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407話_嘘と狼

 無視するわけにも逃げるわけにもいかないので、とりあえず振り返る。遠くにいた人影が今や目と鼻の先にいて、その姿が露わとなっている。

 頭上に生えている獣特有の耳は、やはり見間違いではなかったらしい。本当なら、こんなところで答え合わせなどしたくは無かったのだが。


「……」


「ん? あぁ、もしかして驚かしてしもた? 確かに後ろから急に話しかけられたら僕でも驚くわ。堪忍な」


 何も言わずに固まっている俺を驚きの余り硬直していると勘違いしたのか、ゼノは笑いながら謝ってきた。


「あの、俺に何か御用ですか?」


「最初は無かったんやけど今できたわ。なぁ、グレイ・キーランって知っとる?」


 問いかけと言うより何かを試しているかのような物言いで、俺は自分がゼノに気付かれた理由を理解する。

 ゼノはグレイの匂いを辿って追いかけて来た。恐らく俺を通じてグレイの匂いを捉えたのだろう。グレイがいるかと思って角を曲がれば見知らぬ男。彼は今、知っている匂いがする男の正体を突き止めようとしている。

 ここで俺が「知らない」と答えたら、俺は見知らぬ男から怪しい男に変わってしまうのだろう。ならば、ここは正直に答えるしかない。


「えぇ、知ってますよ。でも、よく分かりましたね。俺とグレイが知り合いだって。もしかして貴方もグレイの知り合いですか?」


「まぁ、そんなとこや。もう気付いとるやろうけど僕は獣人(ケモノビト)なんや。せやから、ちょーっと匂いには敏感でなぁ。兄ちゃんからグレイの匂いがしたさかい、もしかして知り合いなんかなぁって。それにしても兄ちゃん、随分若そうやけど貴族なんやなぁ。しかも僕と同じ伯爵(コルテ)やないか」


 俺が羽織っているマントと自分のマントを交互に見ながらゼノは俺を、正確にはマントを指差した。


「同じ貴族、同じ伯爵(コルテ)同士、仲良うしよや。僕はゼノ。ゼノ・ホワイトや。兄ちゃんは?」


(……きた!)


 顔を合わせたからには避けられない名乗り。ゼノが名乗った以上、俺も名乗らないわけにはいかない。

 勿論、偽名は使わない。目的は魔王と同姓同名の別人だとゼノに思わせる事なのだから。


「ライ・サナタスと申します」


「……ライ・サナタス?」


 案の定、俺の名前に反応したゼノの表情に変化が起こる。愛想の良さそうな、だけど底が読めない笑顔から眉を顰めた険しい表情へ。

 こうなる事は分かっていた。だから、俺はゼノの変化に気付かない振りをして、あくまで初対面を装う。


「あの、もしかして前に何処かでお会いしましたか? だとしたら、すみません。人の顔を憶えるのは昔からどうも苦手で」


「……謝る必要あらへんよ。僕等が会ったんは今日が初めてやから」


 やはり同姓同名というだけでは俺が魔王ライ・サナタスだと特定する事は出来ないようだ。況してや相手から「会った憶えが無い」と先に言われたら嘘を吐いていることが明らかでもない限り、問い詰ることも出来ないだろう。


「ここで()うたのも何かの縁や。兄ちゃんのことライって呼んでもええ?」


「えぇ、勿論。よろしくお願いします、ゼノ伯爵」


「ゼノでええよ。他の奴やったら許さへんけどライなら特別に許したる。それと、その堅っ苦しい敬語も要らん。歳も近そうやしな」


 てっきり同じ名前だから嫌悪されるかと思ったが、不要な心配だったらしい。その証拠に、さっきまで微動だにしていなかった彼の尻尾が揺れている。どうやら、それなりには気に入られたようだ。彼の中でどんな心境の変化があったのかは知らないが、過剰に疑われたり機嫌を損ねられたりするよりは全然良い。今後のことを考えれば、むしろ望ましい反応だ。


「じゃあ、ゼノ。改めて、よろしく」


「おう、よろしゅう。で、ライは何でこんな所におるん?」


 今のところ俺はゼノが知るライ・サナタスとは別人として上手く振る舞えているらしい。この調子で襤褸を出さないよう特に発言には気を付けなけれは。


「使用人を探していた。食事の時間を訊きたくて」


「食事ぃ? あ、もしかして今日城に泊まるん?」


「ローウェンさんから、そうするようにお願いされて。理由までは教えてもらえなかったけど」


「何や、じゃあ僕と同じやな。僕も、はよ帰ろ思うたら呼び止められたんや。明日まで城に残ってくれって」


 恐らく俺達とゼノを城に留まらせた理由は同じだろう。明日も顔を合わせるとなると今この場を上手くやり過ごせたとしても、まだ気は抜けない。


「食事は七時からって聞いとる。使用人達がおらんのは今日の王位継承の儀の片付けと宿泊客に振る舞う食事の準備に借り出されとるからやろ。ま、時間になったら使用人が部屋まで呼びに来るやろうから時間までに部屋に戻ってれば良いんとちゃう?」


「七時からなら……あと一時間か。部屋で荷物を纏めるには丁度良いな」


「そんなに荷物多いん? ほんなら僕も手伝おか?」


「気持ちだけ貰っておく。今日は従者もいるからな」


「従者? それってグレイのことか?」


 さすがに察しが良い。誤魔化したところで少し調べれば分かることだから、ここは正直に話そう。


「そうだ。そういえば、さっきゼノはグレイと知り合いって言ってたな。グレイとは、どういう関係なんだ?」


 あくまで何も知らない(てい)で質問する。


「んー、そう改めて訊かれると答え難いわぁ。友達って言えるほど親密でもあらへんし、他人や顔見知りで切り捨てられるほど単純でもあらへん。それでも敢えて僕とグレイの関係を一言で表すんやったら、そやな……腐れ縁ってとこやろか」


 腐れ縁……言い得て妙だと思った。ただ、もう腐り腐って縁と呼べる部分は殆ど残っていないだろうが。


「従者ってグレイ以外にもおるん?」


「あぁ。でも、(ここ)にいるのはグレイだけだ」


 今のはグレイ以外との繋がりを確認したかったのだろうか。何にせよ、離れてから数時間以上経過しているとはいえ他の仲間達の匂いを嗅ぎ分けるくらいゼノにとっては朝飯前だろう。


「にしてもライは変わり(もん)やなぁ。よりにもよって、あんな出来損ないを従者として連れ回すやなんて」


「……どういう意味だ」


「惚けんでもええよ。本当は知っとるんやろ、グレイが治癒魔法(ヒール)しか使えん無能っちゅう事は。けど雇っとるからには、しっかり働いてもらわんとライも困るもんなぁ。用心棒は無理でも、せめて荷物持ちくらいはしてもらわんと」


 ゼノが知るグレイの力量は前世のものだ。あの頃とは比べ物にならないくらい強くなっているし、今では治癒魔法(ヒール)以外の魔法だって難なく扱える。

 グレイが馬鹿にされるのは非常に不愉快だが……設定上、前世とは無関係な俺が妙な口出しをすればゼノに怪しまれかねない。


「グレイは、よくやってくれている。それに優秀だ」


 事実、グレイには何度も助けてもらってるしな。


「優秀? グレイが? ……いやいや、それは流石に有り得へんやろ。いくら自分の従者やからって採点甘過ぎちゃう? 身体中気味の悪い縫い目ばかりで見栄えは悪い、能力は平均以下、愛想もクソもない。あんな奴の何処に優秀やと評価できる要素があんねん」


「ゼノにとってはそうでも俺からすればグレイは間違いなく優秀だ。それこそ彼に従者の真似事をさせているのが申し訳なく思うくらい」


「……分からへんなぁ。そないに過大評価して何の得があるん?」


「これは価値観の問題だ。損得は関係ない」


 少し意地になり過ぎたかも知れないと反省した頃には俺は全てを口に出してしまっていた。ゼノは心底分からないとでも言いたげに肩を竦める。


「それやったら尚更、理解不能や。そういや昔も、おったわ。グレイを過大評価しよった阿呆が」


 ? ……誰のことを言っているんだ?


「……まぁ、ええわ。確かに誰が何を思おうが自由や。それを無理やり捻じ曲げて一つに纏め上げても碌なことにならんっちゅうのは歴史も証明してくれとる。けど、これだけは言わしてもらうで。お前、人を見る目無さすぎや。それを僕が証明したる」


「……どうやって?」


「僕な、グレイと勝負することになってんねん。まぁ、彼奴にその権利があればの話やけど。勝って証明したるわ。お前の従者は役立たずの出来損ないやってな」


 勝負というのはグレイが言っていた魔激乱舞(フィリア・ラップス)の事だろう。


「二人の間で何があったかは知らないが大事な従者が関わっているとなれば俺も黙っているわけにはいかないな」


「…………はっ、そっくりなんは名前だけやないっちゅう事か」


 ゼノが何かを呟いたように見えたが、あまりにもか細い声で上手く聞き取ることが出来なかった。

 徐にゼノの手が俺の方へと伸びる。敵意は感じられない。

 手が届く前に振り払おうと思えば出来た。しかし振り払うのは、どうも憚られた。

 ゼノの顔を見る。敵意ある相手に向ける表情としては相応しくないように思えた。憎くて憎くて堪らないはずなのに相反する感情が邪魔をして、どちらに理性を委ねるべきか思い倦ねている。今の彼の表情には、そんな()()が見える。











(……ゼノ、いくら貴方でもこの方に危害を加えるというなら容赦しませんよ)











 彼の手が、俺に届くことは無かった。

 何故なら、俺とゼノの間に割って入った者がいた。ゼノの手を振り払った者がいた。俺には出来なかったことを躊躇なく、やり遂げた者がいた。

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