381話_不幸からの転機
※(今までと比べて)かなり人を選ぶ作風となっていますので、ご注意下さい。
会場に戻るとアランが令嬢達に囲まれていた。さすがは勇者様と言ったところか。
あの中にどれだけアランに本気で惚れている奴がいるのだろうかと悪趣味なことを考えながら、ふとカリンの方を見た。
「そういえば、お前は行かなくて良いのか?」
「行くって何処によ?」
顎を少し上げて目の前の令嬢達の集団を指すと彼女は俺の言いたいことを理解したようで「あぁ、あれね」と他人事のような反応を見せた。
「私は勇者に興味ないもの。特にお父様にも何も言われていないし。だったら、無理に近付く必要もないでしょ」
「本当に少しも興味ないのか? 他の令嬢達は、あんなに必死になって気に入られようとしてるのに」
「興味ないわね。というか、貴方も他人事じゃないわよ」
「は? それは、どういう……」
「君、ライ・サナタス君だよね」
カリンに問いかける前に男から声を掛けられた。男は中年くらいの見た目で翡翠色のマントを纏っている。
(あの色は確か……侯爵だったか)
という事は、相手は俺より一つ上の爵位。階級的には格上だ。
俺は事前にギィルから仕入れていた情報を頼りに相手が誰であるかを特定させる。
「はっ、お初にお目にかかります。ノーエス・マリキッド侯爵様」
頭を下げるとノーエスは顎髭を撫でながら感心したような声を漏らす。
「ほぉ、私のことを知っているとは驚いた。平民育ちと聞いていたが、多少の教養はあるようだね」
「恐縮です」
上からな物言いが気にはなったが、こんなことで一々腹を立てていては切りが無いので無難に返して受け流す。
その対応は正解だったようで相手は満足そうに頷いている。
「ノーエス侯爵様、お久し振りで御座います」
「おや、君はビィギナー公爵の御嬢さんじゃないか。少し見ない間に随分と美しくなられて。倅の伴侶にしたいくらいだ」
「まぁ、侯爵様ったら」
ねっとりとした侯爵の視線を諸共せず、カリンは愛想よく笑いながら返している。
彼女が自ら会話に参加したのも俺を助ける為であるという事は分かっていた。
「ところで後ろにいる彼は君の従者かな?」
「いいえ、ライ伯爵様の従者ですわ」
「ほぉ、そうなのか」
ノーエスは値踏みするような視線をギルに向けると意味深に笑った。
「中々の男前じゃないか。こんな上玉、よく見つけたね」
どうやらマーキスは俺がギルを奴隷市場か何処かで買収したと思っているようだ。
ギルの眉間に皺が寄る。彼が不快に思うのも当然だ。
貴族が奴隷を売買するのは珍しい話じゃない。身元が不明であればいくらでも偽装できるし、外部から雇う使用人とは違って賃金も自分の都合の良いように設定できる。それに多少なりとも容姿が整っていれば金にもなる。
基本的に奴隷の売買は奴隷市場と呼ばれる闇商会で取引されるが、偶に商会を介さずに貴族間で取引されることもあるらしい。
「それにしても君、良い趣味をしているね。私と話が合いそうだ」
「はぁ」
何の話だと疑問を抱きながらも軽く聞き流していると突然、ノーエスは自分の腕を俺の肩に回してきた。
肩を抱かれたことで必然的に相手との距離が近くなる。押し返すわけにもいかず、そのまま相手の動向を窺う。
「よく見ると君も良い男じゃないか。どうだね、今度、私の屋敷に来ないか」
耳元で囁かれ、ゾワリと全身に鳥肌が立った。
「……ノーエス様、淑女の前で今の発言は如何なものかと」
「何か問題だったかな? 私は、ただ純粋に君との交流を深めたいだけなのだがね」
彼の主張は表面上では何も間違ってはいない。間違ってはいないが、今の言葉に〝裏〟があるのは明らかだった。
「実はね、君と同じくらいの歳の娘がいるんだ。君さえ良ければ会って欲しいと思ってね」
それは嘘だと、すぐに分かった。
ギィルから聞いた話ではノーエス・マリキッドには妻と一人息子しかいなかった筈だ。更に彼は、とある界隈で男色家としても有名らしい。
同性の従者を連れている時は基本的に用心棒の役割と見做されるが、それは用心棒と呼ばれるに相応しい風貌をしている場合が多く、況してや今回は用心棒とするには顔立ちが良過ぎるギィル達を連れて来たことで自分と趣味趣向が似通っているととんでもない勘違いをされてしまったようだ。
さらに何が恐ろしいって、こんな少し調べればすぐに分かるような嘘を吐いてまで屋敷に招こうとする神経だ。
未だにこんな浅はかな手を使っているということは過去にこの罠に引っかかった阿呆共がいるという事だ。
平民の俺なら何も知らないから難なく丸め込めるとでも思ったのだろう。そこまで考えなしと思われていたとは全くもって心外だ。
それにしても、この展開は完全に想定外だ。こんな所で、こんな奴に絡まれるなんて誰が予想できる?
回された腕の手先が俺の肩を撫でるように動く。
相手が相手なだけに下手に動けない。相手も、それを分かっているから好き放題に触ってくる。
出来るだけ穏便に且つ速やかに、この男から離れる策を……考えるまでもなかった。
ギルがノーエスの腕を掴んで俺から引き剥がしたのだ。
目を見開いたノーエスは次第に状況を理解すると忌々しげに目を細めた。
「……何だ、この手は。従者とはいえ私が誰か分からないわけじゃないだろ」
「うるせぇよ、変態ジジイ。汚ねぇ手で、この人に触んな」
「何だと、この……っ」
「嫌ですわ、侯爵様ったら! 私を一人ぼっちにするなんて。彼が気になるのは分かりますけど、今は私もご一緒なのですから私ともお話して下さいまし」
ギルとノーエスとの間に割って入るようにノーエスの胸元に飛び込んだカリンが上目遣いで彼を見る。
若い娘に迫られ、気を良くしたノーエスは何事もなかったかのようにカリンと会話を始めた。
ノーエスの意識が完全にカリンに向いたと確信した時、彼女は目線で「今のうちに、この場から離れて」と合図を送ってきた。
俺は心の中でカリンに感謝しながら頷き、ギルを連れて会場の隅へと移動した。
彼女だけ残して去るのは正直心苦しいが、俺達が残れば彼女の行動が無駄になる。
「……まったく、とんだ物好きもいたもんだな」
ギィルやギルなら、まぁ分からなくもない。男の俺から見ても彼らの顔は異常に整っていると評価せざるを得ないからだ。
対して、俺は何処にでもいるような平凡顔。それでも満足できる奴など守備範囲が広いか、よほどの物好きくらいしかいないだろう。
もう考えたくもないのか、ギルは何も返してこなかった。
会場の隅では踊り疲れた貴族達が談笑したり、食事をしたりしていた。
そういえば式典が始まってから何も食べてないな。
「ギル、腹は減ってないか?」
「あ? いや、別に……」
タイミングが良いのが悪いのか、ギルの腹の虫が鳴く。居心地悪そうな顔したギルを見て表情が緩んだ。
彼を笑いたかったわけではない。先ほどまでの嫌悪と緊張から解放されたことを漸く実感できたのだ。
「折角、来たんだ。どうせなら普段食えない美味いものを食った方が得だと思わないか?」
「……そうだな」
ギルは俺が笑ったことを咎めなかった。彼には俺が笑った本当の理由が分かっていたのかも知れない。
料理は前もって用意された物を自由に取って良いようになっていた。
テーブルの端に置かれた取り皿を取ろうと伸ばした手が同時に取ろうとした誰かの手に触れてしまい、反射的に引っ込めた。
「っ、すみません」
「い、いえ、こちらこそ、すみま……」
言葉が止んだことに違和感を覚え、相手の顔を見た。
前髪に覆われていて、その目にどんな感情を映しているのかは確認できなかったが……見覚えのある年季の入った黒いマントと少し濡れた飴色の髪から微かに漂うワインの匂いが目の前の人物が誰なのかを教えてくれた。
(……ノゥア・セルジューク)
その人は機会があるなら、もう一度話がしたいと思っていたノゥア・セルジューク本人だった。




