368話_急患
アザミの家へ帰るとグレイとドモンが慌ただしく治療に取り掛かっていた。
先に家に辿り着いていたガーシャはベッドで横たわっているエルフに寄り添いながら手を握っている。
「ラツェッタ! おい、ラツェッタ!! しっかりしろ!」
ガーシャが何度もラツェッタを呼ぶが、彼女は苦しげな唸り声を漏らすばかり。彼女自身にガーシャの声に応える余裕が無いのは明白だった。
「ドモン、ラツェッタに何があった?! どうして、こんなに苦しんでいる?!」
「落ち着いて下さい、ガーシャさん。原因は恐らくメグユマムの毒です」
「メグユマムだと?!」
メグユマムと言えば猛毒を持っていることで有名な魔物の一種だ。
基本的に大人しいが、とても臆病で少しでも危険を感じると自分を守る為に液体を放出する。しかも、その液体には僅かな量でも人間の皮膚に溶かしてしまう程の強い毒素が含まれている。
更に厄介なことに揮発性が高く、暫く空気中に留まってしまうため液体がかかるのを免れたとしても呼吸を通じて体内に取り込んでしまう可能性もある。
「間違いないのか?」
これ以上、焦燥を煽らないように態といつもより低い声でグレイに問いかける。
彼女が苦しんでいる原因がメグユマムの毒であることを突き止めたのはグレイだと分かっていたからだ。
(彼女の衣服にメグユマムの毒液が付着していました。彼女がメグユマムと鉢合わせたのは確かです。メグユマムの毒に侵された者に現れる発疹も確認済みです。毒液が直接、彼女の身体にかかっていなかったのは不幸中の幸いです。恐らく毒液は避けられたものの毒素を含んだ空気を吸ってしまったのでしょう)
「それでラツェッタは?! 助かるんだよな?!」
今度はガーシャがグレイに問いかける。
グレイは何と言おうか悩んでいるような顔で俺を一瞥した。
(メグユマムの毒は特殊なので一般的な解毒薬も解毒魔法も効きません)
「っ、じゃあ、どうすれば……」
(こうなったら古典的な方法で毒を取り除くしかありませんね)
どうやらグレイは毒素の抽出を試みようとしているらしいが、術者の魔法に頼らない方法となれば必要な材料を採取するだけでも時間を要する。
それに採取すべき薬草が、この村で採れるとも限らない。
グレイが提案した治療法に心当たりがあるのかドモンは「医療書を取って来る」と言って部屋から出て行ってしまった。
「グレイ、お前が今からしようとしてるのって……」
(恐らく貴方が想像している通りです。時間との勝負になりますが、何もやらないよりはマシでしょう)
複数の薬草を練り合わせて作った特殊な膜で体内に留まっている毒素を取り除く。簡単そうに見えて、これが意外と難しい。
作った膜を体内に入れ込み、膜が毒を吸収したのを確認してから取り出す。
膜を入れ込むと言っても患者の身体を切ったり穴を開けたりするわけでも、飲み込ませたりするわけでもない。
患部に直接、捩じ込む。異物を体内に無理やり押し込むのだから患者の肉体への負担は大きい。その肉体的負担に患者が最後まで耐えられるかどうかは術者の手腕次第だ。
問題は、それだけでは無い。グレイも言っていた通り、これは時間との勝負だ。
必要な道具を揃え、薬草を採取し、膜を作る。この工程が終わるまでラツェッタを苦しめている毒が律儀に待ってくれるわけが無い。
今こうしている間も彼女の命を刈り取らんと毒は侵攻を続けている。
毒自体に薬や魔法が効かないのなら、せめて道具も薬草も必要としない方法で毒を取り除けたら良いのに。
「……ん?」
薬草を練り合わせて膜を作るのは毒を取り込み、逃がさないため。
身体に直接、膜を入れ込むのも一定の時間なら纏まって一箇所に留まる毒素が散り散りになる前に一気に取り除くため。
例えば膜を薬草ではなく俺の魔力で作ったとして、自我認識魔力を使えば毒を取り除く事など容易なのでは?
……試してみる価値はあるか。だが、初めての試みだ。前例が無いから必ず成功するとは断言できない。
念のためグレイ達には準備に取り掛かってもらおう。
「グレイ、ちょっと頼みがあるんだが……」
(はい、貴方が治療に専念できるように配慮しつつ失敗した時の為の準備ですね。お任せ下さい)
グレイの奴め、また許可なく人の思考を覗きやがったな。……まぁ、今は時間が惜しい。話が早いに越した事は無いか。
グレイは早速、メラニー達に薬草採取の指示を出している。さて、俺も動くか。
「あったよ、グレイ君! 多分、君が言っていたのは、これだろ?」
ドモンから医療書を受け取り、内容を確認し始めたグレイの隣で俺もさり気なく盗み見る。
原理を理解していた方が成功率は上がる。一読し、書かれている内容を頭に叩き込む。
「よし、さっそく取り掛かろう」
(助手は?)
「助手は要らないが、お前かドモンさんの何方かは居て欲しい」
治療後の診察。そして万が一、失敗した時の保険として。
医療魔法に関する知識はそれなりだが、やはり生業としている者には敵わない。
「それならグレイ君が残ると良い。原因がメグユマムの毒だと最初に気付いたのは彼だ。その間、道具や薬草の準備は僕が引き受けよう」
「お願いします。グレイ、頼めるか?」
(はい)
「ワ、ワッシは何をすれば?」
(ラツェッタさんの傍に居てあげて下さい。目が覚めた時、彼女が一番に会いたいのは貴方でしょうから)
それは彼女が治るという前提での言葉。俺が失敗するはずがないと信じ切っていなければ、こんな事は言えない。
ここまで信頼してくれているんだ。何が何でも成功させてやる。
俺とグレイ、そしてガーシャは部屋に残り、それ以外は各々に与えられた役目を果たすべく我先にと部屋を出た。




