383話_勇者との再会
斯くして貴族になって初めての友人を得た俺は、ここまで協力してくれたカリンとギルに感謝の念を送っていた。彼らがいなければ、こうして二人で話せる機会を確保できなかっただろう。
寒くなってきたからと城の中に戻るとギ待ち構えていたようにカリンとギルが俺の所にやって来た。
俺達の為にノーエスの気を引いてくれた彼女の変わらぬ姿を見て、ホッと安堵の胸を撫で下ろす。
「カリン、良かった。無事だったんだな」
「まぁね。貴方の従者が一応、助けてくれたから」
いつの間にかいなくなっていたギルは、どうやらカリンの所に行っていたらしい。何だかんだ言って彼女のことが心配だったのだろう。
「何か引っかかる言い方だな。礼くらい素直に言えねぇのか」
「元はと言えば、貴方が引き起こした事じゃない」
「悪いのは、あの変態だろ。俺は従者としての仕事をしただけだ」
「物は言いようね。一つ、忠告しておくわ。牽制する前に相手を見なさい。それに圧をかければ良いってものでもないわ。牽制って一言で言ってもやり方は色々あるんだから」
「……一つじゃねぇじゃねぇか」
「今言ったこと全部纏めて〝一つ〟なのよ」
「アー、ソウデスカ」
片言な敬語で返すギルをカリンは睨む。
「そのくらいにしておけ、ギル。お前は俺を恩を仇で返す薄情者にする気か」
先ほどの一件でカリンには大きな借りが出来た。これは、せめてもの詫びだ。彼にも言い分はあるのだろうが、暫くは彼女の機嫌を損ねさせるような言動は自粛してもらおう。
「……別に私は今回のことで貴方に恩を売ったとは思ってないわ。貴方は私の命の恩人だもの。これくらいで返せるとは思ってないわよ」
城に来る前に聞いたサラの言葉を思い出す。
十二年前、魔王が倒されたことで彼らの贄としての役目は終わった。
それでもカリンの身体の一部は鱗で覆われ、尻尾も生えたまま。任を解かれても人間に戻るわけではないという事だ。
「俺だって、あの件でお前に恩を売ったつもりはない」
「残念だけど、そんな理屈で納得できるほど単純じゃないの。……四竜柱の贄に選ばれた時、私は人生を諦めた。でも、もうその必要も無くなった。分かる? 貴方は私の、私達の人生を変えたの。いつ死ぬかも分からない。自分の為に生きる権利を奪われた私達の人生を」
「…………」
「貴方が救いようのないくらい御人好しだってことは知ってるわ。だから私、勝手に恩返しすることにしたの。言っとくけど貴方に拒否権は無いから」
こんなにも横暴な恩返し宣言を受けたのは初めての経験だ。
彼女の気迫に押されたのか、ノゥアは俺の背中に隠れてしまった。
「……勝手にしろ」
「えぇ、勝手にするわ」
何を言ったところで平行戦になるのは目に見えている。こうなってしまっては彼女が満足するまで好きにさせるのが賢明だろう。
「ところで貴方の後ろにいるのって……」
やっとカリンに存在を認知されたノゥアは「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げた。
完全に魔物を目の前にした一般市民の反応である。
「……そう、とりあえず私が身体を張った意味はあったって事ね」
全てを理解したとばかりの反応に俺は脱帽せざるを得なかった。
とはいえ、ずっと背中に隠しているわけにもいかないので俺は横に移動してノゥアの盾から引退した。
「お前達も知っての通り、ノゥアさんだ。今日から晴れて俺達は友達になった」
「と、友達……えへへ」
俺の言葉を反芻しながら頬を緩ませている。決して貶しているわけではないが、その姿はとても成人男性には見えない。
「友達、ね……ま、貴方がそう言うなら良いわ。私はカリン・ビィギナーよ。よろしく」
「あ、よ、よろ、しく」
「ノゥアさん、こちらは俺の従者のギルです」
本当はギィルとして紹介したかったのだが、肝心の本人が傍観を決め込んでいる以上は仕方がない。
「ど、どうも」
「…………」
「ギル」
「……ドモ」
ギルは、まだノゥアを敵視している。あの発言には別の意図があったことを伝えて、早く誤解を解かなければ。
自己紹介を終えたところで会場に戻ると、まだダンスパーティーの真っ最中だった。
「あれから結構時間が経ったと思うが、まだ踊ってたのか」
「あら、パーティーでやる事なんて食事とお喋りとダンスくらいだもの。ま、今回の主役は、あくまで勇者だから花を持たせるくらいはしてるでしょうけど」
アランも貴族達に混じってダンスをしている。一曲につき一人を相手にするのが原則だと聞いていたのに、さっきから彼の相手はコロコロと変わっている。
「勇者様も大変ね。一度に、あれだけの数を相手にしなきゃいけないんだから」
よく見るとアランのいる場所の周辺に不自然な人集りが出来ている。他の貴族達の迷惑にならないように態と隅で踊っているのだ。
「一人を選べないから全員と踊るなんて勇者様も貴方に似て御人好しなのかもね」
「彼奴は元から、ああだよ。皆に優しい。だから勇者になれたんだ」
「彼と一緒に魔王を倒したんですってね。それにしては随分と扱いが違う気がするけど」
「俺はオマケみたいなもんだ。それに、こうして表に出たのも最近だしな」
「……確か、彼とは幼馴染なのよね。声を掛けなくて良いの?」
「良い。今行ったら、あそこにいる奴等から目の敵にされそうだ」
「そうかしら? 逆に喜ばれると思うけど。貴方は、その……まぁまぁ良い顔してるし」
「冗談だろ。良い顔ってのは彼奴やギルみたいなのを言うんだぞ」
「……自覚がないって罪よね」
「テメェと同じってのは不本意だが、こればっかりは異論は無ぇな」
「で、でも、それも、ライくんの、魅力の、一つだ、よね」
「それな」
「貴方、良いこと言うじゃない」
え、嘘。俺の知らぬところで三人の絆が深まっている?
いつの間にか蚊帳の外に出されていたことに気付き軽く放心していると、会場を彩っていた演奏が止まった。
「……何か、あったのか?」
「そうじゃないわ。これは単なる休憩よ。彼らだって人間だもの、ずっと演奏を続けるのは難しいでしょ」
なるほど、演奏者の為の休息時間に入ったというわけか。
「でも、いつもよりだいぶ早いわね。誰か体調不良でも……あぁ、なるほどね」
「やっぱり、何かあるのか?」
「何かあるって程でもないけど、音楽を止める時間を早めた原因は恐らく彼ね」
カリンはアラン達がいる方を指差した。
「無理やりにでも止めないと、このままじゃ彼の身がもたないわ。主役を倒れさせるわけにはいかないでしょ」
カリンの説明で粗方状況は理解した。演奏が止まったことでアランは令嬢達から離れていく。
やたらと当たりを見渡す仕草と焦ったような表情で誰かを探しているであろうことは簡単に推測できた。
「誰か、探して、る?」
「実は貴方を探してたりして」
「それは無いな。アランは俺が此処にいることは知らない筈だ」
「……なぁ、そのアランって奴、こっちに向かって来てねぇか?」
俺達は一斉に前を見る。
アランと目が合ってしまったのは、きっと気のせいじゃない。
「ライ!」
此処が式典の会場であるにも関わらず、アランは大声で俺の名を呼ぶ。お蔭様で一瞬にして注目の的だ。
「あぁ、良かった。やっぱり見間違いじゃなかった」
「アラン、お前いつから……」
「結構前からかな。でも、君はすぐ何処かへ行ってしまうし、僕は僕で探しに行けない状況だったから。どうして此処にいるのかとか色々と訊きたいことはあるけど、とりあえず会えて良かったよ」
嬉しそうに笑うアランを見た後、彼の足を見る。
十二年前の件以来、自由が効かなくなった彼の足は今ではすっかり完治している。
目の前で彼が車椅子から立って歩くところを見たし、サラ達から彼の近況を聞いていたため情報としては知っていたのに、こうして自分の目で確かめられたことに安堵している自分がいる。
「ねぇ、ライ。今から時間を作れないかな?」
「問題ないが、何かあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、久し振りに二人でゆっくり話したいなって……駄目かな?」
「俺は構わないが……」
カリン達の方を見ると、カリンは早く行けとばかりに払い除けるように手を振っていた。
「何、私達に遠慮してるのよ。他でもない勇者様からのお誘いなんだから、そっちが最優先に決まってるじゃない。早く行ってきなさい。この二人には私が付いててあげるから」
最上位爵位である公爵の称号を持つフォルス・ビィギナーの娘である彼女の連れだと分かれば面倒な連中に絡まれる心配も無いだろう。
「……悪いな」
「これくらい、大したこと無いわ。それに、こういう時はもっと別の言い方があるんじゃない?」
確かに、謝るのは却って相手に失礼だな。
「ありがとう、カリン」
ギル達にも「行ってくる」と一言告げてアランと一緒に会場を出た。
「私の時もそうだったけど、貴方って本当に感情を隠すのが下手ね。そんなに、あの二人が一緒にいるのが気に入らない?」
「別に、そんなんじゃねぇよ。ただ……くだらねぇ過去を思い出しちまっただけだ」




