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46話_幸先の悪い幕開け

 線香を炊いたような年寄り臭いにおいに妙な懐かしさを覚えながら、ゆっくりと目を開けた。

 空も無ければ、風に揺れる草や花も無い。見えるのは、額から立派なツノを生やした数人の鬼人(オーガ)

 長机に向かい合って座っているところを見ると、話し合いの真っ最中だろうか?

 呑気に、そんなことを考えていると俺達の姿を捉えた鬼人(オーガ)達は驚きの眼差しを向けて立ち上がった。


「き、貴様ら、何者だ?! どこから入って来た?!」


曲者(くせもの)だ! 捕らえろ!!」


 初めてのクエストの時、グレイは言っていた。

 ギルドの転送装置は、依頼者が拠点としている場所に転送するようにプログラムされている……と。

 ミーナの時もそうだったし、今回も例外では無いと分かっていた。

 分かっていたのだが、まさか……


(家の中も転送範囲に含まれるなんて、聞いてない!!)


 意図していなかったとはいえ不法侵入してしまった俺達は、あっという間に取り押さえられてしまった。

 ちなみにスカーレットは、捕まれる度に柔軟な身体を生かしてすり抜け、開いていた窓に向かって飛び出して行った。

 詰まる所、俺達を置いて逃げた。


(あ、あの薄情スライムめ……っ!)


 そもそもスライムに情があるのかという疑問が頭をよぎったが、キリが無くなりそうだったので、とりあえず思考を止めた。

 ほんの少し身動いだだけで身体に容赦なく食い込むほど頑丈に締め上げられた俺達を、見るからに屈強な鬼人(オーガ)達が鋭い眼光で見下ろしていた。


「……貴様らは何者だ?」


 そう問いかけた鬼人(オーガ)の目は、完全に敵を見る目だった。

 隣で、リュウの小さな悲鳴が聞こえた。


「何をしている?」


 落ち着きと威厳が感じられる、若々しい女の声だった。

 目の前の鬼人(オーガ)達のせいで、その姿を確認することは出来ないが彼女の声が部屋に響き渡った瞬間、鬼人(オーガ)達が一斉に俺達に背を向けて跪いた。

 この声の持ち主は、彼らよりも身分の高い存在なのだと、すぐに分かった。


「騒ぎ立てして、申し訳ありません。侵入者を取り押さえておりました故……」


「……侵入者?」


 女の声色が一気に険しいものになった。

 鬼人(オーガ)達が立ち上がり道を作るように左右に分かれると、俺達は初めて声の主と対面した。

 窓から漏れる光に照らされて、人毛とは思えない輝きを放つ白髪に、思わず見惚れてしまった。陶器のように艶めく肌からは2本のツノが生えている。

 敵意を剥き出しにしている、その瞳さえ美しいと感じてしまう。

 それほどまでに、彼女の容姿は整っていた。

 一種の芸術品でも見ているかのような気持ちで、彼女を見つめているとポケットに折り畳んで入れていた依頼書が淡く光を放っていることに気付いた。

 依頼書が発光したということは依頼主が、この近くにいるという事。


(確か、依頼主は鬼人(オーガ)の頭領だったな……)


 導き出された答えは、1つだった。自分よりも遥かに長身でガタイの良い鬼人(オーガ)達によって作られた道をゆっくりと進み、俺達を値踏みするような視線で見つめる彼女こそ、鬼人(オーガ)の頭領であり、あの依頼書を書いた張本人。


「ヒ、ヒメカ様! それ以上、近付いては……」


 戸惑う鬼人(オーガ)の声が聞こえていないかのように、ヒメカと呼ばれた女鬼は俺達の前でしゃがみ込んだ。

 特に何かを発するわけでもなく、何かを仕掛けるわけでも無さそうな彼女に俺は確信は得ながらも、一応尋ねた。


「……兄を助けてほしいと、ギルドに依頼書を提出したのは貴女ですね?」


 彼女とリュウにだけ聞こえる程度の声量で問いかけると、彼女は細めていた目を少しだけ見開いた。

 この反応を見る限り、彼女が依頼主で間違いないようだ。

 驚いた表情で俺を見つめていた彼女は、顔を俯かせると息を吐いて立ち上がった。


(あぁ、良かった。これで疑いが晴れる……)


 そう思っていた。


「この者達を、地下の牢へ連れて行け」


 自分の耳を疑った。


(…………は?)


 混乱する俺達に構いなく、あれよあれよという間に地下へと連行されて鉄格子に囲まれた狭い空間へと投げ入れられた。


「え? え? なんで?」


 鉄格子の向こう側にある、なんの風情も無い景色を見つめながらリュウは素直に混乱している。そういう俺も、先ほどから予想外の展開が連続していて、最早、開いた口が塞がらない。

 俺達をここまで運んだ鬼人(オーガ)達は、早々と退散していった。


「オ、オレ達、どうなっちゃうのかな……?」


 不安そうな表情で言葉を漏らすリュウに、どう言葉をかければ良いか分からず口を閉ざしていると、コツコツと鋭い足音が聞こえてきた。

 小さな足音は、段々と大きくなっていく。


「だ、誰か、来た……」


 俺の背中に身を隠すリュウを軽く睨みながらも、近付いてくる足音への警戒は怠らない。

 足音止んだ時、鉄格子の向こう側に現れた女の姿に、俺は臨戦態勢に入った。

 縄で縛られてはいるものの、この程度の拘束なら魔法を使えば一瞬で抜けられる。

 なら、とっとと魔法を使えば良かったのでは? という指摘は控えてもらいたい。

 恥ずかしい話……たった今、それを思い付いたのだ。

 鉄格子を挟んでの対峙が数秒ほど続くと、初めに行動を起こしたのは彼女の方だった。


「ごめんなさい!!」


 先ほどまでの威厳は何処へやら、深々と頭を下げた彼女に俺達は互いに顔を見合わせた。


「貴方の言っていた通り、ギルドへ依頼書を提出したのは私です。ただ……依頼書のことは私の独断で行ったことだったので、このような手荒な真似をさせて頂きました」


 顔を上げた彼女は申し訳なさそうに眉を下げながら、俺達を見た。


「改めて、初めまして。私は、この鬼人(オーガ)の集落の頭領……になる予定の、ヒメカ・ソウリュウと申します」


 申し訳ないという感情が邪魔をして満足な笑顔を向けられていない彼女の表情に、胸中にあれだけ秘めていた数々の言葉が綿菓子のように溶けて無くなっていった。


「あのー、頭領になる()()って、どういうこと……で、すか?」


 使い慣れていないとすぐに分かる、たどたどしい敬語で、リュウは彼女の表情に惑わされることなく、的確な指摘を向けた。

 彼の言葉に頬をかきながら気まずそうに笑う彼女を見て、静かに息を吐いた。


(もう……悪い予感しかしない)


 あまりにも先行きが不安過ぎる始まりに、この先で更なる厄介に巻き込まれませんようにと、信じてもいない神に思わず祈ってしまった。

※鬼人:鬼の姿をした者もいれば、人間に近い姿をしている者もいる。〝ある物〟を守るために東西南北にそれぞれの里を構えており、各々の里で各々の文化を築いてきたこともあってか性格も様々で暴力的な者もいれば平和主義な者もいる。額に生えているツノの本数は1本や2本が一般的だが中には3本ツノの者もいる。ツノが折れると、人間並みの力にまで抑え込まれてしまう。

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