415話_真夜中の宴<パジャマパーティー>《下》
「で、では、グレイ殿! グレイ殿は、どうだ?!」
一国の王以前にアンドレアスは俺達とそう歳の変わらない男。色恋話に慌てふためく姿には年相応さを感じる。
(俺ですか? 俺は誰かを愛しいと思うことはあっても独占したいとまでは思いませんね。独占したところで置いて行かれるのは分かっているので)
永久的な寿命を持つ生ける屍であるグレイは必然的に見送る側に立つことになる。長寿と言われるエルフを伴侶に迎えたとしても結果は同じ。
時間に風化されることのない〝愛しい者を失う悲しみ〟を味わうくらいなら誰も愛さない。その方が、お互いにとって幸せだから。
いつだったか、グレイがそう話してくれたのを思い出した。
アンドレアス達の表情で同情されていることを察したのか、グレイは落ち着きのある笑みを見せる。
(だからと言って悲観的になる事はありませんけどね。最期の瞬間まで傍にいられるという利点もありますし)
「……そうか。ちなみにグレイ殿、今のは、その……そういうお相手というか対象がいるという解釈で良いのか?」
(えぇ、その解釈で問題ありません。お二人が考えているようなものとは少し違いますが、俺はその人の行く末を最後まで見届けたいと思っています。叶うことなら誰よりも近くで)
瞬きで一度だけ目蓋を閉じ、グレイは俺を見る。その視線が意味するものを理解しているのは多分、俺だけ。
アンドレアス達には、きっと理解できない。俺とグレイの関係は、それだけ特殊なのだ。グレイだけじゃない。前世から繋がりのある者は皆、友情とも愛情とも違う変わった絆で結ばれている。
「リュウさんの方は、どうですか?」
「オレ? オレは恋愛とか別に興味ないからなぁ。あ、でもお嫁さんにするならボンキュッボンのセクシー系が良いなぁ」
そういえば此奴、昔からやたらと胸のデカい女に惹かれる傾向があったな。俺がメラニーに襲われてた時も羨ましがっていたくらいだし。
それにしても、ここまで潔く断言されてしまうと彼を慕っているミュゼやヒメカが惨めでならない。
(ですが精霊王となったからには、そうも言ってられないのでは? ほら、世継ぎ問題とか)
「オレ達、フローレス族は妖精も精霊も皆、同じ花の種から生まれるんだ。言ってしまえば受粉が出来る環境であれば世継ぎはいつでも生み出せる」
「ふぅむ、人間とは随分違うのだな」
「人間も同じように花によって産み落とされる生き物だったら世継ぎ問題で悩むことなんて無かっただろうね」
「確かに先代達も世継ぎ問題で悩んだことは無かったっぽいけど人間同士の親子とか家族の絆って奴? そういうのオレには無かったからさ。正直、憧れるよ」
「……お前にもいただろ、父親が」
先代の精霊王。全てを託し、呆気なくこの世を去ったリュウの父親。
「親父って言ってもオレだけの親父じゃない。さっき言ったろ。オレ達は皆、同じ花の種から生まれるって。親父にとっちゃ、オレは数ある種の一つだ」
「でも、その数ある内からお前は精霊王に選ばれたんだろ? それって多少なりともお前を特別視してたって事じゃないのか?」
「それは違う。オレが偶々、精霊王になれる器に近かったってだけだ。人間みたいに感情的な贔屓はしない。それが親父……いや、先代フロラシオン・フローレスだ」
親子としての情も繋がりも無かったとリュウは言うが、俺はそうは思えない。父親に死が近づいていると知ったリュウは明らかに動揺していた。あれは何の感情も抱いていない相手に見せるような反応ではない。
が、あくまでもリュウがそう言い切るのであれば、それが事実なのだろう。或いは、二人にしか分からない特別な何かがあるのかも知れない。部外者の俺が口出ししたところで余計なお世話というものだ。
「って、オレのことはどうでも良いんだよ。それにこういうネタはオレよりライの方が豊富だろ」
「……それはどういう意味だ、リュウ」
「惚けようとしたって無駄だぜ。お前が昔から色んな奴に好かれてるって事は皆知ってんだからな!」
「色んな奴にって、お前はまた適当な……それと一応言っておくがアンドレアス達が聞いているのは色恋的な意味であって友愛は含まれてないからな」
「そ、そんくらい分かってるって! 馬鹿にすんなよな!」
知り合いと言えど他人の色恋沙汰など興味は無いのだが、この流れは不味いな。それに面倒だ。
今の俺にはやらなければならない事が、まだまだ山ほどある。よって、色恋に現を抜かしている場合ではない。こんな話題は早々に切り上げて別の話題でも提供してやった方が良いだろう。
グレイに念話で多少不自然でも構わないから話題を変えろと命令したが、無茶言わんで下さいと突っぱねられてしまった。
「で? 実際のとこ、どうなんだよ?」
「……どうって?」
「どうって、だから……す、好きな奴とか、いねぇの?」
何で、お前が照れてるんだよ。変な空気になるから、せめて堂々としてくれ。
「あ、言っとくけど人としてとか友達としての好きは無しだからな!」
しかも早速、逃げ道を塞いできやがった。リュウの癖に随分と手際が良いじゃないか。
こういう話題は長引けば長引くほど厄介になるものだと相場が決まっている。
「いない」
「気になる人も?」
「いない」
恋愛を抜きにした〝気になる奴〟なら大勢いるが。
「じゃあライを好きな奴全員、片思いってわけか。かーっ! お前ってば罪な奴だなぁ、ライ」
「全部、お前の憶測だろ」
「それマジで言ってる? お前と仲が良いからって理由で陰で呼び出されては好みのタイプとか彼女の存在とか根掘り葉掘り質問攻めされたオレの苦労も知らずに?」
一時期ではあったが、リュウが女子から呼び出される頻度がやけに多い頃があった。あの頃はリュウはモテるんだなと他人事のように傍観していたが、どうやら違ったらしい。
「今の話が事実だったとして何で俺じゃなくてお前に訊くんだ?」
「確か、恐れ多くて声かけられないとか言ってたぜ?」
恐れ多いって何だよ。目上の相手なら兎も角、彼女達にとって俺は同級生のはずだが。
(あぁ、そういう類の尋問なら俺も何度か受けましたよ。その時はお付き合いしたいと言うより純粋に貴方のことが知りたいように思えましたが)
え、初耳なんだけど。
(口止めされていたので)
「……口止めされていたとしても、そんなの今はもう無効だろ。どうして今の今まで報告しなかった」
「え、オレも近くにいたのにライだけがモテてるって事実を受け入れたくなかったから」
(報告する必要性を感じなかったから、ですかね)
此奴等……!
「ま、まぁまぁ……って、どうしたの、兄さん?」
アレクシスの声で俺はアンドレアスの方を見る。アレクシス同様、俺達の話を聞いていたようだが表情に明るさが無い。
「ライ殿、貴殿は先ほど好いている女子はいないと言ったな?」
「? あぁ」
何だ、改まって。雰囲気からして俺を揶揄っているわけでは無さそうだが。
「では、その……カリン殿にも、そういう感情は持ち合わせていないと、そう思って良いのだな?」
カリンの名前が出たことで彼の真意を知る。俺がカリンに気があるとなれば必然的に恋敵になるのだから気になるのは当然か。
「心配しなくても二人の恋路を邪魔するつもりは無い」
「こい、じ? ……っ?! ち、違う! 我は、ただ元婚約者として彼女を心配しているだけで……っ、」
「今も婚約してるなら分かるけど元婚約者なんだろ? なのに何で心配する必要があるんだ?」
「ヴッ」
一刀両断とばかりのリュウの指摘にアンドレアスは椅子から落ちるように膝を折った。正論とは時に虚勢を屠る槍となる。
「に、兄さん、しっかり!」
(リュウ、いくら正論でも言って良いことと悪いことがありますよ)
アレクシスがアンドレアスが「気を確かに!」と大袈裟な言葉をかけたせいで入り口付近に控えていた警備兵が部屋に突入する事態になり、その場は一時騒然となった。
結果、真夜中の宴は強制的に打ち切り。アンドレアス達は自室に運ばれ、俺の部屋には一人で寝るには広々すぎる大きなベッドと、すっかり冷めてしまった紅茶と食べかけのお菓子が残された。
「……俺、今日この部屋で寝るのか?」
「良いじゃん。今なら大好きなお菓子、独り占め出来るぞ」
(オイシイ、オカシ、ウマ、ウマーッ!)
何本もの触手で菓子を取っては身体に埋め込み、消化していく。
「あ、良いこと考えた。これだけ大きなベッドがあるんだし、折角だから皆で一緒に寝ようぜ」
「皆って、俺達でか?」
「元々そういうつもりでアンドレアス達は用意してくれたんだろ」
その肝心の二人は今頃、部屋で使用人達に甲斐甲斐しく世話焼かれているのだろうか。特にアンドレアスは床で項垂れている姿を目撃されたせいで体調不良を疑われて医者まで呼び出される始末だったからな。
しかし、いくらベッドが大きいとはいえ男三人(とスライム一匹)で寝るのは……
(良いじゃないですか、こういうのも偶には)
「お前は寧ろ断ると思ってたんだがな」
てっきり夜は一人で読書でもして静かに過ごしたい派なのかと。
(貴方やリュウから誘われたら断る理由なんてありませんよ。まぁ、要は一緒に過ごす相手によりますね)
この男は恥ずかしげもなく、こういう発言が出来るのだ。
結局、グレイもリュウも一緒に寝ることになった。俺とグレイはそれぞれ両端、リュウとスカーレットは真ん中を陣取った。
思っていたより疲れていたのか、真っ先に夢の中へと落ちていったのはリュウだ。
グレイは目を閉じているだけで完全には眠ってはいない。そう断言できるのは気配と彼の肉体が睡眠が必要としていないのを知っているからだ。
つい先ほどまで賑やかな宴が開かれていたとは思えないほどに部屋は静まり返っている。寝返りで布団と擦れる音さえ異様に響くほどに。
一時の楽しい夢から覚めて現実に戻ってきたような虚しさが広がっていく。まるで今まで忘れていた嫌なものを無理やり思い出させられたかのように。
前世の情景が今までにないほど鮮明に脳裏に浮かんでくるのは、そのせいだろうか。
このままではいけないと分かっている。分かっていても今更何をどうするのが正しいのか俺には分からない。
それでも確かなのは、いつかはどんな形でも答えを出さなければならないという事。そして、その時はもう間もなく訪れるという事。
ゼノに裏切られたのだと自覚した時、何故という疑問よりもやはりと何処か腑に落ちたような感情の方が強かった。魔王としての信念が揺らぎ始めていた時点で、いつかあのような事が起こると予想していたんだと思う。
ゼノのように人間に強い恨みを持って魔王軍に加入した者は少なくなかった。彼らの復讐心を煽っておきながら最後は人間との共存も視野に入れようなど、そんな理屈が彼等に通用するはずがなかったのだ。
彼が魔王軍を抜ける直前、最後に会話をしたのは多分、俺だ。今思えば、あれはゼノを引き留める最後の機会だった。
魔王としての在り方、今後人間とどうなりたいのか。当時の悩みも本音も全て打ち明けた俺に彼は絶望したのだ。
(……そういえば、あの時ゼノは最後に何と言ったんだったか)
「ガッカリやわ」と直球で言われたような気もするし、「そうか」とあっさりした返答だったような気もする。記憶が曖昧なのは俺にとって不都合な返答だからかも知れない。
本音を言えば、ゼノともグレイ達のように友好な関係を築いていきたい。現実的に無理だと分かっていても。
このまま何も知らない赤の他人のライ・サナタスとして認知され続ければ表向きの友好は築けるだろうが、そうなれば彼もまた俺に本心を見せることは二度とないだろう。
我ながら、なんと欲深いのだろう。相手が心の底から自分を嫌っていると知っていながら昔のように肩を並べて歩いていた頃に戻りたい、なんて。
終わりの見えない思考から抜け出せない。夜でさえ、いつかは明けて朝になるのに俺は希望の一筋さえ見出せない。
一人になりたい。どうせ横になっていても眠れないし、こうして色々と考えてしまうのだから何処に行ったって関係ない。
ベッドから降りて部屋の奥へと移動する。部屋の奥にはバルコニーへと繋がるガラス張りの扉がある。
透化の魔法で身体を半透明にした後、扉をすり抜けてバルコニーへ。
夜の空気は意外と肌寒く、何か羽織る物を持ってくるべきだったと後悔したが部屋に戻る気にはなれなかった。
「……やはり、お前も起きてきたか」
(おや、もう気付かれてしまいましたか)
半ば予想通り半ば残念とばかりの声の主は潔く姿を表し、バルコニーの柵に腕を置いて空を見上げた。




