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400.5話_閑話:逆心の魔狼〈ワーヴォルフ〉《上》

 あれから速やかに用事を済ませたグレイはライ達と合流するため小走りで城内を移動していた。

 一度引き返した廊下まで戻って来れたは良いものの道の真ん中を通せんぼしている集団が前方に見えてグレイは反射的に顔を顰める。

 こんな人気(ひとけ)のない廊下で、しかも貴族令嬢ばかりが集まって何をしているというのか。

 何かを取り囲んでキャーキャーと喜びの悲鳴を上げている彼女達は当然グレイの存在に気付かない。

 彼女達の視線の先にいる何かが、この集団の主であることは明白。背格好から男であることは分かるが、その正体までは突き止めることが出来ない。

 もっと近付けば誰か分かるのだろうが、今のグレイにとって最重要事項は男の正体を突き止める事ではなくライ達と合流する事。

 故に、グレイは〝空気〟に徹することにした。

 幸い、彼女達はグレイの存在に気付いていない。気付かれたところでどうということは無いが、居心地が悪いことに変わりはないためグレイは一刻も早くこの場を去りたかった。


「ねぇ、先ほどは何処にいらしてたの? 王位継承の儀の時は、いらっしゃらなかったわよね?」


「僕、ああいう堅っ苦しいの苦手やねん。せやから終わるまで庭で寝とったわ」


「誘ってくだされば、お付き合い致しましたのに」


「はぁー、それは勿体ないことしたなぁ。折角、別嬪さんに膝枕してもらえるチャンスやったのに」


「もうゼノ様ったらぁ♡ 膝枕くらい、いつでもして差し上げますわ♡」


(……何だ、この寒気がする会話は)


 グレイは集団を通り過ぎながら自分の腕をさする。どうやら令嬢達を魅了しているのはゼノという男らしいとグレイは興味が無いながらも情報として記憶していく。

 この辺りでは耳慣れない独特な口調だが、過去にグレイは似たような口調で話す者を目にしたことがある。

 過去は過去でも前世まで遡る遠い遠い過去。その者は昔の自分と同じように魔王軍に所属していた魔狼(ワーヴォルフ)の男であった。そして偶然にも、その男の名もまたゼノという。

 珍しい話し口調ではあるが何も彼だけが扱うものではないし、ゼノという名前も決して珍しいものではない。

 かつての知人との共通点が二つ見つけたくらいで……そうは思いながらもグレイは男が気になって仕方がない。

 少し前までは早く通り過ぎたい一心だったのに今は足が止まっていた。男の口調を知り、名前を知り、今度は顔を見たくなったのだ。

 もし男がグレイの知る〝ゼノ〟であれば、その頭には魔狼(ワーヴォルフ)特有の狼の耳が生えているはずだ。

 機能していないはずの心臓が早鐘を打っているように感じるのは、それだけ自分が緊張しているからだろうとグレイは他人事のように分析しながら、ゆっくりと振り返る。

 グレイの瞳が先ほど遠目で見た時よりも鮮明に男の姿を捉える。同時に男もまたグレイの存在に気付いて令嬢達から視線を逸らす。

 両者の見開かれた目には自分と同じ顔をした男が映っていた。

 曇天の色をそのまま落とし込んだようなスカイグレイの髪に、髪の色と揃いの毛深い耳。瞳は闇夜に浮かぶ満月の如く黄色がかっていて、左目は真紅の眼帯で隠されている。薄っすらと開かれた口からは犬歯が見え隠れしている。

 まさにグレイが知る〝ゼノ〟と瓜二つ。というか、間違いなく本人だ。

 ゼノの姿を見た時、そうグレイは確信した。


「あー、……みんなゴメンなぁ。僕、ちょっと急用が出来てもうたわ」


 令嬢達が残念そうな声を上げる中でゼノは「ほんまに、ごめんなぁ」と謝りながらもグレイに「逃げるなよ」と視線で圧を掛ける。

 そんなことをしなくてもグレイに逃げる意思など毛頭無い。逃げれば面倒なことになると過去の経験から理解しているからだ。


 令嬢達が名残惜しそうに去ったことでグレイはゼノと対面する。

 極度の緊張による喉の乾きを潤すようにグレイは喉を鳴らした。


「いくら僕がええ男やからって、そないに緊張せんでもええんちゃう?」


(…………)


「なんや無視かい。ほんま、つまらん奴やな。せめて笑うなり突っ込むなりせぇよ」


(……何故、此処に?)


 漸く言葉を発したグレイにゼノは、やれやれと肩を竦める。


「つまらん奴は質問もつまらんなぁ。ここの王様に呼ばれたから来た。これでええか?」


 飄々とした態度は昔から変わらないのに異常に腹が立つのはグレイがゼノのことを心底嫌っているからだ。

 ゼノとは仲間だった。魔王としてライを崇拝し、途中で魔王軍を抜けていなければ間違いなく彼が四天王の地位に就いていたと評されたほどの実力者でもあった。


「僕は、こんなつまらん話する為にお前を呼び止めたんやない。十二年前のことで一つ確認しておきたい事があるんや」


(十二年前……)


「そうや。あん時、魔王が現れて国中がパニックになっとったやろ。あれって、お前も一枚噛んどったんか?」


 ゼノは十二年前の事件にグレイも関わっていたのではないかと疑っている。

 全く関わっていない訳ではないが、事件を起こす切っ掛けとなった要因はまた別にあるためゼノの疑念は的外れも良いとこである。


(貴方がどういう答えを期待していたかは知りませんが、俺は無関係です。まさか今も俺が魔王軍に属している立場だとでも?)


「……いや、ただ魔王と言ったら僕の中で思い浮かぶのは、あの人やから。もしかしたら僕と同じように転生してまた暴れとったんやないかと思うてな」


 おおよそ間違っていないゼノの考察にグレイは内心苦笑した。


(仮に十二年前の事件を引き起こしたのが魔王様だったとして貴方に何の関係があるんです? 魔王軍を突然抜けた挙句、俺達を裏切った貴方に)


「急に辛辣やな。お前、そんなやったか? 昔は、もっと大人しくて鬱陶しいくらいジメジメした奴やった気ぃするけど」


(そう言う貴方は昔と全く変わってませんね。貴方のせいで魔王様を守る盾は散り散りになり、結果的に勇者の侵入を許してしまった。……何故、魔王様を裏切ったんですか?)


 ゼノが苛ついたように舌打ちする。彼にとっては掘り下げられたくない話題だった。


「先に裏切ったんは、あの人や。せやから、僕も裏切った。それだけや」


(魔王様が、いつ貴方を裏切ったって言うんです。あの方は他の方々同様、貴方のことを仲間だと思っていました。それなのに貴方は……)


「仲間やと? 冗談やない! じゃあ、あの体たらくは何や?! 僕はニンゲンを慈悲もなく蹂躙していくあの人に心底惚れとったんや。あの人が全てを支配する魔王になるまで何処までも付いてくつもりやった。なのに……あの人は急に人が変わったようにニンゲンを救い始めた! ニンゲンを根絶やしにするとか抜かしときながら、それを放棄しやがった! あの人は僕がニンゲンを憎んどるの知っとったのに!」


 ゼノが魔王軍に仲間入りしたのはマリアが殺された直後、つまりライが人間への復讐を決意した直後だった。故に、真実を知らないゼノはライが途中で心変わりしたと思ったのだ。

 ゼノは元々、人間が営む奴隷市場で売られていた奴隷だった。獣人(ケモノビト)を快楽を満たす玩具や金集めの道具としか思っていない人間ばかりに囲まれた彼が人間を恨むのは、もはや道理と言える。

 恨みは募れど人間に仕返しする術が無かったゼノは自尊心を踏み躙られ、辱められる日々を耐えるしかなかった。

 牙も爪も持たない非力な人間が、そんなに偉いのか?

 獣人(ケモノビト)として生まれた自分は、そんなにも罪深いのか?

 答えのない疑問と先の見えない絶望で精神が崩壊しそうになっていた頃、彼の前に希望が現れた。魔王という名の希望が。

 魔王率いる魔王軍によって奴隷市場は陥落。奴隷達は解放され、ある者は故郷へ、故郷の無い者には新たな住処を。

 その中で唯一故郷にも戻らず、新たな住処も求めなかったゼノは魔王軍への入隊を志願したのだ。


「魔王が死んだって聞いた時、ざまあみろ思うたわ。確か、王都の城の前で晒し首にされたんやろ。前世に心残りがあるとしたら負け犬魔王の最期を直接この目で拝めんかった事やろか」


(っ……、!!)


 仲間だったとはいえ主を侮辱されて何も思わないほどグレイの心は枯れていない。

 ゼノへの怒りに震えながらもグレイは思う。今この場にいるのがギルやメラニーではなく自分で本当に良かった、と。

 ここで彼と対立する必要は無い。漸く手に入れた平穏を自分が壊すわけにはいかない。


(……そうですか。で、今ので用件は以上ですか? でしたら俺は失礼させて頂きます)


「自分、淡白やなぁ。前世の知り合いに会うたんやで? それなりに積もる話もあるやろ」


(裏切り者と何を話せと? 貴方に対する恨みつらみでも良ければ遠慮なくぶちまけてやりますが)


「お前、ほんと変わったな……。てか自分、この城の使用人なんか?」


(いえ、今はある貴族の方に仕えています)


 その貴族こそがゼノが裏切った魔王本人なのだが、グレイはあえて伏せた。打ち明ける理由も無い。


「何や、お前の雇い主は貴族なんか」


(えぇ、まぁ。そう言う貴方は貴族ですか。随分、出世しましたね)


 ゼノは自慢げな顔で貴族の象徴であるマントを、はためかせる。彼が羽織っているマントの色はライと同じ淡い紫。


(同じ貴族で爵位も同列……魔王様が貴族になって間もないとはいえ今まで出会わなかったのは奇跡に近い)


 グレイはゼノと令嬢達が交わした会話を思い出す。彼が本日の王位継承の儀に出席していない事はゼノ自身が打ち明けていた。

 それだけの情報では断定できないが、王族主催の行事を無断で欠席している時点で日頃から式典等にも真面目に参加していないであろうことは容易に想像が付く。

 もしゼノがグレイの想像通りの人物であればライが貴族なったことを彼が把握していないのも頷ける。とはいえ、何らか形で彼に伝わるのも時間の問題だろうが。

 魔王と同じ名前の貴族がいると知れば、彼が興味を持たない訳がない。必ず、どこかで接触してくるに違いないと分かっているからこそグレイはライの名前を伏せているのだ。

 また下手に自分に興味を持たれても困るため他の仲間達のことも一切話さない。いつかはバレる事であっても少なくとも今をやり過ごせれば良い。

 しかし、この時グレイは失念していた。


「そういや、さっきから気になってたんやけど」


(……何ですか?)


「お前から妙に懐かしい匂いがするんやけど、これは何の……いや、誰の匂いやったっけなぁ?」


 魔狼(ワーヴォルフ)であるゼノは優れた嗅覚を持っているという事を。

[新たな登場人物]


◎ゼノ・ホワイト

・獣人種族の中でも特異とされる魔狼。人間の姿も狼の姿も自由自在に変えられる。

・元は奴隷であったが、心優しい老貴族の養子となった後に後継者となった。

・前世では奴隷商人達を皆殺しにしたライの暴君っぷりに惚れ込み魔王軍に入隊したが、後に魔王軍を脱退し、彼が討ち取られる切っ掛けを作る裏切り者となる。

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