373話_叙爵式後、応接の間にて
想像していたものと大分違った叙爵式は幕を閉じ、俺は城内の応接の間へ。
応接の間ではアルステッドとラツェッタ、そしてガーシャが俺を待っていた。
「今の君には称賛よりも労いの方が良いかな?」
叙爵式で起こった出来事は既に知られていたようで顔を合わせた途端、アルステッドから憐れむような表情を向けられた。
……まさか最初からこうなる事を知ってたんじゃないだろうな、この人。
「いや、それにしても驚いたよ。君が二人と繋がっていたとはね」
彼の視線で二人というのがラツェッタとガーシャのことを指していると分かった。
「理事長も彼らを? もしかしてお知り合いでしたか?」
「知り合いだなんて、とんでもない。私が一方的に知っていただけだよ。二人とも有名人だからね」
そういえばラツェッタは貴族の服も作ってたとか言ってたな。
ガーシャの方は分からないが村に依頼者が訪れていたということは、それなりに名のある職人であったのだろうが……
「やぁねぇ、アルステッド様ったら。昔はそれなりに有名だったかも知れないけど今じゃ知ってる人の方が少ないわよ、きっと」
口では否定しながらも、その声色と表情は喜びを隠しきれていない。
「それよりライちゃん、聞いたわよ。王様から与えられた爵位は伯爵だったらしいじゃない!」
「あ、はい。あまり実感ないですけど」
与えられた物がマントのみだったせいか叙爵式が終わってもなお貴族になった実感が沸かない。
ラツェッタは興奮気味に言うが、実感がないから他人事のような反応になってしまう。
「実感なら、これから嫌でもするわ。それに、これは凄い事なのよ。そうよね、アルステッド様」
「えぇ、一般的に最初に与えられる爵位は男爵か子爵。いきなり伯爵の爵位を与えられたというのは聞いたことが無い。況してや君のように平民の出の者は。恐らく十二年前のことがあったからだろう。今や君もまた勇者アランに劣るとはいえ魔王を倒した英雄として世間は受け入れている。今回は、その功績が認められたからこその特例といったところだろう」
俺は、アレクシスから受け取ったマントに手を添える。
爵位がどのように決められるものかは知らないが、少なくともあの場にいた貴族達の意思が反映していないことは叙爵式での反応を見ても明らかだ。
アルステッドは世間は俺を英雄として認識していると言ったが、その世間というのも蓋を開ければ極一部なのかも知れない。
「あぁ、良かった。まだ城にいたか」
入り口の方から声がして振り返るとブランがいた。
予想もしていなかった王様の登場に俺とアルステッド達は慌ててその場に膝をつく。
「あぁ、そう畏まらなくて良い。私は、ただライ・サナタスに……いや、ライ伯爵に話をしにきただけなのだ」
そう言って手を上げるブランを前に恐る恐る立ち上がると彼の後ろにアンドレアスとアレクシスもいたことに気付いた。
「十二年前、私は君には酷いことをした。君だけじゃない。君の友人や母親にも。……こんなことを言っても言い訳にもならないかも知れないが、あの頃の私は私ではなかったんだ」
「どういう意味ですか?」
「私も詳しくは分からないんだが、何でも私の意思は誰かに乗っ取られていたらしい」
「……乗っ取られていた?」
「ブラン王、ここからは私が」
ますます訳が分からないと顔を顰める俺を見兼ねたアルステッドが助け舟を出すように割り込んできた。
「十二年前に君が会った陛下は何者かによって操られていた状態だったんだ。しかも、ご丁寧に陛下直属の使用人や臣下の思考まですり替えてね」
「そんな事、一体、誰が」
「……分からない。そもそもブラン王が操られていたという事実が分かったのも最近なんだ」
「では、どうしてブラン王が操られていると分かったんですか?」
十二年前、もしかしたらそれよりももっと前から誰かが王様達に魔法を施していたにも関わらず最近まで誰も気付けなかった。
それまで悟らせなかった術者も相当な手練れだが、それは見破った奴にも言えることだ。
「……実は、それも分からないんだ。陛下が操られていたと判明した理由も、解決した要因も、何も分からないんだ。何かがあったことは確かなのに誰も何も知らないし、憶えてすらいない」
「他に、この事を知っている人は?」
「いるには、いる。だけど皆、私と同じことしか言わないと思うがね。さっきも言った通り、誰も詳細を憶えてないからね。そうだな……〝夢を見た記憶はあるのに目覚めたら夢の内容を明白に思い出せない時と似た感覚〟と言ったら分かるかな」
色々と納得できないことはあるが、彼が冗談を言っているようには見えない。
「腑に落ちない点は多いが、この件に関しては解決したものとして見做している。陛下も、このとおり無事だからね。だから君も、これ以上の詮索は止めておき給え」
遠回しな忠告に俺は頷くしかなかった。
「不思議なこともあるものですね。でも、陛下達が御無事で本当に良かったわ」
「えぇ、それだけが救いです」
俺と同じく最後まで話を聞いていたラツェッタの感想にアルステッドは同意するように頷く。
ブランが何か言いたげに俺をジッと見つめていることに気付いて俺も彼を見た。
「ライ伯爵、私は近々王位を退くつもりなんだ」
「え?!」
アルステッドは知っていたようで表情一つ変えない。
「だから私が王でなくなる前に君の叙爵式を何としても成し遂げたかった」
これから治める領地の名すら決まっていない段階で叙爵式は執り行われないのだとアルステッドに聞いた。それに本来は書類に換算すると数百枚にも及ぶ細々とした手続きが必要であることも。
今回の叙爵式、それら全てを省略して執り行われた。王家に昔から伝わる方法を覆してでも、この叙爵式に関わりたかったという事だ。
「……何故、そこまで」
「十二年前の詫びと感謝の為だ」
「感謝?」
叙爵式でも話していた魔王討伐のことだろうか?
「息子達から聞いたよ。君には大変世話になったとね。楽しそうに君のことを話す息子達を見て思い出したんだ。私にも身分も立場も関係なく気軽に話せる友人がいたことを」
アンドレアスとアレクシスのことを話すブランは子どもを可愛がる父親と変わりない表情をしている。
「本当は今日の式で君にマントを渡す役目は私の従者だったんだが、どうしても自分が渡したいと駄々を捏ねられてしまってね。最後は二人で何方が君に渡すか喧嘩に……」
「ち、父上! それはライ殿には内緒だと約束したではありませんか!」
「そ、そうですよ!」
アンドレアスとアレクシスがブランの腕に縋り付きながら不満を漏らしている。
「ん、そうだったかな? いやぁ、参った。私も歳だな」
「誤魔化さないで下さい!」
「都合が悪くなると毎回同じこと言うからな、父上は」
珍しくアンドレアスが呆れている。
いつも振り回してる側の人間が振り回されているところを見ると何だか他人の空似を見ているような不思議な感覚になる。
「幼い頃から年相応の友人に恵まれなかったせいもあるだろうが、とにかく息子達は君のことをとても信頼している。君さえ良ければ、これからも仲良くしてやってくれると有り難い」
断れるわけがない。
相手が王様だからとか、その息子だからとか、そんな理由ではない。
十二年前は身分の違いもあって距離を置こうと考えたこともあったが……今は違う。
いつの間にか彼らも俺にとって大事な存在になっていた。
「アンドレアス王子もアレクシス王子も俺の大事な友人です。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
視界の端でアンドレアスとアレクシスが安堵の笑みを漏らしたのが見えた。
「いやぁ、それを聞けて安心したよ。近い将来、息子達は二人の国王として王位を継ぐことになるからね。君が公私共に支えてくれるなら私も安心だ」
「はい、お任せくだ……え?」
公私共に……? いやいや、それより今、二人の国王って言ったよな?!
「あ、あの、陛下。二人の国王というのは……? 王位を継承されるのは、お二人の何方かなのでは」
通常なら長兄であるアンドレアスが優先されるが他に候補者がいた場合、継承権が移り変わるのは何も珍しい事じゃない。
しかし、ブランは〝二人〟と言った。その表現では、まるでアンドレアスとアレクシス両方が王位を継承したみたいではないか。
「君の言う通り本当は従来の形式に則ってアンドレアスに継がせるつもりだったんだが、如何せん彼は政に疎くてね。優秀な教師を個人的に雇って、みっちり勉強させた筈なんだが……」
「申し訳ありません、父上。我も努力はしているのですが、何故か先生の話を聞いていると睡魔に襲われ、教科書を手に取ると目眩がするのです。……はっ! もしや、これも父上を苦しめた魔法の影響なのか?!」
いや、違うと思う。
「でも兄さん、今も同じ症状になるんだよね? だったら魔法のせいじゃないと思うよ」
「む、それもそうか」
天然なのか態となのか分からないアレクシスの指摘をアンドレアスは素直に聞き入れる。……うん、もう何も言うまい。
「で、でも、外交に関しては優秀でね。とにかく人の心に入るのが上手い。初めての国との外交の際には何度も救われた」
「父上……!」
感激とばかりにアンドレアスの瞳が輝いている。
「対して、アレクシスは勉学の成績も優秀で政にも詳しい。ただ難点があるとすれば少し内気なところだろうか。王は常に人の上に立つ存在。謙虚を否定するつもりはないが、度が過ぎると王としての威厳を損なう場合もある」
各々の欠点を補える対照的な二人だからブランは、あえて何方か一方ではなく二人に王位を譲ったのだろう。
王家としてそれはアリなのかと問いたいところだが、アルステッドが何も言わないところを見ると特に問題は無いのだろう。何を言っても無駄だと分かっているから口を閉ざしているだけの可能性も無きにしも非ずだが。
「だけど、意外でした。遠い他国でも王位継承問題を耳にすることがあるくらいですし」
「ははっ、確かに候補者が多ければ多いほど厄介なのは間違いないな。その点、フリードマン家の継承候補は二人。謂わば一騎打ちと言ったところか。昔の私なら、それを強要していたかも知れない。でも……今は、その選択をしなくて良かったと思っているよ。やはり何方も私にとっては愛しい子どもで、妻の形見でもある。そんな彼らを争わせるなんて私には出来ない」
俺はアンドレアスとアレクシスのことを王族らしくない人物だと評価したことがあった。その理由が今、分かった気がした。
彼らの父親である彼らもまた俺の知る王族とは違った考え方を持っている。母親がどうだったか分からないが、彼らを見るに程よく愛情を注いでいたのだろう。
「それに十二年前に皆が力を合わせて戦う姿を見て感銘を受けてね。息子達にも互いを支え合って生きて欲しいと思ったんだ」
このような環境で育てられて優しく育たないわけが無い。他を蹴落とすことしか考えない卑しい者に育つわけが無い。
「これからも息子達のこと、よろしく頼むよ」
再度、念を押すように言ったブランに俺は迷いなく頷いた。
これは領主になってもフリードマン家との繋がりが切れることは無さそうだ。いや、領主になったからこそ繋がりが深くなったと言うべきか。
兎にも角にも、大変なのはここからだと俺を気を引き締める思いで一呼吸した。
「そういえば今回の叙爵式、例年に比べて貴族の欠席が目立っていたように感じましたが、やはり例の件が?」
アルステッドの問いかけに、それまで穏やかな表情をしていたブランの表情が険しいものになった。
「あぁ。大半が式典準備の理由による欠席だ。向こうの方が先に決まっていたとはいえ、ここまで影響が出るとはね」
「あの、理事長……式典というのは?」
「ん? あぁ、実は今日、勇者アラン・ボールドウィンの活躍を讃えるパーティーが行われるんだ。来賓席に何席が空席があっただろう? 全員がそうかは分からないが、十中八九、その式典を優先して欠席したのだろうね」
「アランの……?」
「まぁ、無理もない。アラン殿が、ああいった場に出るのは今回が初めてだからね。彼の体調を考慮して今日まで延期されていたんだ」
アルステッド達の話を聞いていると、どうやら式典が行われるのは夜かららしい。
時間帯的には今はまだ昼。時間は充分にある。
「その式典って俺も出席することは出来ますか?」
「勿論。そのマントがあれば会場には問題なく入れる筈だ。もし一人で心細いというなら従者を付けて行くと良い。一人くらいなら事前に申請しなくても構わない」
「分かりました」
俺は、アルステッドとブランに式典が行われる会場と開始時刻を聞くと準備をするので一度帰りますと行って部屋を出た。
ここまで付いて来てくれたラツェッタとガーシャを村まで送り届けるため二人も一緒に。
(あれ、そういえば……)
部屋を出た直後、扉前に立っていたローウェンを見て、ふと違和感を覚える。
ローウェンはアンドレアスの世話役。彼の傍にいるのは当たり前。
では、アレクシスの世話役であるグリシャは何故いない?
単純に気になったので俺はローウェンに尋ねてみることにした。
「ローウェンさん、今日はグリシャさんは此方にいないんですか?」
「グリシャ様、ですか? ……失礼ながら、私はその方のことを存じ上げておりません。ライ様のお知り合いの方ですか?」
ローウェンは怪訝な面持ちで、その名を初めて聞いたとばかりに言い切った。




