409話_無自覚な男
俺達の部屋を訪れた使用人に「お食事の用意が出来ました」と告げられて部屋を出た俺達は未だ熟睡中のリュウを起こした後、使用人に食堂までの案内を頼んだ。
案内してもらっている間に使用人から説明を受けたことで、いくつか分かったことがある。
食堂内には複数の部屋があって貴族、従者と客人で部屋が分けられている。更に貴族は爵位ごとに座る席も決まっているようで使用人が席まで案内することになっているらしい。
「え、じゃあオレ達はライと一緒に飯食えないってこと?」
「も、申し訳ありません。……そういう決まりですので」
使用人の心苦しそうな顔にリュウは何と言ったら良いのか分からない複雑な表情をしている。一時期の付き合いとはいえ食事前に気不味い空気なのは頂けない。
「決まりなら仕方ないですね。ちなみに食事は皆、同じ献立なのでしょうか?」
「は、はい。皆様に提供される料理は同じものです。特定の食物アレルギーをお持ちの方は申告して頂ければ料理を変更することも可能です」
使用人の表情が少し和らいだのを見て俺はリュウへと視線を向ける。
「だってさ、リュウ。良かったな。ここの料理、一番楽しみにしてたもんな」
「その言い方だとオレがを食い意地を張ってる奴みたいに思われるだろうが。まぁ、楽しみにしてるのは事実だけど」
「フフッ、この城のお料理は貴族の方からも好評なんですよ」
(それは楽しみですね)
「……今更な疑問なんだけどさ、グレイって味とかも分かるの?」
(一応、味覚はありますよ。食べたところで栄養にはなりませんが、どうせ食べるなら美味しい方が良いじゃないですか)
生ける屍のグレイは本来であれば人間としての機能が殆ど失われている。彼は、それらの機能を魔法で一時的に復活させているだけに過ぎない。
魔法の効果が無くなればグレイは睡眠も食事も不要な生ける屍と同じ体質になる。ただ通常個体と違って肉体が生ける屍寄りになっても理性を失うことはないらしい。
「あの、ライ様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
使用人も緊張が解れてきたのか自分から声をかけてくるようになった。グレイとリュウの別人を見るような視線が気にならんでもないが、あえて知らん振りをして俺は使用人との会話を続ける。
「ライ様は勇者様の御友人なのですか?」
「友人というか幼馴染なんですよ、俺達」
「まぁ、通りで! 前の式典でアラン様がライ様と楽しそうにお話している姿をお見かけしたもので」
少し前に参加したアランの功績を讃える式典の場に彼女もいたのだろうか。
「実は式典の当日、私は式典開始時に控え室で休まれているアラン様にお声掛けする任を授かっていたのですが、その時のアラン様のご様子が、その……何だかピリピリしていて。あ、いえ、きっとお勤めを終えたばかりで、お疲れだったのでしょう。ですが、ライ様とお話をされていたアラン様は本当に嬉しそうで、こう言っては何ですが貴族の御令嬢様方と踊られている時よりも生き生きとされておりました」
さすがに言い回しが大袈裟すぎる気がするが、少なくとも彼女にはそう見えたのだろうと割り切って何も言及しない事にする。
アランが自分の立ち位置について思い悩んでいるのは知っているし、その原因を作ったのが俺であるという自覚もある。
魔王殺しの英雄という称号を俺が託さなければアランは自由気ままに過ごせていたのだろうが、あの状況的に俺が表に出ることは出来なかったわけで、しかも十二年も経った後で実際に魔王を倒したのは俺だと言ったところで誰が信じよう。信じてもらえたとしても、その時はアランに嘘吐きという汚点が付いてしまうから、それはそれで困るのだが。
「アランが、この城を訪れることはあるんですか?」
「国から受けた依頼の報告の為だとかで、よくお見かけしますよ。十二年前の件でアラン様は他国でも有名になられて依頼が絶えないのです」
(勇者とはいえ人間です。実力が認められているからとはいえ何でもかんでも彼一人に背負わせるのは如何なものかと)
「アンドレアス王もアレクシス王も勇者様が城を訪れる度に体調を気遣い、休息日を設けるよう進言しているのですが勇者様本人がそれを受け入れようとしないのです。世界で唯一の勇者になった以上、半端なことは出来ないと」
あの真面目馬鹿め、たった一人で誰でも彼でも救えるはずが無い。俺が魔王として世界を滅ぼそうと考えた時でさえ一人で成し遂げられるものだとは思っていなかったからグレイ達を頼ったというのに。
「勇者の依頼を他の冒険者が肩代わりする事って出来ねぇの?」
(そう簡単にはいかないでしょうね。国が依頼し、更には勇者を指名しているわけですから勇者に匹敵する或いはそれ以上の実力かつ知名度がある方でもなければ納得して頂けないでしょうね)
「だったら、ライが適任だろ」
「この国なら兎も角、他国ともなれば厳しい。あくまで俺は勇者に付き従った、ただのオマケだ。知名度も信頼も勇者とは比べものにもならない」
況してや俺は十二年間も行方知らずという事になっている。その間に実は直前になって勇者を置いて一人で逃げ出したとか根も葉もない悪評が広まっている場所もあるらしく、俺をよく思っていない国が一つや二つはあっても可笑しくない。
「前から思ってたけど、なんか不公平だよな。ライだって一杯貢献したのにアランばっか評価されて」
「でも、実際に魔王に止めを刺したのはアランだ。俺達が元々パーティーを組んでいたら多少は変わっていたんだろうがな。それに評価や価値っていうのは低すぎず高すぎず分相応であるべきだ。そういう意味では今くらいが俺には丁度良いんだよ」
それに良い意味でも悪い意味でも目立つのは、あまり好きじゃないしな。
「……ふぅん。オレだったら良い評価を貰えば貰うほど嬉しいって思うけどなぁ。学校の成績だって良い評価であればあるほど気分が上がるだろ」
(それほど単純な話ではないという事ですよ。評価されるということは、それだけ期待されているということです。結果を出している内はその期待は味方をしてくれますが、逆に結果を出さなければ期待は失望へと変わってしまいます。では失望されたら、どうなるか。称賛の声は誹謗や中傷に変わり、その者の精神を食い荒らします。強靭な精神をお持ちなら大した問題ではないのでしょうが、皆が皆そうとは限りません)
そういえば、たった一度の失態で皆の信頼を失い、華々しい地位からの一気に転落した英雄の話があったな。
「……オレには、よく分かんないや」
(それで良いんですよ。理解すればするほど不快でしかありませんから)
そんな話をしている間に食堂に着いたらしい。食堂へと通じる大きな扉は閉じられていて、扉の右横の壁には螺子巻きのようなものが突き刺さっている。
「あの、すみません。この扉の横にある物は?」
「それは空間を操作するための魔道具です。その螺子巻きを回すことで扉の奥の空間を変えることが出来るのです」
(空間操作の魔道具とは珍しいですね。これだけ小型であれば高難易の魔法を付与するのは大変難しいと聞きますが)
「へぇ、このちっこいのが魔道具……どう見ても誰かの悪戯で壁に埋め込まれた可哀想な螺子巻きにしか見えないけど」
螺子巻きを興味深そうに凝視しながらグレイ達は思いのままに感想を呟いている。
身分で食事をする部屋が分けられていると聞いた時は、てっきり壁のみで隔てられている程度だと思っていたが、ここまで徹底していたとは。
「今この扉は貴族様の従者やこちらがお招きした客人用の部屋へと繋がっています。なのでグレイ様とリュウ様は、このまま扉の奥へお進み下さい」
(俺達の意志で部屋からの退出は可能なのでしょうか?)
「はい、可能ですよ。この魔道具の効果が働くのはこの扉から入室する時のみ。向こう側からの干渉は受けないよう設定されておりますので閉じ込められる事はありません」
「オレ達とライが同時に出て来たらどうなるんだ? 部屋は二つあっても扉は一つなんだろ?」
「その場合は出入り口用の扉がもう一つ形成されます。役目を終えれば、その扉は自動的に消滅します」
便利だな。もし、量産できるなら俺の城にも一つ欲しい。
俺が密かに欲望を吐露している間に二人は扉の奥へ進もうとしていた。
「じゃあライ、また後でな」
「あぁ」
扉が閉まる直前、グレイが俺を見る。ゼノに注意しろと警告だ。これから向かう部屋にいるであろう彼を俺はまた欺かなければならない。しかも今度は助太刀も期待できそうにない。
グレイとリュウが入って行ったのを確認した使用人が螺子巻きを一度だけ回す。
「お待たせ致しました、ライ様。奥に入られましたら案内人が待っておりますので、その者の指示に従って下さい」
本当に今ので部屋が変わったのかと疑いたくなるほどに何の変化も無い。試しに魔力感知をしてみたが、特殊な結界が張られているのか奥の様子は確認できない。
「分かりました。……ですが、残念です。もう少し貴女と話をしたかったのですが」
アランのことも色々と聞けたしな。この魔道具のことにも詳しそうだったし、もしかしたら使用人とはいっても結構偉い立場なのかも知れない。
「えっ」
驚きと困惑が混じったような彼女の反応に疑問が湧いたが、冷静に自分の行動を思い返してみれば今の発言は初対面の女性に向けるものとしては不躾だったかも知れない。それに今ので手当たり次第で女性を口説く軟派な奴だと思われるのは御免だ。
使用人の顔が段々と赤みを帯びていっているような気がする。やはり、あの発言は彼女にとって不愉快なものだったようだ。この失態がアンドレアス達に伝わる前に謝罪しておかなければ。
「申し訳ありません。使用人である貴女に分を弁えない発言を……どうか非礼を詫びさせて下さい」
「い、いえ、そんな……非礼だなんて……。私の方こそ申し訳ありません。社交辞令だと分かっているのに動揺してしまって」
社交辞令? いや、今のは本心なのだが……これを言うと厄介なことになりそうな気がして心の中にしまっておくことにした。
「使用人らしからぬ姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。改めて、ライ様。ごゆっくり御食事をお楽しみ下さいませ」
彼女は使用人として頭を下げる。そこには先ほど、ちらりと顔を見せた年相応の女性の姿は無い。さすがは王家の城の使用人。この仕事を生業としているだけのことはある。
俺は彼女に会釈をして扉を開けると彼女の言っていた通り、案内人と思しき男が立っていた。
「お待ちしておりました、ライ様。どうぞ、こちらへ」
案内人から指定された席に座る。正面を見て、心の中で溜め息。……うん、まぁ、そうだよな。この部屋に来る前から何となくそんな気はしてた。
向かいの席には山盛りの肉を堪能しているゼノの姿があった。




