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371話_準備は着々と進み……

 ガーシャが弟子に宛てた数多くの手紙は魔法郵便によって即日配達されてから数時間も経たぬうちに国作りの為の作業が開始された。

 同時進行で俺は結界石を作り、国と森の境目に結界を張った。これで作業中に魔物に襲われる心配は無い。

 ガーシャと数百にも及ぶ弟子達は上手いこと作業を分担し、効率よく進めている。この調子なら半年くらいで、それなりの形は出来上がるだろう。

 作った結界石は城の中に設置する事にした。最初は森の何処かに隠すことも検討していたが、常に誰かが管理できる場所にあるのが最も安全だという結論に至り、それならば城内が最適だと判断したのだ。

 更に城内に施された壁の装飾にさり気なく石を埋め込むことで部外者に結界石の存在を悟られないようにする。万が一にも侵入され、壊されでもしたら面倒だ。

 グレイの意向により、結界石の設置場所を知っているのは俺だけ。知っている者が多ければ多いほど情報が流出する危険性が高まり、仲間内で疑心を抱くような事態を招く恐れがあるからと言うのが彼の主張だった。


 結界石の設置を終えた俺の次なる仕事は村の工房で服の採寸だ。


「あら、ライちゃんって細身かと思ったら意外と筋肉質なのね」


「はい、まぁ……」


 一般的に魔法使いは勇者と違って肉体強化は不要とされているため細身の者が多い。

 過去に魔法が通用しない相手と何度も対峙してきた俺にとっては、その理論は的外れでしかない。

 魔法に執着すること自体が悪いとは言わないが、柔軟な対応を求めるなら使えるものは少しでも多い方が良い。


「素敵ねぇ。ガーシャも昔は筋肉ムキムキだったのよ」


 そんな話をしながらラツェッタは手際よく採寸を続ける。


「仕立屋は、いつから始めたんですか?」


「そうねぇ、ざっと120年前くらいからかしら」


 ……さすが、エルフ。人間的思考を遥かに上回る年数だ。


「服って面白いのよ。時代によって流行も需要も変わるのに、時が経ったら過去に流行ってたものがまた流行るの」


 120年も仕立屋を続けている彼女だからこそ得られる感覚だろう。服は着られれば何でも良いという考えが根底の俺とは大違いだ。


「その時は飽きられてしまったとしても一度でも認められれば、またいつかは必要とされる。その繰り返しで世界は回っているのよ」


 勇者と魔王の関係性と似ているような気がする。

 そもそも勇者が魔法使いや他の役割と異なる扱いをされているのは魔王という世界最大の脅威を打ち負かしたという伝説が残っているからだ。

 事実かどうかも分からない古びた伝説を人々は信じている。だから世界に危機が訪れた時、皆が自然と勇者に期待した。

 十二年前の事件を受けて勇者を名乗れる対象が狭まってしまったらしい。昔のように誰でも気軽に勇者を名乗れなくなってしまったのだ。

 勇者として相応しい振る舞いと強さを兼ね揃え、人々に愛され、魔物に恐れられる存在。それこそが真の勇者だと主張を掲げる者が次第に増えたいったのだと言う。

 結果、現時点で勇者の称号を与えられているのは十二年前に魔王討伐を成し遂げたことで一躍有名となったアランだけとなった。

 前世の彼も勇者であったことを知る俺にとって大した驚きでないものの〝勇者になりたい〟という夢をこんなにも早く実現させた点については素直に賞賛している。

 十二年前と比べれば随分遠い存在になってしまったが元々相容れない関係からの始まり、そこまで悲観的にはならない。


「終わったわ、ライちゃん。楽にしてもらって良いわよ」


 一人であれこれと考えている内に採寸が終わったらしい。

 

「お疲れ様。すぐ作り上げるから楽しみにしててね」


 服作りの大変さは素人なりに理解している。

 せめて無理のない程度にと伝えようとしたが、あまりに楽しそうな表情で今後の計画を立てているものだから、無難に「お願いします」とだけ言うことにした。


 ◇


 ラツェッタに服が完成するまで数ヶ月かかると言われてから俺はガーシャの手伝いに行ったり、アルステッドの元で領主になる為の手続きをしたりと兎に角てんてこまい。数ヶ月など、あっという間に過ぎていった。

 家にも帰れない程の慌ただしい日々が終わり、とうとう俺は貴族の仲間入りを果たす。正式な叙爵式は王都で行われるため今はまだ名前だけだが。

 長かった髪をばっさり切り、更には着慣れない格好をしているせいか妙に落ち着かない。


「ほぉ、中々様になってるじゃないか」


 正装に着替えるための部屋を貸し出してくれたアルステッドが俺を見て半ば感心したように言った。


「この日が来るのは、まだ何年も先だと思っていたが……まさか半年とはね」


「これも協力してくれた皆のお蔭です」


 俺が国を作るという話を真っ先に聞きつけたのは意外にもシャモンだった。

 シャモンは王都でも有名な商人で俺も日頃の買い物(主にスカーレットの好物のトマトの購入)で彼の店を利用している。何度も店に通う内に顔見知りとなり、いつしか常連扱いされるようになった。その彼が自ら交易を申し出てきたのだ。

 商人という生き物は自分にとって少しでも得になるような話にしか食い付かないと俺は思っている。

 申し出た際にシャモンは「日頃贔屓にしてもらってる礼だ」と言っていたが恐らく建前で、殆ど人の手が届いていない土地ゆえ()()()()()に期待していると見た。

 だが、国として栄えていく上で交易は必要不可欠。幸い、資源の採掘手段等が安定するまで物品の遣り取りや売買は最低限で構わないと言われているため、こちらは追々対応する形で問題ないだろう。


(とりあえず今は目の前のことに集中、だな)


 胸元を軽く整え、入り口に立つアルステッドに歩み寄る。


「もう準備は済んだかい?」


「はい」


 今日、俺に爵位が与えられる記念すべき日である。

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