365話_果てない理想
あれから間もなく俺達はセイリュウ族の村へと赴いた。
「……ライ?」
「お久し振りです、アザミさん」
村に到着して真っ先にアザミの家を訪ねるや否や熱烈な抱擁で迎えられた。
「待ってたよ、アタシ達の英雄!」
俺が目覚めた日、アザミは森の高台には居なかった。
リュウから聞いた話では鬼人特有の逞しい肉体を持つ自分が人間達の恐怖を誘う対象になると厄介だからと彼女なりに配慮しての事だとか。
「英雄だなんて大袈裟ですよ、アザミさん」
「大袈裟なもんか! こう見えてアタシは顔が広くてね。アンタの活躍を色んな奴から聞いてんだから。ほら、早く入った、入った!」
背中を押され、きちんと挨拶も出来ないまま家の中へ。
部屋に通されると台所ではドモンが料理をしていた。
「おぉ、ライ君じゃないか」
俺の顔を見るなりドモンは作業を中断して駆け寄って来た。
「久し振りだね。元気そうで何よりだよ」
「お久し振りです。ドモンさんもお変わりないようで安心しました」
軽く挨拶を済ませながら彼に促されるがままに近くの椅子に座ると、目の前のテーブルの上にお茶とクスターニャが置かれた。
クスターニャといえば王都でも珍しいベニカ芋という芋を使った乾物菓子だ。
「実は、そのクスターニャは僕が作ったんだ。口に合うと良いんだけど」
照れくさそうに笑うドモン。この人、菓子も作れるのか。
一口齧るとパリッと落ち葉を踏むような音が聞こえた。
「……美味い!」
口の中でザクザクと音がする度にベニカ芋の甘い風味で満たされる。
(塩加減も絶妙ですね)
「まぁ、本当! これなら、いくらでも食べれちゃう!」
「確かに美味ぇな」
グレイに続き、メラニーとギルも称賛の言葉を零しながら次の菓子に手を伸ばしている。
「そりゃあ、なんたってアタシの自慢の旦那様だからねぇ!」
「相変わらず仲が良いですね」
「そりゃ、そうさ。アタシらはいつだってラブラブだからね。ねぇ、ドモン」
「そうだね、アザミ」
恥ずかしげもなく互いの愛を受け入れるアザミとドモン。クスターニャ以上の甘ったるさに見ているこっちが恥ずかしい気分になる。
「本当、仲が良くて羨ましいわぁ。ね、ライ様♡」
「……そうだな」
どこか含みのある言い方が気になったが、とりあえず適当に返事だけしておいた。
それから話題は菓子から俺達が村に来た目的へと変わり、ようやく本題に入ることとなった。
俺が領主になろうとしている事。その為には、この村に住むガーシャというドワーフの力が必要な事。
話に区切りがついた頃、アザミは腕を組みながら厳しい表情を浮かべていた。
「なるほど、事情は分かったよ。力になってやりたいが、よりにもよって相手はガーシャか……まぁ確かに、あの頑固ジジイなら良い仕事をしてくれるだろうけどねぇ」
「何とかならないだろうか、アザミ殿」
「前回はラツェッタちゃんがいたからねぇ。彼女が一緒に説得してくれれば渋々でも引き受けてくれただろうけど、その肝心の彼女は今、村にいないんだよ」
アザミの話によると、ラツェッタは薬草や裁縫に必要な材料を集めるため不在にすることがあるという。
(……一人で行かれたんですか?)
「あぁ、いつもそうさ。まぁ、危険な場所もあるにはあるがラツェッタちゃんなら大丈夫さ。彼女はエルフだからね。魔法の扱いに関しては村一番だ」
自分の身を守るだけの力はある。だから護衛も不要というわけか。
「いつ頃、戻られるんでしょうか?」
「数日で帰って来る時もあれば数ヶ月くらい戻って来ない時もあるから何とも言えないね」
数日なら兎も角、さすがに数ヶ月は待てない。
「それなら、せめてガーシャさんと話をすることは出来ないでしょうか?」
「まさかガーシャに交渉しようってのかい? 悪いことは言わないから止めときな。昔はそれなりに有名だったみたいでね。偶に外から依頼の話を持って来る連中がいるんだけど、皆、容赦なく断られちまってたよ」
「……だとしても、とりあえずは話だけでもしてみようと思います」
ここで立ち止まってしまったら此処に来た意味が無い。何より、この程度の障害すら乗り越えられないような奴が領主になどなれるはずもない。
「意志は固いようだね。……分かった、案内するよ。付いて来な」
食べかけの菓子を丸ごと口に放り込み、俺はアザミの後に付いて行った。
「グレイ、ギル、メラニー、お前達は俺が戻って来るまで此処で待機だ」
「えっ?! ワタシも一緒に……」
(分かりました)
「何かあったら、すぐ呼べよ」
「ちょっと! 貴方達?!」
「拙者も残ろう。蜘蛛が暴走しないよう見張らなければな」
「……そうしてくれると助かります」
聞き分けの良い三人と不満顔のメラニーを残して俺は今度こそ部屋を出た。
外に出ると冷ややかさを含んだ風が吹いていた。
寒気がゾワゾワと駆け上ってきて身が震える。目の前を歩くアザミの服装が薄着なのも異様に寒気を感じる原因かも知れない。
「そういやアンタは何で領主になろうと思ったんだい?」
「その方が都合が良かったからです」
「都合が良い?」
魔王を倒す側に立ったことで初めて気付いた。〝平和〟とは脆き存在でありながら案外打たれ強い。
たった一つの切っ掛けで呆気なく崩れ落ちたかと思えば次第に再生し、いつの間にか何食わぬ顔で居座っている。
「俺は、皆が笑って暮らせる世界を作りたいと思っています」
「そりゃ素敵だ。でも、こう言っちゃ何だけど……それを実現するのは難しいだろうねぇ。〝幸せ〟の定義なんて人それぞれだ。それに皆が皆、同じ思いを抱えているわけじゃない。時には衝突することだってある。単純な喧嘩で済めば良いが、それでも折り合いがつかなければ争いになる。昔から、そうさ。人間も鬼人も根本は変わらない」
さすがは戦闘種族と言うべきか。
アザミは理解している。この世界で生きている者達の本質を。
「争いが長引く度に、仲間を失う度に誰だって一度は思うのさ。何の為にこんな醜い争いを続けているんだろう、これまでの代償を払ってまでやるべき事だったのだろうか、本当に別の道は無かったのか、ってね。なのに時間が経てば、また同じことを繰り返す。そういう生き物なのさ、アタシ達は。過去から学んでいるようで、ちっとも学んじゃいない。皆、学んだ気になっているだけなのかも知れないね」
「…………」
昔の自分のことを言われているようで胸が痛んだ。
最初は怒りに我を忘れて縦横無尽に罪なき命を喰らい続けた。しかし次第に冷静になり、自分がやっていることは正しいのかと自問自答するようになった。
当初の目的はマリアの仇討ち。それは彼女が殺されたと知った時に果たしていた。
彼女を裏切ったからと、彼女が生まれ育った村を壊滅させた。
だが、村人達は彼女を厭っていたから裏切ったのか? ……きっと違う。彼女から聞いたことがあった。村は貧しく、食糧の確保もままならないと。
村には幼い子どももいただろう。子どもを食べさせる為に、今日を生き抜く為に、選択せざるを得なかった。
少し考えれば、その程度のことは想像できただろうに。あの時の俺は、そんな想像さえ出来ないほどに思考が復讐に囚われていた。しかも仲間まで巻き込んで。
「……アザミさんも、そうだったんですか?」
「同族同士で争ってる時は何とも思わなかったよ。アタシ達の中じゃ、それが常識だったからね。だけど、他種族との争い……特に人間と争うのは二度と御免だね」
「人間と戦ったことがあるんですか?」
「……あぁ、あるよ。今でこそ落ち着いちゃいるけどアタシが子どもの頃はもっと酷かった。村の誰か一人が必ず人間に襲われて怪我して帰って来てたような時代さ。人間は恐ろしい生き物だと毎日のように言い聞かせられていたよ。皆が嫌っているから、アタシも人間を心底嫌った。集団心理って奴は恐ろしいね。実物を見なくとも皆が嫌ってるって理由で嫌いになれるんだから。あぁ、あと勘違いしないどくれ。今はロットやアンタみたいな人間もいるって分かってるからね」
鬼人と人間の戦い。当時の凄惨さは俺の想像なんかでは計り知れないだろう。
「人間が人間である限り、鬼人が鬼人である限り、争いの無い世界なんて作れないのかも知れない。でも……それでも一度は見てみたいねぇ。人間や鬼人、それから他の種族も手を取り合って生きるのが当たり前な世界を」
アザミが長を務める村には鬼人以外の種族も暮らしている。
もしかしたらアザミも作ろうとしていたのかも知れない。様々な種族が共存して生きていける場所を。
「ほら、着いたよ。あれがガーシャ達の工房だ」
そう言ってアザミが指差したのは村の中で最も年季の入った木造の建物だった。




