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48話_あっさりと交わされた誓約

 その鬼人(オーガ)のツノは、お世辞にも立派だとは言えなかった。

 片方はヒメカの額に生えていたツノと同様で鋭利な先端が存在感を際立たせているものに対し、もう片方は半分程度の長さしか無い上に相当な衝撃で無理やり折られたからなのか断面に極端な凹凸(おうとつ)が目立っていた。

 なにやら入り込めない雰囲気だったため、もう少し様子を見るつもりだったが残念ながら、それは叶わなった。

 まさか、ヒメカ達を襲った鬼蜘蛛オグル・スパイダーというのが前世で魔王軍の一員だったメラニーだったのは予想外だったが、とりあえず戦闘は避けられたので良しとする。

 前世と変わらない(物理的に)熱烈な歓迎を受けはしたが、今回は目をつぶることにしよう。


「……貴様は何者だ? あの鬼蜘蛛の仲間か?」


 警戒したように姿勢を低くし、いつでも抜刀できるように手を刀に添えている。

 そんな彼の反応に怒ったように声を張ったのは、メラニーだった。


「ちょっと! 仲間だなんて冗談じゃないわぁ!」


 俺もだが、彼にとっても予想外の反応に驚いたように目を丸くした。


「ワタシとライ様は仲間なんて薄っぺらい関係じゃないの。ワタシにとってライ様は……」


 その先に続く言葉を待つ誰かがゴクリと唾を飲んだ。


「ミスター・ライト! ……なんか、言葉の響きがイマイチねぇ。ソウルメイト? それとも、この場合はアザーハーフが妥当かしらぁ」


(……どう足掻いても、()()()()に変わりはないんだな)


 彼女の言葉の意味が分かってしまった俺は呆れたように息を吐いたが、隣の彼には伝わっていないようで頭上に数個のハテナが誕生していた。

 なんとも言えない空気が俺達を包む中、唯一、違う世界を生きているスカーレットが視界に入った瞬間、すかさず指をさした。


「あ、俺、あのスライムの飼い主です」


 ここに来たばかりの時、ちゃっかり自分だけ逃走に成功したスカーレット(裏切り者)は、俺を見つけると嬉しそうに飛び跳ねながら、こちらへ来た。


(少しばかり仕置きをしてやろうかと思ったが……今回だけは特別に許してやろう)


 スカーレットが俺の足元で飛び跳ねる姿に、さすがに彼も信じたようだ。心底驚いた表情で、俺とスカーレットを見つめている。

 彼の反応に安心しきった俺は、完全に油断していた。


「ん゛がっ?!」


 スカーレットからの予告なしの抱擁(と言うより、拘束と言った方が正しい)に、思わず痛みに耐える獣のような声が出てしまった。


「あらあらまぁまぁ、スライムばっかり狡いわぁ。ライ様、ワタシも混ぜて下さいな」


「やめろ。お前まで加わったら、間違いなく死ぬ」


 容赦なく言い放つと、彼女は残念そうに目を細めた。

 素直に言葉を受け入れてくれたことにホッと息を吐きながら、スカーレットの拘束を出来るだけ優しく解く。拘束から逃れると、こちらを呆然とした表情で見つめる彼に、ようやく向き直った。


「挨拶が遅れました。俺は、ライといいます。このスライムの飼い主で……貴方の妹さんからの依頼を受け、王都のギルドから来ました」


「ヒメカの……?」


 俺は、彼に話した。

 ヒメカが兄を助けるためにギルドへ依頼を出していた事を。そして、そのために彼らの脅威となっている鬼蜘蛛(オグル・スパイダー)を、なんとかしてほしいという事も。

 当然、この話は近くにいるメラニーも聞いているわけで……


「あら? それって、つまりワタシが彼らを襲わなければ万事解決ってことになるのかしらぁ?」


「まぁ、そうなれば大体の問題は解決するな」


「それは、ライ様にとって喜ばしいことなのよねぇ?」


 彼女の問いかけに、迷わず頷いた。

 全てが解決……とまではいかないが、そんな上手過ぎる話が実現可能なら、この依頼はほとんど達成されたようなものだ。

 だが、俺は知っている。世の中というものは、そんなに甘くないということを。

 彼女は考えるような素振りをしながらヒメカの兄を見つめ始め、彼もまた、彼女の視線をゴクリと喉を鳴らしながら見つめ返す。そんな状態が10秒ほど続いた後、メラニーは俺の方を見た。


「いいわよぉ。特別に、ワタシの縄張りの一部を彼らに提供してあげる。そもそも許可もなく勝手に我が物顔で居座り始めたから、ちょこ〜っとだけ、お灸を据えてあげようと思っただけだもの」


 ほら、見ろ。

 そう簡単に上手い方向に話が進むはずが……って、


「は?」


 あまりにも自分にとって都合の良い言葉が彼女の口から聞こえたものだから、突然、耳の機能が急激に低下したのではないかと心配になった……が、その都合の良い言葉が聞こえたのは隣にいた彼も同じだったようで信じられないと言わんばかりの表情で彼女を見ていた。


「今の言葉は、本当か?」


「えぇ、信じてもらって構わないわ。他の誰でもない、ライ様に誓ったんだもの……あ、そうだわぁ!」


 突然、何かを思いついたような声を出した彼女に首を傾げていると、俺の方へ向き直った彼女は嬉々とした表情で口を開いた。


「この辺りの縄張り全部あげるから、その代わり、ワタシをまた、ライ様……いえ、魔お」


「うわぁぁぁぁぁぁあ!!」


 とんでもないことを言い出そうとした彼女に自分のキャラすら捨てて、俺は全力で声を被せた。

 ビクリと身体を上下させた彼には本当に申し訳ないが、今回ばかりは(なり)振りかまっていられない。


「だ、大丈夫か……?」


 本気で自分を心配していると表情からも読み取れる彼の言葉に、俺の頭上に罪悪感という岩が落ちてきた。

 俺の反応に不思議そうに目を瞬きさせた彼女だったが、何かを察したのか目を細めた後、大袈裟に首を振った。


「……な〜んて、嘘よ。さすがに縄張り全部は渡せないわぁ〜」


 ケラケラと笑った彼女に対し、彼は訝しげな表情を浮かべ、俺は静かに安堵の息を吐いた。


「先ほどの言葉も、嘘なのか?」


「いいえ、それは本当よぉ。さっきも言ったけど神様でも仏様でもなく、ライ様に誓ったんだからぁ」


 彼の反応を見る限り、先ほどの言葉について触れる様子は無さそうだ。

 ホッと一息つきながら、彼女の真意を疑うような彼の方を見た。

 彼の気持ちは分かる。

 襲ってきた相手の言葉を、そう易々と受け入れられるはずが無い。

 俺よりも多い彼女の目は瞬き一つせず、彼から視線を外したかと思うと、真っ直ぐ俺を捉えて〝貴方は、ワタシの言葉を信じてくれますよね〟と、視線を通じて語りかけていた。

 この存在(前世の記憶)の厄介さを、こんな所で味わうことになるとは思わなかった。

 お蔭で、前世で最後まで俺に付いてきてくれた彼女を、疑うことも出来ない。


「……どうか、彼女の言葉を信じてもらえませんか?」


 気付いたら、そんなことを口走っていた。予想通り彼は、探りを入れるような表情で俺を見た。


「……本当に、アイツの言葉を信じて良いのか?」


「はい」


 彼の疑念を晴らすように、迷いなく頷いた。


「仲間達に、妹に危害を加えないと……本当に、約束してくれるのか?」


「はい」


 彼の不安をかき消すように、力強く頷いた。


「だからぁ……さっきから、そう言ってるじゃない」


 痺れを切らしてボソリと言葉をこぼした彼女に思わず顔を歪ませたが、彼が悩むように頭を抱えて顔を俯かせていたお蔭か、運良く、その言葉は拾われなかったようだ。

 それから、どれだけの時間が経っただろう?

 長い時間が経ったような気もするし、そんなに長い時間では無かったような気もする。

 そんな曖昧な時間の流れの果てに、彼が出した結論は……


「……分かった。貴方の言葉を信じよう」


「あら? その〝貴方〟っていうのはワタシよね? ワタシのことよねぇ? なのに、どうしてライ様の方しか見てないのかしらぁ?」


 不満そうに連続で質問を投げかけるメラニーはとりあえず置いておくとして……その言葉を待っていた俺は、即座に魔法を使った。

 これは、彼らを信じているからこその魔法だ。


誓約(プレッジ)


 その言葉に反応するように彼と彼女の足元に魔法陣が現れた。


「な……っ、おい! これは……」


「慌てる必要は無いわぁ。これは、ライ様からの慈悲よ。貴方とワタシが()()になるためのね」


 代わりに説明してくれた彼女に心の中で感謝すると俺は彼女に再度、問いかけた。


「メラニー……お前は、縄張りの一部を鬼人(オーガ)に譲渡し、今後一切、彼らに危害を加えない……誓えるな?」


「勿論、誓うわ」


 迷うことなく頷いたメラニーに頷き返すと、今度は彼の方を見た。


「ええと……」


 そういえば名前を聞いていなかったと、この時になって気付いた。

 そんな俺の気持ちが伝わったかのように彼は口を開いた。


「レイメイ・ソウリュウだ」


 ようやく聞けた彼の名前に、思わず顔がほころんでしまったが、集中しなければと顔を無理やり引き締めた。


「……レイメイさん。貴方にも誓約を結んでもらいますが、よろしいですか?」


「どうせ、拒否権は無いのだろう?」


 開き直ったような反応に、その通りだとも言えず濁すように苦笑した。


「貴方が結ぶべき誓約は1つです。残された鬼人(オーガ)達を導く者として、これからも妹さん達と共に生きて下さい」


 俺の言葉で、彼の表情は一気に崩れた。


「そ、それは無理だ。拙者には、もう……」


()()()()()()()……という理由以外なら、受け付けますよ」


「な……っ」


 俺の予想通り、彼は鬼蜘蛛(オグル・スパイダー)という脅威が去った後は集落へは帰らず、どこかへ姿を消すつもりだったようだ。

 それは困る、非常に困る。他の誰でもない俺が困る。


「ヒメカさんは頭領として貴方に鬼人(オーガ)達を導いてほしいと願っています。離れた場所からではなく、彼女の目が届く場所で」


「し、しかし今の拙者に彼らが付いて来てくれるとは、とても……」


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかしらぁ?」


 俺とレイメイの間に割って入ってきた呑気な声に、一瞬で先ほどまでの真面目な雰囲気が壊された。


「何だ?」


 問いかけると、彼女は不思議そうに首を傾げながら彼を見た。


「ツノって、貴方がワタシと戦った時に折れちゃったやつの事よねぇ? その、折れたツノのせいで仲間とは一緒にいられないと……そういうことなのよねぇ?」


「あ、あぁ、そうだが……」


(今更、何を聞いてるんだ……)


 戸惑う彼の反応を聞きながら、呆れた表情で彼女を見る。


「それならライ様に直してもらえば良いんじゃない? 貴方の話を聞く限り、ツノさえ直れば問題は解決しそうだし……」


 時が、止まった気がした。

 遠くから聞こえていた鳥のさえずりも、どこからか聞こえていた水の流れる音も含めて、全ての音という音が、この一瞬だけ俺の世界から消滅した。

 そうだ、前世の俺は魔法で部下の怪我を治し、壊れた武器を直すというのが日常茶飯事だったではないか。

 今は俺の妹になっているマナとマヤだって前世では目を失っていたが、俺が魔法で彼女達の目を治したではないか。

 前世の魔法が使える俺なら鬼人(オーガ)のツノの1本や2本直すのなんて朝飯前だし、そもそも前世で普通に鬼人(オーガ)達の欠けたツノを修復したことなど何度もあったではないか。

 まさか、ここにきて彼女に言われるまでツノを直す術が自分にあることに気付けなかったなんて。


(いくら前世と状況が違うとはいえ、こんな根本的なことさえ思い付けないとは……っ!)


 それだけ今の状況に慣れたということなのだろうが、それを喜ぶか悲しむかと問われれば正直、五分五分(ごぶごぶ)と言ったところだ。


「……直せる、のか?」


 感情を表に出すまいと抑えてはいるが、それでも瞳に込められた期待だけは、はっきりと彼の心情を伝えていた。

 そんな瞳に見つめられては、先ほどまで葛藤していた自分さえも無かったことにして頷くしかない。


 この後、無事に彼らは誓約を交わすことが出来た。

 誓約を終えたレイメイの鎖骨部分には蜘蛛の巣のような模様が浮かび上がり、メラニーの頭には鬼人(オーガ)族と同じツノが生えた。

 誓約を交わした相手の種族を表現した模様や特徴が各々の身体に何かしらの形で現れれば、誓約(プレッジ)が成功した証だ。

 もし、誓約を破れば身体に出来た模様や特徴は呪いとなって本人の身体を蝕んでいき、最終的には死をもたらす。

 まさに、裏切りは許されない命がけの誓約なのだ。


復活(リジェネレーション)


 レイメイの不格好だったツノは、本来の鋭利で立派な姿を取り戻した。


「本当に……ライ殿(どの)には、なんと御礼を申したら良いか」


「あ、いや、別にいいですよ。御礼なんて……ハハハ」


 初めは〝貴様〟と呼ばれていたのに、それが〝貴方〟となり、更に〝ライ殿〟と呼ばれるようにまでなってしまった。

 (かしこ)まられると余計に心苦しいが、とりあえず彼女(ヒメカ)との約束は守れそうだ。

 俺の足元で、ずっと見守っていたスカーレットが嬉しそうに飛び跳ねている。


「ねぇねぇ、ライ様ぁ? このツノ、どう? 似合うかしらぁ?」


 メラニーは自分の頭に生えた小さなツノを俺に見せつけるかのように、頭を押し付けてきた。


「あ、あぁ、似合ってる」


 これで名前の通り()蜘蛛になったな、なんて言ったら殺されるな……多分。

 心の声が聞こえないことを良いことに、俺は静かに本音を零す。


(これで全ての問題は取り払われたはずだ。あとは、この事を早くリュウとヒメカ、それから集落にいる鬼人(オーガ)達に伝えれば良い)


「帰りましょう。貴方が帰るべき場所に」


 俺の言葉に、レイメイは葛藤を断ち切った瞳を向けて頷く。

 メラニーに視線を向けると、彼女は首を左右に振った。


「残念だけど、ワタシは行けないわぁ。行ったら、きっと彼らを怖がらせてしまうから」


 尤もな意見ではあるが感情が付いて行けず、思わず眉を下げる。


「拙者の口から皆に伝える。もう鬼蜘蛛(オグル・スパイダー)は拙者達に危害を加える存在ではないと」


「そうしてくれると助かるわぁ」


 彼らを包み込む雰囲気が険悪なものでは無いと分かり、心底ホッとした。

 メラニーに背中を向け、俺達は集落へと続く道へと足を進めたが、数歩進んだところでレイメイが足を止めた。


「1つ、聞き忘れたことがあった」


 彼の身体は、メラニーの方を向いていた。


「何かしらぁ?」


「お前の名だ」


 彼の言葉に、彼女は意外そうに目を丸くした。


「ワタシの名前なら、もう知ってるでしょう?」


「お前自身からは聞いてない」


 目を丸くしたまま数回、瞬きをした彼女はクスクスと笑い始めた。


「そう言われれば、そうねぇ。ワタシ達、ちゃんと自己紹介してなかったものねぇ」


 未だにクスクスと笑みをこぼした彼女は、自分を落ち着かせるかのように小さく息を吐いた。


「メラニー、それがワタシの名前よ」


「拙者はレイメイ・ソウリュウと申す者。また会いに来る……今度は、仲間達と共に」


 互いにフッと軽い笑みを浮かべると、それから言葉を交わされることはなかった。

 彼は再び彼女に背を向け、彼女はクスクスと笑いながら彼を見送っていた。

 今の彼らなら、これからは良い関係を築くことが出来るだろうと確信に近い予感を抱きながら、来た道を戻る。

 前へと進む足が、まるでステップでも踏んでいるかのように軽かった。


 ◇


「あの様子だと……ライ様は今、魔王じゃないみたいね」


 小さくなっていく俺達の姿を見送りながら彼女は自前の鋭い直感を駆使して、俺の現状を見事に当てた。


(少し残念ではあるけれど、あの人を諦める理由にはならないわねぇ。()()()()()もしたし、暫くの間は大人しく見守っていてあげるわぁ♪)


 少女のような可憐な笑い声は、森を駆け抜ける風が攫っていった。

[新たな登場人物]


◎レイメイ・ソウリュウ

・妹のヒメカと同様、白髪と(彼女よりもキレ長い)鮮紅色の瞳を持つ青年。

・鬼蜘蛛との戦いでツノが折れてしまったが、ライの魔法によって元に戻り、鬼人本来の力も取り戻した。

・ツノが折れてしまったことで鬼人としての力を失った自分にみんなが付いて来るはずが無いと思い、妹に託して集落を去ったが、彼が勝手にそう思っているだけなので実際、集落にいる彼らがどう思っているかは今のところ不明。

・一人称が「拙者」ではあるが、語尾は「ござる」ではない。

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