396話_新たな精霊王
精霊王になったことでリュウの種族としての立ち位置は妖精から上位精霊へと一気に昇格した。
先代の能力を受け継いだリュウの魔力量が以前とは比べものにならないほど膨れ上がっているのが分かる。
まさか変わったのは魔力量だけではなく人格もなのではと恐る恐る声をかけたが、どうやら杞憂に終わったようで「オレ、精霊王になったんだよな。なんか実感、湧かねぇや」と照れくさそうに笑うリュウを見てホッとした。
精霊王の消滅を悼む者はいなかった。唯一、彼との別れを惜しむ素振りを見せていたリュウでさえ。
彼が死んだと認識しているのは自分だけなのだと思い知らされる。ここにきて種族間の齟齬を実感することになろうとは。
「ねぇ、ライきゅん。ネル、君に相談したい事があるんだ。でね、その前に確認なんだけど……リューちゃんからは、どこまで聞いてるの?」
「俺がリュウに魔力を送ったせいで一方的に彼に婚約を申し出たことになっている事と、それを解消するために俺が呼ばれた事。でも確か、それはリュウが精霊王になる前にやるって……」
リュウが精霊王になった今、解消は出来るのか?
……あれ? もしかして、これ詰んだのでは?
「あちゃー! リューちゃんてば、やっぱり勘違いしちゃってる」
「勘違い?」
「うん。確かに魔力の供給はネル達にとって重要な行為ではあるけど人間と同じ行為をしたからって何の意味も無いんだよ」
「え、そうなの?!」
…………えーと、つまり?
「リューちゃんから何をどう聞いたか知らないけど、とりあえず何とかなるってこと! ま、詳しく聞かなくても内容は大体想像つくけどね」
ネルは意味深に笑いながら俺とリュウを交互に見る。
今の話が本当ならミュゼから聞いた婚約云々の話は単なる出鱈目だったという事になる。
「それにしてもリューちゃんの為にここまでするなんて……ライきゅんってば、やっさしぃ〜☆」
何だろう。何も知らなかったとはいえ、これまでの自分の言動を振り返ると中々に恥ずかしい。
「そんな……それじゃあ私は、ずっと勘違いしてたってわけ?」
「およ? ライきゅんにこの事を伝えたのはミュゼちゃんだったの? じゃ、仕方ないか。ミュゼちゃん、リューちゃんのことになると周りが見えなくなっちゃうもんね」
「ドンマイ、ドンマイ」と軽い調子でミュゼを慰めるネル。
その後、「リューちゃん、ごめんなさいぃ〜!」と泣きながら必死に謝るミュゼの姿に俺はリュウと顔を見合わせながら苦笑いするしかなかった。
新たな精霊王の誕生は瞬く間に国全体に広まったようで早速、城にて御披露目が行われた。
民衆が見守る中、リュウとネルが城のバルコニーから顔を出すと心地よい歓声が彼らを包み込んだ。
俺は皆の視界に入らぬよう後ろに控え、リュウ達の背中を見守る。その背中からリュウの緊張が伝わってきて何だか俺まで緊張してくる。
「もう知ってる奴もいると思うけど、先代から精霊王の称号を引き継いだリュウ・フローレスだ。今日は皆に聞いて欲しいことがある。……オレは昔、ある人間に命を救われた。オレにとって、その人間は命の恩人であり、掛け替えのない友人でもある。小さい頃から妖精や精霊にとって人間は危険な存在だと教えられてきた。確かに人間は野蛮で恐ろしい。けど、オレは知っている。人間も誰かを思いやる心や優しさを持っている事を。それから共に笑い、泣き、生きていける種族である事も。そんな人間とオレ達に何の違いがある? 人間に虐げられた過去を忘れろとは言わない。でも、どうか人間という種族の一括りで判断しないで欲しい。人間にも良い奴はいるんだってオレは皆に知って欲しい!」
しんとした静寂。
人間を受け入れるようなことを提言したのは恐らく歴代の精霊王の中でリュウが初めてだろう。
それだけに、これまた随分と思い切った真似をしたものだ。
残念ながら俺がいる場所からは民衆の反応を確認することは出来ない。だから彼らがリュウの言葉に対して、どのような感情を抱いたのかも分からない。
彼らがリュウの言葉を受け入れず、王としても認めないというのなら俺はリュウを城に迎え入れようと思う。
リュウの人間に対する印象が変わった原因の一つには、きっと俺も含まれているのだろう。
仮に含まれていなかったとしても放っておけるわけがない。
「リュウには悪いが、その時は無理矢理にでも……」
「その必要は無さそうよ」
そう言って俺の隣に立ったのはメラニーだった。
彼女の気配は前から感じ取っていたから驚くことは無い。
「貴方が精霊王と話をしていた時、こっそりと小蜘蛛ちゃん達を外に放ったの。そうしたら興味深い話を聞いちゃったの。命懸けでピクシーを助けた人間の話よ」
俺とリュウのことだと、すぐに分かった。きっと彼女も分かっていて話をしている。
「仲間達でさえピクシーを見離そうとした。でも、その人間だけは最後までピクシーを助けられる方法を考え続けた。そして、ピクシー助けられるかも知れない方法を見つけ出したの。それでも下手をすれば自分が死んでしまうかも知れないって状況には変わりないのに人間は迷わずピクシーを救い出すことを選んだ。彼らは驚いていたわ。ピクシーの為に、そこまで命を張れる人間がいたんだって」
「その人間とってピクシーはそれだけ大事な奴だったんだろ」
「そうね。そうじゃなきゃ助けようなんて思わないものね……いえ、どうかしら。もし、その人間がとんでもない御人好しだったら相手が誰であろうと助けてあげていたかも知れないわねぇ。そう、誰かさんみたいに」
メラニーの顔を見ると案の定、こちらを試すような視線を向けている。
その視線に全てを見透かされているような気がしたが、だからといって、このまま彼女のペースに飲まれるのは面白くない。
そこで俺は出来るだけ動揺を悟られないように彼女を見つめ返すことにした。
「それで結局、お前は何が言いたいんだ」
「貴方、彼が仲間から拒絶されてしまうかもと考えたでしょ。もし、そうなったら人間界に連れて帰って彼の居場所を作ろうとまで考えた。違う?」
ここまで正確に当てられたら誤魔化すのも馬鹿らしい。
「何か、問題があるのか」
「いいえ、別に問題なんて無いわ。そこまで貴方に想われてる彼が羨ましいとは思うけれど。ワタシが言いたいのはね、とっくに貴方は精霊達に受け入れられているって事よ」
「どういう意味だ?」
「すぐに分かるわ」
そう彼女が予言した直後、急に外が騒がしくなった。
俺はメラニーとの会話を中断し、音を聴くことに集中する。
「これは……」
聞こえてきたのは人間との共存を望むリュウへの罵詈雑言ではなく彼の意思を受け入れて賛同する声ばかり。
人間を嫌い、人前には滅多に姿を現さない彼らが、どうして……
(そうか、彼らも同じだったんだ)
そういえば前にアザミやアレクシスが言っていた。特殊な花の種を妖精や精霊から貰った、と。
つまり彼らは人間と関わることを心から厭っていたわけじゃない。
人間から虐げられた過去を持ちながらも、まだ彼らが人間との共存を諦めていなかったとしたら。
「もしかしたらワタシ達は今、歴史的瞬間に立ち会っているのかも知れないわね」
これを機に人と精霊の関係が少しでも良い方向に変わってくれることを切に願う。
精霊だけじゃない。魔族も獣人も皆が仲良く支え合って生きていける世の中であって欲しい。
かつて何もかも壊してしまった俺が願って良いような夢ではないかも知れないが。
「ライ!」
唐突に名前を呼ばれて顔を上げるとリュウが此方に手を伸ばしている。
「こっちに来いよ。お前のことを改めて皆に紹介したいんだ。オレの大事な友人として!」
終始見守るつもりだったのに俺を呼び出すとは、とんだ番狂せだ。
しかし、悪い気はしない。むしろ清々しいまでに晴れやかな気分だ。
「仰せのままに」
わざと畏まった返事をするとリュウは「なに、らしくない事してんだよ」と笑って陰に隠れていた俺を日向へと連れ出す。
これから聖霊界はリュウを中心に変わっていくことだろう。その吉兆を示すかのように辺りには絢爛な花吹雪が舞っていた。




