369話_自我認識魔力〈イーオ・マジック〉の可能性
魔力を凝縮させ、膜を作る。その際に俺は魔力に二つの命令を下した。
一つは、毒素の吸収。もう一つは、属性の転換だ。
今、この魔力の膜は無属性。言い換えれば、何の力もない。その魔力に属性を与えることで初めて魔法として成立する。
付与する属性は治癒。毒素に侵された内部を修復する為だ。
(毒は……よし、まだ留まってるな)
仮に他の部位に移っていたとししても問題は無い。
自我認識魔力は命令に忠実だ。全ての毒素を対象にすれば、吸収し尽くすまで追い続ける。
「始めるぞ」
グレイは頷き、ガーシャは喉を鳴らした。
毒素の拠点は下腹部。球体状の魔力の膜を入れ込む。
ラツェッタが小さく呻いたが、痛みで暴れだすことは無かった。
彼女の体内に入った膜は分散し、毒素を吸収し始める。ここまでは順調。
吸収量が限界値まで達した膜は素早く体外へ。毒素を含んだ膜は前もって準備させた桶に入れる。
毒素が完全に除去された箇所を転換用として送り込んだ膜で損傷箇所の治療を行う。
膜が無くなれば、また作って体内に入れ込む。
後は、この流れを毒素が確認できなくなるまで繰り返す。
そうして彼女の体内にある毒素を全て取り除いたのは作業を始めて30分が経過した頃だった。
治療後はグレイに診察してもらい身体への異常が無いか確認してもらった。
(…………体内にあった毒素は全て取り除かれ、臓器や血管の損傷もありません。あとは体力さえ回復すれば時期に目覚めるでしょう)
「お疲れ様です」と肩に手を置かれたことで気が抜けてしまったのか俺は力尽きたように、その場に座り込んだ。
「お前! ……っ、いや、ライ!!」
座り込んだ直後、ガーシャに両手を掴まれた。
「ありがとう! 本当に、ありがとう……っ!!」
出会ったばかりの時は表情一つ変えなかったガーシャが今、目の前で泣いている。
それだけ彼にとってラツェッタは大事な存在なのだと改めて知った。同時に助けられて良かったと心から安堵した。
(俺はドモンさん達に、この事を知らせて来ます)
「だったら、俺も……」
(貴方は休んでいて下さい。見た目以上にお疲れでしょう?)
確かに通常の治癒魔法を使った時とは比べものにならない疲労感で肉体が悲鳴を上げている。グレイの言う通り、少し休息が必要だ。
(ガーシャさん、ライさんのことお願いします)
「あぁ、任せておけ」
グレイを見送るとガーシャと俺の二人だけとなった。
今の所まだ目を覚ます様子がないラツェッタの呼吸は穏やかで安定している。
……上手くいって良かった、本当に。
「ライ、お前はワッシ達の恩人だ。この恩は必ず返す」
その言葉を聞いて思い出したのは、この村に来た経緯。
色々と予想外な事は起こったが、どんな形であれ当初の目的が果たせれるならそれで良い。
ガーシャはラツェッタを一瞥した後、部屋の出入り口である扉の方へと歩きだした。
「何処へ?」
「工房に戻る。弟子達に手紙を書くんだ」
「しかし、まだ奥様が」
「ぅ、」
小さく、弱々しい声が聞こえた。
ガーシャは立ち止まり、俺はラツェッタが横たわっているベッドを見る。
「………………ガーシャ?」
「っ、」
振り返ったガーシャは、そのままラツェッタの元へと駆け寄った。
傷だらけの手でラツェッタの髪を掬い、頬を撫で、手を握った。まるで彼女の存在を確かめているかのように。
「…………」
「……心配、かけちゃったわね」
「…………」
「えぇ、大丈夫よ。痛い所も苦しい所も無いわ」
ガーシャは何も言っていないのに言葉を交わしているかのようにラツェッタは答える。
「……そう、あの子が助けてくれたの」
ラツェッタと視線が重なる。清涼感のある浅葱色の瞳が俺を見つめている。
「ありがとう、坊や」
「いえ……」
十二年の空白期間があるとはいえ肉体的には俺も成人である筈なのだが……まぁ、長寿のエルフからすれば二十数年など些細な年数か。
「毒は取り除きましたが、まだ本調子では無い筈です。ゆっくり休んで下さい。何か飲み物でも、お持ちしましょうか?」
「それじゃあ……お水を頂ける? 喉が渇いちゃって」
「分かりました。すぐ持って来ます」
台所に向かおうと部屋を出るとアザミとドモンが待ち伏せるように立っていた。
「グレイから聞いたよ。上手くいったようだね」
「はい、何とか」
「凄いよ、ライ君! メグユマムの毒を取り除くなんて医者でも、そう簡単に出来ることじゃない。僕もこの目で君が治療する様を見たかったな」
見ても何の参考にもならないと思うけどな。俺がやった事といえば、自分の魔力に命令しただけなのだから。
「ところで水を一杯頂けますか? ラツェッタさんが喉が渇いたようで」
「え、もう目を覚ましたのかい?!」
「はい。ですが、まだ完全に回復したわけではないので暫くは安静にしてもらわなければいけませんが」
アザミは「……そうかい」とだけ返すと、表情を引き締めた。
「ライ、今回のこと改めて礼を言わせておくれ。ラツェッタちゃんはアタシにとっちゃ姉みたいなもんさ。謂わば、家族だ。大事な家族を助けてくれて、ありがとう」
そう言って頭を下げるアザミ。飾り気のない感謝の言葉に何だか胸の奥が擽ったくなって言葉に詰まる。
こういう時、何と返せば良いのだろう?
「おっと、いけない。そういや水がいるんだったね。アタシが持って行くからアンタはロットの部屋で休んどきな。皆、待ってるよ」
慣れないことをして疲れているのは事実だったのでアザミの言葉に甘えてロットの部屋に向かうことにした。




