391話_早朝の客人
「た、確かに俺がリュウに魔力を与えたのは事実だが、あくまで治療の為だ!」
「あのねぇ、どんな理由があろうと関係ないの。貴方は妖精に魔力を与えた。その行為が成立した時点で婚約の申し出は受理されたのよ」
(ですが、ミュゼさん。今の話を聞いた限り、現状はライさんが一方的に婚約を申し込んだだけの状態です。では、リュウがライさんからの婚約を受け入れなければ良い話なのでは?)
そ、そうか。婚約破棄なんて人間世界でも、よくある話だ。
自覚は無いが、俺が一方的に婚約したというのならリュウが拒めば良い。何で思い付かなかったんだ。そうだ、それで済む話じゃないか。
「えぇ、そうね。婚約の申し出を無かった事に出来るのなら私だって態々こんな所に乗り込んだりしなかったわよ」
あれ、この展開は……何か嫌な予感がするぞ?
「あー、実はオレが故郷に帰ってたのって精霊王の位を継ぐ為だったんだよ」
「精霊王だと?!」
「うん。オレの父親……って言ってもミュゼや他の皆にとっての父親でもあるんだけどさ。その父親がオレを作った時から決めていたらしい。人間がどうやって王様を決めるか知らないけどさ、妖精族の王様は花占いっていう占いの結果で決めるんだって」
「で、その花占いの結果、お前に決まったと」
「うん、まぁ……そういう事になるかな」
リュウが少し照れくさそうに頷く。
「……そうか。そういう事なら、とりあえずは〝おめでとう〟って事で良いのか?」
「あ、あぁ。で、それは良かったんだけど同時に問題もあってさ。それが、さっきから話題になってる婚約のことなんだけど……えーと、その、何て言ったら良いか……」
「もう、リューちゃんったら。じゃあ代わりに私が言ってあげる。よく聞きなさい、人間。確かに貴方の婚約は取り消そうと思えば取り消せたの。でもね、それはリューちゃんが精霊王になる前の話。精霊王になった後じゃ、いくら一方的な申し出であっても簡単には取り消せないのよ」
人間世界では書類一枚どころか口頭のみで婚約を破棄できた事例すらあるというのに……いや、そう考えると人間世界が適当過ぎるのか?
何も知らなかったし緊急事態だったとはいえ、そんな事態になっているのなら動くしかないだろう。
「婚約の申し出を取り消す方法はあるのか?」
「あるには、ある。けど、その為にはオレ達の世界に来てもらわなきゃならない」
「リュウ達の世界に?」
妖精や精霊だけが存在するという世界、聖霊界の事か。
「優れた魔法使いであっても、まず人間だけじゃ辿り着けない。聖霊界の入り口はオレ達だけ開くことが出来るんだ」
(そもそも人間が行って問題は無いんですか?)
「大アリに決まってんじゃない。だから今回は特別よ。精霊王であるリューちゃんの客人として貴方を招待してあげるって言ってんのよ」
聖霊界という別世界の存在は以前から知っているが、訪れた事は一度も無い。
まさに未踏の世界。しかも人間がいない世界だ。
「本当は人間を私達の国に招くなんて嫌だけど……リューちゃんの為だもの。私も協力はしてあげるわ」
「……ありがとう、ミュゼ」
リュウが礼を言うとミュゼはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
リュウの為とはいえ協力してくれると言うミュゼに俺も頭を下げた。
「オレとミュゼは先に戻って手続きをしてくるよ。また迎えに来るから、とりあえずライはいつでも出掛けられように準備だけはしておいてくれ」
「分かった」
(ちょっと待って下さい。ライさん一人で行かれるおつもりですか?)
本音を言えば誰か一人くらいは連れて行きたいところだが、俺が決められることじゃないからな……。
「場所が場所だからな。人間を多く連れ込むわけにもいかないだろ」
(ですが……)
「だったら、ワタシに御供させて頂戴」
グレイの言葉を遮るように同行を申し出たのはメラニーだった。
彼女にしては珍しく話に割り込む様子が無かったなと思えば、ここにきて傍観態勢は解除したらしい。
「今は人間の姿をしているけど元々は魔物よ。人間よりは受け入れてもらえると思うのだけれど、どうかしら?」
メラニーの申し出にミュゼとリュウは顔を見合わせる。
「……どうする、リューちゃん」
「別に問題は無いだろ。精霊の加護を受けてる魔物だっているわけだし、人間よりは邪険にされないだろうからさ。それにライも仲間が近くにいた方が少しは気が楽だろ」
リュウのことだから今の発言に深い意味は無いのだろうが、何となく〝自分は味方にはなれない〟と言われた気がして何とも言えない寂しさが満ち潮のようにゆっくりと押し寄せてくる。
彼もまたアランや俺のように昔とは立場や状況が変わったのだ。優先順位が変わったって何ら不思議ではないが、それでも昔と変わらぬ関係でありたいと思うのは欲張りなのだろうか。
「精霊王様にはオレから伝えておくよ」
「あら? 貴方が王様なんじゃないの?」
「え? あっ! えーと……正確には、まだなんだ。今は保留中っていうか、むしろ断ってる最中って言うか」
「ちょっと、リューちゃん!」
「……へぇ?」
余計なことを言うなとばかりに窘めるようにリュウの名を読ぶミュゼ。
ついさっき聞いた話とは違う内容にメラニーが裏を探るような視線を向ける。
「ま、まぁ、とにかく! 貴女も来るなら準備しておきなさい。ほら行くわよ、リューちゃん」
「わ、分かってるって……じゃ、またな、ライ」
「あぁ」
リュウとミュゼという小さな嵐が去ってからというもの俺の周りが騒がしい。……特にメラニーが。
「それにしても一体何様のつもりなのかしら、あの女? ライ様の上に跨がって良いのはワタシだけなのに」
いや、お前にもその権利を与えたつもりは無いんだが。
……自分で言っといて何だが、そもそも俺に跨って良い権利って何だ。
(聖霊界は人間界とも魔界とも切り離された世界。幸い、まだ時間はあるようなので俺は聖霊界に関する文献が無いか調べてみます)
「僕も、お手伝いします」
「だったら、俺も……」
「ライ様はワタシと準備しましょ♡」
名乗り出る前にメラニーに腕を取られてしまった。そのままズルズルと引き摺られていく。なんという怪力だ。
グレイ、そんな売り飛ばされていく家畜を見るような目で俺を見るな。
ロット、頼むから銃口を向けるな。メラニーは敵じゃないって何度も言ってるだろ。
ギィルは、そのままギルを抑えててくれ。此処が戦場になったら俺が非常に困る。
「新婚旅行でないのは残念だけれど、ライ様と二人っきりのお出掛けには変わりないですもの。楽しみましょうね、ダーリン♡」
「……お前、今回の目的ちゃんと分かってるんだよな?」
「えぇ、妄言を吐く妖精共を一網打尽にするのよね。そ、し、て……最後はワタシがライ様の上に跨ってハッピーエンド♡」
全然、違います。
「退け、ギィル! アイツだけは今のうちに殺っとかねぇと!」
「そうだ! あれを野放しにしたら魔王様が……っ!」
(落ち着きなさい、貴方達。あんなこと言ってますが彼女だって流石に時と場合くらい弁えていますよ……多分。というか、ロゼッタやキャンディは彼らのように騒がないんですね?)
意外だとでも言いたげにロゼッタ達に話題を振るグレイは、ある意味、怖いもの知らずだ。
「……知らなかったの、グレイ? 私達はね、こいつらと違って〝大人〟なの。魔王様とメラニーと二人で出掛けるだけ嫉妬なんて、するわけないじゃない」
いつの間にやら彼女の手にある暖炉用の灰取りスコップが不自然に捻じ曲がって……いや、あれは元からあんな形だったな、うん。
「そうよ。ワタシだって、さっきからあの蜘蛛に爆裂魔法を放ちたくて放ちたくて仕方ないけど我慢して(ギルに譲って)やってんのよ」
なんか今聞こえちゃいけない副音声が聞こえなかったか?
というか、キャンディ。お前、爆裂魔法なんて使えないだろ。
(ギルを通してなら一応は可能ですよ)
あぁ、なるほど。お得意の思考操作魔法でギルを……って、駄目だからな。そんなことしようものなら俺が全力で止める。
「……とにかく調査の方は、お前とギィルに任せる。メラニー、お前はせめて服を着替えて来い。準備は、それからだ」
向こうの文化や常識は分からないが、そんな裸同然の格好で行かせるわけにはいかない。
「えぇ? でも、これ楽だから結構、気に入ってるのよねぇ」
(仮にも魔王様の付き人代表なんですから……ラツェッタさんから頂いたドレスなんてどうです?)
「あら、良いわね。折角だから着て行こうかしら。ね、良いでしょ、ライ様」
「あぁ」
よくやった、グレイ。これでメラニーの服装問題は解決だ。
(魔王様、リュウがいるからといって油断しないで下さいよ)
「油断って、そんな……戦いに行くわけじゃないんだぞ」
(向こうは、そう思っていないかも知れませんよ)
「どういう意味だ?」
話の雲行きが怪しくなったせいか自然と表情が強張る。
(精霊王が同族以外を、況してや人間を国に招く事を許可するなど有り得ない。何故なら彼らもまた人間の浅ましい欲の被害者なのですから)
「じゃあ俺は何故、招かれたんだ?」
そればかりは分からないとグレイは首を振る。
(ですが、用心するに越した事は無いと思います。皆が皆、リュウのように人間に対して好意的では無いんです。それに聖霊界に連れて行かれてしまったら俺達には貴方の無事を祈ることしか出来ない)
自分達が簡単に介入できる場所ではないからと、どうやら俺のことを気に掛けてくれているらしい。
「……リュウは俺の大事な友人だ。彼奴が困ってるなら力になってやりたい。それに行くのは俺一人じゃないしな」
だから心配するなと笑えば、メラニーが腕に巻き付くように抱きついてきた。
「そうよ、グレイ。ワタシが付いて行くんだから安心しなさい。ライ様には指一本、触れさせないわ」
(いや、俺にとっては貴女も不安要因であることに変わりはないんですが……まぁ、ある意味、魔王様の護衛としてこれ以上に心強い方は居ないかも知れませんね)
グレイは半ば呆れたように笑いながら肩を竦めると「無事に帰ってもらう為にも、しっかりと調査して来ますね」と言ってギィルと共に部屋を出た。
それからグレイ達とはまた違う役目を与えられた者達から続々と部屋を出る。
さて、俺もとりあえずは服を着替えるか。だが、その前に……
「メラニー、お前も早く部屋に戻れ」
「あらあら、ライ様の生着替えが見れると思ったのに残念」
今度こそメラニーが部屋から出て行ったのを確認し、着替え始める。
……本当に、油断も隙も無い奴である。




