376.5話_閑話:涙の真相
それはライが初めてガーシャ達の工房を訪れた日。
ライの治療によってメグユマムの毒から解放されたラツェッタがガーシャと共に工房に戻った直後の話だ。
「…………え、私のことをライちゃんに話した?」
自分に魔力がないことをガーシャ以外に知られてしまった。しかもガーシャ自らが打ち明けたことを知ったラツェッタは驚きはしたものの絶望することは無かった。
ガーシャが自分から打ち明けたという事は、それだけ彼にとって信頼できる人物であるということ。
ガーシャのことを誰よりも信頼していたからこそラツェッタは冷静でいられるのだ。
「……そう。だけど、じゃあ彼とは今回限りの付き合いね」
「どうして、そう思う?」
「魔法に恵まれた種族でありながら魔法が使えない。そんな私と連んで何の得があると言うの」
「アイツは損とか得とかで友人を選ぶような奴じゃない」
「貴方がそこまで言うなんて珍しい。随分、ライちゃんのことを気に入っているのね」
ここまでガーシャが誰かに肩入れするのは初めてではないだろうかとラツェッタは記憶を探りながら言った。
「気に入りもするさ。何たって、アイツは……あの〝ライ・サナタス〟だからな」
「……、え?!」
ラツェッタは自分の耳を疑った。
ライ・サナタスと言えば、彼女の出身地であるエルフの里に昔から伝わる物語の主人公。今、ここでその名を聞くとは思わなかったからだ。
「す、凄い偶然ね。里を救った英雄様と同じ名前だなんて」
「いや……もしかしたら本物かも知れん」
「そんなはず無いわ。だって、この世界では彼は架空の人物なのよ?! 彼が実在していたことは女王様や私達みたいに昔の記憶がある人しか知らない」
ここでの昔とは前世を指す。ラツェッタ達もまたライ達と同じように前世の記憶を持っていたのだ。
「ワッシ達やエルフの女王と同じことがライ・サナタスの身にも起こっている可能性があるとは考えられないか?」
「同じって……彼にも昔の記憶があるかも知れないって言うの?」
「それは分からん。確かめる術も無い。だが、アイツから懐かしい魔力を感じた。どうしても偶然とは思えん。記憶は無くとも長い時を経て、この世界に転生した可能性もある。女王なら本物かどうか、すぐ分かるだろうが……もしアイツに英雄と同じ意志が宿っているとしたら、お前のことを知ったとして何も変わらんと思うがな」
「……そうね。じゃあ確かめてみましょう。仕立屋としての役目を終えた私になら本性を現すかも知れない」
「魔力を失っていると知ってもなお、お前を受け入れるかどうかで判断するということか。これまた随分と大胆だな」
「魔力感知が出来ない私には、こんな方法でしか確かめられないもの。ま、だからといって、この方法で彼が本当に英雄様かどうかが分かるわけでもないのだけれど」
少なくとも、これで彼との今後の関わり方が確定される。
口には出さなかったが、彼女の意図はガーシャにも伝わっていた。
「これだけは無いと思いたいが……アイツが万が一、お前を愚弄するようなことがあればワッシは一生を賭けてアイツを恨み続ける」
「ふふ、そうならないことを祈りましょう。死ぬまで誰かを恨み続けなきゃいけない人生なんて、そんなの悲しいもの」
ラツェッタは、まだ半信半疑だった。
前世で自分達を救ってくれた英雄が同じ世界に転生しているなんて、そんな都合の良いこと起こるわけがないと。
そして早くも〝その日〟は、やって来た。
「ラツェッタさん、次回からは客として貴方に仕立てを依頼しても良いですか?」
動揺のあまりラツェッタは持っていた道具箱を落としてしまった。大事な道具達が転がってライ達の足元で止まる。
「……私のこと、ガーシャから聞いているんでしょ」
その言葉に反応したのはライだけだった。他の者達は怪訝そうにライとラツェッタを交互に見ている。
彼らの反応からラツェッタはライが自分のことを他言していないことを知った。
ラツェッタは前世で里の英雄と会っている。言葉を交わしたことは無かったが、その容姿を、声を、表情を、朧げながらも憶えていた。
容姿は全くの別人。声も全然違う。だけど、その表情は……
「はい、確かに聞きました。でも、俺達には何の関係もありません。貴女も望んでくれるなら俺は貴女と〝次〟を約束したい」
彼女の魂に刻まれた記憶が、かつて里を救ってくれた英雄が彼であることを主張している。
自分の記憶を、魂を、ラツェッタは疑うことが出来ない。今、彼女の目の前にいる男は確かに〝伝説の英雄〟だった。
ラツェッタは声を上げて泣き崩れる。
心配するライ達の声が聞こえたが、今の彼女には言葉を返す余裕もない。
(ガーシャ、貴方が言ってたことは間違いでも勘違いでもなかった。この人は本物……そう、本物だわ)
だが、それはあくまでもラツェッタの中での話だ。
この認識が正しいのかどうかは、また別の方法で確かめなければならない。
……では、どうやって?
ライ達が去った後、ガーシャと二人になったラツェッタは泣き腫らした目に決意の光を込めて言った。
「彼を、エルフの里に連れて行きましょう」
彼を女王に会わせて、はっきりさせなければ。
この感覚が都合の良い瞞しなんかではない事を証明する為にも。




