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415話_真夜中の宴<パジャマパーティー>《上》

アンドレアスが指を鳴らしたのを合図に雪崩れ込むように使用人達が部屋へと押し寄せ、何やら家具を移動させたり何かを運び込んだりと忙しそうに作業をしている。


(あの、陛下……これは一体?)


「む? 無論、真夜中の宴(パジャマパーティー)の準備だが?」


 こんな大掛かりな真夜中の宴(パジャマパーティー)など聞いた事もないが。


「えーっと、あれ? オレが可笑しいのかな? 真夜中の宴(パジャマパーティー)って、もっとこう、静かにと言うか、ひっそりと言うか。バレるバレないの緊張感を楽しむようなものじゃなかったっけ」


 リュウが想像しているのは学校の寮内で密かに行われていたものだろう。何にせよ、こちらもこちらで知識に偏りがあるようだ。

 

「ライ様」


「っ、ローウェンさん?!」


 使用人達に呆気に取られている間にローウェンが俺の傍に寄って来ていたらしい。俺としたことが、こんなに近距離にいるのに気付けなかったとは。


「夜分に騒々しくさせて申し訳ありません。それから我が王の我が儘にお付き合い下さり、感謝いたします」


「いえ、そんな大したことでは……あの、よく許可を出しましたね。明日のこともありますし、今ってお忙しいのでは……」


「はい、多忙の真っ只中です。ですが、前王様からの助力も頂けたお蔭で仕事は一通り片付きましたし。何より、今夜くらいは好きにさせてやるようにと前王様から命じられております」


 相変わらず我が子に甘い前王だな。まぁ、彼等の独断でないと分かっただけ良しとしよう。


「ここだけの話、陛下達が私達に内密で何かを計画していると使用人から報告があったことが、そもそもの始まりでして。それを前王様にお伝えしたところ、こうなってしまったというわけです」


「それは何というか、その……お疲れ様です。それで、あの、この使用人達は先ほどから一体何を?」


「今は寝具の移動、それから菓子を運び込んでいるところです。急遽用意したものなので式典の時と同じようなものをお出しすることは出来ませんが」


 いや、充分だよ。急遽用意したものとは思えないくらい、どれもこれも滅茶苦茶美味そうだよ。

 本当にこの部屋で真夜中の宴(パジャマパーティー)をするつもりらしい。しかも前王(ブラン)公認ときた。


「いくら王様の望みだからって、これは流石にやり過ぎなんじゃ……」


(ここまでくると真夜中の宴(パジャマパーティー)と言うより本格的なホームパーティーですね)


 使用人達の作業を眺めてから三十分ほど経過した頃には俺の為に用意された部屋はパーティー会場へと変わっていた。

 目の前には大人でも四、五人くらいなら纏めて寝られそうなほどの大きなベッド。ベッドの傍にある丸いテーブルにはハイティースタンドが置かれ、正方形に切られた一口大のケーキや色彩豊かなクッキー、マドレーヌ等、他にも見たことのない菓子が並んでいる。

 紅茶とフッカが入ったティーポットも用意されており、グレイの言う通り、これを真夜中の宴(パジャマパーティー)と言うには大層御立派過ぎる。

 しかし、だからといって折角の持て成しを無碍にするのは却って無礼に値する。アンドレアス達の顔を立てるなら、このまま流れに身を任せてしまうのも悪くない。

 何より、この菓子達を目の前にした時から俺の勘が告げている。〝これらの菓子は間違いなく全て美味い〟と。

 

(それって陛下の顔を立てると言うのは建前で本当は目の前のお菓子の魅力に抗えなかっただけなのでは?)


「うるさい」


 正論は言うだけで野暮だということを知らない奴は、これだから困る。グレイの場合、()()という線もあるが……いや、うん。此奴の場合、その線しか無いだろうな。


 それから深く考えることを止めた俺は、せめて平穏な夜が過ごせますようにと祈りながら真夜中の宴(パジャマパーティー)の開催を見守るのであった。


 ◇


 アンドレアスにより真夜中の宴(パジャマパーティー)の開催宣言が行われるとローウェンを含めた使用人達は足早に退場。廊下に何人かの警備兵を残し、各々の仕事に戻ったようだ。

 てっきり、このまま菓子を食べながら他愛のない話でもするのかと思いきや、部屋に残ったのが俺達だけになった途端、アンドレアスとアレクシスは緊張した面持ちで俺達と向かい合う。


「……色々と訊きたい事があるだろうけど先ずはライさん、僕達の我が儘を聞いてくれてありがとう」


 聞くも何も最初から拒否権は……あ、言うだけ野暮ですか、はい。まぁ、仮に拒否する権利を与えられていたとしても何だかんだで俺は彼等の要求を受け入れていたと思う。


「僕達が此処に来たのはライさんに話があったからなんだ。リュウさん達も一緒だったのには少し驚いたけど却って好都合だったよ」


(つまり俺達にも関係のある話という事でしょうか?)


「貴殿の言う通りだ。本来このような場で話すものでは無いのだが、ローウェン達の目がある場では話せないことなのでな」


 突然やって来て真夜中の宴(パジャマパーティー)をなんて妙だと思えば真の目的が別にあったらしい。しかしながら、いくら国王でも機密事項を外部に漏らすのは御法度なのでは。


「話をする前に確認したいのだが、ライ殿達は明日何が行われるかは知っているか?」


「いや、知らない。一度ローウェンさんに訊いてみたが〝自分の口からは話せない〟と言って何も教えてくれなかった」


 これはグレイもリュウも周知の事実。二人は俺の発言に嘘偽りが無いことを証明する証人の如く頷いている。


「では、先ずそこから説明しなければならないな。明日行われるのは〝聖剣の選定〟謂わば〝聖騎士(パラディン)継承の儀〟だ。我がフリードマン王家は代々王を守るための聖騎士団を設立するのが習わしで、先代である父上もレオン殿を中心とした聖騎士団を作った」


「聖騎士団は王が変わる度に再編されるのが通例で、聖騎士(パラディン)の選定は基本的に王の意思が優先されるんだ」


「それって誰を聖騎士(パラディン)にするかは王様が自由に決めて良いって事? 王様ってのは言うまでもなく二人のことだよな」


聖騎士(パラディン)継承が明日行われるということは誰を聖騎士(パラディン)にするのかは決まっているんですよね)


 この時点で俺は自分が置かれている状況を理解した。というか、伏線は既に張られていた。

 そう、あれは退院直後にアルステッドに会いに行った時だ。途中で乱入して来たアンドレアスが彼に言った言葉。


 ────昔、貴殿は約束してくれたではないか。我がライ殿を聖騎士(パラディン)に推薦する際は貴殿も賛同してくれると! ライ殿が領主になってしまっては推薦すら出来なくなるではないか!


 あの時は違和感を持ちながらも聞き流してしまっていたが、聞き流しておくべきではなかったと後悔したところで何もかもが手遅れ。

 グレイも状況を整理しながら同じことを思い出したようで「あぁ、あの時のは、そういう……」と納得したような顔をしている。


「あ、分かった! オレ達は、その聖剣の選定ってやつに招待されたってわけか。そこで二人を守る聖騎士(パラディン)を紹介したいと、そういう事だな」


「いや、貴殿等には我ら直属の聖騎士(パラディン)になってもらいたいのだ」


「なるほど、なるほど。オレらが聖騎士(パラディン)に…………ん?」


 俺達より一足遅く気付いたリュウがバグを起こした機械のように「え? は? え??」と言葉にも満たない単語を漏らしている。


「え、どういう事? 聖騎士(パラディン)って国に仕えてる騎士や傭兵がなるもんじゃないの?」


「その認識は決して間違いではないが、正しいとも言えないな。そもそも王家に定められた規律に聖騎士(パラディン)の選定に必要な条件は明記されていない」


 つまりは必ずしも騎士や傭兵がなるものではない、と。


聖騎士(パラディン)を選ぶ上で重要なのは王家がその人物を信頼できるかどうか。言ってしまえば全て僕等の匙加減ってところかな」


 王家の都合の良いように指名できる。相応の実力が備わっていることが前提にはなるが、王家に気に入らられば身分や立場をを問わず誰でも聖騎士(パラディン)に選ばれる可能性はあるという事だ。


「……ライやグレイが選ばれるのは分かるけどオレは明らかに人選ミスだろ。オレ、二人を守れるほど強くないよ」


「己の信念に従い、直向きに突き進む屈強な精神。我々が求めるのは能力や実力としての強さだけではない」


「そんなの、もっと自信無いんだけど……」


「む? 十二年もの間、ライ殿を救う為に奮闘していたと聞いたが?」


「それは当然だろ。だってライは大事な親友だから。生きてる可能性が少しでもあったから、それに縋っただけ。特別なことは何もしてない」


「口で言うのは簡単だが誰にでも出来ることでは無い。我が貴殿と同じ立場であったとして同じようなことが出来るとは断言できない。初めは抗っても段階的に成果が出なければどこかで諦めてしまうだろう。況してや十二年など、それだけ経っていれば自然とその者の死を疑う。例え、その確たる証拠が無かったとしてもだ。リュウ殿は最後まで諦めず打開策を考え、見事にライ殿を救い出してみせた。そんな貴殿に我は心から敬意を表する」


「オレ一人だったら、きっと諦めてた。皆がいたから最後まで希望を待てたんだ。だから凄いのはオレじゃなくて……」


(そこまで自分を卑下しなくても良いのでは?)


 あくまでも自分の力量ではないと言い張ろうとするリュウをグレイが言葉で制する。


(確かに切っ掛けは自分とは全く無関係な別の要因だったかも知れません。ですが、それを生かすか殺すかは貴方次第です。貴方は用意された数少ない手札から見事勝利を勝ち取った。俺達は、その手助けをしたに過ぎません。陛下も、そういう貴方の精神に惹かれたのではないでしょうか)


 同意するように頷くアンドレアスとアレクシスをリュウは惚けた顔で見つめては照臭そうに笑った。


「と、このまま立ち話をしていては折角用意した紅茶が冷めてしまうな。椅子も人数分用意しているから好きな場所に座ると良い。紅茶は我が全員分淹れよう」


(陛下にやらせる訳には……そのような雑用は俺がしますから陛下こそ席にお座り下さい)


「貴殿等は我等が招いた客人。その客人を持て成す役目は使用人にだって譲りはしない」


 我先にとアンドレアスがティーポットに手を伸ばし、アレクシスはテーブルにカップを並べ、適量に菓子を分けていく。あまりの手際の良さに俺達が出る幕は無い。


「いくら王族だからって何でもかんでも使用人に任せている訳じゃない。他所はどうか知らないけど、少なくともフリードマン家では自分の身の回りのことくらいは自分でするよ」


「うむ、菓子や紅茶を作ることは出来なくても茶を淹れたり皿を並べたりするくらいのことなら我でも出来る!」


 親の家事を手伝う子どものような得意げな顔に俺はグレイと顔を見合わせて苦笑いする。俺もグレイも今の言葉に対し、称賛すべきか判断に困っているのだ。


「王族って基本何でも使用人任せ?」


「うーん、その家によりけりかな。でも、僕等が知る限りでは国事が関わるものでもなければ殆ど使用人頼りの家が多いね。特に家事とか」


 日々の清掃や料理も使用人に課せられる仕事の一つ。家事に賃金を与えるなんて庶民からすれば考えられないことだろうが、庶民には真似できない王族の怠慢のお蔭で生活できるだけのお金を稼げている者がいるのもまた事実。アンドレアス達の場合そうした世情を理解した上で敢えてやらせているようにも見えるが。


「まぁ、堅苦しい話は一旦置いておくとして。せっかく美味い茶と菓子が揃っているのだ。楽しい話をしようではないか」


「楽しい話……?」


 このメンバーで今更何を話せと言うのか。今後の国交や国防の事について……それらを議題にして話せなくはないが〝楽しい話〟ではないな。


「はい、はい、はい! オレ、知ってるぜ! こういう時って、お互いの好きな人を打ち明けたりするんだろ」


 だから、お前は何処でそんな知恵を付けてくるんだ。


(リュウ、貴方それ意味分かって言ってます?)


「? 当たり前だろ」


 何が言いたいんだと言わんばかりのキョトン顔にグレイは頭を抱えている。

 得たばかりの知識をひけらかす子どものような反応。先の提案を恋愛的な意味と理解した上で発言したものでないことは明らかだ。

 彼らにとってもリュウの提案は思いもよらないものだったのだろう。アレクシスは困惑し、アンドレアスは顔を真っ赤にして硬直している。


「リュ、リュウ殿、そういうのは己の胸に留めておくからこそ意味があるのであってだな……! いくら我等が知った仲とはいえ軽率に口に出して良いものでは無いと思うのだが」


「え、そういうもん? 好きなものは好きって素直に言った方がオレは良いと思うけどなぁ」


「……今のは兄さんにとって耳が痛い言葉だね」


「ど、どういう意味だ、アレクシス! 我は、別に……っ、」


 前々から何となく察してはいたが、アンドレアスには想い人がいる。相手は疑うまでもなくカリンだろう。一度は婚約した間柄であっても彼の中で()()()()()()()()があるのかも知れない。


「そ、そういうアレクシスだってカトラ嬢とは上手くやっているのか?!」


「上手くやるも何もカトラさんには既に婚約者がいるじゃないか」


「何っ?! しかし彼女はお前に気があると……」


「確かに彼女を婚約者にって話は過去にあったけど結局他に懇意にしている人が出来たとかで向こうから取り下げてきたんだよ、って……何で兄さんが知らないの」


 今の彼等の話を聞きながら俺は思った。俺達があれこれ話すより二人から王族や貴族の恋愛事情を聞いた方が盛り上がるのではないだろうか、と。

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