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372話_叙爵式

 叙爵式は貴族社会を牛耳るフリードマン王家が執り行うのが為来(しきた)りらしい。

 よって、会場は王都の城。良くも悪くも思い出深い場所だ。

 徒歩では目立つからとアルステッドが城門前まで瞬間移動(テレポーテーション)で送ってくれた。

 十二年前と変わらぬ城。顔見知りだっているのに何だか緊張する。

 そんな俺の緊張を悟ったアルステッドが気遣うように俺の肩を優しく叩いた。


「そう身構える必要は無いよ。十二年前とは違うからね」


 十二年前とは違う? ……どういう意味だ?

 その意図を知る前にローウェンに声をかけられた。


「お待ちしておりました、ライ・サナタス様」


 いつも以上に畏まった振る舞いに背筋が伸びる。

 今の俺の服装とも相まって本当の従者と主人のようだ。


「会場までご案内します。どうぞ、こちらへ」


 頷いてアルステッドの方を振り返ると彼はニコリと笑って手を振っていた。どうやら彼とは、ここでお別れらしい。


「主役と一緒に入るわけにはいかないからね。何、心配しなくても君の晴れ舞台はしっかりと拝ませてもらうよ」


 そう言ってアルステッドは軽く手を振る。そんな彼に一礼し、俺はローウェンと共に城の中へと入った。


 城内に入ると赤いカーペットが敷かれた道を避けるように二列に並んだ使用人達が一斉に頭を下げる。前に訪れた時と比べると随分な待遇だ。

 俺は使用人達に軽く頭を下げ、堂々と先行くローウェンを追いかけながらカーペットの上を歩く。

 高価そうな骨董品や絵画に視線を向けながら進んでいると、あっという間に目的の部屋に辿り着いた。

 通って来た他の部屋と比べても一際大きな扉だ。

 ローウェンが扉番の傭兵に声をかけると俺の方へと向き直る。


「ライ様、この扉の奥の部屋が叙爵式の会場となります。扉は扉番が開けますのでライ様は扉が開いてから入室して下さい」


「ローウェンさんは?」


 一緒に来てくれないのかと尋ねると彼は困り顔で微笑んだ。


「ここから先は(わたくし)のような者が気軽に立ち入れる場所ではありませんから」


 俺が再び扉を通る時、俺は正式な貴族となっている。

 つまり今あの扉は選ばれた者と、それ以外を分ける境界線というわけだ。


「……それじゃ行ってきます」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 畏まったお辞儀をするローウェンに背を向け、扉に向き直る。

 扉番の二人の傭兵がドアノブに手を掛けると大きな扉が、ゆっくりと左右に開く。

 既に奥の部屋にいた者達が全員、俺の方を見る。その視線に一瞬だけ圧倒されたが、それを悟られまいと俺は堂々と前進した。

 部屋の中央には城の入り口と同じ赤いカーペットが敷かれ、その直前上にはアンドレアスとアレクシス、そしてブラン王がいる。

 両端に座っているのは今回の叙爵式に招かれた貴族だろうか。

 何席か空席が見受けられる。大方、本日の主役が平民で且つ若者なのが気に食わなかったのか、或いは出席する価値も無いと判断されたといったところだろうか。

 かといって、出席している貴族達が俺を認めているわけでもないらしいことは彼らの表情や視線から嫌というほど伝わってくる。

 俺が貴族になるに相応しい人間かどうか値踏みしにやって来たのだろう。単なる好奇心という線もあるが。


(何方にせよ、貴族様ってのも案外暇なんだな)


 領地管理に(まつりごと)、考えることは幾らでもあるだろうに。

 アルステッド曰く、当事者以外の叙爵式の出席は任意らしい。行くも行かぬも自由。そこに強制力は無い。

 これなら、まだ欠席してる貴族の方がマシのように思える。

 ……まぁ、そう言う俺も今から彼らと同類になるわけだが。


 ブランが腰を下ろす玉座の前まで来ると俺は片膝をついて頭を下げた。


(おもて)を上げよ」


 言われるがまま顔を上げると、こちらに向かって穏やかに微笑むブランと目が合った。

 十二年前に比べて随分と人が変わったように思う。アルステッドが言っていた〝十二年前とは違う〟とは、この事だったのだろうか。


「ライ・サナタスよ、貴殿は十二年前に勇者アラン・ボールドウィンと共に見事、魔王を打ち破った。先ずは国を代表して礼を言わせて欲しい。そして、よくぞ戻って参られた。勇者に並ぶ英雄の帰還、我は心から祝福する」


「……はっ、勿体なき御言葉」


 まさか、ここで十二年前のことに触れられるとは思わず返事が少し遅れてしまった。変に思われてなければ良いが。


「では、これより叙爵式を行う。ライ・サナタス、前へ」


 俺は立ち上がり、一歩前へ出る。


「今から貴殿には貴族の象徴であり、爵位を表すマントを授与する。……アレクシス、彼にマントを」


 静かだった周囲が一気に騒めく。

 無理もない。本来ならば使用人の役目であろう事を王子がやっているのだから。

 だが、どうやら原因は、それだけではないらしい。


「おい、見ろよ。あの色……」


「何故、あんな若造が?!」


 手渡されたマントの色は〝紫〟。薄く青みがかった淡い紫だ。

 先ほどブランはマントは貴族の象徴であり、爵位を色で表していると言っていた。では、この色は……?


「これが貴方のマントです。受け取って下さい」


「ありがとうございます」


 受け取ったは良いが着方が分からず、途方に暮れていると誰かの手が俺からマントを優しく奪った。

 その手がアンドレアスのものであることはすぐに分かったが、俺が何かを言うよりも早く彼は慣れた手つきで俺にマントを掛けていく。


「うむ、よく似合っているぞ。ライ殿」


 マントを羽織った俺を見て満足そうに頷くアンドレアス。

 不可抗力とはいえ王子に使用人のようなことをさせてしまった。

 …………これって、もしや極刑案件なのでは?


「お待ち下さい、陛下!」


 座っていた一人の貴族が唐突に立ち上がり、声を上げる。

 

「……何事だ、ジョルイ子爵。今が叙爵式の最中であると理解しての発言か?」


「勿論、理解しております。理解しているからこそ確認させて頂きたいのです。そのマントは本当にこの者に与えられるべき物なのですか? ……彼に爵位を与えることに不満があると言いたいのではないのです。彼は若く、しかも平民というではありませんか! 何故、そのような者に伯爵(コルテ)の称号を……」


 俺の認識が間違っていなければ伯爵(コルテ)公爵(デューイ)侯爵(マーキス)に次いで高い爵位だったはず。

 この場にいる貴族達の反応を見る限り、下位の爵位が与えられるものだと思っていたのは俺だけではなかったようだ。

 

「爵位は厳正な審査を経て決定される。貴殿は、その結果に異議を申すと言うのか?」


「そ、そんなつもりは……私は、ただ身分相応の階級を与えるべきだと」


「それが異論でなく何だと言うのだ? 我が一族に代々伝わる正式な段階を踏み、皆が納得した上での結論だ。よって、覆ることは無い! どうしても納得がいかないという者は神聖なる決闘(ロイヤル・デュエル)で彼が伯爵(コルテ)を与えられるに相応しい人物か見極めるが良い!」


 この時、俺の勘が予言した。

 「後々、すっっごく面倒な事が起こる」と。

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