403話_移り行く世情
時間になっても待ち合わせ場所に現れない俺を探しに来たのだろう。魔力感知を使って居場所を特定し、俺がサラの家から出てくるのを此奴は律儀に待っていたのだ。
「手間をかけさせて悪かったな、グレイ。リュウは?」
(行き違いになる可能性を考慮して待ち合わせ場所に留まってもらっています……というのは建前で。魔王様、お耳に入れておきたい事があります)
リュウに聞かせられないということは前世絡みか。俺は周囲を警戒しながらグレイに近付き、自分達に認識阻害魔法をかける。これで俺達が街中でどんな会話をしていようが誰も気にも留めない。
「王都の城内でゼノ・ホワイトに会いました」
「ゼノに?! ……そうか。それで向こうは、お前のことを憶えていたのか?」
(はい、バッチリと。貴方のことも憶えていましたよ。今は貴族になっているようで城にいたのは王位継承の儀に招かれたかららしいです)
「ゼノも貴族に……だが、会場でそれらしい人物は見かけなかったと思うが」
(でしょうね。本人曰く、終わるまで庭で寝ていたようなので)
それって所謂、サボリという奴なのでは……
(昔から大人しく待ても出来ない駄犬でしたからね、彼。それに俺達が何を言っても気が乗らないからと知らん振り。唯一、貴方の言うことだけは聞いていましたが)
ゼノは俺にとって優秀な部下の一人だった。
襲撃した奴隷市場で偶然拾った魔狼。人間を心から恨み、魔王軍の一員として主に戦闘面で貢献していた。何だかんだ文句を言いながらグレイもグレイなりに彼のことを認めていたのは知っている。
マリアを失った俺が人間に向ける感情は憎しみと殺意しか無かった。だから、同じく人間を恨んでいたゼノとも反りが合った。
立場的には今で言うところのグレイに近かったと思う。頼れる右腕として最後まで魔王軍と共にある。そう思っていた。
魔王軍を抜ける前のゼノも、きっと初めから魔王軍を抜けよう等とは考えてもいなかった筈だ。彼に、その選択をさせてしまったのは他でもない俺。人間を滅ぼすという当初の目標が崩れてしまった事で彼は俺に失望し、人間に魔王軍の情報を売った。大嫌いな人間に寝返ってまで俺を始末したかったのだ。恐らく彼の中で魔王への憎悪が人間への憎悪に打ち勝ったのだろう。
前世の記憶があるという事は彼は今も俺を憎み、心底嫌っている事だろう。それだけ彼にとって裏切りは重罪なのだ。
俺の個人的な迷いを彼が裏切りと受け取ったのなら、それまでの話だ。所詮は過去の話。今更、弁明したところで何になるというのか。
「しかし、ゼノが貴族か。なんか意外だな」
(そんな悠長なこと言ってる場合ですか。このままでは貴方の存在が知られてしまうのも時間の問題ですよ)
「だからって今更どうしようもないだろ。バレたらバレたで、どうするかは相手の出方次第だ」
(彼が俺達に何をしたか……まさか忘れたわけではないですよね)
確認を促すような口調の中に一種の苛立ちのようなものを感じた。
(どうして、そんなに落ち着いてるんですか? ゼノは貴方を裏切ったんですよ?! 彼が裏切らなければ貴方が勇者と一騎討ちする事態を回避する事だって出来た。彼さえ、いなければ……俺達は……っ、)
確かにゼノが情報を流さなければ俺とアランの一騎討ちが実現するのは、もっと後だったかも知れない。彼が魔王軍を抜かなければ、もっと長生き出来たかも知れない。
何を言ったところで全てが終わった今となっては可能性の話でしかないし、あの戦いは俺が最後まで自分を貫き通せなかった時点で敗北は確定していたようなものだ。
ゼノは、敗北を現実にした切っ掛けに過ぎない。そして、その切っ掛けを生み出したのは俺だ。
「ゼノが魔王軍を抜けたのも裏切ったのも元はと言えば全部俺のせいだ。彼奴が信じていたものを俺は最後まで守り通すことが出来なかった」
(彼は貴方に勝手な理想を押し付けて、勝手に腐っていっただけです。貴方が負い目を感じる必要なんてありませんよ)
ゼノが魔王軍を抜けることになった原因。俺は自分が原因だと言い、グレイはゼノ自身に原因があると言う。
「……見ているものは同じでも、見えているものは違う。俺もお前も、それからゼノもそうだった。そもそも誰が悪いとか、そういう次元の話じゃないのかも知れないな」
俺が魔王になった理由も、グレイ達が最後まで付いて来てくれた理由も、ゼノが魔王軍に仲間入りした理由も違う。
最終到着地点は同じでも、そこに辿り着くまでの道のりや過程は人それぞれ。当然だ。だって俺達は互いに独立した存在なのだから。
もう全て終わった事だ。それを今更、誰が悪いとか考えるだけ時間の無駄だ。
「この先、俺とゼノが顔を合わせることになったとしても問題ないだろ。それはグレイ、お前が既に証明してくれている。もしゼノが俺の存在に気付いたのだとしたら、お前は真っ先にその事を報告するはずだ。それが無いということはゼノは俺が王都にいる事は愚か、同じ世界に転生していることにも気付いていない。違うか?」
(ご明察の通りです。人間の何万倍も鋭い嗅覚を持つ魔狼なら俺を通じて貴方の匂いを嗅ぎ分けることくらい容易いはずなのですが、彼は貴方の匂いを嗅ぎ分けることが出来ませんでした)
ゼノが嘘を吐いている可能性は……無いな。仮に彼が前世と関わりのある奴を遠ざけたいと考えていたとしたらグレイとの接触を何としても回避していた筈だ。
(それでも絶対にバレないという保証はありません。警戒するに越したことはないかと)
「姿は兎も角、名前は前世のままだからな。魔王と同じ名前の奴がいると知られたら、まず間違いなく怪しまれる。そこから更に、お前達といるところを目撃でもされたら……」
(今回のことで俺にも前世の記憶があるとを向こうに知られてしまったわけですし、その俺が貴方に仕えていると知ったら、よほど察しの悪い阿保でもない限り言い逃れもさせてもらえないでしょうね)
簡単に想像できる仮定の未来に「だよなぁ……」と頭を掻きながら遠くを見つめる。
「ゼノと出会す可能性がある時だけ変装するというのは?」
(今回に関しては、あくまで貴方の匂いとして認識されなかったというだけです。変装魔法で姿形を変えたところで俺達に接点があることを隠しきることは不可能でしょう。それに貴族として振る舞わなければならない場では変装や偽名を使える場所など限られている。そんなものゼノの前では隠れ蓑にもなりませんよ)
「じゃあ今のところ打つ手なし、か。……いっそ下手に隠すより、こちらから名乗ってしまった方が良い気がしてきた」
(自ら名乗る……なるほど、案外悪くないかも知れませんね)
半ば投げやりの言葉は、しっかりグレイに拾われていた。
(もし俺がゼノの立場なら魔王様と同じ名前の貴族がいると知った時点で本人と接触を図ります)
「何の為に?」
(その人物が魔王様であるかどうか確認する為です)
「だったら本人が出向くより調査という形で他の奴に行かせた方が良いんじゃないか? 俺だったら、そうするが」
(自分以外に前世を知る者が近くいるなら、そうするのが得策でしょうが……彼は俺と会うまで前世を知る者とは会った事が無いと言っていました。その言葉が事実なら彼は自分で動くしかない。こればかりは前世を知る者しか頼りようがありませんから)
割と早い段階でグレイ達と会えたから特に何も思わなかったが……そうだよな、俺は偶々運が良かっただけで誰とも会えない可能性だってあったんだよな。
(そこで彼に、こう認識させるんです。貴方は魔王様と同姓同名の別人だ、と)
「相手は、あのゼノだぞ。そうこちらに都合よく解釈してくれるとは思えないんだが」
(彼は自分の能力で得た情報に絶対的な自信を持っています。事実、彼の嗅覚や直感はそこらの獣人とは比にならないほど優秀です。逆に自分の物差しで測れない情報、言い換えれば根拠が掴めない他所からの情報のみで結論付けることはありません。彼の性質上、匂いや仕草、それから前世に関する知識など自分と俺達だけが知っている情報を駆使して探りを入れてくる筈です)
「彼奴に魔王だと悟られた瞬間、即ゲームオーバーって事か。中々に手厳しいな」
(地盤のない嘘は、すぐに破綻してしまいます。ですが、正直に打ち明けるわけにもいかない。だったら貴方が魔王だと判断されない範囲の事実に、ほんの少しだけ嘘を混ぜてしまえば良い。嘘の部分を自分で把握できれば襤褸を出す危険性も無くなります。自ら蒔いた嘘で自滅など笑い話にもなりませんから)
グレイめ、簡単に言ってくれる。つまりはゼノを欺けと……俺に出来るだろうか。……いや、もはや出来る出来ないの問題でもないか。
(勿論、俺達も協力します。というか、彼の前では俺達も普段通りに貴方に接するわけにもいきません)
確かにゼノの前で俺のことを魔王様と呼んだりなんかしたら完全に詰みだもんな。ゼノを欺かないといけないのはグレイ達も同じというわけだ。
(正直、魔王様の方は心配していません。何だかんだ上手く立ち回ってくれると信じてますから。俺が問題視しているのは他の仲間です。ゼノに煽られて墓穴を掘らなければ良いのですが)
「彼奴等だって状況を理解すれば、ちゃんと指示通りに動いてくれるさ」
(未だにゼノは貴方に対して嫌悪に近い感情を抱いています。貴方を蔑むような言動を取ることもあるでしょう。その時、果たして彼らは受け流すことが出来るかどうか)
「そこは大丈夫だろ。彼奴等だって大人だ。俺の悪口を聞いたくらいで暴れたりしないさ」
(……本気で言っているのなら俺は貴方を全力で張り倒します)
「え?!」
真面目に驚く俺にグレイは説明するのも面倒くさいと言わんばかりに深く息を吐き出した。
(では問いますが、もし彼らを蔑むような言動を取った者が目の前にいたら貴方はどうしますか?)
「死なない程度に甚振って、二度とするなとお願いする」
(逆もまた然り、ですよ)
大事に思っているからこそ粗末に扱われたり貶されたりすると腹が立つ。魔族だろうが人間だろうが、その感覚は変わらない。誰かを想う心は皆平等にあるのだから。
(ライ、オコル? スカーレット、モ、オコル!)
足元で元気よく跳ねるスカーレット。楽しんでいるようにしか見えないが、実際これでも怒っていたりする。
(スカーレットさんも一緒なら百人力ですね)
(ヒャク、ニン、ニン?)
「百人力。要は、頼りになるって事だ」
(タヨリ! ナル、ナル! スカーレット、ニ、オッマカセ!)
スカーレットは伸ばした触手を人型の手に変形させてピースサインを作る。ほんと頼もしいスライムだよ、お前は。
(水を差すようで心苦しいんですが、実はゼノのことで報告しなければならない事が、もう一つありまして)
「何だ?」
(何やかんやあってゼノと決闘する事になりました。その為に俺は今年の魔激乱舞に出場しなければならなくなったので協力してくれませんか? というか魔王様にも是非出て頂きたいので一緒に参加して下さい)
「は、おまっ……?! そういうのは、もっと早く言え!」
ゼノに出会した時の対策を、あれこれ考えてる場合じゃない。しかしまぁ、そんな重要案件を簡潔に纏めやがって……いや、そこに関しては寧ろ褒めるべきか──って、違う。
グレイがゼノと決闘……フィリ何とかで……協力して……。駄目だ、情報が断片的にしか入ってこなかったせいで上手く整理できない。大変面倒だが、これは一つ一つ丁寧に紐解いていく必要がありそうだ。
「……そもそも、どうして決闘なんて話になった?」
(言っておきますが、持ち掛けてきたのは向こうからですよ。俺がやった事と言えば少し挑発したくらいです)
「お前もお前で切っ掛け作りに、しっかり貢献してるじゃないか」
(彼は魔王様を侮辱したんですよ。それ相応の報復は当然の権利です)
初耳だぞ、そんな権利。今のグレイは何を言っても聞く耳を持たなそうだ。このままでは埒が開かないと俺は次の話題に移ることにした。
「さっき言ってた〝フィリ何とか〟ってのは?」
(魔激乱舞。ヴァルシャ王国の首都シュプラで年に一度行われる祭典です)
「へぇ、知らなかった。そんなものがあったのか」
(知らないのも無理はありません。魔激乱舞が毎年行われるようになったのは十年前からなので)
「あぁ、通りで。ってか、わりと最近なんだな」
(はい。十二年前の魔王襲撃以来、ギルドの在り方が見直され、生み出されたのが魔激乱舞です。この十二年の間にギルド界は個人の純粋な実力を優先的に求める実力史上主義を掲げるようになりました。その結果、ギルドに登録している者は例外なく能力ごとにランク付けされ、選択できる依頼にも制限がかけられるようになりました)
むしろ今まで、そういう制度を取り入れようという動きが無かったこと自体に疑問が沸く。とはいえ、こんなに一気に変わるものなのか。
(それだけ十二年前の惨劇を各国も重く受け止めているという事です。地図から消えた村や街、犠牲になった人々の数は数知れず。地道な復興作業のお蔭で少しずつ元の姿を取り戻しつつある場所もありますが、さすがに人々の心までは……物は壊れても大半は修理すれば元通りですが、命はそうもいかないので。掛け替えのないものを失った者達の怒りはギルドへと向けられました。いざという時に民衆や国を守れるだけの力を持たないギルドに存在意義はあるのか、と)
「……それが能力無関係の理想主義から実力至上主義に変わった最大の理由か」
(はい。魔激乱舞は謂わば、ギルドがギルドであることを民衆に証明する為の場でもあるんです。それとは別にギルドを能力ごとに順位化することで競争意識を募らせ、個人の能力向上に繋げる狙いもあるようですが)
「しかも目立てばギルドの宣伝にもなる。ギルドが有名になればなるほど依頼も多く集まるだろうからな。ギルドの信頼度を上げるにも稼ぐにも丁度良い催しというわけだ」
(えぇ。ただ、あくまで実力主義の世界なので、その恩恵を貰えるギルドは限られていますが)
だろうな。王都のギルドのように元から規模の大きい組織が必然的に有利になるのは目に見えている。他のギルドが対抗するにはギルド登録をしていない実力者に目星を付けておいて真っ先に勧誘するか、或いは他所のギルドから有能な奴を引き抜くしかない。どちらを選択するにしろ交渉は必須だが。
「お前は出たことあるのか? その魔激乱舞に」
(いえ、ありません。そういう行事があることは知っていましたが興味もありませんでしたし、何より貴方を救い出すことが最優先でしたから)
「誰でも参加できるものなのか?」
(ギルド登録をされている方なら無条件で参加表明の権利は与えられます。ただ出場人数に制限が設けられているので一定数を超えた場合は選別が必要になりますが。選別方法はギルドによって異なるようです。ちなみに王都は得た称号の数やランクの高さで決めていますね。他に模擬決闘や占術を用いた方法を採用しているギルドもあると聞いたことがあります)
称号やランクは相応の実力を認められて得られるもの。そのシステムを利用した選別は実力主義に相応しい合理的な方法だと思う。
それから何となく予想はしていたが、やはりギルド登録を強制的に解除されている俺は再登録から始めないといけないようだ。
「グレイは今も王都のギルドに所属してるんだろ」
(はい)
人数が多いうえに実力者も多いであろう王都ギルドともなれば、その競争率も他のギルドとは比較にならないだろう。これは参加資格を得るだけでも骨が折れそうだ。
王都のギルドと聞いて俺は、先日城まで訪ねて来たカイエンのことを思い出した。俺が王都に来た、もう一つの目的も。
「なぁ、グレイ。魔激乱舞に出場できるギルドにも制限はあるのか?」
(どう、でしょうか。すみません、そこまでは……過去に出場したギルドを調べれば分かるでしょうが)
「調べるのも良いが、分かる奴に訊いた方が手っ取り早いと思わないか?」
(それは、まぁ……もしかして当てがあるんですか?)
そういやグレイにはカイエン城にが来たことを、まだ伝えていなかったな。……ま、良いか。どうせ、これから会いに行くんだ。グレイには、その時にでも伝えてやれば良い。
「まぁな。リュウと合流したら、そのままギルドに向かいたいんだが問題ないか?)
(俺は構いませんが……)
「よし、じゃあ早く行くぞ」
(ハヤク! ハヤク!)
俺の言葉に反応したスカーレットが先頭を行く。グレイは俺を訝しむような顔で見つめながら付いて来ている。思考を覗こうにも結界が邪魔して覗けないのだろう。グレイには申し訳ないが、ギルドに着くまでは内緒だ。
もう必要ないだろうと判断し、認識阻害魔法は解除。あとはギルドまでの道を進むだけ。
(ところで魔王様、当てとは一体……?)
「行けば分かる」
まさか不在にしている間に俺が王都ギルドのマスターと顔見知りになったなど夢にも思うまい。グレイの反応が楽しみだ。
十二年前よりも綺麗に舗装された煉瓦道を足早に進みながら俺達はリュウの元へ急いだ。




