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405話_そのギルドの名は

 役目を終えた羽根ペンをスタンドに立てる。これで手続きは終わったわけではないというのに尋常じゃない達成感で胸が一杯なのは心から納得のいく答えを導き出せたからだろう。

 リュウとカイエンがギルド登録書を覗き込む。そんなにマジマジと見られると書類に穴が空いてしまいそうだ。


「えーと、何々? ……〝復活の卵(イスタ・エッグ)〟?」


復活の卵(イスタ・エッグ)、か。うん、良い名だ。このギルドの設立者が君だと尚更そう思うよ」


 カイエンは俺がこの名前にした理由を察したらしい。さすがに本当の意味までは分からなかったようだが。まぁ、分かられてもそれはそれで困るんだけどな。


「ギルドマスターは、やはり君がやるんだろ?」


「貴族の俺がなっても良いんですか?」


「問題は無いよ。叛逆の鉤爪(タスクリング)のギルドマスターであるゼノも貴族だ。逆に絶対に貴族じゃないといけないというわけでもないんだけどね。現に僕は貴族じゃないけど、こうしてギルドマスターになれているわけだし。誰かギルドマスターに推薦したい人がいるのかい?」


 実力だけ見るなら俺の周りにいる奴等全員ギルドマスターに相応しいとは思うが、ギルドマスターの価値や役割を考えるなら実力だけで判断するのは浅慮だ。大なり小なりの組織の頂点なのだから人柄や協調性も考慮しなければ……となると、やはり。


(……グレイが適任、か?)


 日頃から物事を冷静に分析しているグレイなら常にギルドにとって利になる最適解を導き出してくれるはず。教師に採用されるだけあって頭も切れるし、仲間や周囲のこともよく気に掛けてくれている。悪くない人選だと思ったのだが……


(え、嫌です。というか、無理ですよ。あくまで俺は今、王都ギルド所属ですから。移転登録はギルドを設立した後でなければ手続き出来ませんし)


 戻って来たグレイに駄目元で頼んだら断られた上に少し考えれば分かる正論を突き付けられてしまった。


「ま、まぁ、どうしてもと言うならその時は変更すれば良いんだし、とりあえずは君がギルドマスターって事で良いんじゃないかな」


 子どもに言い聞かせるようなカイエンの助言で、こんなところで行き詰まっている場合ではないと気付かされた俺は形式上のギルドマスターとなり、最後の署名も書き終えて書類を彼に渡した。


「うん、書き漏らしは無さそうだね。お疲れ様、これで手続きは終わりだよ。後は僕の方で処理をしておくから、そうだなぁ……明後日にはグレイ君が札を貼った建物がギルドハウスとして機能する筈だよ」


「ありがとうございました」


「元々は僕が言い出した事。これくらい、お安い御用さ。それより急で申し訳ないんだけど王都ギルド(うち)の職員を何人かそちらに向かわせるから明後日は予定を空けておいてくれるかい? それと、これから君のギルドで冒険者登録をする人がいるなら招集をかけておいてもらえるかな? 君の負担を少しは減らせるかも知れない」


「ランク付け、ですか?」


「御名答。新規ギルドのギルドマスターのランクが不明な場合、最初のランク選定は他のギルドがするのが決まりなんだ。君が不正なんて愚かな真似をするとはこれっぽっちも思ってないけど決まりは決まりだからね。明後日は窮屈な思いをさせるだろうけど、どうか耐えて欲しい」


 彼のお蔭でギルドを設立できるのだ。その程度のこと苦とも何とも思わない。


「選定にはギルドマスター様も来られるんですか?」


「その日は、どうしても外せない用事があってね。君の実力をこの目で見られる絶好の機会だったのに、すごく残念だ。まぁ、選定の結果は情報として僕にも入ってくるから大人しく報告を待つよ」


 彼が俺に何を期待しているのかは大体予想は付くが、期待に応えられるかどうか。どんな方法でランク付けされるのかも、どこまで正確に実力を測ってもらえるのかも分からないからな。


 突然、外の方からワッと歓声のようなものが聞こえてきた。カイエンは立ち上がって窓から外の様子を眺めながら「あぁ」と納得したような声を漏らす。

 

「そういえば今日は王位継承の儀が行われていたんだったね」


 今思い出したように言うカイエンを見て城で彼の姿を見かけなかった事を思い出した。


「そういえば会場でお見かけしませんでしたが」


「城に招待されるのは爵位を持つ者と王族に招待された者だけなんだ。城での御披露目が終わってから僕達や国民に伝えられる。で、たった今、国民達に詳細が伝わって騒ぎになってるってとこかな。……良かった、この様子なら暴動が起こる事は無さそうだ」


 カイエンが安堵の息を吐いて本音を漏らす。もし暴動が起これば鎮圧に駆り出されるの彼らなのだから妥当な反応だ。


「しかし、まぁ、ブラン国王も思い切った事をしたね。まさか息子二人に王位を継承させるとは」


「賢明な判断だと俺は思いますよ。彼らの長所を生かした政治が出来れば、この国はもっと良くなる。そう期待させるほどの可能性を、あの二人から感じます」


「……十二年前、いや、それよりもっと前に僕はアンドレアス王子とアレクシス王子に会ったことがあるんだ。その時の彼らの様子は何と言うか、お世辞にも仲が良いとは言い難い空気を感じていたんだ。多分、近い将来に争うことになるであろう相手を互いに警戒していたのかも知れない。だから心底驚いたよ。二人が楽しそうに話している姿を見た時は。彼らは変わった。いや、もしかしたら誰かが二人を変えたのかも知れないね」


 カイエンが俺を見る。まるで何かの答えを探し求めるように。

 まさか俺が彼らを変えたとでも言いたいのか? そこまでの影響力が俺にあるとでも?

 有り得ない。魔法を使ったならまだしも魔法も無しに誰かを変えられるなど、それこそ未来を変えてしまうようなほどの力を俺が持っているわけがない。どうも、このカイエンという男は俺を過大評価したがる節がある。自惚れた推測だと言われたら、それまでなのだが。

 

「……そうかも知れませんね」


 我ながら何とも白々しい演技だ。だが、他に良い返答が思い付かなかったのだから仕方がない。それ以上のカイエンからの言及はなく、手続きを終えた俺達は部屋を出た。

 受付へと戻る途中で異世界転生課に用事があったことを思い出し、扉を叩いた。


「すみません、ライ・サナタスです。誰か、いらっしゃいますか?」


「え、ライ君っすか?! ちょ、ちょっと待って下せぇ!」


 ガタガタと物音がした後、慌てた様子で出て来たのファイルだった。

 四龍柱(しりゅうばしら)(にえ)としての任が解かれたとはいえ彼が本来の姿を取り戻すことは無い。分かっていた事だ。それに今更どうすることも出来ない。

 何とも言えない顔をしているであろう俺を見て何を考えているのか察したのだろう。ファイルは眉を下げて笑いながら「久し振りっすね」とだけ言って中に入るよう促した。


「皆、ライ君達が来たっすよ」


 それぞれ作業中だった他のメンバー達が手を止めて顔を上げる。


「え、ラ、ライ君?!」


「え、え? ほ、本物?」


「ライさん……」


 ガチャールもハヤトもデルタも皆、揃っている。十二年前とメンバーは変わっていないらしい。

 十二年も時が過ぎれば容姿が変わるのは当たり前で、だけど、懐かしさ覚えるのには充分な光景だった。


「お久し振りです、皆さん。すみません、中々挨拶に行けなくて……」


「っ、ライさん!」


 俺に突進してきたデルタが、そのまま抱き着いてきた。


「会いたかったです、ライさん……よくぞ、ご無事で……っ、」

 

 服に顔を埋めるようにして涙ぐむデルタを宥めるように頭を撫でた。抱き着かれた感触や頭に置いた手の位置で分かる。幼かった少女は、あの頃よりも格段に大人へと成長している。


「色々と心配かけたな」


「……本当ですよ。でも、もう良いんです。こうしてまた会うことが出来ましたから」


 デルタは俺から離れると涙で濡れた目を服の袖で拭う。


「すみません、いきなり抱き着いたりして」


「いや……それにしても大きくなったな、デルタ。一瞬、誰か分からなかったよ」


「そりゃあ、あれから十年以上も経ってますから。あ、そういえば伯爵(コルテ)になられたんですよね。おめでとうございます」


「ありがとう。本当は、もっと早くに顔を出すつもりだったんだが……すまない、色々と立て込んでいてな」


「事情は理解しています。今日はギルドマスターに会いに来られたんですよね? マスターとは会えましたか?」


「あぁ、用事を済ませたから此処に来たんだ。ハヤトさんに渡したい物もあったから」


「え、僕に?」


 名前を呼ばれたハヤトが自分を指差して目を丸くする。

 ハヤトの所まで行った俺は隠し持っていた剣を彼の目の前に出現させる。十二年前、王都を出る直前にハヤトが俺に託してくれた魔剣〝魔王(サタナス・)(パージ・)(エスパーダ)〟だ。


「返すのが遅くなって申し訳ありません。ハヤトさん、貴方が託してくれたこの魔剣のお蔭で魔王を倒すことが出来ました。本当に、ありがとうございました」


「お、御礼なんて! むしろ御礼を言わなきゃいけないのは僕の方で……それに君に謝らなくちゃいけない。勇者の証言では君の命を奪ったのは剣だって……それを聞いて僕は……僕、は……」


 アランは俺が剣で貫かれた瞬間を見ていた。だから、この剣で俺が死んだと思ったのだ。

 だが、実際は違う。俺は、この剣に()()()()()のだ。魔剣が持つ特殊な効果のお蔭で。


「貴方が託した魔剣が俺を殺したっていうのは此処に居る俺が違うと証明していますから説明するまでもないかと思います。それどころか俺は貴方の剣に救われたんですよ」


「救われた……? で、でも、」


「確かに刺されたのは事実ですが、俺はその剣の特殊効果によって強制的に気絶状態にさせられていただけです。ですからハヤトさんが罪に問われるような事は何もありませんし、仮に俺が死んでいたとしてもそれが貴方のせいだなんて考える人は一人もいませんよ」


 糸が知れたように、その場でハヤトは膝から崩れ落ちるように座り込んでしまった。震える肩と床に落ちた雫の染みを見て、立ち上がらせようと伸ばした手が止まる。


「あれから、ずっと後悔してたんだ……あの時、君に魔剣を託さなければ良かったって……っ、僕のせいで、君が死んでしまったんだって。君が生きていると分かっても、それでもやっぱり怖かったんだ。君に会うのが。……でも、そうか。違ったんだね。少しでも君の力になればと、守ってくれればと思って渡した僕の剣は、ちゃんと役割を果たしてくれていたんだ……!」


 十二年前のことで苦しんでいたのは一方的に奪われた者ではなかったのだということを今初めて知った。ハヤトは自分を責めていた。俺が生きていると知るまで、ずっと。いや、もしかしたら俺が此処に来るまでの間も彼は今みたいに自分に暗示をかけていたのかも知れない。自分は許されて良い立場ではないのだ、と。


「ありがとう、ライ君。また君に救われてしまったね」


「……救われたのは俺の方ですよ、ハヤトさん。やっと、この剣を貴方に返せます」


 こうして魔王(サタナス・)(パージ・)(エスパーダ)持ち主(ハヤト)の元へ。もっと早くハヤトに魔剣を返していればと悔やむ気持ちが無いわけではないが、悔やんだところで今日までの彼の苦悩が無かった事になるわけではない。だったら、今は俺に出来る最大限の感謝を伝えよう。……とは言っても、俺に出来ることなんて高が知れているが。


「この御恩は、いつか必ずお返しします。何を、どんな形で返せば良いのか、今はまだ何の考えも思い付きませんが、必ず」


「嬉しいけど……君を助けたのは正確には僕じゃなくて魔剣の力だよ」


「だとしても、貴方が魔剣を預けてくれたから俺はこうして生きて帰って来れたんです。それに、その魔剣は貴方がこの世界に召喚されたから蘇ったんですよね? だから、やっぱりハヤトさんのお蔭ですよ」


 お互い引っ込みがつかないせいで段々と程度の低い押し問答みたいになっていく。デルタ達を置いてけぼりにして大の大人二人が何をしているんだろうと思ったら可笑しくて、だけど平和で、気付いたら俺達は揃って笑い合っていた。

 

「ははっ。君って意外と頑固なんだね、ライ君」


「そう言うハヤトさんこそ」


「……オレっちからすれば、どっちもどっちっす」


(俺もファイルさんと同意見です。まったく、このまま口論になるのではないかとヒヤヒヤしましたよ。互いに恩を感じているのなら、それで良いじゃないですか。謙虚と言えば聞こえは良いですが、恩義を無碍にするのは却って相手に失礼ですよ)


 ファイルとグレイからの正論攻撃に、ぐうの音も出ない。


「で、でも、本当に良かったです。ライ君が無事で!」


 場の空気を変えようとガチャールが頑張ってくれている。何だか申し訳ない。


「ところでライさん、今日はどうしてギルドに?」


「あぁ、ギルドマスターに会っていたんだ。俺の国にギルドを作るために」


「ギルドを?! ……うちのマスターが最近これまで以上に忙しそうにしていたのは、そういう事でしたか」


 ギルド登録の為にカイエンは俺以上に動いてくれていたらしい。もしかして創設する側よりも推薦する側の方が書き上げる書類等が多かったりするのだろうか。


「貴族になったかと思えばギルドまで……何か、どんどん遠い存在になっちまいやすねぇ」


「国を作ろうがギルドを作ろうが俺は俺ですよ」


「……それも、そうっすね。ライ君がオレっちを自由にしてくれた恩人には変わりないっす」


 頭の後ろで手を組んで笑うファイルにデルタとガチャール、そしてハヤトも頷いている。カリンといいファイルといい律儀な奴等だ。


「用事が終わったということは国に戻るんですか?」


「いや、明日まで王都にいる予定だ。本当は今日の王位継承の儀とギルド登録が終わったら戻るつもりだったんだが、明日まで王都に残って欲しいって言われて」


「! ……そうですか」


 デルタの目の光が揺れたような気がしたが、彼女が動揺する理由が思い付かなくて気付けば指摘するタイミングを失っていた。


「じゃあ、この後は城に戻るんすね。リュウ君とグレイ君も?」


(はい。理由は教えてもらえなかったのですが……皆さん、何か知りませんか?)


「明日……ガチャールちゃん、何か知ってやす?」


 ファイルがガチャールに問いかけるが、彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。


「ごめんなさい。私も、これといって心当たりは。デルタちゃんは、どう? ……デルタちゃん?」


「え? あ、えと、すみません。何でしたっけ?」


「明日、王都で何かあったかなって話。デルタちゃん、何か知ってる?」


「……い、いえ、知らない、です」


 意外だな。まさかデルタが、こんなにも隠し事が苦手だったとは。


(この反応、明らかに何か知ってますよね)


 やはりグレイもデルタの言動に違和感を持ったようだ。誰が見ても何か知っている様子だが、無理やり聞き出すのもなぁ……


「……ま、分からないなら分からないで良いんじゃね? どうせ明日には分かるんだし」


「それも、そうだな」


 珍しく機転を利かせたリュウに俺が便乗したことで、この話題は間もなく収束。

 そろそろ城に戻るとデルタ達に告げてギルドを出る頃には人集りも無くなっており、空は黄昏色に染まっていて雲は黄金の矢に射抜かれたような裂け目を帯びて散り散りになっていた。


「あれから、だいぶ時間が経っていたんだな」


(恐らく、あのギルドマスターの部屋が原因でしょう。特殊結界で別空間と作ると、その空間に流れる時間にも影響が出ますから)


「どうせ後は城に戻るだけだろ? じゃあ、ある意味丁度良かったんじゃない?」


(ライ! モル、トネ! モル、トネ!)


 どうやらスカーレットはカイエンの部屋で飲んだモルトネが相当お気に召したらしい。仕方ない、城に戻る前にモルトネを淹れるのに必要な材料を一式買い揃えに行くか。


(相変わらずスカーレットさんに甘いですね)


 うるさいな。ってか、何で〝さん〟呼び?


(スカーレットさんは俺達にとって希望の光ですからね。そこらにいるスライムと同じ扱いをしては罰が当たりますよ)


「そうだぞ、ライ。お前が此処にいるのはスカーレット様のお蔭なんだからな。感謝しろよ」


「言われなくても感謝してるよ。勿論、お前達にも」


「…………」


(…………)


 …………おい、何とか言えよ。

 人が折角、素直に感謝の意を示したというのに無反応とは。けしからん奴等だ。


「なぁ、グレイ。ライってさ……前世()から、ああなの?」


(えぇ。あの方は昔から、ああですよ。それにしても前世で多少の耐性は付いたと思っていたんですが……この調子では俺もギル達に偉そうなこと言えませんね)


 無反応だった奴等が仲良さげに何やらヒソヒソと話しているが、これ以上関わったところで俺には何の得も無さそうなので置いて行く事にした。……決して拗ねてはいない、決して。

 今の俺にとって心の拠り所はスカーレットだけだ。


「スカーレット、あの二人は放っておいて一緒にモルトネの材料を買いに行こうか」


(モル、トネ! イイ、ノ?)


「あぁ、良い子のスカーレットに俺からの御褒美だ」


(ゴ、ホウビ! ライ、アリガト!)


 ありがとう、か。それは俺の台詞なんだけどな。

 グレイから聞いてはいた。スライムの特性が引き起こした偶然だったとはいえ俺が生きていることに最初に気付き、教えてくれたのはスカーレットだったと。

 スカーレットが俺の魔力の存在をグレイ達に伝えてくれていなかったら再び皆に会うことは出来なかっただろう。

 俺は振り返って、置いて行かれそうになっていることに未だ気付いていないグレイとリュウを見る。……分かっている。俺が今ここにいられるのは彼らが諦めないでいてくれたからだ。

 彼らがいなければ俺は……いや、これ以上は止めておこう。何はともあれ、彼らのお蔭で俺は前世と同じ最悪の魔王にならずに済んだのだから。


「お前達、いつまでそこで立ち話をしているつもりだ。いい加減、置いて行くぞ」


 グレイとリュウが小走りで追って来るのを見て、俺は踵を返して再び前へと歩き始める。


 ライ・サナタスとしての二度目の人生。すっかり魔王とかけ離れた存在になったが、それも大した問題ではないと思えるほどに俺は二度目の人生を謳歌している。

 俺の、俺達の初めてのギルド────〝復活の卵(イスタ・エッグ)〟。ギルドとして本格始動するのはまだ少し先だが、彼らと一緒だと思うと不思議と不安は無い。それだけ頼りになるし、何より信頼している。

 

(ライ、ニコニコ。スカーレット、モ、ニコニコ)


 緩んでいたらしい表情を引き締める。スカーレットに指摘されなければ彼奴等の前で間抜け顔を晒すところだった。


「もう行くなら行くって言ってくれよ。というか、城に戻るんじゃなかったのか?」


「予定変更だ。モルトネの材料を買いに行く」


「え、そんなに気に入ったの?」


「俺じゃなくてスカーレットがな」


 リュウは納得したような表情をした後、何か悪いことでも閃いたような笑みを見せた。


「昔から思ってた事だけど、お前って本当スカーレットには甘々だよな」


「だったら、お前にも甘くしてやろうか? それこそモルトネ以上に甘ったるく」


「そ、それはそれで逆に怖いんで遠慮しときます……」


 カイエンの言う通り、ギルドを作った後からまた色々と問題が出てくるだろう。それにゼノの事も、いつかは決着を付けなければならない。


「そういやモルトネって何と合うんだ?」


(基本は単体で味と香りを楽しむものですから、そもそも料理と一緒に嗜むという方は少数かと)


「スイーツ一択だろ」


「モルトネ初心者のオレでも分かる。そう思ってるのは、お前だけだ」


(甘いスイーツに甘いモルトネ……想像だけで胸焼けしそうな組み合わせですね)


「あー、食い物の話してたら何か腹減ってきた。今日の晩飯、楽しみだなぁ。何たって城の料理だろ。絶対豪華だし、美味いに決まってる!」


(そうですね。参考に出来そうな料理があれば材料を特定してレシピを作って、うちの国の日常食として改良するのも有りですね)


「食事くらい普通に楽しもうぜ……ま、グレイらしいっちゃグレイらしいけど」


 問題は山積みだ。けれども今だけは何も考えず、ただこの平穏な一時(ひととき)に身を委ねていたい。二人の会話を聞きながら柄にもなく、そう思った。

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