407.5話_閑話:本当の嘘吐きは誰なのか
グレイの匂いがしたから追ってみたら知らん兄ちゃんがおった。けど、その兄ちゃんからは嗅ぎ覚えのある匂いがした。
この世界でグレイと初めて会った時に僕が嗅いだものと同じ匂い。良い思い出も悪い思い出も全部詰め込んだ懐かしい匂いの中に強く混じっていた僕の知らない新しい匂い。
匂いが強く残っていたことから其奴とグレイが日常的に行動しているのは明らか。グレイが仕えとる言うとった貴族は、この兄ちゃんで間違いない。
兄ちゃんに気付かれないよう、さり気なく観察。グレイが仕えようと思ったくらいやから何か秀でているものがあるんかと思っとったけど案外普通やな。魔力量も兄ちゃんの歳くらいのニンゲンの平均より、ちょい上くらい。顔は、まぁ……僕には敵わんけど悪くはないな。
(にしても若いな。僕と同じ……いや、歳下か? まぁ、ニンゲンと獣人じゃ、そもそもの時間の流れも寿命も違うから比較にならんけど)
グレイが仕えとる貴族なら仲良うしとって損は無いやろ。それに大体の貴族は僕を見たら嫌な顔すんのに兄ちゃんは全くその素振りを見せんかった。
もしかしたら獣人に抵抗がない稀なニンゲンなんかも知れへん。まぁ、早い話、僕はこの兄ちゃんのこと少し気に入ったんや。
「同じ貴族、同じ伯爵同士、仲良うしよや。僕はゼノ。ゼノ・ホワイトや。兄ちゃんは?」
「ライ・サナタスと申します」
……………………は?
僕は初めて自分の聴覚を疑った。だって、仕方ないやろ。俺が前世で一時期仕えとった魔王と同じ名前て、どんな偶然や。
(……はぁ、なるほどなぁ。グレイが主の名前を教えたがらんかった理由は、これか)
そら、教えとうないわ。僕がグレイの立場でも絶対に教えへん。
しかも多分仕えとるのグレイだけやのうて……げっ、メラニーもかいな。あの雌蜘蛛、あんだけ魔王にゾッコンやったのに他の男に乗り換えたんか? いや、まさか名前が同じってだけで……? 名前が一緒ってだけで見た目も中身も、あの人に全然似とらんやろ。お前らの忠誠心や愛は、その程度やったんか。
自分から魔王軍を抜けた身やけど一応仲間やった時期もある奴等が魔王と名前が同じってだけの理由で媚を売っとるんかと思うと気分悪いわ。
「ここで会うたのも何かの縁や。兄ちゃんのことライって呼んでもええ?」
久々に口にした名前に昔の記憶の一部が蘇る。僕が魔王軍を抜ける前の記憶。僕が、まだ魔王のことが大好きやった頃の記憶。……今となっては忌々しい僕の黒歴史。
魔王のことを呼び捨てにしとったのは魔王軍の中で僕だけやった。呼ぶ度に他の奴等から注意されとった。
ライだけは僕が名前で呼ぶのを許してくれた。「お前のお蔭で自分の名前を忘れないで済む」と言われたのが印象的で、あの瞬間を思い出すと僕は恨んでいるはずのあの人を許してしまいそうになる。
あの人を憎いと思うとることには違いないはずやのに、それと同じくらいあの人と過ごした時間は愛おしかったと、そう思ってしまう。
あの人に救われたのも裏切られたのも事実。そのせいで僕は、ずっと煮え切らない想いを抱えて生きている。きっと、これからも。
「えぇ、勿論。よろしくお願いします。ゼノ伯爵」
「ゼノでええよ。他の奴やったら許さへんけどライなら特別に許したる。それと、その堅っ苦しい敬語も要らん。歳も近そうやしな」
「じゃあ、ゼノ。改めて、よろしく」
「おう、よろしゅう」
とはいえ、目の前の兄ちゃんには何の罪は無い。むしろ災難やとすら思う。
皆が兄ちゃんに仕えとるのは偶々魔王と同じ名前やったからってだけ。誰も兄ちゃんのことを心から支えようなんぞ思っとらん。
そう思うたら何か不憫に思えてきたわ。せやから少しくらい甘やかしたっても罰は当たらんやろ。僕って、ほんま優しいわぁ。
話を聞くに兄ちゃんことライは食事の時間を確認したくて使用人を探しとる最中やったらしい。
あの時、後ろの方でグレイの匂いが不自然に揺れたから、てっきり僕を見つけたグレイが壁に隠れたんかと思って追いかけたてきたんやけど僕の勘違いやった。今日久し振りに会うたせいで無意識に匂いに敏感になっとったのかも知れん。反省、反省。
しかもライは僕と同じように城に滞在するよう命じられ、更にはグレイも一緒ときた。これは明日会う事になるんやろうなぁ。もしかしたら今日二度目の再会を味わうことになるかも知れへんけど、それはそれで面白そうや。
争い事に発展したとしても相手はグレイや、ストレス発散にも運動にもならん。勝敗なんて戦う前から目に見えとる。ま、だからって手は抜かへんけどな。そん時は僕に喧嘩売ったことを後悔するくらい完膚無きまでに叩きのめしたる。
「にしてもライは変わり者もんやなぁ。よりにもよって、あんな出来損ないを従者として連れ回すやなんて」
「……どういう意味だ」
それまで無害そうやったライの顔に怒りが見えた。そりゃあ従者を馬鹿にされたら主としてはオモロないもんなぁ。でも、事実は事実。何しろ僕は、この男よりもグレイのことを知っとるんやから。
「惚けんでもええよ。本当は知っとるんやろ、グレイが治癒魔法しか使えん無能っちゅう事は。けど雇っとるからには、しっかり働いてもらわんとライも困るもんなぁ。用心棒は無理でも、せめて荷物持ちくらいはしてもらわんと」
「グレイは、よくやってくれている。それに優秀だ」
優秀っちゅうのは僕みたいなのに相応しい言葉。今ので分かった。この名前だけ魔王の能力値はグレイ以下や。自分より下の奴に優秀なんて評価を下す馬鹿はおらん。
「優秀? グレイが? ……いやいや、それは流石に有り得へんやろ。いくら自分の従者やからって採点甘過ぎちゃう? 身体中気味の悪い縫い目ばかりで見栄えは悪い、能力は平均以下、愛想もクソもない。あんな奴の何処に優秀やと評価できる要素があんねん」
「ゼノにとってはそうでも俺からすればグレイは間違いなく優秀だ。それこそ彼に従者の真似事をさせているのが申し訳なく思うくらい」
「……分からへんなぁ。そないに過大評価して何の得があるん?」
「これは価値観の問題だ。損得は関係ない」
「それやったら尚更、理解不能や。そういや昔も、おったわ。グレイを過大評価しよった阿呆が」
あかん、此奴がムキになって言い返してくるもんやから思わず余計なこと口走ってしもた。
「……まぁ、ええわ。確かに誰が何を思おうが自由や。それを無理やり捻じ曲げて一つに纏め上げても碌なことにならんっちゅうのは歴史も証明してくれとる。けど、これだけは言わしてもらうで。お前、人を見る目無さすぎや。それを僕が証明したる」
「……どうやって?」
「僕な、グレイと勝負することになってんねん。まぁ、彼奴にその権利があればの話やけど。勝って証明したるわ。お前の従者は役立たずの出来損ないやってな」
ここらへんで上手く軌道修正すればええのに口が止まらへん。もしかして僕もムキになっとる? 向こうは兎も角、僕がムキにならなあかん理由なんて一つも……
「二人の間で何があったかは知らないが大事な従者が関わっているとなれば俺も黙っているわけにはいかないな」
…………あー、最悪。思い出したくないもん思い出してもうたわ。
さっき自分から余計なこと言ったせいや。そうに決まっとる。
今となっては認めるのも癪やけど、弱いくせに何かと気に掛けられていたグレイが心底羨ましくて妬ましいと思うとった時期があった。
グレイが気に入らんってライに打ち明けた時、ライはグレイは弱いけど優秀やって意味分からんこと言いよった。戦力にはならなくても頼りになる仲間やって。
あの時と同じや。そうか、僕が余計なことを口走ったのも、今こうしてムキになってんのもあの時と同じやからや。
この世界でも認められとるグレイが僕は羨ましいんや。例え、その認められとる相手が名前が同じだけの偽物やったとしても。
グレイが、この兄ちゃんに付いて行こう思った理由が少し分かったわ。
「…………はっ、そっくりなんは名前だけやないっちゅう事か」
前の世界でも、この世界でも、ほんまムカつくわ。グレイ・キーラン。お前は、いっつも僕が欲しいもんを、いとも容易く手に入れていく。
なぁ、グレイ。お前は今、満足しとるんか? 名前が同じやからって偽物の言葉で、お前の心は満たされるんか?
ライの代わりはおらん。僕は、お前等とは違う。代替品に復讐して満足できるような、そんなショボイ存在やない。
でも、お前等は違うんやろ。最初から、こんな奴で満足できる程度のものやったやんやろ。だったら遠慮なく利用させてもらうわ。
お前等が築き上げてきた偽物の楽園────そんな幻想、僕が粉々に砕いたる。
(……ゼノ、いくら貴方でもこの方に危害を加えるというなら容赦しませんよ)
突然目の前に現れたグレイが僕の手を払い除けて、しかも生意気にも睨みつけてきよった。
それにしても、この混じり気のない怒り。ここまで怒っとるグレイを見るのは初めてや。まさか此奴、今の主に本気で忠誠を? ……何や、それ。そんな笑えん冗談、あって堪るかいな。
「噂をすれば御本人登場やな。そんな怖い顔すなや。ええ男が台無しやで」
(思ってもない癖に、よくもまぁペラペラと。中身が薄っぺらな貴方らしいといえば、らしいですが)
「酷い言い草やなぁ。僕ほど人情深い獣人は、おらんっちゅうのに」
あ。彼奴、今、鼻で笑いやがった。
昔はジメジメしとって見てるだけで鬱陶しくてムカついとったけど、今も今でそれとは違う意味でムカつくわ。
(やっぱり俺の言った通りになってるじゃないですか)
「確認もせんと決め付けるのは良くないで、グレイ。君の主には何のちょっかいもかけとらん。挨拶しとっただけや」
グレイとライが互いに目線を送って僕には分からん秘密の会話をしとる。何や、目で会話できる程度の信頼関係は築いとるんかいな。
「ゼノ、俺はそろそろ部屋に戻って片付けを再開するよ」
「そういや荷物纏めな言うてたな」
「あぁ、今日はゼノに会えて良かった。じゃあ、また」
そうしてライは去って行った。会えて良かった、か。前世のことが無ければ僕もそう思えてたかも知れん。
恐らく、さっきの視線だけの会話の中でグレイに部屋に戻っていろとでも指示されたんやろ。従者であるグレイが後を追わずに残っているのが何よりの証拠や。
「何や、宣言通り僕とタイマン張るつもりか? 主の前で恥掻いても良い言うなら僕は構へんけど」
(城内での私闘は禁止されています。それは貴族も例外ではありませんから貴方もご存知かとは思いますが。従者が規則を破った場合、処罰されるのは従者の主です。あの方に迷惑はかけられません。それに貴方との勝負方法は、もう決まっているので)
「おぉ、これまた上手い言い訳を考えたもんやな。主の面目も立つし、お前も人前で無様な姿を晒さんで済む」
この僕が褒めて拍手まで送ってやったというのにグレイは不細工な面して不服そうにしとる。まぁ僕も、そういう反応するやろなぁ思うて態としとるんやけど。
(これ以上、あの方に関わらないで下さい)
「それは出来ひん相談やな。グレイ、お前いつまで後ろばっか見て歩いとるつもりや。お前だけやない。どいつもこいつも過去引き摺って生きて何の意味があるん?」
(……ありませんよ、意味なんて。でも、だったら何だって言うんです。貴方には貴方の生き方があるように俺には俺の、俺達の生き方がある。この世界でどう生きようが貴方に口出しする権利は無いはずです)
「権利とか、この際どうでもええわ。確かにお前が何処でどう生きようと野垂れ死のうと勝手やけどな。見ててイライラするねん。女々しく過去引き摺って代用品まで揃えて。お前等どうかしとるわ」
(…………)
とうとう返す言葉が無くなったらしい。まぁ、そら当然やろ。僕は一つも間違ったこと言うてへん。いつまでも現実と向き合おうとせんグレイが悪い。
(元より裏切り者の貴方には関係のない事です。貴方も主も貴族なので最低限の関わりはやむを得ないと割り切りますが、必要以上に俺達に構わないで下さい。それは貴方の為でもあります)
「僕の為? ちゃうな、お前の為やろ。自分がやっとること正当化したいからって僕を出しにすんな、ボケ」
(……主を待たせているので、これで失礼します)
目の前にいたグレイが一瞬で消えた。確かに昔よりは成長しとる。昔のグレイは瞬間移動も碌に使えんかったからな。
ライもグレイもいなくなって、どっと疲労が襲ってきた。今日は厄日か。
「………………」
僕は間違ってない。過去は過去、前世は前世や。どちらも、この世界には必要ない。今までだって、そうやって生きてきたんや。
何が、裏切り者や。先に裏切ったんはライの方やのに。
ニンゲンが憎いから滅ぼす。そう言ってたのに。ライが裏切りさえせんかったら。そうや、僕だってライを裏切りたくて裏切ったわけや……って今更何を言うとるんや、僕は。
「……アカンわ。今日の僕は、どうかしとる。それもこれも彼奴等のせいや。何で今になって……僕の前に現れたんや」
あんたの差金やとしたら恨むで、神様。僕は、このまま前世とは無関係に生きたかったんや。それを、これからも邪魔しよう言うんなら……何が何でも消さなあかん。僕の前世と関わりのある奴、皆。




