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375話_こうして、また一つ絆が生まれた

 書類整理に区切りが付いた頃、同じく倉庫の整理が一段落ついたギルとギィルが書斎を訪ねて来た。


「魔王様、少しお時間よろしいでしょうか? 今夜のことについて、ご相談したい事があるのですが」


「分かった。此処でも良いか?」


「……はい、問題ありません」


 返事をした直後、ギィルは隣にいるギルと真向かいにいるグレイを見た。

 口では問題ないと言っていたが、本心ではグレイとギルが同じ空間にいるのを避けたかったのだろう。

 一瞬のこととはいえ、その仕草でギィルの本心を見抜けないほどグレイも鈍くはない。


(じゃあ俺は席を外しますね。ついでに他の方の様子を見て来ます)


「あぁ、頼む」


 グレイが退室したのを確認し、俺はギィル達に近くのソファに座るよう促す。


「それで何を相談したいんだ?」


「俺達の服装についてです。貴族ほど畏まった物でなくて良いとはいえ、従者の格好や振る舞いは主人の地位にも影響が出てしまいますから、せめて場に相応しい格好がよろしいかと」


 ギィルの言う事は一理ある。というか、その考えにすら至らなかった。


「なら、今から買いに行くか。夜までには間に合うだろう」


 そう言って椅子から立ち上がった時、扉を叩く音が室内に響いた。


「誰だ?」


「ワタシよ、ライ様。朴念仁が用事があるみたいなの。入っても良いかしら」


 ガーシャへの依頼が成功してからレイメイは村へと帰していた。

 それまで何の音沙汰も無かった筈だが……村で何かあったのだろうか?


「あぁ、入ってくれ」


 合図と同時に扉が開かれ、メラニーとレイメイが入って来た。


「お久し振りです、レイメイさん」


「あぁ、久しいな。メラニーから聞いた。正式に、この城の主になったそうだな」


「まだ名ばかりも同然ですよ。領主としての任も、まだ満足に熟せてませんし、この領地の名前も決まっていませんからね」


「やる事は山積みというわけか。そんな多忙な時期に、すまない。ラツェッタ殿にライ殿を村まで連れて来て欲しいと頼まれてな」


「ラツェッタさんが?」


 彼女とは今日の叙爵式が終わってから別れたばかりだ。何か用事があったのなら村に送り届けた時にでも言ってくれれば良かったのに。


「それからギル殿とメラニー殿、あとグレイ殿も連れて来て欲しいと言われた」


「は? 俺?」


「あら、ワタシもなの?」


 名前を呼ばれた二人が意外だとばかりに目を丸くして互いを見る。


「分かった。グレイには俺から伝える。ギルとメラニーはレイメイさんと一緒に先に村に行ってくれ。悪いがギィル、続きは後だ」


「はい、分かりました。ギル、分かっているとは思いますが、そのラツェッタさんという方に粗相の無いように」


「お前は俺の母親か」


「ほら、イチャついてないで早く行くわよ。それじゃライ様、また後で♡」


「気色(わり)ぃこと言ってんじゃね……って、おい! 離しやがれ、このデカブツ女!」


「背丈の高さでワタシに負けてるからって僻まないの。ていうか、そんなに誰より高いとか低いとか一々気にする必要ある? ほんと人間って分からないわぁ」


 彼らの遣り取りは廊下まで響いている。ギィルが「すみません……」と居心地が悪そうに謝罪の言葉を呟く。

 余計なことを言うメラニーも悪いが、躍起になるギルもギルだ。ギィルが不憫でならない。


「じゃあ俺も行ってくる。留守中に何かあったら念話(テレパシー)で知らせてくれ」


「分かりました」


 ギィルを置いて書斎を後にすると俺は城内を範囲に念話(テレパシー)を飛ばす。


(グレイ、応答してくれ)


(魔王様? どうかしましたか?)


(急だが、セイリュウ族の村に行くぞ)


(え、今からですか?)


(詳しいことは分からないが、ラツェッタがお前に用があるらしい。来られるか?)


 それから間もなくグレイと合流した俺はラツェッタが待つ村の工房へと向かった。

 中に入ると先に着いていたギルとメラニーが随分と(めか)し込んだ格好で立っていた。


「ど、どうしたんだ、お前達。その格好は?」


「あ、やっと来たのね、ライ様。ねぇ、見て。このドレス、似合うかしらぁ?」


 メラニーが着ているのは色鮮やかな赤を基調としたタイトなパーティードレスだ。高身長で凹凸の目立つ体型をした彼女が身に纏っているせいか全体が引き締まっていて尚且つ上品さもある。

 対して、ギルは白を基調としたスーツを身に纏っており、この辺りでは珍しい髪色や端正な顔つきも相まって貴族と間違えられても可笑しくない風貌だ。


(似合ってますよ、ギル)


「うっせぇ、話しかけんな」


(酷いですね。率直な感想を口にしただけだったんですが)


「テメェが言うと嫌味に聞こえんだよ」


 グレイも態々、突っかからなければ良いものを。というか、彼奴等は喧嘩してないと会話も碌に出来ないのか。

 注意する気も失せて呆れる俺の腕にメラニーが擦り寄ってきた。


「あー、やだやだ。これだから素直になれない奴って面倒で嫌だわぁ。少しはワタシとライ様を見習えば良いのに」


 俺とお前で、どう見習えと言うんだ。

 それにメラニーの場合は素直と言うより己の欲望に忠実過ぎるだけな気がする。ある意味、ギルと足して二で割ると丁度良くなるのでは。


「グレイちゃん、貴方も来てくれたのね! さぁ、此方にいらっしゃい」


(はぁ……あの、これは一体、何を)


「説明は後よ。ささっ、こっちに来て!」


 あれよあれよと言う間にグレイはラツェッタに引き摺られるようにして奥の部屋へ連れて行かれてしまった。

 グレイが戻ったのは、それから数分後のことだった。

 戻ってきたグレイの服装は私服からスーツに変わっていた。スーツは黒を基調とした物。ギルと並ぶと対照的で見栄えが良い。


「全部、私の自信作よ。気に入って頂けたかしら?」


「えぇ、とても♡」


「ま、まぁ、悪くねぇ……と思う」


(サイズも丁度良いですしね。本当にどの服も素晴らしいのですが……そろそろ、この状況について説明して頂けないでしょうか?)


 グレイの言うことは尤もで、この場にいる誰一人、この状況を理解できていない。

 ラツェッタは「あら、それもそうね」と今気付いたとばかりの反応を見せると曇り一つない笑みを見せた。


「前に貴方達に助けてもらったでしょ? あれから何の御礼も出来ないままだったから、せめて何か御礼をしたいって思ったの。でも、私に出来ることなんて服を作ることくらいだから……だから、御礼として貴方達に服をプレゼントしたかったの」


(で、ですが、どうやって? 俺達、採寸してませんよね)


「あぁ、それなら問題ないわ。一目見れば、その人の体型や特徴は大体把握できるから。あとの細かいことは案外、勘でどうにかなるものよ」


 当たり前のことのように言っているが、それって実は凄いことなのでは?

 百年以上という人間的には長い時間の中で育まれた職人ながらの感覚という奴だろうか。少なくとも俺の理解が及ぶ範疇でないことは分かった。

 しかも彼女は、それを魔法も使わずにやってのけているのだから驚きだ。


「そういう訳だから受け取ってくれると嬉しいのだけど」


 ラツェッタが作った服を着た三人が気難しい表情をして顔を見合わせる。

 これまでの反応からして服を気に入っていないわけではなさそうだが、今の表情を見るに〝礼として受け取るには自分達の労力では不充分過ぎる〟といったところだろうか。


「素直に貰っておけ」


(ですが、)


「それは、お前達の為に作られた物だ。お前達が受け取らなかったら、その服はどうなる?」


 服は誰かに着られることで初めて意味を持つ。

 それ以前に着て欲しいと願って作られた服を遠慮で着ないと言うのは服にも彼女にも失礼だ。

 割に合う、合わない。報酬に相応する働きをした、していない。

 これがギルドのクエストなら全て考慮するべきなのだろうが、個人間での遣り取りでまで求める必要はないと俺は思う。

 要は、気持ち。相手が恩を感じているのなら受け取ってやれば良い。自分も相手に恩を感じているのなら何かしらの形で返してやれば良い。


(貴方が、そう仰るなら……)


 そう言うとグレイはラツェッタに「ありがとうございます」と頭を下げた。


「嫌だわ、グレイちゃんったら! 御礼として服を渡したのに、それに御礼を言われちゃったら元も子もないじゃない」


 ラツェッタは笑いながら裁縫道具を片付けていく。

 俺の服も含めて四着も作ってくれたんだ。恩義があるからと彼女は言うが、受け取るばかりでは流石に心苦しい。

 それに偶然とはいえ、折角得た新しい繋がり。ここで途切れさせてしまうのは勿体ないと思った。


「ラツェッタさん、次回からは客として貴方に仕立てを依頼しても良いですか?」


 ラツェッタが手に持っている道具箱を落とす。箱の中身が床に散らばった。

 慌てて拾い集めるとラツェッタが、か細い声で呟いた。


「……私のこと、ガーシャから聞いているんでしょ」


 それは問いかけではなく、確信めいた声だった。

 グレイ達は何の事だと首を捻ったが、俺には彼女の言いたいことが分かった。

 エルフでありながら魔力が無い。仕立屋としての活動は今も続けている彼女だが、ここ数十年で顧客は限定しているのだとガーシャから聞いた。

 理由は、魔力が無いことを悟られない為。特に貴族は魔力感知に優れた者も多い。

 魔力が無いと分かれば例え腕が良くても依頼が来なくなる。何故なら、魔力のないエルフなど存在する価値もないのだから。

 恐らく俺に服を作ると言ってくれた後に彼女はガーシャから自分達が抱えている秘密を俺に打ち明けたことを伝えられたのだろう。

 故に、彼女はこれっきりだと思っていたのかも知れない。もう俺達が自分に関わることは二度とない、と。

 彼女は恐れている。仕立屋としての名誉もエルフとしての尊厳も全て失うことを。

 失う可能性を恐れて態と活動範囲を狭めた。これまで贔屓にしてくれていた貴重な大客を手放してまで。


「はい、確かに聞きました。でも、俺達には何の関係もありません。貴女も望んでくれるなら俺は貴女と〝次〟を約束したい」


 その瞬間、ラツェッタは糸が切れたように泣き崩れた。

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