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401話_素直な恋心

 俺が街に来た理由は観光目的の他にも二つある。

 一つは、街の景観や人の流れを観察する為。もう一つは、市場調査の為。今後の街づくりや優先的に構える店の選別の参考にしたかったからだ。

 城にいる時はマントをしていたが、街では外している。今や貴族である俺が堂々と街を歩いていたら、どんなトラブルに巻き込まれるか分からない。

 それを抜きにしても俺はそこそこ有名なようで敵意のない視線を幾つも感じる。表向きでは勇者アランのパーティーとして魔王討伐に貢献した事になっているようだし、十中八九、十二年前の魔王討伐の件が影響しているのだろう。寧ろ、それくらいしか俺が民衆から注目される理由が思い浮かばない。


「なぁ、ライ。今更なんだけどさ、グレイを置いて来ちゃって本当に良かったのか?」


 市場に到着する手前でのリュウの質問に俺は出端を挫かれた気分だった。


「本当に今更だな。グレイが、そこらにいる冒険者より強いことくらい、お前だって知ってるだろ」


「グレイが強いのは知ってるけどさ、オレが心配してるのは……昔のお前やグレイのことを知ってる奴に出会しちゃったりしてるんじゃないかってこと」


 周囲に聞かせまいと声量を調整しながら言うリュウに納得しながらも「仮にそうだったとしてもグレイなら大丈夫だろ」と返す。


「何で、そう言い切れるんだよ。そいつが味方とは限らないだろ」


「それを言い出したら切りが無い。俺達は多方面に恨みを買っていたからな。仮に当時敵対していた奴だったとしても、その時はその時だ。それに相手に前世の記憶があるとも限らないしな」


「まぁ、それはそうだけど……そういや前から聞きたかったんだけど、ライは昔の仲間全員と会えたのか?」


「まさか。全員に会うとなれば相当な数になるし、種族もバラバラだから探すのも一苦労だ。多分、一生かけても無理だろうな」


「……そっか」


 リュウは顔を俯かせる。その表情も、込めた感情も分からなかったが、声色から何となく気落ちしている気がした。


「何故、お前が落ち込む?」


「落ち込んでねぇよ。落ち込んでねぇけど……何か、ムカつく。ライが魔王になったのだって、ちゃんと理由があるのに」


「理由があれば良いってものじゃないだろ。それだけ俺は許されない事をした」


「……だとしても、やっぱり納得いかねぇよ」


 聞き分けのない子どものような顔をしてリュウが拗ねている。困ったなと思いながらも笑みが零れてしまうのは仕方がないと思う。

 俺の前世の悪行を知りながら、それでも俺は完全な悪じゃないと否定してくれる。グレイ達といいリュウといい俺は本当に仲間に恵まれている。

 十二年前に対峙した魔王、謂わば、俺が歩んでいたかも知れない()()()()()()()

 もしも俺が魔力を拒絶していなかったら。皆に出会えていなかったら。十二年前に討たれていたのは俺だったかも知れない。

 横目でリュウを見る。相変わらずの拗ね顔だ。

 目の前では新たな王の誕生を祝う祭典の出店が立ち並んでいるというのに気付いてもいない。


「ほら、リュウ。いつまで膨れっ面を晒してるつもりだ。あちこちから美味そうな匂いがするせいで腹が減ってるんだ。折角だから何か買って食おう」


「ん、言われてみれば食欲を唆る匂いが……って、何で、こんなに賑わってんだ?」


「何たって今日は王位が継承された記念すべき日だからな」


 新たな王の誕生を国全体で祝っているというわけだ。


(祭り、か……そういえば俺も開国するにあたって何か催し物を考えないとな)


 今すぐにというのは難しいが、せめて国としての形が安定した頃には何か企画した方が良いだろう。どうせやるなら大々的に。その方が国の宣伝にもなる。


 それから俺達は、いつも以上に賑わう市場を色々と見て回った。食べ物に装飾品に骨董品と取り扱っている商品の種類は様々で目移りしてしまう。

 有り難いことに貴族になった俺の懐は市場に並んでいる商品を買い占めたとしても明日からの生活に何ら影響ないくらい潤っている。だからといって散財するつもりは無いが。


「熱っ! 美味っ! ライ、これ食ってみろよ!」


 リュウの意識は完全に屋台の料理に向いている。さっきまでの沈んだ雰囲気より全然良い。

 備え付けの小さなフォークに刺して差し出された球形の食べ物は出来たてのようで湯気立っている。見るからに熱々だ。リュウの奴、よくこれを一口でいけたな。


 リュウに寄りたい所があると言ったら「もう少し見て回りたい」と言われたので俺達は一時的に解散し、城の近くで合流する事となった。グレイには先に彼と合流した方が事情を説明する事にした。いくら王都が広いとはいえ、俺達が行く場所など限られている。何か事件にでも巻き込まれない限りは、その辺りを探せば見つかるだろう。

 リュウと別れた俺はギルドへ向かった。その道中で幸運にもシャモンに会った。彼には貿易関連で色々とお世話になる。改めて挨拶しておきたかったから丁度良かった。

 その際に他にも何人か商人を紹介してもらえたため早速彼らと取引をした。本来であれば正式な段取りを踏まなけれはならないのだが、今回は証人(シャモン)がいるため簡易的な手続きでも成立した。

 このままギルドに向かうつもりだったが急遽、目的地をサラの家へ変更した。マナとマヤは今は魔法学校の寮に住んでいるから彼女の家には居ない。つまりサラの家には彼女を含むボールドウィン一家とマリアとスカーレットが住んでいる。

 俺が当初と予定を変更して彼女の家に向かったのはスカーレットを回収する為だ。いつまでも預けておくのも気が引けるし、何よりスカーレットが拗ねてしまう。念のため御機嫌取り用にシャモンからトマトを何個か購入しておいたが、果たして効果はあるのか。


「あら、ライ君! いらっしゃい。また大きくなったんじゃない?」


「お久し振りです、サラさん。そうですかね? 自分じゃ、よく分からないですけど」


 とっくに成長期は過ぎているはずだが、もしかしたら僅かながらも成長しているのかも知れない。


「ごめんなさい。マリアは今、出掛けてるの。お茶でも飲みながら待つ?」


「あ、いえ。この後も用事があるので」


「そう、残念……じゃあ、マリアにはライ君が来たこと伝えておくわね」


「はい」


 マリアが居ないと分かって残念なような安心したような不思議な気持ちになる。彼女への想いを自覚してからというもの、これまで自分が彼女にどう接していたか思い出せないでいる。

 マリアは俺の母親だ。まだ彼女に気付かれてはいないだろうが、血が繋がっていない事も知っている。

 対して、マリアにとって俺は血の繋がりは無いものの自分で育てた子どもであり、家族だ。

 その家族である俺が家族に向ける感情とは別の感情(もの)を向けていると知られたら……彼女に会うことすら出来なくなる。

 たとえ血の繋がりは無くとも家族に家族以上の感情を向ける事など有り得ない。それが、この世界の常識。つまり俺が持つ感情は常識の(ことわり)から外れている事になる。アランから問われたことで薄汚い執着心も自覚してしまった今、マリアと会うのは憚られた。

 無事スカーレットを回収した俺はマリアが帰って来る前にサラの家を出た。彼女を目の前にしたら、この葛藤が無に帰するであろう事を自分なりに悟っていたからだ。

 彼女を母親として見れなくなっていることに背徳感を覚えながらも、こればかりはどうする事も出来ない。

 自分自身に対する洗脳系魔法の使用は基本的には不可能。それは、つまり記憶操作による感情の制御を実現させる為には第三者の協力が必要不可欠という事。更に言えば、この異常とも言える想いを誰かに自白しなければならない。

 こんなこと一体誰に打ち明けられるというのか。


(ライ、ダイジョブ?)


「…………あぁ、大丈夫だ」


 どうやら俺は自分が思っている以上に余裕が無いらしい。一瞬とはいえ、あろう事かスカーレットに協力してもらおうか等と考えてしまった。

 いくら焦っていたとはいえスライムに協力を仰ごうなど正気の沙汰ではない。


「ライ」


 あぁ、最悪だ。この声を聞いてしまったら俺はもう抗おうという気さえ起きなくなると言うのに。

 弾けんばかりの彼女の笑顔が俺の声を、足を奪う。これでは駆け寄って来る彼女から逃げることも出来ない。


「良かった、本物のライだわ。会いたいなって思ってたら目の前に現れたから私の都合の良い妄想が生み出した幻覚なんじゃないかって少し疑っちゃった」


 本当は抗うことだって逃げることだって出来る。出来るのに、そうしなかったのは────俺も彼女に会いたかったからだ。

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