの中では自分の憶測は間違っていない筈だという自信があった。


 二度目の選定、魔法具は砕けることなくランクを映し出す。表示されたランクは〝(サプラス)〟。賭けはファイルの勝ちであった。


 二人目の(サプラス)ランク冒険者の誕生。それだけでもファイル達にとっては衝撃的な瞬間であったが、その後も彼等の感情の起伏の波が静まることは無かった。

 ライに続いて選定を受けた者達が一名を除いてAランクまたはSランクというギルド創立以来、前代未聞の選定記録を叩き出したのである。

 再選定を受けたグレイとリュウに関してはグレイは現状維持、リュウはA++++(フォプラ)に昇格という結果になった。






 ◇






 ランク選定を終えて王都ギルドに戻って来たファイルは「この報告書、ギルドマスターに信じてもらえると思いやす?」と不安を滲ませた声で問いかけながらガチャールとデルタに出来上がったばかりの書類を確認してもらっていた。


「大丈夫、ギルドマスターなら信じてくれるわ」


「嘘を書いているわけじゃないんですから貴方は堂々としていれば良いんですよ」


「そりゃ、そうっすけど……」


 ガチャールから返された自分の報告書を改めて見ながらファイルは口元に微笑を含ませる。


「それにしてもライ君はオレっち達を驚かせる天才なんすかねぇ。本人は史上二人目の(サプラス)ランク、彼が募ったギルド登録希望者は最低でもAランク。しかも、その内の二人がSランクって……王都ギルドで行われるランク選定でさえSランクなんて滅多に出ないのに」


「勿論それも充分凄い事なのですが、個人的に一番驚いたのはBランク以下が一人もいなかった事です。何十年も前からある古参ギルドなら兎も角、新規ギルドでこの結果は異常です。あれだけの実力者を一体何処から、かき集めてきたのでしょう?」


 ガチャールの小さな笑い声が聞こえて二人は彼女の方を見る。


「急に笑ったりして、どうしたんすか?」


「私達、何か変なこと言いました?」


「あぁ、違うのよ。ごめんなさい。もしライ君達が魔激乱舞(フィリア・ラップス)に参加したらどうなるんだろうって想像してたら何だか楽しくなっちゃって」


「そうなれば色んな意味で注目が集まるでしょうね」


「なんたってライ君は毎年優勝してる叛逆の鉤爪(タスクリング)のギルドマスターと同じランクっすからね」


「今年の魔激乱舞(フィリア・ラップス)で優勝しちゃったりして」


「流石にそれは、どうっすかねぇ。あそこは王都(うち)の精鋭も苦戦を強いられる(とこ)っすからライ君達がいくら強くても優勝を目指すとなれば一筋縄ではいかないっしょ」


 現実的な意見を口にしながらもファイルもデルタもガチャールも密かに期待してしまっている。本来は自分が所属しているギルドを応援しなければならない立場であるはずなのにライのギルドが優勝する瞬間を。


 すっかり魔激乱舞(フィリア・ラップス)の話題で盛り上がっていると異世界転生課の扉に珍しくノック音が鳴り響いた。

 業務とは関係のない話しかも他のギルドを応援するような発言をしてしまった手前、彼等は揃って口を閉ざし、背筋を伸ばす。


「い、いるっすよ!」


 ファイルが扉の外にも聞こえるように声を張り上げる。今日のランク選定に同行してくれたツァイかアンヌが訪ねて来たと思ったのだ。

 ところがファイルの予想を裏切り、開いた扉から現れたのはカイエンだった。


「カィ……ギルドマスター?!」


「やぁ、ファイル。君達が戻って来ているということはランク選定は無事終わったようだね」


 ギルドマスターは外出する予定が無ければ専用部屋に籠っていることが多い。緊急の用件でも無い限り、他の部署に足を踏み入れることも無い。


「な、何か緊急の案件っすか?」


「いや、今日の選定結果が気になったから直接聞きに来ただけだよ」


「報告書なら、後で持って行くつもりだったっすけど」


「分かってはいたんだけどね。何というか、その、待ちきれなかった」


(((待ちきれなかった?!?!)))


 ファイル達から視線を逸らして頬を掻く仕草がファイルが昔から見てきた〝弟〟の姿と重なる。主に居た堪れない感情を抱いた時、カイエンは今のように目線を外して頬を掻く癖があった。

 昔は何処に行くにも後ろに引っ付いて来ていた甘えん坊がギルドマスターになってから兄以上に立派な大人になったものだと常日頃から思っていたが、その認識を改めなければならないとファイルは昔の思い出を瞳の奥に落とし込みながら、ゆっくりと目を閉じる。


「待ちきれなかったってギルドマスターともあろう御方が随分可愛らしいこと言うじゃないすか」


「しょうがないだろ。一昨日から、ずっと楽しみにしてたんだから」


(……ずっと楽しみに、ね)


 自分のギルドでランク選定が行われた時だって大人しく報告を待っていたというのに。それだけカイエンもライに興味があるという事だ。

 どうせ似るなら興味を示す対象より能力の方が良かった。自分でも冗談なのか本気なのか分からない心の声にファイルは蓋をしていた感情を思い出す。

 カイエンが自分より優秀であることは彼が生まれてから、すぐに分かった。両親や親戚は出来の良い弟を可愛がり、その度に劣等感に蝕まれた。

 優秀な弟と落ちこぼれの兄。大人になっても、その差は埋まらない。

 弟と全く別の道を歩むことだって出来たにも関わらず、今でも同じ職場で働いているのは……


「……ィ、ル……ファイル」


 意識が現実に引き戻されてファイルは我に返る。顔を上げると、怪訝な顔をしたカイエンがファイルの顔を覗き込んでいた。


「あ、やっと気付いた。何度呼びかけても反応ないし、目も閉じたままだったから。まさか立ったまま寝てたわけじゃないよね?」


「……そこまで阿保じゃねぇっすよ。ちょっと思い出に浸ってただけっす」


「本当かな。君は昔から少し抜けてるとこがあるから」


 何事も無いと分かるとカイエンはファイルから離れる。人の気も知らずにと内心悪態をつきながらファイルは押し付けるように報告書をカイエンに渡す。


「ほら、待ちに待った報告書っす。そっちから来てくれたお蔭で持って行く手間が省けやした」


「あぁ、ありが…………ねぇ、ファイル。これは君の妄想日記の一部とかじゃないよね?」


「そんなの書いた事もねぇっすよ」


 デルタ達に変な勘違いをされたら堪らないとファイルは態と強圧的に返す。そんなファイルを物ともせず、けれど申し訳なさそうにカイエンは「だよね。ごめん、ごめん」と謝りながら再び報告書に目を通していく。


「彼が普通でないことは知っていたけど、まさか(サプラス)とはね。しかも他の登録者も引けを取らないくらい優秀ときた。全員、僕のギルドに欲しいくらいだ」


「引き抜き依頼なら、うちは管轄外っすよ」


「愚痴くらい言わせてくれよ。彼は元々僕のギルドにいたんだから」


 笑顔を崩さないカイエンだが、口惜しいと思う気持ちはある。それこそ逃した魚は大きいと、あの時ギルドの設立を勧めた自分を軽く恨んでしまう程度には。


「あの、ギルドマスター。今回の選定結果は他のギルドマスターにも伝えられるんですよね」


「そうだね。僕個人としてはゼノ・ホワイトがどんな反応をするのか興味があるんだけど……まぁ、彼が他人に興味を示したところを見た事が無いからね。最悪、報告書を読まずに破棄する可能性もある」


「ゼノ・ホワイトって、あの変わった語り口調の獣人(ケモノビト)ですよね。いつも自信に満ち溢れていて、あとは、その……気位の高い方という印象があります」


「あれだけの実力があれば多少横柄になるのも致し方ないかと」


「今じゃ相手がゼノ・ホワイトになった途端に殆どの奴等が棄権するようになりやしたからねぇ。一層の事、誰かアイツをぶっ倒して連続優勝記録を止めてくれたりしたら面白そうなんすけど。そこんとこ何とかならねぇですかね、ギルドマスター」


 ファイルの無茶振りにカイエンは困った顔のまま愛想笑いを浮かべている。


「んーと、難しいかな。何とかしたいっていうのは僕も同じ気持ちなんだけどね」


「……お前でも?」


 珍しく〝兄〟の顔を見せたファイルにカイエンは笑顔から思案顔に変わる。「うーん……」と小さく唸りながら頭を掻く。


「彼の能力は、どれも反則級だからね。本気で戦ったところで僕じゃ足元にも及ばないよ」


 きっぱりと言い切ったカイエンにファイルは、それ以上何も言えなかった。


「ライさんでも勝つのは難しいのでしょうか?」


「ライ君の実力が分からないから何とも言えないね。だけど魔法具は彼等を同じランクに選定した。つまり能力的な観点で言えばライ君にはゼノ・ホワイトと渡り合えるだけの力があるって事だ。ま、どちらが強いかは遅かれ早かれ、はっきりするんじゃないかな」


「何故、そう思われるのです?」


「ライ君は以前、魔激乱舞(フィリア・ラップス)に参加したいと言っていた。もし彼が今年の魔激乱舞(フィリア・ラップス)に参加することが出来たら必然的に二人は優勝をかけて争うことになる」


「でも他のギルドだっているわけですし、彼等が直接戦うとは限らないんじゃ……」


「確かに、そうだね。僕には未来を見通す力が無いから実際どうなるかはその時にならなければ分からないけど……何となく、そんな()()がするんだ」


 デルタとガチャールはカイエンの言葉を聞き流した。それは、あくまで一個人の願望に過ぎないと思ったから。

 だが、ファイルだけは違った。彼だけはカイエンの〝その言葉〟を聞き流すことが出来なかった。

 カイエンの兄であるファイルだからこそ知っている。彼の〝予感〟は昔からよく当たることを。


「ところで、ファイル」


「え、何すか?」


「ここに〝所持した三機の魔法具のうち()()破壊〟ってあるんだけど。どういう事かな? 当然きちんと説明してくれるんだよね?」


「……っす」

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