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420話_ランク選定

 翌日、ギルドハウスに集まった俺達は王都から来る予定のギルド職員を待っていた。そして待ちながら、ふと疑問が浮かぶ。そういえば職員はどうやって此処まで来るのだろう、と。

 その疑問は、すぐに解消された。ギルドハウスが出来たことでギルドに必要な機材は自動的に設置される。それは恐らく各ギルドで大活躍であろう転送装置も例外ではない。


「ライ君、お待たせっす」


「まぁ、王都にも負けない素敵なギルドハウス! 今日は、よろしくね。ライ君」


「よろしくお願いします」


 ファイル、それにガチャールとデルタ。それから見知らぬ顔が二人。合計六人の職員が転送装置を介して王都からやって来た。


「え、もしかしてファイルさん達がランクの選定を?」


「そうっす。弟に頼まれちまいましてね。顔見知りの方がライ君が変な気を遣わなくて済むんじゃないかって」


「弟? ファイルさん、弟がいたんですね」


「そうなんすよ。比べるのも馬鹿らしくなるくらいの優秀な弟が。カイエン・ウォーカーっていうんすけど」


 え、カイエンってギルドマスター……え、じゃあファイルの弟って……


「ファイルさんってギルドマスターのお兄さんだったんですか?!」


「まぁ、一応そうなるっすね」


「私も初めて知った時は驚いたわ」


「身内が優秀だと何となく肩身狭いですよね。私も優秀な兄を持つ立場としてファイルさんの心中お察しします」


「ははっ……ありがとうっす、デルタちゃん」


 デルタの兄は聖騎士(パラディン)だからな。身内もそうだが、身近にいる奴等が優秀というのも中々に肩身が狭い。


「でも見た目はギルドマスターの方が老け、もがが」


(リュウさん、今回のギルド設立はギルドマスターの恩義で実現できているという事をお忘れなく)


 俺が魔法で強制的に口を閉じさせる前にグレイがリュウの口を塞いでくれた。幸い、今の発言はファイル達の耳には入らなかったようだ。


「ライ君、紹介するっす。彼等は新人のツァイ君とアンヌちゃん。今回はオレっち達の補佐として同行してもらいやした」


 ファイルに背中を押されるようにして一歩前に立ったのは後ろで一つに結ばれた茶色がかった鼠色の髪と黒縁の眼鏡が特徴的な青年と桃色に薄墨が混じったような髪色を左右一箇所ずつに束ねた女性。


「……初めまして、ライ伯爵様。ツァイ・リットンと申します」


「ア、アンヌ・キャリラです。初め、まして」


 ここまであからさまに緊張されると、こっちまで緊張してくるんだが。というか、ツァイに関しては緊張というより警戒されている……?


(貴方、今の自分の立場を忘れてませんか? 貴族で且つギルドマスターなんですよ。昔から貴方を知っている方なら兎も角そうでもなければ、これは妥当な反応ですよ)


 グレイに指摘されてツァイの反応もアンヌの反応も腑に落ちる。

 貴族という立場は、どうも世間に良い印象を持たれ難い。それもこれも一部の貴族の振る舞いに問題があるからだ。貴族がギルドマスターになったとなれば、その地位に上り詰めるために裏で何か根回ししたのだと思われていても仕方がない。

 貴族だからといって皆が皆、性根が腐っているわけではないのだが俺がどんな人物か知らない者には関係のない話。

 何はともあれ、良い印象を持たれていないことは確かだ。先ずは、この二人と距離を縮めることから始めよう。


「初めまして、ツァイさんにアンヌさん。俺はライ・サナタスと申します。本日は、このような場所まで足を運んで頂き感謝します」


 胸に手を当てて軽く頭を下げると二人は僅かに目を見開かせた。挨拶を返されたのが、そんなに意外だったのだろうか。


「ほら、オレっち達が言った通りの人っしょ? ライ君は君達が思ってるような()()()()貴族とは違うんすよ」


 ツァイとアンヌが納得したような表情で同時に頷いている。ファイル達が事前に俺のことを話してくれていたらしい。何を話したのか気にならないでもないが、きっと彼等のことだから俺にとって不利益になるような話はしていないだろう。

 ……うん、まぁ、つまり何が言いたいのかと言うと俺は元々彼等の態度に不快感を抱いてはいないし、向こうも俺が悪人ではないと理解してくれたみたいだから、とりあえず後ろの奴等は殺気を引っ込めろ。

 さっきから無言で俺の後ろに控えている奴等の内の何人かがツァイとアンヌに凶悪な指名手配犯でも相手にしているかのような過剰な殺意を向けている。本人達に気付かれていなかったのが幸いだ。


「じゃ、早速始めやしょうか。準備するんで少し時間をくだせぇ」


「魔法具を運び込むんですか?」


「あ、魔法具ならもう持って来てやすよ。ツァイ君、その鞄を貰っても良いっすか?」


「はい」


 ツァイから四角い鞄を受け取ったファイルは受付机の上に置いて何重にも施錠された錠前を一つ一つ丁寧に鍵と言うには奇妙な形をした物で解錠していく。その厳重な扱いからして鞄の中身がいかに重要な物であるかが分かる。

 全ての解錠が終わって漸く開いた鞄の中身は無色透明な魔力鉱石(マジック・オーア)を球体に加工された物だった。大きさは異なるが、他にも同じような玉が二つほど入っている。その中で最も小さな玉を取り出すと専用の台座に置いて何かの液体を一滴だけ垂らした。


(今の液体は?)


「魔法具に元から備わっている測定機能を復活させる為の特殊な魔法液っす。これをかけないと、この玉は何の変哲もない普通の水晶玉のままなんすよ」


 ファイルは説明しながら鞄の蓋を閉じる。今回、使用する水晶玉は一つだけのようだ。


「準備できやしたよ。先ずは簡単に説明から。今回のランク選定は水晶玉を使って行うっす。この水晶玉は特別製で魔力で能力を測定する原理は変わらないんすけど、なんとその人の記憶から過去の経験や功績を把握して自動的にその人に相応しいランクを決めてくれるんすよ」


「え、じゃあ実戦測定はしなくて良いって事? だったら測定結果を待ってるだけで良いから超楽勝じゃん」


「そうでもありませんよ。むしろ通常の選定よりも厳しいと思います」


 デルタの言葉に「え、そうなの……?」と呟くリュウの顔には不穏な未来を想像させるように影が濃く差している。


「今回採用している選定方法は至ってシンプルですが、それ故に自分の能力や実績に嘘を吐けません。ですから今回で決定されるランクは謂わば本当の意味で実力相応のものが付けられると言っても過言ではありません」


「選定係のオレっちが言うのも何なんすけど、ぶっちゃけ実戦測定って、あんま信用ならないんすよねぇ。あれって日頃の戦闘を考慮してるわけでもなく、その時の戦闘能力のみで判定されるんで測定時に不調とかで本来の実力を発揮できない状態だったりすると必然的に選定に何かしら影響が出ちゃうんすよ。それで思っていたランクより低いからやり直せとか言われたりするんすけど一度選定された結果は基本覆せないんでオレっちに言われても困るっす」


「しかも最近は、その仕掛けに気付いて色々と悪巧みする人達まで出てきちゃって……」


 なんとも生易しい表現だが、要は不正をする奴がいるという事だ。


「と、まぁオレっち達の愚痴は置いといて。改めて確認すけど、今日ランク選定を受けるのは今この場にいる人全員。グレイ君とリュウ君に関してはランクの再測定って事で良かったっすよね?」


(はい、それで問題ありません)


「あぁ、オレも。それで大丈夫」


 ん? 俺達は兎も角グレイ達も選定を受けるのか?


(移籍登録なら既に済ませています。リュウも昨日、終わらせている筈です)


 リュウが昨日一人王都に残ったのは移籍登録の手続きをする為だったのか。


「んじゃ、今からランク選定を始めるっす。先ずは誰からするっすか?」


「じゃあ、俺からお願いします」


 ギルドマスターである以上、先ずは俺から選定を受けるのが道理だろう。

 ファイルから軽く選定方法の説明を受ける。どうやら目の前の水晶玉に手を翳すだけで良いらしい。選定が成功すれば水晶玉の中に、その者に相応しいとされるランクが浮かび上がるという。

 それでは早速、水晶玉に手を……


 パリン……!


「あ、割れた」


 リュウの平坦な声が今目の前で起きたことが現実であること突き付けてくる。

 え、俺、もしかしなくても貴重な魔法具を壊した……?


「え? な、何で、割れたんすか? ガチャールちゃん、どういう事っすか?!」


「そ、そう言われても私も何が何だか……今までだって魔法具が、こうも木っ端微塵に砕け散ったなんて事例は聞いたこと無いもの」


「と、兎に角、破片を回収しましょう! ライさん、お怪我はありませんでしたか?」


「あ、あぁ。俺なら大丈夫だ」


 デルタ達と手分けして砕け散った破片を回収する。何とか可能な限りで回収は出来たが、最大の謎は残ったままだ。


「何故、魔法具は砕けてしまったんですか?」


「それがオレっち達にも分からないんすよ」


 ツァイの質問に答えられないファイルは未知の出来事に頭を抱えているようだった。


「魔法具と言っても、だいぶ年季が入っている物でしたから限界だったのでは?」


「それなら整備の時にでも気付いて回収されるはずだし、仮に気付けないまま使っていたとしても今まで前例が一つも無いのも妙だわ。それに年季物とはいえ、こんな豪快に砕けるなんて……まるで、この魔法具では耐えきれない程の何かとてつもない負荷でも掛かったみたい」


 ギルド職員達による緊急会議が開かれている中、待ちぼうけの俺達も俺達で先ほどの現象について様々な憶測を飛び交わしていた。


「ライ様の美しさに耐えられなくて砕けたんじゃなぁい?」


「貴女の場合、それを本気で言ってるから凄いですよね。……魔王様、何か心当たりは?」


「俺はファイルの指示通り手を翳しただけだし、心当たりって言われても特に思い付かないな」


 グレイが何か考えるように、ずっと黙っている。完全に推理モードに入っているようだ。


(……あくまで仮説として聞いて欲しいんですけど、魔力が魔法具の測定許容量を超えたのが原因ではないでしょうか)


「あ? どういう意味だよ?」


「あの魔法具ではライさんの力を正確に測れないって事か?」


(その通りです。俺も魔法具に詳しいわけではないので確かなことは言えませんが、測定できる魔力量等に予め制限が設けられているとしたら、あの現象にも納得がいきます)


「でも、それなら割れただけで、ここまで騒ぎにならないだろ。向こうの方が詳しいはずなのに原因が分からないって言ってたんだぜ?」


 確かに魔法具を実際に取り扱っているファイル達の方が詳しいと考えるのは自然だ。だが、その彼等でさえ、この事を()()()()()()としたら。


「ライ君、魔法具が砕けた原因が分かりやした!」


 ファイルの声に全員が顔を上げ、彼を囲うように集まる。


「それで、原因は?」


「原因は一気に膨大な魔力や情報が魔法具に流れ込んだ事による暴発らしいっす。ハヤト君からの情報なんで間違いないと思うっす」


 そういえば前にグレイが魔法具に特殊な結界を張っているのはハヤトだと言っていた。魔法具に異常があった時には結界を通じて彼に伝わる仕組みなのだろう。さっきから見慣れない魔法具で誰かと連絡を取っていたようだったが、相手はハヤトだったのか。


「先ほど膨大な魔力が流れ込んだと言っていましたが、それは俺が魔法具の扱いを誤ったという事なんでしょうか?」


「いや、ライ君は何も悪くないっす。ハヤト君が言うには測定可能限界に到達したにも関わらず魔法具が測定を無理に続行しようとしたのが原因だったみたいっすから」


「でも、どうして魔法具は限界値を超えていたのに測定を続けようとしていたのでしょう?」


「そんなのライ君の能力に応じたランクを選定する為に決まって────」


 アンヌの疑問にファイルは愚問だと言いたげながらも答えようとしたが、ふと何かを思い出したように口を閉ざす。呆気に取られたように見えたその表情は、たった一つの真実の扉の鍵を手にしたようにも見えた。


「そうっすよ。ランク選定の為に作られた、あの魔法具は役目を全うしようとしただけっす。それが出来ずに粉砕したという事は……っ、!」


 ファイルは鞄を開けて別の魔法具を取り出す。それは最初に取り出された物よりも一回り大きい物だった。


「ライ君、これに手を翳して欲しいっす」


「でも、また割れたりしたら」


「今度は大丈夫っす! ……多分」


 最後に頼りない言葉が聞こえた気がしたが、ファイルも考え無しに言っているようではなさそうだったため俺は言う通り魔法具に手を翳した。

 すると、魔法具が強い光を放つ。眩しさに思わず目を閉じるが、今度は砕け散ることは無かった。

 次第に光が収まり、水晶玉の中で何やら記号らしきものが浮かび上がる。ぼやけている()()は次第に鮮明となり、はっきりと目視できるようになった。

 ファイルの説明では選定が終われば最後にはランクが表示されるとの事だったが……これは何と読むのだろう。見た事の無い文字だ。いや、記号か?

 それは〝S〟に酷似しているが決定的な違いがある。それは中央に縦線が入っている事。

 〝(????)〟、これは何というランクなのだろうか?


「ファイルさん、これもランクなんですよね? Sに似ているようですが」


「……ライ君、君は最上位ランクが何か知ってるっすか?」


「え? えぇ、はい。Sランクですよね」


 グレイから教わった知識を思い出しながらファイルの質問に答えていく。

 ファイルは顔を顰め、ガチャールとデルタは言葉を失ったように手で口を覆い、新人のツァイとアンヌは目玉が零れ落ちそうなくらい見開いている。

 それぞれ個性のある反応に、どう反応するのが正解なのか分からなくなってくる。


「す……凄いです、ライさん!!」


「え、何が?」


「だ、だって、これ! どう見ても(サプラス)じゃないですか?! 私、初めて見ました!!」


 …………〝さぷらす〟って何だ?

 デルタは興奮気味だし、ツァイとアンヌは互いの頬を抓っているしで話にならない。この状況を理解していて、まともに話が出来そうなのはガチャールとファイルくらいだ。


「ライ君、おめでとうっす。君は、この世界で二人目の(サプラス)ランクに選ばれたっす」


「あの、何なんですか。その(サプラス)って言うのは」


 俺の記憶が正しければグレイの話には出て来なかったランクだ。グレイのことだから知っていれば教えてくれていたはず。つまり、このランクは彼さえ知らないランクという事になる。


「最上位ランクはSランク。さっき君にも確認した通り、ギルドに登録していれば誰だって知ってる常識っす。でも本当は更にもう一つ上のランクがあるって事は、あまり知られてないんすよね」


(俺も初耳です。Sより上のランクがある事を、どうしてギルドは今まで黙っていたんですか?)


「黙っていたわけではありません。これまで言う機会が無かっただけです。何しろ、そのランクが与えられたのは今まで一人だけだったのですから」


(だとしても変ですよ。そんな特殊なランクを持つ者がいるなら、すぐにでも噂が広まっていた筈です)


「ですが実際グレイさんは今まで知らなかった。私達は仕事上、王都以外のギルドに登録されている方々の情報も共有できるようになっているんです。だから、その情報を通じてSランクより上のランクがあることを知ることが出来た。でも、皆さんは違います。ギルドが情報を提示する又は本人が自分から言いふらしでもしない限り、情報が出回ることはありません」


 故意か偶然かはこの際置いておくとしてSランクが最上位ランクという誤った情報が世に出回っていたのはギルドの守秘義務の徹底と最初の(サプラス)ランク保持者の黙秘が要因だったというわけか。


「でも、その人も変わったことするわねぇ。ワタシだったら皆に自慢したくなっちゃうけど」


 人とは違う特別なものを手に入れたら優越感に浸りたくなるのは正しい欲求だろう。


「……その方のことは知識としてしか知らないので意図は分かりかねますが、恐らく目立ちたくなかったのではないでしょうか。それか元からランクに思い入れの無い方なのかも知れません」


「けど、教えろって言ったら教えてくれるんだろ? 最初に、その(サプラス)っつうランクを手にしたのは誰なのか」


「もう僕達は(サプラス)の存在を知っています。情報を秘匿する必要は無いと思いますが」


「……そうですね、お教えします。その方の名はゼノ・ホワイト。彼こそが、この世界で最初に(サプラス)ランクを与えられた冒険者です」


 ザワッと背中に、こそばゆい悪寒が走る。俺はギル達の方を見る事が出来なかった。

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