410話_二人きりの食事
肉の塊に齧り付く様は、どんなに言い繕っても貴族らしからぬ振る舞いだが、それでもテーブルクロスや服に肉の油染みや汚れが全く見当たらないことから豪快な食べっぷりの割には丁寧に食しているのだと分かる。
「はっひふひひゃは、ふぁい」
ひらりと手を振りながら骨付き肉を貪る姿は、まさに狼。
「……食べるか喋るか、どっちかにしたらどうだ?」
呆れ半分で言うとゼノは「ほれもほやな」と言って無言で肉を食い始めた。食べるか喋るかの二者択一で彼は前者を選んだようだ。
肉が好物なのも、好物を食べている時に耳がピコピコと忙しなく動く癖も昔のままだ。よくよく観察していると狼じゃなくて大好物を前に待てが出来なかった犬に見えてくる。
もはや料理というより焼いて調味料で軽く味を付けただけの肉がゼノの前に並んでいるのを見て、まさか俺にも同じものが出されるのではと警戒したが目の前に置かれた前菜やスープ等のを皿に安堵する。あの肉料理はゼノの為に用意された特別な献立なのかも知れない。
食堂にいるのは使用人を除いて俺とゼノだけ。この城に宿泊する貴族は俺達だけなのだろうか。
頑張って両手を広げても端から端に届かない長いテーブルに二人だけというのも何だか味気ない。これならグレイやリュウと同じ部屋で食べても良かったのでは。
前菜とスープを完食した後は魚料理と肉料理。それぞれの量を合わせても俺が普段食べている食事一食分よりも少ないから平らげるのは苦ではない。
視線を感じて顔を上げると今度はゼノが俺を観察していた。
「ライって、もしかして少食なん?」
「人並みだと思うが……どうして、そんなこと訊くんだ?」
「だって明らかに量少ないんやもん。僕、此処で何度かニンゲンが飯食うとるの見たことあるけど皆ごっつう食うとったで。せやから、あんなにブクブク脂肪が付いて食べ頃の豚みたいに丸々なるんや。ま、いくら僕が肉好き言うても、あんな見るからに美味そうやない肉は頼まれたって食わへんけど」
確かに量に関して何も思わないわけではないが、それでも俺は満足している。というか、ただ出されたものを食べているだけなのだが……まさか、これらの献立は全て俺の要望だと思っているのだろうか。
「そういやグレイの奴、僕のこと怒っとった?」
「いや、そんな風には見えなかったが。何か怒らせるようなことを言ったのか?」
ゼノは力なく笑うだけで俺の質問に答えない。
「……ライはグレイのこと、どこまで知っとるん?」
どこまでとは、これまた曖昧な質問だな。
「ある程度のことは知っているつもりだ」
「へぇ……じゃあ、グレイが昔は別の主に仕えとったって事も?」
ゼノは、また笑っていた。今度は、これから始まる楽しいことを今か今かと待っている子どものような笑みで。
「グレイにはな、大事な大事な主がおったんや。けど、ある事情で主と離れ離れになってしもた。グレイは今でも、その主のことを想っとる」
「……何が言いたい?」
「あ、大した意味は無いねん。ただグレイにとっては昔の主の代わりに過ぎないんやろな思うて」
あぁ、なるほど。今ので理解した。
俺が彼等の前世とは無関係だと思っているゼノは揺さぶりをかけようとしている。前世の断片を話すことでグレイが本当に忠誠を誓っているのは俺ではないのだと伝えて、絶望させようとしているのだ。
無論、俺には前世の記憶があるからグレイの前の主が自分であることは分かっているし、はっきり言って動揺する要素は無い。
「それの何が問題なんだ?」
「……おん?」
思っていた反応と違ったものだから驚いたのだろう。にしても、何とも癖のある反応だ。
「え、ライはそれでええの? グレイは、お前を通じて別の奴を見とるんやで?」
「別に構わない。それに主従関係を結んでいるからって心まで縛って良いという理屈にはならないだろ」
「ほんま変わっとんな、お前」
「俺は事実を言ったまでだ」
「……せやな。ニンゲンが皆ライみたいな奴やったら少しは僕もニンゲンに寄り添えとったかも知れん」
視線は俺に向いているはずなのに、もっと遠くを見つめているような目でゼノは言った。
「人間が嫌いなのか?」
「あぁ、大っ嫌いや。僕ら獣人からすれば好きになる理由を見つける方が難しいわ。僕が先代を受け継いで貴族になるかならんかっちゅう時も、それはそれは揉めたんやで。ちぃとばなし実力を見したったら大人しゅうなったけどな」
この世界では分からないが、ゼノは元々奴隷だった。俺が奴隷市場を占拠したことで解放され、本人の強い希望で魔王軍に加えることになった。
その頃からゼノは既に人間に対する強い怨嗟を抱いていた。魔王軍に加入する前の彼の環境を鑑みれば、そうなるのは必然だ。この世界でも、その気持ちに揺らぎはないらしい。
「けど、なにもニンゲン全てを嫌っとるわけやない。僕を虐げたのもニンゲンやけど、拾って世話してくれたんもニンゲンや。ババァに拾われとらんかったら今の生活も地位も手手に入れられへんかった」
「……ババァ?」
「ヘレン・マキシス。奴隷商から運良く脱走した僕を拾った変わり者や。見た目はヨボヨボの皺くちゃババァやったけど信じられんくらい強かった。もう亡くなってしもたけどな」
ヘレン・マキシス。知らない名前だな。グレイなら何か知ってるかも知れない。後で訊いてみるか。
「って、僕ばっかり話しとるやん。そろそろライのことも教えてぇな」
自分から話し始めたことなのにゼノは俺も何か話せと無茶振りをしてきた。
「急に言われても……何が知りたい?」
「んー、そやなぁ。ほな、手始めに冒険者ランクでも訊いとこか」
「……すまない。俺はランク付けをしていないから冒険者ランクは分からないんだ」
「へ、そうなん? このご時世にランク付けしとらんなんて珍しなぁ。何か、理由でもあるん?」
「十二年前の魔王襲撃で俺は死んだことになっていたから生存が発覚するまでの間にギルド登録の保有期間が過ぎて強制的に消滅してしまったんだ」
「死ん……え、もしかして、あんま聞かん方がええ話?」
ゼノは俺が十二年前の魔王討伐に関わっていたことを知らないらしい。どうやら他国にとって俺はアランの栄光の御零れを貰った幸運者としてすら知られていない無名者のようだ。
「一応、名目上は勇者と一緒に魔王を倒した英雄ということになっている。と言っても、そんな称号は有って無いようなものだけどな」
「勇者に手柄取られて勝手に死んだ事にされた挙句、生きてたと分かってもそんな適当な扱いなん? 同じ英雄やのに、えらい違いやな」
「命を賭けたという唯一の美点が、生きていたことで形無しになったからだろうな。それと生存の事実が分かるまでに時間がかかり過ぎたというのも要因の一つだろう」
生きていたのなら何故十二年も姿を現さなかったのか。実は戦いに行ったと見せかけて事が終わるまで何処かに隠れていたのではないか。何も事情を知らなければ、そう邪推されても致し方ない。
「自分、冷静やなぁ。僕なら、そんだけ屈辱的な扱い受けとったら全員捩じ伏せたるけど」
「俺は別に英雄になりたいわけじゃない。手柄とか、どうでも良いんだ。実際、魔王を倒したのは勇者だしな」
まぁ、何も知らない連中に好き勝手言われるのは正直なところ煩わしいと思うことはあるが、直接的に何かされるわけではないから基本的に放っておくことにしている。下手に暴力沙汰を起こしては事実無根といえど悪評は一気に広まって余計面倒なことになる。
「さっきの質問の答えになるかは分からないが、まだランク付けしていないというだけで再登録さえすればランク付けはしてもらえる。というか、明後日にはする予定だ」
「じゃあ、ランクが分かったら教えてや。それまで僕のランクも秘密にしとくさかい。僕だけ教えてもうても、つまらんやろ?」
ゼノは今にも口笛を吹きそうなどの爽やかな笑みを向けながら立てた人差し指を口に添える。秘密だ何だと言っても昔の彼を知る立場からすれば大体の予想は付く。
恐らくゼノの冒険者ランクはSだ。とはいえ、グレイでさえAランクなのだからAの可能性も捨て切れないが。何にせよ、このどちらかのランクで間違いはないだろう。
「ランクといえば、グレイのは知っとる?」
「今はA+++++だと聞いたが」
「は、A+++++? ……それ本人から聞いたんか?」
「あぁ」
ランクを偽ったところで無意味なことくらいゼノも分かっているはず。ただ彼が知る範囲でのグレイの実力と与えられたランクとの整合性が取れない故に納得できないのだろう。
「へ、へぇ。グレイも、それなりには頑張っとるんようやな」
低ランク始まりの冒険者でも実績を積んでいけばAランクまで上がる可能性は充分にあるとグレイは言っていた。元々の実力ではなく、あくまで努力で這い上がった結果なのだと自分なりに納得する答えを見つけたといったところか。
「Aランクまで上り詰めるとなると、やはり一筋縄ではいかないものなのか?」
「そら、そうや。実力を認められんことにはランクも上がらへん。余程のことやらかさん限り、真面目に依頼をこなしとけば、弱い奴でもBまでは上がっていける。けどな、Aランクまでいくとなれば、そう簡単にはいかへん。ランク対象の依頼の難易度も今までのBランク以下とは比べもんにならんくらい跳ね上がるからな。実際、Bランク以下の冒険者よりAランク冒険者の方が死亡率高いんやで。Sよりは多いとはいえAランクの層がやたら薄いんは、そのせいや。何ならAランクになれるだけの実力があるのに、あえてBランク止まりの奴もおるしな」
「そんなことが出来るのか?」
「あぁ、出来るで。しかもランク上げるより簡単や。何たって手を抜けばええだけなんやから」
本当の実力を隠してまでBランクに留まりたいと考える奴等もいるのか。実力主義の根底を覆しかねない話だが、それほどAランク冒険者に課される負担は大きいという事か。
「まぁ、Aランクの奴が少ないからって特に困ることは無いんやけどな。緊急依頼で召集かけられる冒険者はBランク以上やから人手不足っちゅうわけでもあらへんし。つか、その程度でビビって足踏みしとるような雑魚がAランクになったところで使いもんにならんのは目に見えとる。そいつらが依頼を失敗した時の尻拭いは僕達がせなあかん。そういう意味では今のままでいてもろた方が助かるっちゅうもんや」
今の発言でゼノのランクがA以上であることが確定した。尚、本人は自らヒントを与えたことに気付いていない様子。
俺もゼノも一通り食事を終えたところで食後のデザートが運ばれてきた。目の前に置かれた皿には彩り豊かな果実が盛り付けられた円形の焼き菓子。ゼノの前に置かれた皿にも同じ物が乗っているかと思いきや、よく見ると盛り付けられているのは果実ではなく肉。それはデザート……なのか?
「おおっ、美味そうやな」
焼き菓子には複数の切り目が入っている。ナイフとフォークを使って更に切り分けて食べるも良し、少々無作法だが手に取って食べるも良し。俺は前者を選び、ゼノは後者を選んだ。
土台の生地は程よく硬くて柔らかく、果実は肉質のある水々しい食感で一口食べただけで幸福感に満たされる。サラから貰った菓子といい、この焼き菓子といい、今日はスイーツの豊作日だ。
「…………」
ゼノが食べる手を止めて俺の菓子を食い入るように見ている。……まさか食べたいのか?
「一切れ、食べてみるか?」
「! ……ええの?」
取りやすいように皿をゼノの方に少しだけ近付ける。好きなのを取れと目で合図するとゼノは一番近くにあったものをフォークで刺した。
フォークが突き刺さったままの状態で持ち上げられた焼き菓子をゼノが一口齧る。
「っ、美味?! これ、めっちゃ美味いやん!」
そうだろそうだろと、まるで自分が作ったかのように同意する。この焼き菓子の美味さを共有できることが素直に嬉しい。グレイやリュウは、ここまで分かり易く反応してくれないからな。そもそも俺と彼らでは味の好みが違う。
「この城の料理人は素晴らしい技量を持っているな。専属の料理人として俺が雇いたいくらいだ」
「この城で暮らしとる王様は幸せ者やなぁ。こんな美味いもんを毎日食べられるんやから。あ、ライ。僕のもやろか?」
「いや、それは要らな…………では、一切れだけ貰おう」
用意されていた献立は全てを完食。城での初めての晩餐は至福にも似た充実感の中で幕を閉じた。




