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417話_聖剣の選定《上》

 目を閉じて横になっているうちに、いつの間にか寝落ちてしまっていたらしい。窓には朝日が差し込んでいて明かりが無くても部屋の様子を確認できる。

 爽やかな香気に身体を起こすとカップ片手にソファで寛いでいるグレイと目が合った。


(おはようございます)


「……あぁ、おはよう」


 普段と変わらない様子に自然と肩の力が抜ける。昨日のを引き摺ってないか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。


「なぁ、グレイ。誰か、この部屋に入ったか?」


(早朝にローウェンさんが訪ねて来ましたが、部屋には入ってません。昨日使用人の方達が置いていった菓子や椅子を回収しに来ただけのようでしたので)


 通りで、昨日に比べて部屋が広く感じるわけだ。


「部屋に入らずに回収したって事は、お前も手伝ったのか?)


(いえ、俺は何もしてませんよ。ローウェンさんが魔法で回収していきましたから)


「ローウェンが?」


ローウェンって魔法が使えたのか? いや、そもそも何故、俺はローウェンは魔法が使えないと決めつけていた?

 そもそも、この城で魔法が使える奴なんて限られて……


(……グリシャ・サフォーク。まさか、また彼奴が絡んでいるのか?)


 ローウェン達にグリシャのことを尋ねた時、彼等はグリシャのことを知らないと言っていた。

 だが、俺の記憶ではグリシャ・サフォークという人間は実在している。しかも俺を魔王と呼んだことから彼もまた俺達と同じ前世の記憶を持っていると見て間違いないだろう。

 自分の魔法が妨害されることを警戒したグリシャが城全体を範囲に記憶操作で〝自分以外、魔法を使えない〟という嘘を植え込んでいたのだとしたら。

 グリシャの存在を初めから無かったものにすれば魔法の効果が切れても誰も違和感を覚えない。

 これでグリシャ・サフォークは誰の記憶にも残らない完全な〝無〟となる……はずだった。

 俺がグリシャを憶えている時点で彼の存在が無かったことにはならない。では何故、グリシャは俺の記憶に干渉しなかったのか?


(態と、か? それとも俺だけ魔法の影響を受けなかった?)


 アンドレアス達や住み込みで働く使用人達のように城を拠点にしている者達を対象にしているなら分かるが、そうなると一時的に城を訪ねただけの者達の記憶は?


(……魔王様? どうしたんですか、急に黙り込んで)


 グレイに相談するべきか……? いや、でも前回話した時の反応が薄かったからなぁ。せめて一度でもグリシャと会っていれば、もう少し違った反応になっていたのだろうが。


「いや、何でもない。それよりリュウは、どうした? 彼奴が俺より早く起きるなんて珍しいな」


(リュ、カエッタ、ヨ!)


 俺の疑問に答えてくれたのはグレイではなくスカーレット。ベッドに跳び乗って、俺の膝の上まで来た。


「帰った? 帰ったって聖霊界(シャングリア)にか?」


(ミュミュ? ツレテ、カレタ)


 …………ミュミュって誰だ?


(ミュゼさんの事ですよ。聖霊王(スピレクス)にしか出来ない業務がある何とかでリュウを寝かせたまま連れて行きましたよ)


「ね、寝かせたまま?」


(起こしたら抵抗されると分かっているからでしょう。それに瞬間移動(テレポーテーション)を使えば人間姿のリュウを運ぶことくらい造作もないですし)


 ミュゼの手際の良さに関心すると同時に彼女の存在に気付けないほど熟睡していたのかと思うと何とも言えない気分になる。

 確認するまでもなくグレイは、あれからもずっと起きていてミュゼの存在にも気付いていたようだし。


(ミュゼさんがいることには気付いていたんですが、あえて寝たふりをしてました)


「え、じゃあミュゼとは話してないのか?」


(えぇ、話してませんよ。彼女も俺が起きてることには気付いていない様子でしたし、何となく関わると面倒そうだったので。ただ貴方を起こすのは避けたかったので密かに認識阻害の結界を張ってはいましたが)


 ということは、俺がミュゼの気配に気付かないまま朝まで熟睡できたのはグレイの結界のお蔭なのか。


(リュウを見捨てる形になってしまいましたが、まぁ、命に関わるものでもないですし、用事が済めば戻ってくるでしょう)


「……良いのか? そんな適当で」


(良いんですよ。どうせ心配したところで故郷に連れ戻されてしまったら俺達に出来ることなんて限られてますから。それより身支度を整えておいた方が良いかと。遅かれ早かれ俺達もリュウの心配どころではなくなりますよ)


「それは、どういう……」


 俺の言葉を遮るようにコン、コンと扉を叩く音。立ち上がったグレイが扉の方へと向かう。


(俺が出るので、その間に魔王様は支度を)


「あ、あぁ」


 顔を洗って寝癖を可能な限り直して、服を着替えて……一通り支度を終えた頃を見計らったかのようにグレイが戻って来た。


「誰だった?」


(使用人の方でした。朝食の用意が出来たから呼びに来たようです。部屋まで持って来てもらうことも出来るとの事だったので、とりあえずそれでお願いしました)


「助かる。この頭じゃ城の廊下を歩けないからな」


 少し跳ねた髪先に触れながら言うとグレイは「相変わらず頑固な寝癖ですね」と笑った。


(って、形状固定魔法で直せるのでは?)


「それは、そうなんだが……毎回、魔法に頼るのもどうかと思ってな」


(日頃から魔法に頼りきっている人とは思えない発言ですね)


「それは、お前も同じだろ」


(えぇ、そうですよ。そもそも今の俺は魔法無しでは生きていけない身体ですから)


 あっさりと認めたグレイに何だか負けた気がして口を閉じる。

 今も昔も魔法がグレイを生かしたというのは事実。ゆえに今の言葉の重みは充分理解している。それだけに何も言うことが出来ない。つまり最初から俺は負け戦をしていたというわけだ。


 届いた朝食で腹を満たした俺達は使用人の案内のもと城内にある訓練施設を訪れていた。

 普段は傭兵や騎士達が剣技を磨くための場所とされているが、今日は違う。新たな聖騎士(パラディン)を迎える神聖な場である。

 俺達が到着した時には既にゼノがいた。視線が合ったかと思えば、すぐに近付いて来て「おはようさん」と挨拶された。


「朝御飯の時間になっても食堂に()おへんかったけど寝坊でもしたんか?」


「まぁ、そんなとこだ」


 寝坊かどうかは兎も角、誰よりも遅く起きたのは間違いない。否定する気も起きず回答を曖昧に濁した。

 ゼノと軽く言葉を交わすと周囲が騒つき始める。何かあったのかと辺りを見渡せば騒つきの()()は皆、俺達を見ている。

 ゼノは周囲の視線を鬱陶しそうに一瞥した後、舌打ちして苛立ちを隠す素ぶりすら見せない。


「……僕が誰かと喋っとるんが、そんなにオカシイんか」


 ゼノの耳は、この一瞬で騒つきの声を正確に聞き取っていたらしい。


(魔王様、どうやら彼等はゼノが人間と普通に話していることに驚いているようです)


 獣人(ケモノビト)と人間が会話するだけで、こんなに騒がれるなんて。


「……普段どういう対応をしてるんだ」


「何か、えらい誤解をしとるようやけど僕だって噛み付く相手くらい選ぶで?」


 あくまで自分は無害だと主張したいのだろうが、相手が相手なら噛み付くことも厭わないとしている姿勢が見え隠れしていて今一つ信用できない。


「そこらにいる躾のなってない駄犬と一緒にされるなんて心外やわぁ。ライと初めて()うた時だって噛み付いたりせぇへんかったのに」


 態とらしく落ち込んだ振りをしながら腕を組んで、そっぽを向くゼノに懐かしさを覚える。魔王軍にいた頃もゼノは、こうして意図的に不機嫌な態度を取ることがあった。

 そして、彼がこういう態度を取る度に俺は……


「気分を害したなら謝る。悪かった」


 我ながら誠意を感じない声色で謝罪しながら耳を撫でてやったものだ。

 ふわふわとした優しい手触りは、あの頃のまま。相変わらず撫で心地の良い耳をしてい……る?


「…………」


「…………」


 俺が黙り、ゼノも黙り、周囲の騒つきも静まり返る。辛うじて風の音が沈黙を破ってくれているが、何の助けにもなっていない。

 ゼノの顔を見れないまま俺は手を下ろした。途中で噛み付かれたり引っ掻かれたりするのではと内心ヒヤヒヤしたが、右手は無傷で帰還した。

 冷静になろうと考えを巡らせるが、いくら考えても何故あのようなことをしてしまったのか分からない。

 懐かしさのあまり衝動に駆られて? そんな本能的な理屈で納得してもらえるわけがない。

 あれから何も言わなくなったゼノを、それとなく見る。表情から彼の今抱いている感情を読み取る為だ。

 だが、俺の作戦は失敗に終わった。何故なら、ゼノの表情には俺の知る感情が無かったから。

 怒っているわけでも、蔑んでいるわけでもなければ戸惑っているわけでもない。先ほど俺が触れた耳に今度は自分で触れて、ただ茫然と突っ立っている。

 その点、グレイは非常に分かり易い。「昨日俺にあんなこと言ってたくせに自分から面倒事作っちゃって、どうするんですか」と陰湿な目線を送ってくる。

 言い訳はしない。今回の件に関しては完全に俺が悪い。


「おい、お前達! 整列しろ!」


 突然、騎士の一人が声を上げた。その場にいた者達が慌ただしく列を作っていく。俺は半ば救われたような気持ちで適当な列の後ろに並ぶ。


「ライ伯爵様。貴方様とゼノ伯爵様、それから付き人のグレイ様は我々の列に並ぶ必要はありません」


「では、俺達は何処に並べば……」


「君達は、その列に並ぶ必要は無い」


 背後から聞こえた声に振り向く。振り向く前から、俺はこの声の主の正体を知っていた。


「お久し振りです、レオン聖騎士団長」


 十二年前よりも少し老いた印象だが、だからといって聖騎士(パラディン)としての風格は衰えていないようだ。


「久しいな、ライ。いや、今はライ伯爵殿だったか」


「昔のように〝ライ〟と呼んで下さい。爵位で呼ばれるのは、どうも慣れなくて」


「心配ない。今後、嫌でも慣れる。それより十二年前のこと、君には礼を言わなければと思っていた。心から感謝する。君は俺の……いや、ボールドウィン家にとって唯一の英雄だ」


 レオンが頭を下げると、また周囲が騒つき始める。聖騎士団長が個人的な理由で貴族に頭を下げているのだから騒ぐ理由に関しては何となく察しが付く。


「頭を上げて下さい。俺は俺の使命を果たしたまでです」


「でも、君は俺の願いを聞き届けてくれた。あの一方的な俺の願いを」


 十二年前、レオンと二人だけで話した、あの夜のことを思い出す。星空の下で俺は確かに彼に託された。


 ────もし、サラに……サラとアランに、何かしらの危機が迫った時……俺の代わりに彼女達を守ってほしい。


 彼が一方的と言ったのは、あの後すぐにアランが来た事で俺から返事を聞けなかったからだろう。


「君のお蔭でサラは解放され、アランも救われた。君には本当に、感謝してもしきれない」


 頭を上げる気配の無いレオンにどうしたものかと思い倦ねていると他の聖騎士(パラディン)達が物珍しそうに俺達を観察していることに気付いた。


「見てよ、マーシェ! レオン団長が頭下げてるよ? 何か、悪い事でもしたのかなぁ?」


「口を慎め、ヴェルキス。レオン様のことだ。何か崇高なお考えの末に、あのような行動を取られているに違いない!」


「ヴァーッハッハァ! 少し城を離れている間に鍛えがいのある戦士が揃っておるではないか!」


「…………」


「あ、ライだ! ライだよね?! おーい!」


 どう見ても子どもにしか見えない少女に、包帯だらけの男に、長い髭を生やした筋肉爺に、無口の青年。

 それから俺の名前をさっきから大声で呼んでいる、あの女。忘れもしない。聖騎士(パラディン)の一人、アメリア・グロッセルだ。

 まるで親しい友人と久々に再会したかのような輝かしい目でアメリアは俺の元へと駆け寄って来る。


「久しぶり、ライ! 私のこと憶えてる?」


「……俺の記憶の中でデカい斧を振り回す女は、お前しかいない」


「え、もしかして武器で憶えられてる、私?」


 十二年前に一度戦ったとは思えないほど馴れ馴れしい。いや、待てよ。まさか、これも作戦か? 油断したところ斧で……


(十二年前に貴方と彼女の間で何があったのか知りませんが、それは無いと思いますよ。今は、お互い敵対している立場でもないんですから相手の方から歩み寄ってくれる分には問題ないのでは?)


 それがメラニーとは異なった種類の〝厄介な女〟であってもか?

 グレイは何か察したような顔しながら無言で俺の肩に手を置いた。


「ライ伯爵って他の聖騎士(パラディン)とも繋がりがあるのか? 実は凄腕の剣士とか……?!」


「あのレオン騎士団長が頭を下げるほどだからな。相当な実力者であることは間違いないだろう」


 こっちはこっちで的外れな推察を繰り広げている。剣技は人並みには出来るが、それを生業としている者にはどうしたって敵わない。

 もしレオン達と純粋な剣技のみの決闘をするようなことがあれば俺など手も足も出ないだろう。それどころかアランにだって勝てるかどうか……


「ライ!」


 アランのことを考えていたら、まさかの御本人登場。今、俺の周りには聖騎士(パラディン)を率いる聖騎士団長と聖騎士(パラディン)、それから世界唯一の勇者がいる。彼等のような唯一無二の称号を持たない俺は完全に場違いだ。


「君も招待されてたんだね。まぁ、ライほどの実力があれば当然か」


「今日、何があるか知ってたのか?」


「え、そりゃ勿論……もしかして今から何があるか知らないの?」


「知ってはいるが、教えてもらったのは昨日の夜なんだ」


「昨日?! そ、そうなんだ」


 動揺するアランの姿を見て彼は俺達とは違い、前もって知らされていたのだと悟る。こうも扱いが違うのには何か理由でもあるのだろうか?


「なんや、ライ。お前、勇者とも知り合いなんか? 騎士団長とも顔見知りみたいやし有名人の知り合いが、ぎょうさんおるんやなぁ」


 そう言ったゼノは、いつもの調子を取り戻していた。俺としても気不味かったから、ここでのアランの登場は都合が良い。


「け、獣人(ケモノビト)?」


 アランの意識がゼノに移ると、ゼノは愛嬌のある顔をして目を細める。


「おう。初めましてやな、勇者さん。色々と活躍は聞いてるで。魔狼(ワーヴォルフ)のゼノや。よろしゅうな」


「よろしゅ……?」


「〝よろしく〟って意味だ」


「へぇ、この辺りじゃ聞かない言い回しだけど獣人(ケモノビト)特有の言語なのかな?」


「いや、別にそういうのじゃあらへんで。調べたことないから実際は分からへんけど、こういう話し方するんは多分、僕だけやないかな。少なくとも今まで()うたこと無いわ」


「おうた……」


「……〝会ったことない〟だと」


 俺の通訳にアランは納得したように頷きながらゼノと会話を続ける。アランからすればゼノの口調は特殊なうえ、時には通訳が必要になるほど理解が困難なものらしい。

 聞き馴染みのある俺やグレイは当然のように受け入れられたが、聞き馴染みの無い奴等からすれば妥当な反応かも知れない。

 そこまで考えて、ふと思う。ゼノの口調に違和感を持つ素振りも見せなかった俺は彼にとって異常に映っているのではないか、と。そしてアランと言葉を交わしたことで、その異常さが更に際立ってしまったのではないか、と。

 ゼノを見るが、アランとの会話に集中しているようで、幸い俺は眼中に無いようだ。自意識過剰と受け取られても仕方のない思考に何とも言えない気分になった。


「うむ、もう皆集まっているようだな!」


「そりゃあ定刻を大分過ぎているからね……遅れて、すみません」


 アンドレアスとアレクシスが現れ、全員が……いや、ゼノを除いた全員がその場で跪く。


「皆、多忙なところ集まってもらって感謝する。それからレオン騎士団長にマーシェ副団長、ヴァルキス隊長、ガウル隊長、ガンマ隊長、アメリア隊長まで。長期任務を終えて、よくぞ無事に帰還してくれた。先代の父に代わり、心から感謝を」


「勿体なき御言葉です、陛下」


 短い言葉でアンドレアスの言葉に返すとレオンは更に深々と(こうべ)を垂れる。


「貴方方が今この場にいるということは……皆さん、僕達の意に同意してくれたと受け取って良いんですね?」


「勿論です、陛下。時代さえも、いずれは移り変わる。ならば我々も変わらねばなりません。今日が、その時。ただ、それだけの事で御座います」


 アレクシスの問いに代表して答えたのはマーシェ副団長だ。レオンと同じくらい頭を下げているが、後ろに撫で上げられた黒に近い赤紫の前髪は彼の顔を全く隠していない。まるで自分に疚しい気持ちが一切無いこと髪型で表現しているかのようだ。


「うむ、では……今から名前を呼ばれた者は我の前へ。アラン・ボールドウィン!」


「っ、はい!」


 名前を呼ばれたアランがアンドレアスの元へと駆け寄り、再び跪く。


「次、ゼノ・ホワイト!」


「あー、はいはい」


 緊張感のない返事をしながらゼノは、ゆっくりとした足取りでアランの横に立つ。王の御前にも関わらず、ゼノの態度は普段と変わらない。王族への敬意が全く感じられない彼の態度に聖騎士(パラディン)を含めた数人の騎士達が顔を顰める。


「ライ・サナタス、グレイ・キーラン、リュウ・フローレス!」


 俺達も呼ばれた。呼ばれたからには行かねば一歩踏み出したところでリュウがまだ戻って来ていないことを思い出す。


「なぁ、グレイ。リュウの奴、まだ戻って来てないよな?」


 グレイは頷きながら困り顔で周囲を見る。


(はい。近くにそれらしい気配もありませんし、こちらの世界に戻って来ていないのかも知れません。とりあえず陛下達には報告しておいた方が……)


 どうせ、この場に立ち止まっていても変に注目を集めるだけだ。グレイの提案を受け入れようと俺が口を開いた時、誰かに髪を引っ張られて「ぅぎ?!」と変な声が出てしまった。


「急に髪を引っ張るなよ、グレイ。びっくりするだろうが」


(え、俺は何もしてませんよ)


「え、でも今……」


「ごめん、ライ。オレだ、オレ」


 耳元で聞こえるリュウの声、されど姿は見えず。未だ髪を引っ張られる感覚があり、手を伸ばすと何かを掴んだ感触があった。

 掴んだものを目の前まで移動させると本来の姿に戻ったリュウが俺の手の中で苦しそうに(もが)いている。


「ちょ、ライ……っ、くるし、!」


「あ、悪い」


 軽く掴んだつもりだったが、力加減が上手く出来ていなかったらしい。

 ゼー、ゼーと息を切らしながら「死ぬかと思った……」と青褪めた顔で呟くリュウに罪悪感が湧いたのは言うまでもない。


「ライ殿? グレイ殿? 何か、あったのか?」


 アンドレアスに再び名を呼ばれて俺は咄嗟にリュウを後ろに隠した。


(陛下、リュウ・フローレスは諸事情により現在この場にはおりません)


 俺がリュウを隠したのと同時にグレイがアンドレアスに事情を話す。今の姿で人前に出させるわけにはいかないと判断したのはグレイも同じようだ。


「……事前に招集があったにも関わらず、不在だと? 不敬にも程があるぞ!」


 立ち上がったマーシェが俺達に怒号を飛ばす。リュウは俺の背中に隠れて「あわわわ……」と弱気な声を出している。


「良い。今の今まで彼の不在に気付けなかった我も悪い。……して、グレイ殿。リュウ殿は欠席ということで良いのだろうか?」


(いえ、もうそろそろ来る頃かと思います故もう暫し猶予を与えて頂きたく存じます)


「分かった。では、聖剣の選定をこのまま続行する。では改めてライ殿とグレイ殿は前へ」


 グレイは視線で、俺は背中に隠した手でリュウに「今のうちに行け」と合図する。俺達の意図を汲み取ったリュウは「恩に着るぜ、二人とも」と手を合わせて他の奴等に気付かれないよう何処かへ飛び立った。


 間もなくして何事もなくリュウが現れた。多くの視線の的になりながら俺の隣で跪いたリュウに「もう用事は済んだのか?」と尋ねると「まぁ、済んだと言えば済んだかな」と何とも煮え切らない返答。

 それ以上の会話が出来る状況でもなく俺達の会話は、そこで打ち切りとなった。


「我々は以上の五名を新生聖騎士団に迎え入れたいと考えている。これは現聖騎士団長および各隊長も同意済みである」


 アンドレアス達の話では次期聖騎士(パラディン)の選定は王の意思のみで決定されるということだったが、どうやら今回は違うらしい。

 今回の選定にはレオン達の意思も反映されている。それは暗に先代王に仕えた聖騎士(パラディン)達が認めた者が選ばれたという事だ。


「騎士団長にアラン・ボールドウィン、副団長にゼノ・ホワイト、残り三名と続投となるアメリア・グロッセルとガンマ・ドムリュークは各隊の隊長を……」


「あー、ちょっとええか?」


 アンドレアスの言葉を遮ったのはゼノだった。


「貴様、獣人(ケモノビト)の分際で偉大なる陛下の言葉を遮るなど……っ!」


「良い、マーシェ副団長。何か申し立てがあるなら聞こう、ゼノ殿」


「申し立てなら山ほどあるわ。なんか勝手に聖騎士(パラディン)にしようとしてますけど僕、同意した覚えあらへんよ。昨日から説明もなしに訳分からんまま泊まらされたうえ朝っぱらから呼び出されて長い話聞かされる、こっちの身にもなってほしいわ」


「それについては申し訳ない。聖騎士(パラディン)の選定に関することは不正を考慮して事前に外部には話せないという決まりがあるのだ」


「決まり……ま、それならしゃあないか。んで勿論、僕にはこれを拒否する権利もあるんよな?」


「それは勿論だ。だが、我々としては是非とも貴殿に──」


「断る」


 それまで無理やり作っていたであろう笑みすらも引き剥がしてゼノは真っ向から拒絶の言葉を吐き捨てた。

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