414話_夜は、まだ終わらない
大の大人が三人(と一匹?)も揃っておきながら脱衣所で騒いでいたから何とも稚拙な理由で使用人の中でも高位である執事のローウェンまで呼び出しを食らう事態にまでなろうとは誰が予想できただろうか。
先に言っておくと騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれた使用人達は何も悪くない。完全に俺達の自業自得である。城内で暴力沙汰になったとあれば警備の落ち度を指摘されかねない。彼等は、それを懸念したというわけだ。
使用人達から事情を聞いた彼等の上司でもあるローウェンが呆れ顔で登場した時は羞恥心と申し訳なさで一杯になった。
「誰が見ているから分からない場所だからこそ貴族として以前に一人の大人として相応しい振る舞いを心掛けるようお願い申し上げます」
全くもって、その通りである。他にも色々と言っていたが、この言葉に彼の言いたいことが全て集約されている。
正論の前では人間も精霊王も生ける屍も獣人も形無し。唯一、全くダメージを受けてないのはスカーレットである。
何なら俺達とローウェンの話が終わるまで暇そうにその辺りを散歩し、やることが無くなれば、まだ終わらないのか俺の服を引っ張ってきた。ローウェンが説教を早々に切り上げたのはスカーレットのお蔭と言っても過言ではない。
ローウェンから解放された俺達の身体は、すっかり冷えてしまっていた。かと言って、もう一度入り直そうという気になれるはずもなく、ゼノが「アホくさ」と真っ先に何処かへ去って行ったのを皮切りに俺達も部屋へ戻ることにした。
(これだから彼と関わるのは嫌なんですよ。お蔭で散々な目に遭いました)
そう言う割にはゼノの挑発に真っ先に乗っていた気がするが……って、指摘するだけ野暮か。
「なぁ、獣人ってアレが標準だったりするのかな? だとしたら、相当デ……あ、いやいや、ふ、普通。そう、普通だな」
お前もお前で一体何に対抗心を燃やしているんだ。……まぁ、あれは確かに色々な意味で衝撃だったけれども。
(知りませんよ、そんなの……というか、思い出させないで下さい。一秒でも早く、あの忌々しい光景を記憶から抹消したいので)
顰め面のグレイが、いつもより低い声質で一蹴する。先程のことが、よほど堪えたのだろう。
(ライ、ツカレ、テル? オフロ、ノ、セイ?)
「お風呂のせいじゃない。それよりスカーレット、俺達のせいでゆっくり出来なくて悪かったな」
(ユックリ? スカーレット、タノシ、カッタ! マタ、オフロ、ハイル!)
スカーレットが楽しめたと言うのならそれで良いかと思えるほどに素直な反応だ。色々あったが、後は部屋に戻って寝るだけだ。明日は明日で何かあるのは確実だし、今日は早めに寝ておいた方が良いだろう……と、思っていたのに。
「だから何でお前達は自分の部屋に戻らないんだ」
何故か、また俺の部屋に全員が集まる形となった。グレイならまだ分からなくもないが、何故リュウまで……
「え? こういう皆でお泊まりする時って夜は一人の部屋に集まって夜通し語り合ったりするもんじゃないの?」
誰だ、リュウに要らん知識を与えた奴は。
(俺は護衛です。此処にはゼノもいますし、貴方に万が一のことがあったらいけませんから)
「……本音は?」
(今一人で部屋に戻ったら、あの男への殺意と汚らわしいアレの残像で気が狂いそうなので何とかして気を紛らわせたいです。寝床は床でもソファでも構いませんので俺の心の安寧の為にもこの部屋に滞在することを、どうかお許しいただきたく……!)
「それならリュウとグレイが同じ部屋で寝泊まりした方が良いんじゃないか?」
目的や理由は違えど、利害は一致しそうだし。というか、この会話、ゼノに聞かれたりしてないだろうな。今回はグレイも結界を張っていないようだし、今度は俺が結界を張っておくか。
「グレイがそれで良いならオレは構わねぇけど結論を出す前に一つ教えてくれ。あのゼノって奴は、お前等にとって何なんだ?」
やはり訊いてきたか。いや、本当はずっと前から知りたくてタイミングを窺っていたのかも知れない。
「昔の仲間だ。ただグレイや他の奴等みたいに良好な関係を築けるかと言われたら難しいけどな」
「どうして?」
「……それは、」
(裏切り者だからですよ。ゼノは俺達を裏切り、敵に寝返った。その結果、魔王軍は壊滅。魔王様も命を落としました)
リュウの顔に影が落ちる。この先を聞くべきかどうか迷っているように思えた。
「聞いて楽しい話でないことは今ので理解したはずだ。それでも聞くか?」
「……あぁ、聞く。お前やグレイには辛いことを思い出させちまうけど、それでもオレは知りたい。部外者だとか、そんなことアイツには言わせねぇ」
大浴場でゼノに言われたことをリュウが気にしているのは何となく察してはいた。察していたのに、何もしてやれなかった。
俺はリュウを部外者だと思ったことは無い。確かに彼は魔王軍ではなかったが、今は大事な仲間だ。
ただ巻き込みたくないという意味で彼を遠ざけようとしていたのも事実で、その考え自体が部外者という定義に属すると言うのなら俺もゼノと同類だ。
俺はリュウに俺が把握している範囲でのゼノの情報と魔王軍との関係、そして今の状況を全て話した。
魔王軍は勇者が魔王を討ち取ったことで壊滅したという認識だったリュウにとって魔王軍に所属していたゼノの裏切りは衝撃的事実だったようだ。
「……とりあえず今の状況がヤバいって事は分かった」
脱力したように椅子に座ったかと思えば大きく息を吐き出しながらリュウは項垂れた。
魔王軍の裏切り者が俺達と同じように前世の記憶を持ったまま転生し、しかも今は目と鼻の先にいるのだから話を聞き終えた直後の反応や第一声としては妥当である。
「それで? 何か対策は考えてるのか?」
「特には何も。強いて言うならゼノに悟られるまで嘘を吐き続ける」
「……身も蓋もないな」
返す言葉も無い。
「今はバレてないってだけで今後もそうとは限らねぇんだろ? だったら洗脳するとか記憶をいじるとか、何かしら先に手を打っておいた方が良いんじゃないか?」
(相手が彼でなければ、そうした手段を取っていたでしょうね)
「……いけ好かない犬っころくらいにしか思わなかったけど、そんなに強ぇの? ライよりも?」
(さすがに魔王様には敵いませんよ。実際に昔、彼が魔王様に勝負を挑んでいるところを何度も見ましたが勝ったことは一度もありません)
最初から物理や魔法を使った勝負で方を付けられるなら、ここまで慎重になって事は進めない。俺達が何より厄介視しているのは彼が持つ超直感だ。
獣人の中でも特殊個体とされる魔狼特有の特性の一つである超直感は自分に向けられた攻撃や危険も感知できる。
(それと残念ながら特性の関係上、ゼノに洗脳系の魔法は通用しません。ただ、その者の本性や発言の真偽までは判別できないようなので現時点では魔法を使わない古典的な方法で欺くのが一番有効なんですよ)
「でも、その方法がいつまでも通用するってわけでも無いんだろ?」
「……この際だから言っておくが、正直俺はゼノに正体がバレても良いと思ってる」
(魔王様、それは……)
「まぁ、最後まで聞け。グレイには言ったがバレたらバレたで俺がどう動くかはゼノ次第だ。彼奴が俺を殺したいと言うのなら戦うし、共存を望むと言うならその意に添うのも吝かではない。ただバレるにしろ打ち明けるにしろ今は間が悪い」
俺達は今、魔激乱舞に出場する為に色々と手続きや準備をしている。もし俺が魔王であることがバレたら妨害されかねない。
(確かに実力を知っているからこそ貴方が魔王だと分かればゼノはあらゆる手を使って貴方を出場させないようにするでしょうね)
「どうせ嘘を吐いた時点で全てが破綻している。なら、せめて種明かしをするタイミングくらいは選びたい」
(……それが、魔激乱舞だと)
頷くとグレイが真面目な硬い表情で俺を見る。彼が言わんとすることは分かる。元々はゼノがグレイに持ち出してきた勝負。それを横取りしようと言うのだから。
(それは魔王様自らの手で彼に鉄槌を下すと、そういう事ですか?)
「そんな大層なものじゃない。それに前にも言ったはずだ。俺はゼノを恨んじゃいない、と。ただ知りたいんだ。彼奴の本心を」
(本心なんて、もう分かりきっているでしょ)
「それはお前や俺が考える範疇で決め付けているだけであって本人から聞いたものじゃない」
俺は知りたい。食事の時に一瞬だけ見せた、あの表情の真意を。
「お前には悪いと思ってる。でも、これだけは俺が自分で確かめたい。……頼む、グレイ」
(……………………はぁ、)
長い無言からの短い溜め息。洗いたての頭を乱暴に掻いたグレイは呆れた目で俺を見て、また溜め息を吐いた。
(勝利条件は魔激乱舞での優勝。つまりゼノの相手をするのは別に俺でなくても良いんです。それに元々、彼との直接対決は貴方に譲るつもりでした。ですから、謝罪は不要です)
「え、じゃあ何で」
そんな心の底から呆れたような反応を……?
(俺が呆れているのは貴方が未だにゼノを信じようしている事に、です。何度も言いますが、彼は俺達を裏切ったんですよ? そこにどんな理由があろうとも酌量の余地は無いと俺は思っています。……もしかしてゼノと何かあったんですか?)
「お前が心配するようなことは何も無い。ただ少し昔話をしただけだ。お前も、よく知っている昔話を。そこで確かめなきゃいけないことが出来た。同姓同名のライ・サナタスとしてじゃなく、魔王のライ・サナタスとして」
(……事情は大体分かりました。とにかく今は明日のことを考えましょう。魔激乱舞まで貴方の正体を隠し通すにしても明日を乗り切らなければ話になりません。まぁ、それ以前に魔激乱舞に出られるかどうかも分からないんですがね)
決して納得しているわけではない。それでも俺の要望に応えようとしてくれている。
いつだって、そうだ。グレイは例え自分が納得していなかったとしても、それが間違いだと断定できない限りは協力してくれる。
ゼノを許すことは出来なくても俺が彼との会話で感じた違和感が勘違いではないと信じてくれているからこそ今回もグレイは俺の願いを聞き入れてくれたのだ。
「ありがとう、グレイ」
お前には、いつも助けられてばかりだ。
(……俺に少しでも恩を感じて下さっているというなら結果で示して下さい。貴方を信じた俺が愚かではなかったと貴方自身の手で証明してみせて下さい)
「あぁ、必ず証明しよう」
それが、お前の信頼に応えられる最善の手段であるならば。
────コン、コン。
扉がノックされた音が聞こえて反射的に身構える。ゼノが俺達の居場所を嗅ぎ付けて踏み込んで来たのかと思ったからだ。
「……ライ殿、我だ。もし居るなら部屋に入れてくれると有り難いのだが」
今の声は……聞き間違いでなければアンドレアスだ。一国の王となって間もない彼が何故この部屋に?
理由を考えるよりも先に俺は部屋の出入り口まで駆け寄り、扉を開けていた。
扉を開けた先にいたのは、やはりアンドレアスとアレクシス。恐らく歴代初の二人組の王が今目の前にいる。城内とはいえ、護衛を一人も付けずに。
その場で跪き、王への敬意を示そうとした俺をアンドレアスが止める。
「今は公的な場ではないから楽にしてくれて良い。突然の訪問ですまない。漸く、こちらの仕事が一段落したのでな。ライ殿のところに顔を出そうと思ったのだ」
「俺た……いえ、態々このような場所まで陛下に御足労頂けるなんて恐縮です」
「……ライ殿」
アンドレアスの目尻が下がり、心なしか声にも覇気がない。
……頼むから、そんな捨てられた子犬みたいな顔で俺を見ないでくれ。誰の目があるか分からない以上、立場を弁えた振る舞いは必要不可欠なんだ。
「ライ伯爵、貴方にお話ししたい事があります。入室の許可を頂けますか?」
「勿論です、陛下。どうぞ、お入り下さい」
アレクシスの機転を利かせてくれたお蔭で部屋に入ってもらう事が出来た。
(改めて両陛下、この度は御即位おめでとうございます)
「ありがとうございます」
「ありがとう、グレイ殿。正直なところ、まだ実感はあまり無いのだがな」
「あははっ、なんか二人が陛下って呼ばれるのって変な感じだな。オレの中じゃ王子呼びが定着しちゃってるからさ」
(リュウ、陛下の御前ですよ)
「構わない。むしろ、そのくらい気楽に話してくれた方がこちらも肩を張らなくて良いから助かる。あぁ、本当に。実に、心から、そう思う」
アンドレアスからの視線の圧が凄い。リュウも一応立場上は王様なのだからまだ許されるとしても位の低い貴族の俺に同じものを求めるのは違う気がする。
「それで陛下、一体何の御用で……って、聞いてますか、陛下?」
穴が空きそうなくらい俺を凝視していたアンドレアスが今度は、そっぽを向いている。
困ったように笑うアレクシスが俺の近くに来て耳元で囁いた。
「恐らく兄さんは陛下ではなく名前で呼んで欲しいんだと思います」
「え?」
さっき陛下呼びした時は何も言ってなかったのに?
「ライさんは兄さんの御友人なんですよね。正式な場では兎も角こうした個人的な謁見の場でも同じ振る舞いというのは、その、どうかなと」
確かに昔アンドレアスのことを友人だと言った記憶はあるが……
「ライは昔から色々ややこしく考え過ぎなんだよ。アンドレアス達が良いって言ってんだから名前くらい呼んでやれよ」
「逆に何でお前はそんなに軽いんだ」
「オレも二人の友達で、その友達からの頼みだからだよ。でも、ちゃんと公私は分けるぜ。敬称も敬語も使うべきときに使えば良いって」
本当に良いのか、それで。そんなに緩くて大丈夫なのか、王族として。
「あ、あの、もしかして迷惑でした? 僕も兄さんもライさんと仲良くなれてたと思っていたのですが……僕達の勘違いだったようですね」
「え゛」
何故、そうなる? ってか、え? もしかしなくても俺が悪い? 俺が悪いの?
リュウとグレイが「空気読めよ」と言わんばかりの冷たい視線を送ってくる。この場に俺の味方はいない。
…………あー、もう考えるのも面倒だ。もう、なるようになれ!
「……分かった。二人がそれで構わないと思ってくれる内は、お言葉に甘えさせてもらう。それで良いんだな、アレクシスそれからアンドレアス」
「! ……うむ!」
「っ、はい!」
平民と同等の扱いをされているというのに喜ぶなんて本当に彼等は変わった王族だ。まぁ、彼等が王族らしくないのは今更か。
(アレ……アレク! アン……アンドレ!)
「む、スカーレット殿も我等の名を呼んでくれるのか」
「嬉しいなぁ。僕、スライムに名前を呼ばれたのは生まれて初めてだよ」
スカーレットも俺を真似してアンドレアス達の名前を呼ぶ。嬉しそうに微笑みながら片膝をついた姿勢でスカーレットの相手をする二人を見ていると先ほどまで色々と悩んでいた自分が阿呆らしく思えてきた。
「ところで二人は何故、此処に?」
思い出したように話題を振ると二人も当初の目的を思い出したような顔をして立ち上がる。
「愚問だな、ライ殿。就寝前の友人が滞在している部屋を訪れる理由など一つしかないではないか」
得意げに笑うアンドレアス達とは対照的に俺達は思い当たるものが無いと首を傾げる。
「実は使用人達から興味深い話を聞いてな。彼女達は夜な夜な寝巻き姿で一つの部屋に集まって菓子を食したり談笑したりする習わしがあるらしい。そこで我々も、その慣わしに肖らせてもらおうと思ってな」
夜中に寝巻きで部屋に集まって談笑……それって、まさか……
「客人は揃った。というわけで始めようではないか────〝真夜中の宴〟を!」




