367話_一歩前進かと思いきや……
それは何処で、いつ、誰から聞いたのかは分からない。
だけど、その言葉は確かに俺の記憶に存在している。
『魔法を扱えないエルフに生きる価値など無い』
少なくとも、この世界で耳にしたものではない。もっと昔、俺が魔王を名乗っていた時だ。
エルフにとって魔法は全て。魔法の扱いに優れていればいるほど崇められる。
だから皆必死に魔法を覚え、鍛錬する。
これほどまでに彼らが魔法に固執するようになった原因は不運な歴史にある。
時は、まだ人類史の中で魔法が奇跡の力と呼ばれていた頃まで遡る。
今となっては信じられない話だが、遠い昔では魔法は異質だったらしい。
稀に魔力を持った子どもが生まれたが、異質とされる力を持った者の未来は一族の隆盛か破滅の二択であった。
何故、こんなにも両極端になってしまったのかというと奇跡の力を心酔する者と畏怖する者が同時に存在したからである。
未知の存在や力を恐ろしいと感じるのは珍しいことじゃない。寧ろ、人間の本能とも言える。
しかし、それらが自分達にとって害となるかどうか明確になれば別だ。
害となれば疎み、益となれば好む。実に単純明快。
後者の者にとってエルフは貴重な存在だった。何故なら彼らは人間とは違い、全員が奇跡の力が使うことが出来たのだから。
基本的にエルフという種族は温和で気前が良い性格の者が多い。その力で人間の望みを叶えたこともあった。
噂を聞きつけた多くの人間がエルフの力を求めて押し寄せる。
初めは良かった。病気を治して欲しい。枯れた作物を元通りにして欲しい。純粋な願いだった。
それが、いつしか口に出すのも悍ましい願いへと変わっていった。
事態を把握した当時のエルフの長はエルフ達に他種族間接触禁止命令を下した。
長にとっては崇高な魔法を人間の卑しい欲望を満たすための糧にされていたのが屈辱だったのだ。
エルフ達は人前に姿を現さなくなった。後は、このまま時間が経つのを待つだけ。
事態は収束に向かうと思われたが、長の読みは甘かった。一度でも望みを叶える術があると知った者達の執着心を侮っていた。
人前に姿を現さなくなったエルフ達は隠れ里に身を潜めていた。里はエルフ以外の種族が簡単には立ち寄ることの出来ない領域。
端的に言えば特殊な結界で覆っていたわけだが、彼らは失念していた。魔法を扱えるのは自分達だけではない事を。
結界が破られたことに気付いた時には既に手遅れだった。
隠れ里の出入り口は一箇所。見つかりにくいという利点はあるが、一度でも見つかり占拠されてしまえば逃げ場を失うという欠点もある。
それ故に結界で巧妙に隠していたのだが、魔力を持っている者には無意味な仕掛けだった。
里にいたエルフは無抵抗の女や子ども者を除いて皆捕えられた後に処刑された。自分達に抵抗しようという気すら起こさせないように態と彼らの目の前で。
争いを避け、よりよい生活の為に魔法を磨き続けてきたエルフ。
寿命は彼らより短いながらも先人達から魔法に頼らない武力や戦略を受け継いできた人間。況してや今回はエルフの魔法に対抗できる人間もいた。
魔法さえ封じてしまえば赤子も同然。瞬く間に里は人間の支配下となってしまった。
生きながらえた後もエルフ達の地獄は続いた。子どもは強制的に肉体労働を課せられ、気に入られた女は夜伽を命じられた。
肉体的にも精神的にも追い詰められ、自害する者もいた。彼らにとって、それが唯一の救いだった。
しかし間もなくして、その唯一の救いすらも奪われた。
この頃には人間は魔力鉱石の発掘を行っていたため本来であれば使えない魔法も使えるようになっていたのだ。
エルフを行動を制限することも今の彼らにとっては、もはや容易いものだった。
逃げ場もない、救いもない。人間が一人や二人死んだところで子孫を作れば意味がない。
寿命が来ない限り、この無間地獄から解放されることは無いのだと誰もが絶望し、強く願った。
『神よ。どうか、あの卑劣で野蛮な人間共に天罰を』
数十年後、エルフ達の願いは実現する。
その願いを叶えたのは神ではなく、たった一人の魔族だったという。
◇
これが俺の知る、昔何処かで聞いたエルフの歴史の一端だ。
エルフが他種族の中でも特に人間を忌み嫌っている理由。寿命が百年程度しかない人間にとっては遠い昔の話だが、軽く数百年はエルフにとってはまだまだ最近の話だろう。
過去は過去だと割り切って人間と接するエルフもいるにはいるが、当時の傷跡が完全に消え去ったわけではない。
凄惨な歴史を知らない若きエルフ達には先人達が伝えることで人間は恐ろしい存在だという認識を植え付ける。
人間と一定の距離を置ける為に。また同じ歴史を繰り返さない為に。
(そういえば……俺は、何処でこの話を聞いたんだ?)
そういう歴史があったという事は憶えている。それなのに誰から聞いたものなのかは思い出せない。
自分で調べたのか? いや、それなら余計に忘れられる筈がない。
思い出せないことに時間をかけても仕方がない。俺は意識を現実に戻した。
「確か、エルフにとって魔法は絶対的存在でしたよね」
「あぁ、そうだ。魔法が使えないエルフには何の価値も無い」
「それでも貴方は見捨てなかったんですね」
「魔法が使えようが使えまいがアイツはアイツだ」
エルフとしてのラツェッタではなくラツェッタの存在自体に価値を見出しているというわけか。
「どうして俺に奥様のことを打ち明けてくれたんですか?」
やろうと思えば嘘を吐くことも誤魔化すことも出来た筈だ。
「……分からん」
何とも腑に落ちない理由に眉を顰める。
本人が分からないと言っている以上、それで納得する他ないのだが。
「……俺が奥様のことで貴方を脅迫する可能性は考えなかったんですか?」
「脅迫するつもりなのか?」
「いえ……ただ、そんな曖昧な理由で話してくれたとは、どうしても思えなくて。何か別の意図があるのではないかと」
「……………………」
俺には言えない理由なのか、それとも言うつもりが無いのか。出来れば彼の口から答えを聞きたかったが、残念ながら叶いそうもない。
「お前は、ワッシに何を依頼しようとしていたんだ?」
「……え?」
唐突な話題変更に反応が遅れてしまった。
「勘違いするな。依頼を受けるわけじゃない。お前が何の目的で、こんな辺鄙な村まで来たのか気になっただけだ」
ガーシャは自分を訪ねて来た理由を知りたいらしい。
これは進歩だ。彼の興味を俺に向けることが出来たのだから。
「俺は、国を作ろうと思っています」
「国だと? お前、貴族だったのか?」
「いえ、貴族ではありませんが……まぁ色々と事情がありまして」
「詳しく話せ」
ガーシャは身体ごと俺に向き直る。話を聞く意思がある者の姿勢だ。
俺はガーシャの要望に応え、国を作ろうと思い立った経緯を話すことにした。
魔王が残した爪痕は物理的なものだけではない。あの件以来、人間の魔族に対する敵対心は日に日に増す一方だという。このままでは互いの生存を賭けた人間と魔族の戦争に発展しかねない。
かつて自ら戦争の火種になった俺だからこそ分かる。
仲間の死も敵の死も当然として受け入れ、更には常に命を奪い合う状況を楽しんですらいた。
今の俺から見ても、あの頃の俺は異常だった。だが、異常でなければ心が壊れ、廃人になっていた。マリアを失った悲しみに耐えられなかった。
それは俺に限った話ではない。敵だった人間も仲間だった魔族も皆同じだった筈だ。
人も魔族も命は平等。死から逃れることは出来ない。故に人も魔族も死を恐れる。
耐えられず、逃げ出した者もいた。俺は逃げ出した者を咎めることはしなかったが、人間は違った。彼らは逃げを裏切りと見做した。
逃げる者は容赦なく処刑した。そうして逃げることも罪なのだという認識を強制的に植え付けたのだ。
ガーシャに一通り俺の意思を伝え終えると彼は何かを思い出すように目を閉じた。
「……魔族と人間が共に暮らせる国、か。苦難の多い道になるぞ。それこそ十二年前のような悲劇が起こる可能性もゼロではない」
「それでも誰かがやらなければならない事です。同じ世界で生きている以上、人間も魔族も支え合わなくては」
俺とマリアが、そうだったように。
「お前、名は?」
「ライ・サナタスといいます」
ガーシャの目が、ゆっくりと見開かれる。
「……そうか、お前が」
どうやら俺の名前に聞き覚えがあるらしい。アザミから前もって聞かされていたのだろうか?
「気が変わった。お前の依頼、引き受けよう」
「ほ、本当ですか?! ……でも、どうして急に?」
「さっきも言った。気が変わった、と」
その〝気が変わった〟理由を知りたかったのだが、伝わらなかったようだ。
「だが、ワッシ一人では何年かかるか分からん。遠方にいる弟子達を招集する」
弟子がいるのか。そういうのは取らない風貌をしているから何だか意外だ。
「そうと決まれば先ずは弟子達に手紙を……あぁ、それから資材の確保……アイツに頼んでみるか」
ガーシャは立ち上がると俺の元へ向かうように歩きながら思考顔で何やらブツブツと呟いている。
「ガーシャさん、ありがとうございます」
「礼を言うのは仕事が終わってからにしてくれ。それより、これから忙しくなる。お前にも色々と手伝ってもらうからな」
「はい、よろしくお願いします」
こうして地下から出た俺とガーシャは早速、準備に取り掛かかった。
事の次第をアザミに話すと「あの頑固ジジイを説得するなんて、やるじゃないか!」と背中を叩かれた。説得なんて大層なことはしてないんだけどな。
「おい! 誰か居るか?!」
アザミが壊した入り口から駆け込んで来たのはギルだった。
「ギル、何かあったのか?」
「ラツェッタって奴が急に苦しみだして……兎に角、早く来てくれ!」
「え、ラツェッタって……」
俺が確認するよりも早くガーシャは外へ飛び出す。彼の後を追うように俺達も外に出た。




