397話_目覚めた力
御披露目も無事終わり、一段落したところで俺とリュウはネルに呼び出された。
少し前に彼女から「相談がある」と言われたものの、その詳細についてはまだ何も聞かされていない。
さっきまで楽しそうにしていたリュウが今では浮かない表情をしていて声をかけても返ってくるのは気のない返事ばかりで心ここに有らずといった感じのところを見ると彼女が俺達に何を話そうとしているのか、おおよそ見当が付いているのだろう。しかもリュウにとっては、あまり良い話ではなさそうだ。
ネルが指定した場所は研究室と呼ばれる場所だった。この城の近くに主に植物の研究を行っている研究機関があるようで俺とリュウは、その機関がある建物の中にいた。
〝ネルの研究室(※勝手に入った悪い子には、お仕置きしゃうぞ☆)〟と書かれた葉が壁に這うように伸びた蔦の先に括り付けられている。
かといって近くに扉らしき物はなく、入り口が分からない。
「そういやオレ、ネルさんの研究室に入るの初めてだ」
「そうなのか?」
「単純に来る理由が無かったってのもあるけど、そもそも研究所に入れるのが限られた奴だけだったから。例えば、親父とか」
この国にある唯一の研究施設。国の安寧を覆すような重要な何かを管理している可能性は大いにある。
いくら信用しているからといって外部の人間を易々と中に入れるのは、いくら何でも不用心な気もするが。
「ネルさん、入って良い?」
「どうぞー」
呼び出された場所が場所なだけに少しばかり緊張していたのに、これまた軽い返事が蔦に覆われた壁から聞こえてきたものだから俺もリュウも拍子抜けだ。
「どうぞって……あのー、ネルさん。入り口が見当たらないんだけど」
「あ、そっか。ごめん、ごめん。ちょーっとだけ待ってて」
壁に蔓延っている蔦が突然、動き始める。
蛇のように畝りながら蔦は移動を始めたことで壁に空いた穴が現れた。
どうやら壁中に大量の蔦が蔓延っていたのは、この穴を隠す為だったらしい。
穴を抜けて部屋らしき空間に入ると薄汚れた白い衣を纏ったネルが「やぁ、やぁ」と手を振っていた。
「ようこそ、ネルの研究室へ☆」
研究室と言うだけあって謎の機械やら物体やら書類やらが、そこら中に転がっている。
「なぁ、ネルさんって片付け苦手なのかな……?」
「さぁ。でも研究室って言ったら、こんなもんじゃないか?」
ネルには聞き取れない程度の声量を意識しての遣り取りだったものの本人を目の前にして通じるはずもなく全てを聞いていたネルに「自室は、もっと綺麗だもん!」と怒られてしまった。
それから適当な椅子に座った俺達に早速ネルは本題を切り出してきた。
「察しはついてると思うけど、ネルが相談したいのはリューちゃんの事なの。もっと具体的に言うならリューちゃんに最近発現した能力のこと」
「能力?」
「リューちゃん、前に精霊ならざる者になりかけたでしょ? その影響で新たな力が目覚めちゃったの。リューちゃん、ライきゅんに見せてあげて」
「え、でも」
「大丈夫。少しだけで良いから、ね?」
リュウは困ったようにネルを見たが、結局は断りきれず新たに手に入れた力とやらを御披露目することとなった。
「オレの左腕を見ててくれ」と言われて、その指示に従う。
リュウが緊張した面持ちで自分の左腕を軽く叩くと、叩いた箇所から痣のようなものが彼の肌を侵食するように広がっていくではないか。
「これは……?!」
痣の進行が止まる気配は無い。
治癒魔法を発動しようと腕を上げたが、その前にネルに阻まれた。
「大丈夫、あれは魔法が発動してる証。リューちゃんには何の害も無いよ」
ネルの言葉に同意するようにリュウが頷く。
「あぁ、ネルさんの言う通りだ。オレなら大丈夫……今のところは、だけど」
「どういう意味だ?」
「ねぇ、ライきゅん。どうして精霊ならざる者が危険な存在として認識されてるか分かる?」
そんなの分かりきっている。彼らは〝毒〟を持っているからだ。
しかも普通の毒ではない。今この世に存在する浄化魔法や毒消草では対処できないとされている最悪の毒が。
「精霊ならざる者の毒は今のネル達にも、どうすることも出来ない。でも、彼らの存在ごと浄化する事なら出来るから見つけたらすぐに浄化するの」
「……精霊ならざる者に堕ちる前に止めることは出来ないのか?」
「それが出来れば苦労しないよ。堕ちる理由なんて、個々で違うもの。まぁ、今はリューちゃんという例外があるけどね。それでも戻れる方法が分かったわけじゃないから、やっぱり前と状況は変わらないかな」
これまでの話の流れでリュウが得たという新たな力がどういうものであるかなど確認するまでもない。
「はっきり言ってリューちゃんが精霊ならざる者にならなかったのは奇跡だよ。でも、その奇跡は偶然生まれたものじゃない。運命の分かれ道は君だよ、ライきゅん。君以外が同じ事をしたとしても同じ結果にはならなかった」
「その根拠は?」
「君の魔力、他の人間ともネル達とも違うでしょ。ネル、そういうの分かっちゃうんだ。で、君がリューちゃんに送り込んだ魔力が君の魔力として残っているのは、リューちゃんを毒から守るため。つまり君のお蔭でリューちゃんは今も毒の脅威に脅かされるどころか自分の力として使いこなせちゃってるってネルは解釈したんだけど、何か間違ってる?」
ネルは俺の魔力が特殊であることを見抜いた上でリュウの現状を正確に理解している。確かに彼女は優秀な研究者らしい。
とはいえ、リュウの体内に毒が残っていたことを俺自身は把握していなかったわけだから自立した魔力がリュウを救いたいという俺の意志を汲み取って自動的に彼を守ったのだろう。何にせよ、我が魔力ながら素晴らしい仕事をしてくれた。
ただ同時に十二年前の俺がリュウを完全には救えていなかったことが明白になってしまったわけだが。
「それで俺に一体どうしろって言うんだ?」
「ネルが心配なのはリューちゃんの中にある毒がこの先もリューちゃんに悪い影響を与えないかって事。ライきゅんの魔力が守ってくれている間は大丈夫だろうけど、その状態が永遠に続くとは限らないでしょ? だからね、この毒が確実にリューちゃんのものになったっていう証明が欲しいの」
「それなら簡単だ。情報を書き換えてやれば良い」
「えーっと……どういうこと?」
「リュウが精霊ならざる者の毒を自在に操れているのは俺の魔力が仲介役になっているからだ。俺の魔力でリュウの体内にある毒が全て彼の一部であると情報に書き換えてしまえば、その毒はリュウの能力の一部になるから体内に混在しても毒に犯されることは無い」
「え?!」
何故か、驚かれてしまった。そこまで驚かれるようなこと言ったか、俺?
「そ、そんなことが本当に可能なら君はネルの中での人間が持つ可能性の範疇を優に越えてるよ?! てか、そんなの上位精霊にだって無理だよ!」
「言いたいことは分かるぜ、ネルさん。けどな、ライが普通じゃないのは昔からなんだ。だからオレ、もう深く考えないようにしてるよ。コイツといると常識がどうとか一々考えるのも馬鹿らしくなるしな」
人を理解不能な化け物みたいに言うな。
ネルも何か察したとばかりに半目で俺を見るのは止めろ。
「それにしても本当に興味深いね、君の魔力。ここまできたら、もはや意志を持った魔法だよ」
「そう解釈してもらって構わない。勿論、俺が命令しないと出来ないこともあるけどな」
それから間もなく俺はリュウの体内にある魔力を使って精霊ならざる者の毒の情報を書き換えたことでリュウの身体を蝕むはずだった毒は彼の一部となり、本当の意味で〝能力〟として目覚めたのである。
こうして勘違いから始まった婚約騒動は無事に終幕を迎えたのだが……リュウが精霊王から受け継いだのは能力や魔力だけでなく記憶も対象であったということを思い出したのは、
「そういや、お前って魔王だったんだな」
何てことない顔で放たれた彼の一言であった。
次回、《ギルド結成 編》突入




