399話_王位継承の儀
王位継承の儀を数時間後に控えた頃、俺は待ち合わせ場所として指定していた城の裏庭でリュウを待っていた。
事前に打ち合わせしていた時間は、とうに過ぎている。
リュウの遅刻は学生時代から日常茶飯事だったこともあり俺にとって、さほど珍しいことでもない。よって今更何とも思わないのだが、グレイは違うらしい。
(……あれほど時間厳守と言っていたのに)
懐中時計を見ながら呆れ半分怒り半分といった感じで呟くグレイを宥めながら、頼むから早く来てくれと決して本人には届かない念を送る。
本来であれば今日は俺とリュウだけが言う予定だったのだが、昨日に速達のグリフォン便で届いたアンドレアスからの手紙に「当日はグレイと一緒に来て欲しい」と書かれていたため急遽グレイも同行する事になった。
グレイが名指しで招待された理由は不明。本人にも心当たりは無いらしい。
アンドレアス達のことだから悪いようにはしないだろうと俺が背中を押したことでグレイの同伴が決まった。……まぁ、その後で一部の奴等が暴走して大変だったのだが。
「リュウが時間通りに来ないなんて、よくある事だろ」
彼が遅れて来ることは分かっていたから待ち合わせの時間も多少遅れても問題ない時刻を伝えていた。
(そういう問題ではありません。あと一時間……いえ、三十分は待ちますが、それでも来ないようであれば置いて行きます)
グレイの表情を見る限り、どうやら説得は難しそうだ。
こちらから聖霊界に行ければ良かったのだが、残念ながらそれは不可能。こうなってしまってはリュウが時間内に来ることを祈るしかない。
その後、制限時間内に現れたリュウだったが遅刻していることには変わりないためグレイの説教を受ける事となった。
結局、俺達が王都に到着したのは王位継承の儀が執り行われる数十分前だった。当初では王都内を軽く観光してから城に赴く予定だったが、そんな余裕も無い。
このまま城に直行した俺達は受付を済ませて指定された席に着席する。
席の位置は爵位で決定されているようで伯爵の俺の席は最前列に用意されていた。アンドレアス達の計らいなのか、リュウとグレイの席は俺の両隣だ。
どちらかと言えば上位爵位の位置ではあるものの、まさか爵位を与えられたばかりの自分が公爵や侯爵と並んで座る日がこんなにも来るとは。
着席する直前にノゥアの姿を確認したが挨拶の言葉を交わすには距離があり、とりあえず軽く手を振ったら向こうも俺に気付いて振り返してくれた。
(……あの方が以前親しくなったというノゥア男爵ですね)
「あぁ、後で改めて紹介する。恐らく彼とは長い付き合いになるだろうからな」
根拠は無い。ただの勘だ。
交友関係の構築においても爵位を重要視するのが常識の貴族社会からすれば俺のような存在は、さぞ奇怪に映ることだろう。
友人くらい好きに選ばせて欲しい。同じ貴族であっても〝よそはよそ、うちはうち〟だ。
その後、王位継承の儀は定刻通りに開始された。
ブランからアンドレアスとアレクシスが授けられたのは指輪。
本来であれば先代が後継者の頭に王冠を乗せるのだが、ブランの後継者は一人でなく二人のため急遽変更したのだろう。
指輪は二つに分割することが出来る珍しいものらしく、それぞれアンドレアスとアレクシスの右手人差し指にはめられている。
「……ブラン王も粋なことをするな」
感心したようなリュウの呟きに頷く。
単体では未完成だが、アンドレアスとアレクシスの指輪を重なることで初めて完璧な物となる。
新たな二人の王に互いの心を一つして国を治めよというブランからの激励だ。
「アンドレアス、アレクシスよ。よくぞ今日まで王子として立派に育ってくれた。王として、そして父親として我はお前達を誇りに思う。これからは我に代わって王として国のため民のため力を合わせて尽力するように」
「了解しました、父上……いえ、ブラン国王。これからは兄上と共に、この国の平穏を築き上げていきます」
「うむ、必ずや父上の期待に応えてみせよう」
アレクシスとアンドレアスの返答にブランは満足したように微笑んでいる。
直後、王となった二人を祝福する拍手が響き渡る。勿論、俺も彼らに力一杯の拍手を送った。
「では早速、彼らに王として仕事を一つ託そう。皆、これが新たな王達の初仕事になるから、お手柔らかに頼むぞ」
先ほどとは打って変わって元国王の軽い口調に来賓から笑い声が上がる。
「この度、国王となった。アンドレアス・ディ・フリードマンだ。王とはなったが、我もアレクシスもまだまだ未熟ゆえ皆の力を借りなければならない。正直、王が変わることに不安に覚えている者もいるだろう。それを踏まえた上で、お願いする。どうか我らが王として国を治める為に民を導く為に貴殿等の経験を知恵を貸して欲しい!」
アンドレアスの言う通り、王が変わることに不安を持つ者は少なからず存在する。それは、きっと民も同じだろう。
しかしながら、いつまでも変わらないものなど無いのだ。時代しかり感情しかり、この世にあるものは時間に縛られている限り、変わり続ける。
その日が今日訪れた。ただ、それだけの事。
「やらなければならない事は山ほどある。この先、貴殿等には多大な苦労をかける事になるだろう。それでも、どうか最後まで共に歩んで欲しい! この国の未来の為に!」
アンドレアスが口を閉ざしたことで場が静まり返る。
目の前の若い王は緊張した面持ちで俺達の返答を待っている。
ならば、俺達も答えねばなるまい。彼らを新たな王と認め、一生を賭けて苦楽を共にしていく覚悟を。
誰も動く気配は無い。最上爵位の公爵でさえ。
貴族なりの返答の仕方というものがあるのだろうか。仮にあったとしても俺は知らない。そう、何も知らないのだ。
だから、誰も動かないと言うのなら。これ以上、新たな王達を不安にさせると言うのなら。
俺が誰よりも早く彼らの問いに答えよう。彼らに仕える貴族として、それから一人の友人として。
俺は椅子から立ち上がり、一歩前に出てその場に跪いた。
「私、ライ・サナタスは国のため民のため新たな王と共に突き進むことを誓います」
続いてリュウも俺と同じようにアンドレアス達の前で跪く。
「種族は違えど、皆この星を生きる仲間。オレも必要とあらば協力を惜しみません」
「ライさん……!」
「リュウ殿……!」
アレクシスとアンドレアスから感嘆の声が上がる。
その反応を見て焦りを感じたのか、次々と貴族達が賛同の声を上げ始めた。
新たな国王として彼らが最初にやり遂げなければならないのは臣下や貴族を含めた民からの信頼を得ること。
信頼とは本来ならば長い時間を経て漸く得られるものだが、そう悠長なことも言ってはいられない。
あからさまに王族に刃向かおうとする奴などいない。この場にいる全員が最後まで彼らの味方となってくれるかは今後の彼ら次第。本当に大変なのは、これからだ。
「皆さん、ありがとうございます!」
「これからも、よろしく頼む!」
こうして王都に新たな二人の王が誕生した。
王位継承の儀が終わると貴族達がアンドレアス達を囲うように集まる。会話の内容からして二人に取り入ろうという魂胆が見え見えだ。
基本的には王に媚を売って損することはないから彼らの策は合理的とも言えるが、俺の性に合わない。
「なぁ、ライ。お前、この後どうすんだ?」
「ギルドに行く予定だ」
「ギルドに? ……あぁ、なるほど。再登録しに行くのか」
「いや、ギルドマスターに会いに行く。ギルドを設立する為にな」
リュウは一瞬怪訝な顔をしたが、俺が領主であることを思い出したのか納得した表情に変わった。
「それは楽しみだなぁ。あ、じゃあギルドが完成したら教えてくれよ。登録するからさ」
確か、複数のギルドへの登録は禁止されていたはずだが……この十二年の間に規則が変わったのか?
(その言い方では誤解されますよ、リュウ。登録ではなく所属ギルドの変更と言わないと)
グレイの指摘で合点が行った。あれから規則が変わってなければギルドの移籍はいつでも可能だったはず。
ただ王都の方が依頼される仕事は圧倒的に多いし、必要な物は店や市場で揃えられる。
更に依頼主は一般市民から貴族と幅広いから上手く依頼をこなせば一攫千金だって狙える。
世間のギルド評価は依頼の達成率や所属している者達に左右されると聞いたことがある。当然、世間からの評価が高ければ高いほど依頼件数も多くなる。
つまり世間からの評価など皆無な新米ギルドに移籍する利点は無いと言って良い。
「どうせ何処のギルドに行ったってやる事は変わらないんだ。だったらオレはお前と一緒が良い」
(俺もリュウと同じ考えです)
お前もか。まだギルドも何も出来ていないというのに気の早い奴等だ。
冒険者として日々稼いでいる者達からすれば彼らの選択は愚考と思われても仕方がない。だが、この先もずっとそう思われてしまうかどうかは領主である俺に掛かっている。
「ライ・サナタス君だよね。少し良いかな?」
声をかけられて振り返ると優しげな顔をした中年の男が立っていた。




