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404話_ギルド設立に向けて

 待ち合わせ場所にいたリュウを回収し、その足でギルドへ向かう俺達。スカーレットはリュウが持っている見るからに重そうな荷物に興味津々なようで触手で袋を突いたりしている。


(また随分と買い込みましたね)


「ミュゼや国の皆への土産を選んでたら、いつの間にか増えてたんだよ」


「自然現象みたいに言うな。その荷物は、お前が買ったから増えたんだ」


 「少し持ってやるから貸せ」と手を出せば、やはり重かったのか満面の笑顔で渡してきやがった。まったく、世話のかかる。


「買うのは良いが、あまり無駄遣いするなよ」


「お前はオレの親かよ……そういや、いつかお前の国でもこういうの買えるようになったりするの?」


「そうだな。贔屓にしてる商人やその連れには話を通したし、後は国への人の出入りさえ安定すれば」


「でも、あそこって元々人を寄せ付けない場所だっただろ。そう簡単にいくか?」


「まぁ、そこは何とかする」


(もしや先ほど言っていた例の()()というのも何か関係していたりするんですか?)


 相変わらず鋭いな。けど、まだ教えてやらない。


「それは行ってからのお楽しみだ」


 一人増えただけなのに自然と会話が弾む。今は、この賑やかさが有り難い。

 ゼノのことは気掛かりだが、今は兎に角カイエンに会わなければ。

 久々に踏み入れたギルドは内装も雰囲気も十二年前と殆ど変わっていなかった。実家に帰ってきたような安心感で足を踏み入れたのも束の間、賑わっていたはずの()()は沈黙に包まれた。全員の視線が俺達に向けられている。


「……な、なぁ、何でオレ達こんなに注目されてんの? 街を歩いてた時は、こんなこと無かったのに」


 リュウに問いかけられるが、答えられるわけもない。俺が聞きたいくらいだ。


(……あぁ、なるほど。そういう事ですか)


「何か知ってるのか、グレイ」


(知ってると言うか、見たと言うか。先日、王都に行った際にアランさんがギルドの受付と揉めていたんですよ。〝十二年前の魔王討伐は彼がいなければ成し遂げられなかった。規則とはいえ世界を救ってくれた彼が生きていると分かったなら再登録なんて手間はかけずに登録を復活させてやるのが道理ではないか〟と。大方、貴方のギルド登録が外されたことに責任を感じたのでしょう。そういう経緯もあって、今や王都ギルド内での貴方の知名度は鰻登りですよ)


 ()り口は兎も角、あくまで善意というわけか。……そうか、善意か。困ったな、そう言われたら文句の一つも言えないじゃないか。


「世界を救った救世主で世界唯一の勇者である今のアランだと、そんな事でも話題になっちゃうのか」


 「すげぇな」と他人事なリュウの額に腹いせのデコピンを一発お見舞いしてやった。

 それにしても俺もアランと共に魔王を討伐したという話は前から出回っていたと思うんだが。この反応は何というか今更な気がする。何なら前回立ち寄った時よりも反応があからさまだ。


(それだけ勇者が与える影響力は凄まじいという事です。勇者に劣るとはいえ貴方も十二年前の件や異例の爵位授与の件で色々と有名ですから。注目されるのは致し方ないかと)


 一度引き返すという手もあるが、この場にいる目撃者達が俺の情報を流せば時間を変えて来たところで無意味か。


「……あまり長居はしたくない。さっさと用事を済ませるぞ」


 理由を口にするまでもなく俺の意思は伝わったようでリュウもグレイも何か言うわけでもなく黙って頷く。

 観賞用として檻に閉じ込めた魔物でも見物しているような視線を無視して俺達は受付まで向かった。


「ギルドマスターとの面会は可能でしょうか? 良ければ許可を頂きたいのですが……ライ・サナタスが来たと伝えて頂ければ分かるかと思います」


「か、畏まりました。確認して参りますので暫くお待ち下さい」


 関係者以外立入禁止の看板が掛けられた扉の奥に吸い込まれるように入って行った受付嬢がに戻って来たのは数分後の事だった。


「お待たせ致しました。ギルドマスターがお待ちです。御案内しますので奥へ」


 とりあえず門前払いを食わずに済んだようだ。周囲がまた何か騒ついているようだが、気にするだけ無駄か。

 受付嬢に案内されて俺達も奥の扉へと入る。後ろで扉が閉まった音がして漸くあの居心地の悪い視線から解放されたのだと一呼吸。

 通されたのは廊下の最奥を示す壁。端には埃を被った木箱や布に包まれた荷物が置かれているが、その中心だけは何も置かれてなく、不自然に空いている。


「ええっと、この壁の奥に……」


「ギルドマスターがいるんですね」


「え?! は、はい」


 決して広いとは言えないうえ単純な一本道にも関わらず、わざわざ案内を付けた理由が分かった。このギルドの中にギルドマスターの部屋へと繋がる扉は存在しない。空間魔法と幻覚魔法の二重発動によって作り出された別空間に作っている。そして、その空間とギルドを繋げているのが、この目の前の壁という事だ。

 俺の魔力感知でも僅かにしか感じ取れないが、この壁の先にカイエンがいるのは間違いないようだ。

 それにしても一見何の変哲もない壁の奥を拠点にするとは。俺達みたいに魔力感知で探れる者なら兎も角、鈍い連中なら何の冗談だと勘違いされそうだな。受付嬢が妙にビクついていたのは過去に似たような事があったからだろう。


「貴女が嘘も冗談も言っていないことは分かっていますから、ご安心下さい。入室するには詠唱か何か必要なのでしょうか?」


 受付嬢は治療を終えた子どものように安心しきった顔をして「……御気遣い、痛み入ります」と頭を下げた。


「詠唱の必要は御座いません。私の言葉を信じて頂ければ必ず貴方様を目的の場所へ導いてくれます」


 制限発動魔法(リミテッド・マジック)か。条件は受付嬢の言葉を()()()()()()こと。少しでも彼女を疑えばギルドマスターのいる場所へは辿り着けない。そんなとこだろうか。


「でしたら、問題ありませんね。ここまで案内して下さり、ありがとうございました」


「い、いえ、これも仕事なので」


 「行ってらっしゃいませ」と丁寧にお辞儀をする受付嬢に俺も軽く一礼して壁に手を伸ばす。伸ばした手は壁を突き抜け、そのまま俺の腕が飲み込まれていく。「ほぇー」と感心したようなリュウの声を聞きながら俺は壁の奥へと進んだ。


 壁の奥に進むと、先ほど通って来た廊下と同じ景色。一つだけ違うのは壁しかなかった場所に扉がある事。

 念のためリュウとグレイが後ろにいるか確認しようと振り返ると二人とも同じ顔して俺を見ていた。今からギルドマスターに会うというのに何とも気の抜けた表情だ。


「……何だ、お前達。その顔は」


「いや、その……お前がモテる理由がほんの少しだけ分かったと言うか……そう、ほんの少しだけ」


「何を言っているんだ、お前は」


(まぁまぁ、お気になさらず。それより前の扉に用があるのでは?)


 何だかよく分からないが、グレイの言うことは尤もなので前を向いて扉を数回ノックした。


「ギルドマスター様、ライです」


 開かれた扉から現れたのは王都ギルドのギルドマスター、カイエン・ウォーカーだった。


「待っていたよ、ライ伯爵。おや、君の後ろにいるのは……あぁ、グレイ君とリュウ君だね」


「え、オレのこと知ってるんですか?!」


「勿論。これでもギルドマスターだからね。王都ギルドに登録されている冒険者なら全員憶えているよ」


「ぜ、全員ですか? まぁ、魔法を使えば出来なくはないでしょうけど」


「あはは。やだなぁ、そんなことで魔法は使わないよ」


 そんなこと……? 俺はグレイやリュウと顔を見合わせる。

 王都ギルドはこの大陸で最大のギルド。この男は、そこに所属している奴等全員を純粋な記憶のみで記録しているというのか。


「ささ、中に入って」


 カイエンに部屋に入るよう促され、俺達は「失礼します」と挨拶しながら入る。

 本に書類の山。棚に並べられた透明な瓶には薬草や鉱石が入っている。ギルドマスターの部屋というより収集部屋と言った方が、しっくりくる内装だ。

 羽根ペンが紙の上を滑るように動き回り、本が一人でにペラペラと(ページ)を捲っては自らの意志で本棚に帰って行く。全て彼の魔法が起こしている現象だ。


「飲み物を用意しよう。とは言っても、此処にはフッカかモルトネしかないけど」


 モルトネは乾燥させた果物や蜂蜜をハーブを溶かした水に混ぜて作る。果物の甘い香りと蜂蜜の濃厚な味わいが特徴の飲み物だ。


「じゃあ俺はモルトネを」


「オレも同じのでお願いします」


(では、俺にはフッカを頂けますか)


「了解。すぐ作るよ」


 宣言通り、カイエンは俺達の目の前で三人分の飲み物をすぐに作り終えてみせた。

 目の前に置かれたカップをリュウは不思議そうに見る。


「へぇ、これがモルトネか」


「お前、知らずに頼んだのか?」


「いや、どういう物かは知ってたんだけどさ。今まで飲んだこと無かったんだよ」


「つまり僕が淹れたのが君にとって初めてモルトネというわけだ。何だか緊張してしまうね」


 「口に合うと良いのだけど」とカイエンは穏やかに笑う。その笑みを見ながら俺はカップに口を付ける。

 果物特有の甘くて爽やかな香りが口の中に広がって、蜂蜜を少し多めに入れているのか舌に感じる独特なとろみがまた絶妙で病み付きになる。

 このモルトネが喫茶店の商品として出されていたなら俺は一杯のために店に通い詰めていただろう。そう断言できるほどカイエンが淹れたモルトネは美味かった。


「うわ! 何これ、美味っ……じゃなくて、えと、大変美味しゅう御座います?」


「ははっ、そんなに畏まらなくて良いよ。でも、口には合ったようで何よりだ」


 ぎこちないリュウの敬語に肩を揺らしたカイエンは俺がカップを置いたのを見計らったように向き直る。

 置いたコップに伸びる触手は見て見ぬ振りをした。念のため成分を分析したが魔物に害のある物は入っていなかったし、スライムが飲んでも問題ないだろう。


「それでライ君、こうして来てくれたってことは先日の返事を聞かせてもらえるということで良いのかな」


「はい。その件で来ました。返事は……是非よろしくお願いします」


「君なら、そう言ってくれると思っていたよ。早速、手続きに入ろう。と言っても僕の方は殆ど終わっているんだけどね」


 俺が返事をする前から色々と準備をしていたらしい。まさか奥の机で山積みになっている書類が……?


(先ほど言っていた例の当てがギルドマスターであることは分かりましたが……先日の返事とは? 一体、何をお願いしたんですか?)


 まぁ、待て。もうすぐ全部分かるから。

 念話(テレパシー)で返すと不満そうにしながらも納得してくれたらしいグレイはソファの背もたれに背中を預けた。


「魔法でサクッと終わらせられたら楽なんだけど、こういった大事な手続きは書面として記録に残しておくというのが決まりでね。そうしないと勝手にギルドを名乗って悪さする連中が出てくるからね。そういう組織を僕達は〝非公認ギルド〟と呼んでいるんだ」


(存在するんですね、決められた手順を踏まずに結成されるギルドが)


「残念ながら。発見次第、相応の措置はしているんだけど正確な数が分からないうえに拠点を探すのも一苦労でね。今は冒険者達の噂を元に調査員を派遣しているのが現状さ」


「けど、非公認ってだけでギルドとしては活動してるんですよね。何か問題あるんですか?」


「問題大アリさ。正規ギルドと変わらない活動をしているなら僕達も悪いようにはしないよ。奴等は依頼書の偽装に殺人や誘拐といった犯罪依頼(グリット・クエスト)を引き受けたりと好き勝手し放題なんだ。ただ正規ギルドより報酬の羽振りが良いらしくてね。正規ギルドに所属していながら非公認ギルドの依頼を受けている冒険者もいるんだ」


 正規ギルドでは依頼できないような依頼(もの)を引き受けることでギルドとしての生計を立てている。現在、振り分けられたランクで受けられる依頼(クエスト)が決まっているらしい。比較的安い報酬の薬草採りや低級魔物討伐等しか受けられない冒険者が金欲しさに非公認ギルドの依頼を受けて悪事に加担する事態は容易に想像が付く。


「おっと、話が逸れてしまったね。これから君が設立させるギルドは正規のものだから安心してくれ。君に書いてもらいたい書類は封筒の中に全て入れている」


 カイエンがパチンと指を鳴らすと奥の机に置かれていた茶封筒が一人でに動きだし、鳥のように宙を舞ってカイエンの手に収まった。

 カイエンから手渡された封筒は軽く、書類が入っているにしては厚みが無い。


「中を拝見しても良いですか?」


「勿論、構わないよ」


 封を開いて取り出したのは中身は書類もとい一枚の紙。封筒を受け取っていた時点で察してはいたが、実物を見たことで更に肩透かしを食らった気分だ。

 封筒の中に入っていたのは新規ギルドの登録書だった。内容を見たところ長ったらしい規約等は書いておらず、ギルドの正確な位置や名前、ギルドマスター等、登録に必要な情報を書き込んで最後はギルド所属国の領主が署名をするだけ。


(思っていたよりも簡素なんですね)


「これ一枚書けばギルドが出来るんだな。なんだ楽勝じゃん」


「そうだね、楽だよ。ギルドの登録はね」


 ……なんか含みのある言い方だな。


「実質、大変なのはギルドを設立した後さ。ギルド経営に人員の確保。何より依頼が集まらないことには話にならない。そういう意味では君が作ろうとしているギルドは不利だ。何たって、これまで碌に調査もされなかった未開拓の土地だからね。況してや魔物の出現も頻繁で今のところ安全性を確実に保証できるものも無い。冒険者を除いた人員は王都ギルド(こちら)から手配するよう動けなくはないけど結局は本人の意思が優先されるから、お願いすることは出来ても強要は出来ない」


 予想していなかったわけじゃないが、ギルドを運営していくって大変なんだな。俺にやれるだろうか……? 何だか不安になってきた。


(経営と言っても貴方一人でやらなければならないというわけでもないでしょう。勿論、俺も手伝いますよ)


「グレイは教師の仕事があるだろ。唯でさえ忙しいだろうに余計に負担をかけるわけには」


(あぁ、それなら問題ありませんよ。近々、退職するので)


 …………聞き間違いかな? 今、退職って単語が聞こえた気がしたんだけど。


(もう手続きも引継ぎも済ませています。それからギルド登録が終わり次第、ギルドの移籍登録を行うつもりです)


「ちょ、待て待て待て! お前、いつの間に、そんな……っ、初耳だぞ?!」


(でしょうね。今、初めて言ったので)


 いや、「それが何か?」みたいな顔されても……まぁ、俺もギルドを作るって話を今まで黙っていたわけだし、偉そうに言い返せる立場では無いが。


「なぁ、移籍登録って何?」


(所属ギルドを変更する手続きの事です。現在登録されているギルドに二年以上所属という条件はありますが)


「じゃあオレも出来るって事だよな? だったら、オレも! オレも移籍登録したい!」


 はい、はいと手を挙げるリュウにカイエンは込み上げてくる笑いを抑え込むように口元を手で覆っている。


「まだ設立前だってのに大人気だね。しかも二人とも優秀ときた。ギルドマスターとしては是が非でも引き留めたいところなんだけど……どうやら意志も固そうだし、さすがに厳しいかな」


「あ、……すみません」


「謝らなくて良い。どこのギルドに入るかは本人の自由だからね」


 ギルドマスターの前で失言してしまっていたことを、たった今自覚したリュウにカイエンは苦い笑みを頬に含ませた。


「しかし、今からギルドの登録をするとなると……うーん、ギリギリ間に合うかどうかってところかな」


「間に合うって何にです?」


魔激乱舞(フィリア・ラップス)への出場申請さ」


「!!」


 グレイの方を見る。グレイも俺を見ていた。不思議と彼が今考えていることが分かる。きっとグレイも同じだろう。

 俺は、はやる気持ちを抑えてカイエンに確認する。


「設立して間もないギルドでも出場できるんですか?」


「……何とも言えないな。毎年、必ず出場可能なギルドの条件が変わっているからね。その内容次第では出場は難しくなるかも知れない」


(前回は、どのような条件だったんですか?)


「前回は確か〝登録している冒険者数が五万人以上〟だったかな。比較的、楽な条件だったよ。ただ新設したばかりのギルドや冒険者総数千単位で活動している中規模ギルドには不利な条件だったね」


「じゃあ、もし今回も登録している冒険者の数を条件に出されたらライのギルドは出場できないんだな」


「そういう事になるね。でも今まで条件の内容が連続で被ったことはないから、そこは心配いらないと思うよ」


 出場条件があるのは予想外だったが、こればかりは運に身を任せるしかないか。


「もしかして出場したいのかい?」


「……まぁ、そうですね。出場しないといけないと言うべきかも知れませんが」


 首を傾げるカイエンに事情を説明しようか迷ったが、グレイが「別に隠さなきゃいけない事でもないので話しても問題ないですよ」と言ってくれたから言葉に甘えて打ち明ける事に。

 グレイから聞いた話をそのまま伝えるとカイエンは次第に険しい表情を見せ、何か考えるように顎に手を添えた。


「ゼノ・ホワイトか……これまた随分な大物に目を付けられたね、グレイ君。僕も彼と親しいわけじゃないけど魔激乱舞(フィリア・ラップス)で実力は嫌というほど知ってるからなぁ」


「そのゼノって奴、そんなに強いんですか?」


「あぁ、強いよ。これまで行われてきた魔激乱舞(フィリア・ラップス)は全て彼のギルドが優勝している」


「マジっすか……」


 不味いものでも食べたかのような顔をしながらリュウは「オレ、そいつとは絶対戦いたくないや。いや、そんな機会あるわけないけども」と独り言でも言うように口ごもっている。


「彼がギルドマスターを務める〝叛逆の鉤爪(タスクリング)〟の主力メンバーは獣人(ケモノビト)のみで構成されているんだ。彼らは元奴隷だとか元犯罪者だとか色々噂があるけど本当のことは誰も知らない謎の多い集団でもあるんだ」


(何度も優勝してギルドとしても個人としても目立っている筈なのに殆ど情報が露出していないなんて優れているのは物理的な能力だけではないようですね)


 カイエンから与えられた情報で少しずつ叛逆の鉤爪(タスクリング)が、どういうギルドか分かってきた。と言っても、まだまだ不明瞭な部分は多いが。

 モルトネを飲み終えたらしいスカーレットがカップを受け皿の上に置いては上げてを繰り返すことでカチカチと音を鳴らしている。……え、まさか〝おかわり〟を要求している?


「それにしても意外だな。僕が見てきた限り、彼は自分から人間に喧嘩を売るような性格じゃないと思っていたんだけど。むしろ人間を避けている節があったからね。あぁ、でも女性は別か。何たって彼は生粋の女好きだからね」


(…………え?)


 今のは聞き間違いかとでも言いたげな反応を見せたグレイが首を捻る。


(あの、ギルドマスター。今のって全部ゼノのことを言っていたんですよね?)


「ん? うん、そうだよ。僕の見解も混じっているから全てが正しいとは言えないけど」


(そう、ですか)


 グレイは腕を組み、口元に手を当てて何やら考え事を始めた。今の話の中に何か気になる事でもあったのだろうか?


「君達の事情は分かったよ。でも、ゼノと戦うにしても何にしてもギルド登録を済ませないと何も始められない。それに、まだ君達が出場できるとも限らないしね。色々と不安に思うのも分かるけど、とりあえずは相手と同じ土俵まで上がって来れないと意味がないからね」


 カイエンの言う通りだ。ゼノとの対決のことは追々考えれば良い。先ずは目先のことに集中しよう。


「君さえ良ければ、このまま手続きを始めようと思うんだけど問題ないかな?」


「はい。よろしくお願いします」


 カイエンから羽根ペンを借りた俺は改めて書類に目を通す。ギルドの場所なら、もう決めている。

 ガーシャ達は街を作る際、あえて大木を一本だけ切り倒さずに残した。街の中央の位置を明確にする為……と言うのも嘘ではないのだろうが、恐らく切り倒すのが容易ではなかったからというのも理由の一つだろう。

 ガーシャ達は大木の下に一軒の大きな酒場を建てた。酒場とは言っても、ただ酒を飲む為だけの場所なのに王都ギルドで見慣れた受付のカウンターや依頼者を貼り付ける掲示板も設置されていた。この建物を初めて見た時、ここは単なる酒場としてではなくギルドハウスとして建てられたのだと、すぐにピンときたのを憶えている。


「ここにギルドハウスの場所を書くようになっているんですが建物がある場所の特徴や場所の詳細等を書けば良いんですか?」


「あぁ、そこは書かなくても大丈夫。代わりに、この札をギルドハウスにする建物の壁に貼ってもらう事になるけど」


 そう言ってカイエンが差し出してきたのは魔法を記述で詠唱する際に使う魔法文字(マジック・ラーグ)がびっしりと書かれた紙の札。札を手に取り、書かれている文字を見る。


「情報保管に記憶、それらの効果を書き換えさせない為の特殊結界と、あらゆる物理や魔法に対して強い耐性を付与する防御結界が施されていますね」


「流石だね。その札を貼った建物は自動的にギルドハウスとして設定される。つまりは本来ギルドでしか出来ない手続きが出来るようになる。もし建物を変えたい時は札を剥がして、また貼り直せば情報が自動的に書き換わる仕組みだよ。札一枚でギルドハウスの変更手続きが済むなんて便利な時代になったものだね」


「じゃあ今から札を貼りに行った方が良いですかね?」


「貼るのは後でも大丈夫だけど、まぁ忘れないうちに済ませた方が確実だね」


(じゃあ俺が行ってきますよ。その間にライさんは手続きを)


 それは助かるが……この札って誰でも触っても良いものなのだろうか?


「まだギルドマスターが決まっていないから、ここは御言葉に甘えてグレイ君に任せよう。ただ一通り手続きが済んだ後だとギルドマスターしか貼ったり剥がしたり出来ないから、そこだけは忘れないように」


 グレイは立ち上がって頷くと札を持って一瞬でその場から姿を消した。どうやら、この空間でも瞬間移動(テレポーテーション)は使えるようだ。


「それじゃグレイ君が札を貼りに行っている間に手続きを進めようか。次はギルドの名前だね。名前は、もう決めてるかい?」


「名前……」


 まだ国の名前すら決まっていないのにギルドの名前など考えているわけもない。適当に決めるなど論外だが相談しようにも今ここに残っているのは何となくネーミングセンスに期待が持てないリュウと……もはや理由は言うまでもないスカーレット。 


(……グレイが戻って来てから考えるか)


 グレイを待つことを選んだ直後に、ふと思い出す。俺を救い出してくれた奇跡の魔法。グレイとリュウが二人で生み出した魔法を。


「なぁ、リュウ。お前が俺を目覚めさせる時に使った魔法って、確か……」


復活の女神(アナスタシア)が鳴らす鐘(・カリヨン)だけど。それが、どうかしたのか?」


 復活の女神。女神は兎も角、〝復活〟という言葉には惹かれるものがあった。

 一度は自発的に失った記憶(いのち)。半身によって齎された永久的な眠り。幸運なことに俺は、その何方からも復活を遂げている。

 この奇跡を……謎の空間で会った自称神の言葉を借りるなら不具合をギルドの名前として讃えるのも悪くないと思えたのだ。

 俺は待ち構えた羽根ペンを紙の上に走らせた。

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