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49話_何はともあれ、一件落着

 集落へと着いた俺達を真っ先に迎えたのは、兄の存在と変化に一目で気付いたヒメカだった。

 彼女は兄と同じ鮮紅色の瞳を潤ませ、重い足取りで一歩ずつ歩み寄ってきた。


「あ……兄様(あにさま)……」


 自分の感情を無理やり抑えつけるように口元を手で覆いながら震えた声を発した彼女に、レイメイは眉を下げて笑った。


「……ただいま、ヒメカ」


 彼女の願いが、通じた瞬間だった。

 抱き合う兄妹を見つめていると、自然と鬼人(オーガ)達が2人を取り囲むように集まってきた。


「レイメイ様が戻ってこられたぞぉ!!」


「良かった……本当に、良かった……っ!」


(やはり、レイメイの心配は不要だったな)


 彼らもまた、彼女と同様でレイメイの帰りを待ちわびていたのだ。仮に、ツノが折れたまま帰って来ていたとしても彼らの反応は変わらなかっただろう。

 何故なら、彼らがレイメイのツノの異変に気付いたのは、もう少し先のことだったからだ。


「ライさん。本当に、ありがとうございました」


 レイメイから森であった出来事を全て聞いたヒメカは俺の方へ向き直ると、深々と頭を下げた。

 彼女の隣ではレイメイも同じくらい頭を下げ、更に彼らの後ろでは大人から子どもを含めた全員の鬼人(オーガ)達が、国王を前にしたかのように(ひざまず)いて頭を下げていた。

 その光景になんだか懐かしい気持ちが芽生えたが、隣で何か言いたげな視線を向けてくるリュウのせいで一気に我に返る。


「オレがいない間に何があったのか、ちゃんと説明してもらうからな」


 異常なほどに不機嫌そうに吐かれた言葉に訝しげな表情を浮かべながらも返事をすると、ヒメカが気まずそうな表情を浮かべた。


「あ、あの、報酬の件なんですが……」


 依頼は達成した。

 達成したからには報酬を貰うのが自然の流れだが、俺は緩く首を振った。


「報酬は()りません」


 その言葉に、全員が目を見開いて俺を見た。


「おい、ライ! 報酬はいいって、どういうことだよ! 依頼書に書いてあったこと忘れたのか?!」


「忘れてない。そもそも、あれは嘘だったんだよ」


「……へ?」


 目が点になったリュウから視線を外し、申し訳なさそうに眉を下げながら顔を俯かせている依頼主を見る。


「そうですよね?」


 責める意図はなく出来るだけ優しく問いかけると、彼女は親に叱られる前の子どものような表情で俺を見た。


「……いつから、気付いてたんですか?」


「地下牢で貴女の話を聞いた時からです。依頼書には依頼主は鬼人(オーガ)族の頭領と書いてあったのに貴女は正式な頭領でないどころか自分は頭領になるつもりは無いとまで言っていました」


 俺の言葉に、ヒメカは気まずそうに視線を逸らした。


「え、えっと、それは……」


「あの話を聞いた時から違和感を感じていました。そして、その違和感が次第に、依頼書に書かれた内容は確実に誰かに読んでもらうために偽装したものなのではないかという考えに辿り着いたんです」


 言葉は無くとも彼女の反応が、俺の考えが間違っていなかったことを証明していた。

 妹の短絡的な行動への呆れからか、レイメイは複雑そうな表情で彼女を見ている。そんな兄の視線に気付いた彼女は、慌てて俺達に頭を下げた。


「ほ、本当に申し訳ありませんでした!! 嘘をつくのは良くないという自覚はあったんです。でも、ギルドの方々は依頼主の身分や報酬で選ぶ方が多いと聞いて、それで……」


 彼女の言葉は、現実として正しい。

 クエストを受ける者達は依頼書に書かれたクエストの内容は勿論だが、特に依頼主や報酬をしっかりとチェックしている。

 誰だって自分より身分の高い者に恩を売れて、豪華な報酬を得られる依頼を受けたい。どちらかと言えば俺もそうだし、リュウだって依頼主と報酬に釣られて、このクエストを受けた。


(彼女としては早く兄を助けたくて魔が差してやってしまった事なんだろうが、相手によっては厄介な事になってただろうな)


 不貞腐れているリュウには申し訳ないが、この依頼書の存在に誰よりも早く気付いたのが彼で良かった。

 もし、彼よりも先に下心に溢れた輩が依頼を受けていたら……これ以上、考えるのは止めよう。


「ヒメカさん。貴女の気持ちは分かりますが、依頼書に嘘を書いたことに関しては反省して下さい。今回は不貞腐れる程度で済んでいる彼が受けたから良かったものの、相手によっては貴女の仲間に危害が及ぶ可能性もありました」


「……別に、不貞腐れてねぇよ」


 否定する言葉とは裏腹に、その声色と表情は明らかに拗ねていた。

 そんなリュウを慰めようとしているのかスカーレットが足元で擬態ショーを披露しているが、鬼人(オーガ)の子ども達の興味を惹いただけで彼には何の効果も無かった。


 それから暫くして、少しだけ立ち直ったリュウはスカーレットと鬼人(オーガ)の子ども達と楽しそうに遊んでいる。


「ライさんが森に行っている間、リュウさんがずっと子ども達の面倒を見ていてくれたんです。お蔭で家事が捗って助かったと彼らの母親達が喜んでいました」


「精神年齢が近いから、あんなに懐かれたんだろうな」


 俺だったらここまで懐かれなかったと言葉を零せば、ヒメカは否定しながらも僅かに口元を緩ませた。


「それに……フフッ」


 直後、何かを思い出したように笑いだした彼女に首を傾げたが、彼女は何でもないと首を振るだけだった。


「そういえばレイメイさんは、どこに行ったんですか?」


 彼女の反応に疑問を持ちながらも、いつの間にか姿を見せないレイメイのことを尋ねた瞬間、彼女を取り巻く雰囲気に緊張が走った。


「え?! あ、えーと……ど、こに、行ったんでしょう?! あ、はは……」


 何かを隠しているのは一目瞭然だったが、あまりにも必死な彼女に何も気付いていない振りをした。


 依頼は達成された。後は、ギルドに帰るだけだ。

 鬼人(オーガ)の子ども達が名残惜しそうな表情でリュウの腕を掴んでいる。


「えー、もう帰っちゃうのかよ」


「もっと遊んでよっ!」


「やだやだっ! 帰っちゃ、やだー!」


 すっかり人気者になってしまったリュウは救いを求めるような目で俺を見た。

 仕方ないなと肩を竦めて小さく頷き、子ども達に聞こえるように態とらしい大きな声でヒメカに問いかけた。


「あー、ヒメカさん。俺達、また遊びに来ても良いですか?」


 俺の言葉に目を丸くしたヒメカだったが、すぐに俺の意図を察しらしく結んだまま唇で僅かな笑みを作った。

 

「勿論です。ライさんとリュウさんなら、いつでも大歓迎ですよ!」


 有り難いことに、俺の意図が伝わったようでヒメカも少しだけ声を張り上げてくれた。

 チラリと子ども達の方を見ると、彼らは表情を明るくさせた。


「リュウ、また来る? また来るの?!」


「いつ? いつ、来るの?」


「明日? 明日、来る?」


 助け舟を出したつもりが新たな問いかけでリュウ更に追い詰めることになってしまい、ヒメカと顔を見合わせて苦笑いした。

 子ども達の笑い声、それを見守る大人達。

 これが誰かの手によって描かれた絵だったならば永遠とこの光景を見続けられただろうが、これは紛うことなき現実。

 嫌でも時間は進むし、望んでいなくても別れは来る。


「みんな、またな!」


 大きく手を振るリュウの横で俺も小さく手を振ると子ども達はそれに返すように手を大きく振り、大人達は深々と頭を下げた。

 そんな中で、ヒメカだけは不安げな表情で辺りを見渡している。彼女の様子に疑問符を浮かべたが、帰るべき場所に帰ろうとしている身体では、もう何も出来ない。

 不本意な不法侵入から始まった今回のクエストだったが、最終的には依頼者が望む形で達成出来て、本当に良かったと思う。

 レイメイ以外の鬼人(オーガ)達が、身体が少しずつ薄くなっていく俺達を様々な表情で見つめる中、先ほどまでいなかった彼が少し離れた場所から、こちらに向かって走って来るのが見えた。

 そんな兄の姿を確認したヒメカの表情が不安げだったものから安心したような表情に変わったかと思うと、すぐに切羽詰まった表情へと変化した。短い間にコロコロと変わる彼女の表情に、思わずクスリと笑ってしまった。


「あ、兄様! 早くっ!!」


「分かってる! ライ殿、これをっ!!」


 見事なフォームで投げられた物を反射的に取った瞬間、俺の意識は名もない場所まで沈んでいった。


 ◇


「お帰りなさい」


 意識が戻った時、見慣れた女性職員の笑顔と転送装置が俺達を迎えてくれた。

 右手に何かが握られていることに気付き、閉じていた右手を開くと、職人の腕が輝く細かな装飾が施された小さな笛が現れた。レイメイが帰り際に投げ渡してきた物だ。

 俺の手の中にある物を、リュウは不思議そうに見つめた。


「何だ、それ? 何か、笛みたいだけど」


 リュウが手に取って様々な角度から見ていると、迎えてくれた職員が駆け寄って来た。


「それ、もしかして〝鬼笛(おにぶえ)〟じゃないですか?!」


「鬼笛?」


 初めて聞いた言葉に、俺もリュウも首を傾げると職員は何かを懐かしむような表情で頷いた。


鬼人(オーガ)族に昔から伝わる笛です。その笛は、鬼人(オーガ)族にしか聞こえない特殊な音が出るように細工が施されているんです」


「詳しいんですね」


「あれ、言ってませんでしたっけ?」


 そう言って、職員は被っていた帽子を取ると、額にヒメカ達よりは控えめなツノが1本だけ生えていた。


「実は私、鬼人(オーガ)なんですよ」


 ウインクをしながら意外過ぎる事実を放った職員に、しばらく開いた口が塞がらなかった。

 職員の話では鬼笛は頭領だけが持つ特別な笛らしく、現在は御守りとして持つだけのことが多いが、昔は戦や緊急時などで一族全体に召集をかける際に使われていた物らしい。


(……そんな大事な物を持って帰ってきて良かったのか?)


「この笛が貴方の手にあるという事は、頭領とその頭領が率いている鬼人(オーガ)の一族は皆、貴方に忠誠を誓ったんですね」


「え」


 この時の俺はまさに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたことだろう。


「私も実例を見るのは初めてですが……昔、叔父から聞いたことがあるんです。鬼笛を鬼人(オーガ)以外の誰かに託すという行為は託された者に何かしらの危機が迫った時、例え世界を敵にまわすことになっても、その者の力になることを意味してるんだって」


「何と言うか……すっげぇ重いっすね」


 彼の素直な性格は、こんなところでも発揮してしまったようだ。正直、俺も似たような感想は抱いたが、口に出すなんて恐ろしい言葉考えすらしなかった。


「当然ですよ。鬼人(オーガ)は一度忠誠を誓った相手を最後まで信じ抜き、守り抜く……そういう生き物ですから。一度愛した者は死ぬまで愛し続けるし、一度殺すと決めた相手は確実に殺します」


「ひぇ」


 淡々と言ってのける職員に恐怖を覚えたのか、リュウの口から気味が悪い声が飛び出した。


「それにしても珍しいですね。私達、鬼人(オーガ)族は他種族の介入を良く思っていない者が多いから、滅多にギルドに依頼なんて出さないんですけど」


「それには深いわけがあって、ヒメカさん……あぁ、ヒメカさんは今回の依頼主なんですけど」


 考える素ぶりを見せた職員の疑問に答えたのは、リュウだ。

 ヒメカがギルドに依頼を出した理由と、それまでに至った経緯を彼の記憶と理解が及ぶ範囲で話していくにつれて、職員の表情が険しくなっていくのが分かった。


「ソウリュウの村が襲われた……?」


 信じられないとばかりに驚愕の表情で職員は再度、問いかけるように呟いた。

 職員の問いに答えるように頷くと、何か考え込むように口元に手を添えた。

 良心が痛んだが、口を閉ざしてしまった職員の心情を知りたいという好奇心に近い何かが抑えられず、読心魔法(マインド・リード)で彼女の心の声に耳を傾けてしまった。


(ソウリュウの村が、たった1人の男に壊滅されるなんて……でも、彼らが嘘を言っているようには見えないし、今の話が本当なら狙いはやっぱり、()()……)


「あのー……大丈夫ですか?」


 心配そうに職員に声をかけたリュウに、思わず舌打ちをしそうになった。

 あと数秒ほどあれば何か重要なことが聞けそうだったのに、彼のせいで最も聞きたかった部分が聞けなかった。

 リュウの言葉にハッと我に返った職員は慌てて笑顔を作ると俺達を受付の場所まで誘導した。

 再度、彼女の心に耳を傾けてみたが、何も聞こえなかった。


 結局、頭領(レイメイ)から名指しで渡された物だからと、笛は俺が持つことになった。

 報酬が貰えなかったことが未だに悔やまれるのか残念そうに肩を落としたリュウだったが、〝もう集落にいた子ども達との思い出が報酬で良いか〟と、無駄に洒落(しゃれ)たオチを付けた。

 なんとなくムカついたので、彼の背中を思いきり叩いた。

 ギルドを出て、近くの文房具店が視界に入った時、リュウが突然、何かを思い出したような声を漏らした。


「そういや、新しいノート買うの忘れてた。オレ、今から買ってくる。ライは先に帰ってて」


「分かった」


 小走りで文房具店へと入っていくリュウを見送った。

 このまま寮まで帰るつもりだった。

 しかし、ギルドから学校までの道には、クエスト終わりの俺には容赦のない誘惑が多数、存在していた。

 例えば、最新のスイーツ情報を大々的に発信している喫茶店とか、新作情報をエンドレスで流すスイーツ店とか。

 聴覚も視覚も、それらの情報に支配されて終いには嗅覚さえも支配されてしまった俺の足は、いつの間にか喫茶店へ向かって進み、手は喫茶店の入り口の扉へと伸びていた。

 来客を知らせる鈴の音が店内に響き渡ると、愛想の良い笑顔を浮かべた店員が席へと案内してくれた。まだ明るい時間帯のせいか店内は学生や若者の声で賑わっている。

 メニュー表を開いて数分ほど悩んだ結果、果実をふんだんに使ったスイートポテトを注文した。

 近くの席で美味しそうにケーキやパンケーキを食べている客の姿に食欲が掻き立てられながらも、冷水を口に含むことで何とか平常を保っていた。


「ねぇ」


 数多の声が行き交う空間で、その声は鮮明に聞こえた。

 顔を上げると、明らかにウェイターではない少年がニコニコと愛想の良さそうな笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。

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