377話_変わらない温もり
勇者アランの功績を讃える式典まで、あと数時間。
ギィル達との打ち合わせも済んだところで俺はギルの魂をギィルの肉体へと移した。
魂を失ったことで肉体だったものは本来の木の人形の姿へと戻ってしまったが、また魂を戻せば元に戻るため問題ない。
俺は叙爵式で貰ったマントを羽織り、ギルもといギィルはラツェッタから貰ったスーツで参加することとなった。
「今日初めて着たとは思えないくらい、しっくりきてるな」
「魔王様こそ、よくお似合いですよ」
お互いに褒め合っているとグレイが部屋に入って来た。
(そろそろ入城可能時刻ですよね。準備は出来てますか?)
「問題ない。というか、特に用意する物も無いしな」
「僕も大丈夫です」
(そうですか。……すみません、ギィル。ギルと代わってもらえますか?)
ギィルは目を閉じて、肉体の主導権をギルに渡す。
以前と同様、本人達の意思で意識の移り変わりは可能だ。ただ感情が昂ったり不安定な状態だと意図せず互いの意識が入れ替わったりするため注意は必要だが。
「……何だよ」
見た目は全く変わらないのに雰囲気や表情がギィルとは全然違う。口調も対照的だから余計にそう思うのかも知れない。
同じ肉体を共有していても、やはり彼らは個々の存在なのだと改めて実感する。
(ギィルと魔王様に迷惑をかけないで下さいよ。間違っても式典の最中に暴れたり喚いたりしないで下さいね)
「テメェ、俺を獣か何かと勘違いしてねぇか?」
(大して変わらないでしょ)
「あぁ゛?!」
(冗談ですよ)
ギルが「テメェの冗談は分かりにくいんだよ」と舌打ちする。
……正直、今のに関しては俺も冗談なのか本気なのか分からなかったぞ。
(これでも本気で心配してるんですよ? 何処ぞの貴族に挑発されて真っ先に手を出しそうなのは貴方ですから)
「そんなこと……っ、あるわけねぇだろ」
あ、その反応は過去に似たようなことがあったな。
グレイも同じようなことを思ったのだろう。何か察したような表情をしていた。
俺達が城を出たのは、それから間もなくの事だった。
まだ式典まで時間はあるが、その前にどうしても寄りたい所があったのだ。
「まぁ、ライ君?! 久しぶりねぇ!」
俺が訪れたのは、王都にあるサラの家。
彼女の家に来たのは他でもない。家族に会う為だった。
「お久し振りです。母さん達はいますか?」
「いるわよ。今、呼んでくるわね。とりあえず上がって。後ろにいる、お友達も」
ギィルと共に家の中へと招かれ、適当な椅子に腰を下ろして待っているとバタバタと忙しない足音が近付いて来た。
「本当にいた」
「本物、久しぶり」
壁からひょこりと顔を出したのは義妹のマナとマヤだ。
まだあどけなさはあるものの十二年前と比べると女性らしさが滲み出ている。
今は、王都の魔法学校に通っているらしい。
「ライ、お帰り」
「あぁ、ただいま」
「ライ、また格好良くなった。服も似合ってる」
「ありがとう。そう言うお前達は、ますます美人になったな」
子どもの頃から綺麗な顔つきをしているなとは思っていたが、こうして改めて見ると、その端正さに更に磨きがかかっている。
俺の率直な感想に色白な二人の頬が薄っすらと紅に染まる。この程度で照れるとは何とも可愛らしい。
「あの、ライ様。彼女達は?」
「あぁ、二人は俺の双子の義妹なんだ」
「なるほど、双子ですか。通りで瓜二つな姿をしているわけだ。ライ様は見分けられるのですか?」
「あぁ。右がマヤで、左がマナだ。そうだろ?」
「うん、正解」
「さすがライ、私達のことちゃんと分かってる」
抱きついてくた二人を抱き止めるとギィルは「本当に仲がよろしいんですね」と微笑ましそうに言った。
気恥ずかしさはあったが、それ以上に他人から見ても仲の良い家族だと認識されている事が嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「あぁ、見て、サラ。あの尊い光景を……やっぱり私の子供達は天使様の生まれ変わりだったのね」
「気持ちは分かるけどいい加減自分の世界から帰ってきなさい、マリア。ライ君が見てるわよ」
いつから居たのか部屋の入り口から身体を半分だけ出して俺達を見ていた母達の姿に俺は緩んでいた口を瞬時に結んだ。
サラとマリアも席に着いたところで俺は改めて久々の再会の挨拶をした。
「久し振り、母さん。元気そうで良かった」
「それは、こっちの台詞よ。……十二年前は、またこうして顔を合わせて話が出来る日が来るとは思ってなかったから」
十二年前のことを出されると何も言えなくなる。
リュウ達が真実を伝えるまで彼女達の中では俺は死んだことになっていたのだから。
「でも、本当に無事で良かったわ。私も、ずっとライ君に御礼が言いたかったから」
「御礼?」
「ライ君が魔王を倒してくれたお蔭で、四竜柱の贄としての任を解かれたの。ヒューマ君もファイル君もカリンちゃんも貴方に感謝しているわ」
懐かしい名前ばかりだ。ヒューマは最近、会ったが。
……また皆に会いたいな。
「そういうわけで貴方は私達にとって命の恩人なの。本当に、ありがとね」
サラが頭を下げる。何だか最近、感謝されてばかりだ。
感謝しなければならないのは俺の方なのに。
「それにしても残念だわ。実はね、アランも今日ここに来ていたのよ」
「え、そうなんですか?」
「お昼くらいまでだけどね。何でも今日はお城でパーティーがあるとか。勇者になってから、あの子も忙しくなっちゃって。仕事とはいえ危険な所にも結構行ってるみたいだから親としては心配なのよねぇ」
パーティーというのは今から俺達が参加する式典のことだろう。
アランと最後にあったのは俺が目覚めて以来だから、それなりに時間は経っている。
「俺も、そのパーティーに行く予定なんです」
「まぁ、そうなの?! あら、でも確かあの子は、そのパーティーには前もって招待された人しか参加できないって……」
「招待はされていませんが、ブラン王に確認は取ってあるので大丈夫だと思います」
「え、ブラン王? どうして、そこで王様の名前が出てくるの?」
その時、俺はサラ達に自分が領主になったことをまだ伝えていなかったのを思い出した。
「実は、あれから色々あって領主になったんです」
「りょ、領主? ライ君が?」
「はい。今日、叙爵式があって正式に貴族になったんです」
その証拠が今羽織っているマントだと説明するとサラ達は口を開けたまま固まった。
やがて意を決したような面持ちでマリアが口を開く。
「……い、今の話は本当なの?」
「あぁ。伝えるのが遅くなって、ごめん。本当は、もっと早い段階で伝えたかったんだけど」
時間がなくて結果的に事後報告になってしまったと謝るとマリアが徐に立ち上がる。
俺も釣られるように立ち上がると彼女は俺の前まで来た。
……もしかして今日まで何も言わなかったことを怒っているのだろうか。
俯いていて彼女が今どんな表情をしているのか確認することが出来ない。
「……ライ」
「は、はい」
相手の出方が分からないため思わず敬語になってしまった。
彼女が片手を上げたのを見て咄嗟に目を瞑ると頭の上に何か置かれた感覚が。
ゆっくりと目を開けるとマリアの手が俺の頭に触れていた。
そのまま頭を撫でる。子どもの頃と同じように。
子ども扱いするなと手を振り払うことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
彼女への想いを自覚した今の俺には、とても出来ない。俺だけに与えられる感触を、温もりを、手放したくない。
「よく頑張ったわね」
その優しい微笑みは、昔と何一つ変わらなかった。




