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378話_予測不能な巡り合わせ

「ライ様、そろそろ城に行かれた方がよろしいのでは?」


 ギィルの声で俺は夢から覚めたような感覚でマリアから離れる。

 この場に居るのは俺と彼女だけではないことを、すっかり忘れていた。


「そ、そうだな。……ごめん、母さん。俺、もう行くよ」


「えぇ、また時間がある時にゆっくり話しましょう。その時はアラン君も一緒にね」


 マリアの言葉に頷きながら俺は足早に家を出た。


 何となく気不味くてギィルの方を見ることが出来ない。ギィルも何も言わないのが救いだ。

 これがグレイだったら揶揄いのネタにされていたに違いない。


「……あの方が貴方のお母様なのですね」


 場所が違っていれば〝この世界での〟と付け加えられていた事だろう。

 市場のある通りに出る直前、商人や客の声が行き交う場所だらこそギィルは言葉を選んだのだ。


「まぁな」


「お優しい方ですね。それに貴方に、よく似ている」


 俺は、前にギルから聞いた話を思い出した。

 彼らは、この世界の両親を知らない。捨てられたか、不幸があってやむなく孤児院に預けられたか。

 彼らのことを知らない者が聞けば、自然と同情を寄せてしまうだろう。


「……そうか?」


「えぇ、笑った時の表情とか雰囲気が特に」


 照れ臭いながらも悪い気がしないのは相手がギィルだからだろう。


「それにしても服を着替えたのは正解でしたね」


「此処が王都の中とはいえ、俺もお前も中々に派手な格好だったからな」


 サラの家を出た直後、魔法で一時的に服を目立たない私服に変えた。

 さすがに、あの格好のまま通りは歩けない。城に着く直前で元に戻せば問題ない。

 特に貴族の階級を示すマントは付け所を選ばなければならない。恐らく、あれが己が貴族であることを示す唯一の証明となるのだから。


「式典って、やっぱり堅苦しい感じなのか?」


「内容にもよりますが、今回は勇者を讃える祝賀会ですから、そこまで堅苦しくはないと思いますよ。ただ今回の主役である勇者にとっては、そうとも限りませんが」


「どういう意味だ?」


「十二年前の件以降、勇者という称号の価値が格段に上がったのは御存じですよね。昔は大勢いた勇者が今では一人だけになった訳ですから」


 勇者の称号については俺も前々から把握はしていた。

 元から勇者の称号を与えられていた者は〝冒険者〟へと変わり、勇者学校の生徒達には〝勇者見習い〟の称号が与えられるようになったとか。


「特別な称号そして利用価値のある存在は、どうしても目立ってしまいます。例え、本人がそれを望んでいなかったとしても。それだけじゃありません。誰よりも近しい存在であるはずほ家族も、慣れ親しんだ友人も、以前とは違う目で彼を見ている筈です。幸い、彼の母親は違ったようでしたが」


 サラは、あくまで母親としてアランを心配していた。だが、皆が彼女のようにアラン個人を気に掛けるとは限らない。

 アランの学生時代の友人の一人であるヒューマも彼が特別になったからといって態度を変えるような奴とは思わないが、立場上、ヒューマと会える機会が極端に減っていたとしたら。

 式典の準備で忙しいであろう中、わざわざ実家を訪れたのは少しでも気が休まる場所を求めた上での行動だったとしたら。


「…………」


 駄目だ。彼の為に何か出来ることはないかと考えたが、何も思い浮かばない。

 式典の最中に連れ出すのは難しいだろうし、仮に偽物を用意したところで相応な実力揃いの貴族相手にどこまで通用するか……それに主役を無断で連れ出したともなれば大問題だ。

 連れ出すのであれば絶対にバレない方法でなければならない。それに城内に協力者も必要だ。

 以上のことを考えると、やはり不可能だと断言せざるを得ない。


「貴方が気負う必要は無いと思いますよ。寧ろ、この式典に貴方が参加することは勇者にとって良い出来事(サプライズ)になるかも知れません。知り合いが一人もいない。気軽に話せる環境でもない。そんな中で馴染みのある顔を見つけたらホッとしませんか?」


「そりゃ、まぁ……」


「恐らく貴方が式典に参加することは、まだ勇者には伝わっていません。仮に伝わっていたとしても心の拠り所としての役割は充分果たしてくれると思いますよ」


 ギィルが言うには、俺は式典に参加するだけで良いらしい。

 何か腑に落ちないが有効な手段も無いし、とりあえずこのまま城に向かうとするか。


 城に着く直前、俺達は服装を正装に戻した。

 城門では何台もの馬車が城を出入りしている。考えてみれば貴族が徒歩で城に向かう方が珍しい。

 まぁ、馬車で来いって決まりも無いし……貴族であることさえ証明できれば中には入れるだろう。


 案の定、城には難なく入ることが出来た。

 ブランが事前に伝えてくれていたのか、名前を言ったらすぐ通してくれた。


「ねぇ、見て……あの方が例の……」


「まぁ、本当にお若いのね」


「……一体、どんな手を使ったんだ?」


 何やら視線が痛い。心当たりはある。言わずもがな、今日の叙爵式だ。

 参加した貴族達が家族、そして欠席していた貴族達に今日のことを吹聴したのだろう。

 アランのことばかりに気に掛けていたが、俺もまた彼とは違った意味で注目の的になる可能性が大いにあったことを失念していた。


「一度、会場を出ますか?」


「いや、俺達が出て行く理由は無いから良い。それに少しでも挙動不審な態度を見せれば舐められる。何も疾しいことは無いんだ。ギィル、お前も堂々としてろ」


「……はい!」


 ギィルの表情が心なしが明るくなったように見えた。

 よし、あとは式典が始まるまで大人しくしていれば……


「よぉ、ノゥア。久し振りじゃねぇか。まさか、お前も来てたとはなぁ!」


 会場中に響くほどの一際大きな声が聞こえて視線だけ向ける。

 数人の男達が一人の若者を取り囲んでいる。その光景は親しい友人達の挨拶とは到底思えなかった。


「ギィル、あの中心にいる男が誰か分かるか?」


 ギィルは額に手を添えて目を細める。


「遠目からなので断定は出来ませんが、恐らく彼は……」


「彼はノゥア・ルジューク。ルジューク男爵の孫であり、唯一の後継者だよ」


 何処かで聞き覚えのある声なのに振り返ってみたら見知らぬ男。…………誰だ?

 彼は俺の手を取り、距離を詰めてきた。馴れ馴れしい奴だな。というか、本当に誰だ?

 右目下の黒子。陽の光が当たった若葉にも似た柳色の髪は毛先が少しうねっている。

 容姿の特徴から特定しようとしたが、特定どころか思い当たる人物の候補すら出てこない。

 俺の心境を理解したのか、男は苦笑した。


「あぁ、ごめん。この姿じゃ誰か分からないよね。僕の名前はライアン・ワーナー。君にとっては〝ジャミン〟の方が聞き馴染みあるかな」

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